おじいちゃん先生達が去ってから、あの黒い穴のことを考えていた。
さすがにファミレスの駐車場にどでかい排水桝があって太平洋まで直結しているとは考えられず、どういう仕組みなのかわからないけれど、地球のコアをすり抜けるトンネルってことになるのだろうなと思う。
それにしたって飛び出た先が海底じゃなくて海面なのはどうしてだ?
高さ方向のことはさておき日本の反対側はブラジルではないことは知っていた。
地球の反対側、つまり対蹠点を調べるサイトがあって、それによると中部地区の反対側はアルゼンチンの東の海だった。かなり沖だった気がする。1000kmとか。
そんなところへ漁船が通りかかって助かるなんて奇跡でしかない。
漁船なんてせいぜい20km/hぐらいしかスピードが出ないはずだから、1000km移動するのにずっと最高速でも50時間、丸2日以上かかる。
おれは漁船でそんなに寝ていたのだろうか。
若い頃に16時間寝たのが最高記録だから3倍近く記録更新したことになる。
窓から見える景色から少し陽が傾いてきているのがわかる。
そんな頃、彼女が部屋にやってきた。
ヘーゼルナッツ色の肌をした妙齢のラテン美女。栗色の綺麗な髪を後ろで束ねて、目の色も髪と同じ栗色をしている。一生かわいい顔立ちをしている。
「ワタシワ、パウラ・サルミエント、デス。ニホンゴ、スコシ、デキマス」
看護師は微笑みながら、そう言った。
少したどたどしいけれども確かに日本語で、そう言った。
そうかそうか。直接神様は出てこないけれどサポート役が付くパターンか。
これからチュートリアルなイベントが発生するのかな。
異世界願望はさておき、なんとなくここは大きい病院のようだ。
看護師の中には日本語話者もいなくはないのだろう。
得体のしれない日本人が入って来たから彼女が担当に回された、そんなところか。
「日本語でありがとう、サルミェン?さん。とても助かります。私はハナダ・ミツルといいます」
「サルミエント、ムズカシイ? パウラ、デ、イイデス」
「ありがとうございます。パウラさん。そう呼ばせてもらいますね」
「Si。ハナダサン、ワタシ、ガ、アシタカラ、セワ、シマス」
「そうなんですか。明日からよろしくお願いします」
「アシタ、ヘヤ、カワリマス。ニホン、embajada、レンラク、シタ」
「エン…バ?」
聞き取れない単語が出てきた。
連絡したって、人の名前じゃなくて日本のどこかに連絡したってことなのか。
「アシタ、キマス。embajada… embassy?」
「エンバシ?なんだろ?」
「ウゥゥー… ニホンゴ、スコシ」
指でちょっとの形を作って照れ笑いをする彼女に見惚れてしまっていた。
すると彼女は説明を諦めたようで、「マタ、アトデ」と言って逃げるように去ってしまった。「あ、はい」と言った返事はたぶん届いてない。
言葉の通じる素敵な人が来てくれたことが嬉しくて、相当気持ち悪い顔でにやにやと彼女を見つめてしまっていたとおもう。
こいつ気持ち悪いなと思われて担当替えされないように気を付けよう。
日本に帰れば家族もいるし、あまりトゥンクするものアレだけど、眼福っていうのはこういうことを指すのかもしれないな。
パウラさん、美人だったなあ。
すっかり外の景色が薄暗くなった頃、パウラさんは再びやってきた。
退勤するのか私服姿になった彼女は部屋に入るなり
「embajada、ワ、タイシカン、デス!マタ、アシタ」
一方的にそう言って、満面の笑みで手を振って去っていった。
なるほどね、大使館か。そりゃそうだよな外国だもんな。
家にあるパスポート期限切れてるけど、再発行とかしてくれるのかな?
ウルグアイから日本までって高そうだけどいくらするんだろう。
ていうか金ないけど、どうやって飛行機代払えばいいんだ?
大使館て金貸してくれるのか?
くれないよな、役所だし。国から借りるってことだもんな。
まあ、明日になればわかるか。