結ぶと解く   作:ながずぼん

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第6話 海軍と院長

 午前9時頃、パウラさんがすごく若い看護師たちを連れてやってきた。彼らはインターン生らしい。20歳ぐらいみたいだけどもっと若く見える。

 これから上の階に移動するとのことで、パウラさんが指示を出して若者たちがばたばたと準備をしている。カテーテル抜かれた後でよかった。

 

 ストレッチャーに乗せられてICUを出ると、部屋の前には制服警官がいた。

 不法入国者が逃亡しないように見張りがついていたっぽい。

 パウラさんが彼に一言声を掛けて若者たちと一緒におれを運んでいく。

 エレベーターでかなり上の階まで上がり、ゴロゴロと廊下を進んで病室に到着。

 ICUを出てから警官はずっとついてきている。

 若者たちはそれに緊張しているのか黙ったままだ。それともあれが普通なのかな。

 

 小さい個室だけれどガランとしていて、実際の大きさより広く感じる。

 ストレッチャーからパイプベッドに移るとテーブルがセットされ、そこに錠剤二つと水が置かれた。鎮痛剤と胃薬らしい。

 パウラさんの説明では、いまおれの肋骨にヒビが入っているそうだ。

 漁船に救助されたとき、水を飲んでいると思った船員が力任せに胸を押したらヒビが入ったとのこと。

 その顛末はなんとも言えないけれど、説明のためにパウラさんが日本語の原稿メモを作ってきてくれたことに感動した。ホスピタリティがすごい。

 

 

 説明を聞き終わる頃、ガラッとノックもなく部屋の扉が開いて制服姿の、おそらく軍人三名が勢いよく部屋に入ってきた。

 一人の将校がバインダーに挟まれた紙とペンをおれに渡してなにか言っている。

 手振りからすると、その用紙にサインをしろと言っているようだった。

 

 咄嗟に視線だけ動かしてパウラさんの方を見ると、目が合った彼女は小さく首を振っている。はっきり首を振らないってことは、はっきり断ってはダメなのかも。

 とりあえず何が書いてあるのかさっぱりわからない書類の内容を確認するフリをして、時間を稼いで打開策を考えることにした。

 

 その様子に軍人たちはイライラしているはずだけれども、彼らは一切顔には出さずじっとこちらを見ているだけ。

 時間をかけても妙案が出てこないので「これなんて書いてあるんですか?」と日本語で尋ねたりしてみたが、彼らは理解できない質問には答えず、サインしろとジェスチャーを繰り返すだけだった。

 おそらくこいつにサインしない限り、強制的には連れていけない状態なのだろうと推察できた。つうかこんなの通訳連れて来なきゃ無理だろ。

 

 そうこうしている間に救世主が現れる。おじいちゃん先生だ。

 おじいちゃん先生は病室に入るなり、軍人たちにあからさまに不機嫌な態度でなにか強めに文句を言っていた。

 詰め寄られた軍人たちは、チッ...じじいめ!といった感じでおれから書類とペンを取り返すと、おじいちゃんに向かって何某かの捨て台詞を吐いて部屋を出て行った。

 おじいちゃんは気にも留めず、パウラさんになにか話し掛けていた。

 そしてパウラさんから長い時間をかけて丁寧にさきほどの状況説明があった。

 

 要約すると、海軍はなんらかの異常を感知しドローンを飛ばした。

 そこで人の姿を発見したので巡視船で捕獲しに向かったが、救助した漁船と入れ違いになった。

 そいつの所在は判明したが、手続き上、正体不明すぎてこの不法入国者の扱いがどこの管轄になるのか決まっていないらしい。

 さっきの書類は海軍病院に移送するための書類だったそうで、もしサインしていたら海軍病院で「いろいろされる」だろうとのこと。

 いまは難民のような扱いでこの病院にいられるが裁判所の命令があればどこかの組織の管轄になって「いろいろされる」だろうと。

 適当な日本語がわからないのか、とにかく「イロイロサレル」としか言ってくれないのが怖すぎる。手足を千切られてダルマにされる光景しか浮かばない。

 

 気付いた頃には、おじいちゃん先生はいなくなっていた。

 

 パウラさんから長い長い海軍の説明が終わったら、おじいちゃん先生からの指示が伝えられた。明日、精密検査をするとのこと。やれる検査は全部やるそうだ。

 最後に彼女は笑顔でこう言った。

 

「ヤクニ、タタナイ、ナラ、オイダス、マス」

 

 え?なにそれ笑って言う話?

 

 役に立つってどういうことなんだ?

 

 ―――――

 

 昼食が乗ったトレーを持ってパウラさんがやってきた。

 ベッドにテーブルをセットしてトレーを乗せる。

 

「タベラレル、ダケ、タベル」

 

 彼女はそう言うと病室を出て行った。忙しそうだ。

 無理に全部食べなくていいと言われた昼食を覗き込むと、すごく違和感があった。

 日本での病院食というと味の薄い野菜の煮物というイメージがあるが、ここでの病院食は、え?いいの?と躊躇するほど肉の入った牛肉のトマト煮が提供された。

 スープも普通にうまそうだし、ちゃんとした手作りデザートまでついてきた。

 内臓疾患ではないから別メニューなのかも、などと考えつつ完食した。

 

 入院するなら是非ウルグアイの病院を誰かにおすすめしたい。

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