結ぶと解く   作:ながずぼん

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第76話 千と五百年

 アサガオさんは自身の容姿と年齢のギャップについて話してくれる。

 

「あなた、テロメアってご存じかしら?」

 

「ええ。細胞分裂の回数券みたいなやつですよね。それ以上はわからないですが」

 

「そうね。それだけでもいいわ。わたしね、その回数券が無限なの。テロメアを修復するテロメラーゼっていう酵素が異常に活性化しているせいで歳を取らないの。でもね、それだけじゃ病気の細胞も増えるしDNAの欠損も起きるんだけど、それも修復してしまうのね。「生きたい」っていう強い意思がそうさせたの」

 

「つまり不老不死ということですか」

 

「いいえ、違うわ。私のような身体を指してよく不老不死という言葉を使いがちだけど、ほぼ不老ではあるけれどそれでも少しずつ老化はしているわ。若返ったりしないもの。それに不死ではないの。首を撥ねれば普通に死ぬのよ」

 

「ああ、なるほど。長命で健康体と。で、女性に年齢を訊くのは野暮だって承知していますが、アサガオさんはおいくつなんですか?」

 

「うふふ。質問に質問で返すのは野暮だって承知しているけれど、わたし、いくつに見えるのかしら?」

 

 数字で表す年齢なんてものは戸籍上それを用いているに過ぎない。何年生きたかなんて記録がなければ自己申告だ。それよりも何歳頃で老化が止まって見えるとか、どう見えているといった形容の仕方で褒めているのか乏しめているのか判断されそうだ。

 

「長命な方でもやっぱり若く見られる方が嬉しいものなんですか?」

 

「あら?ヒントが欲しいのかしら?そうね、わたしだって女ですもの、若くというか、いつだって綺麗に見られたいものよ」

 

「じゃあ、実年齢は100歳ぐらいとしておきましょうか。容姿は20代に見えますよ」

 

「うふふ。若く見積もってくれてありがとう。わたしが16歳のとき西暦は500年だったわ。だから今年で1530歳よ。100年前といえばここに住み始めた頃かしら」

 

「せ、せんごひゃく…」

 

 想像を遥かに超える年齢を言われるが、数字がでか過ぎてイメージが湧かない。

 1500年の人生。時間が長さというより重さの単位であるように感じる。

 けれど目の前の彼女は普通に会話を楽しんでいるように見える。

 1500年も生きていれば、誰に会っても何を食べても飽きてしまいそうだけど。

 

「あなた今、わたしが孤独を抱えているとか飽き飽きしているとか想像しているでしょう?ぜんぜんそんなことないわ。新しい出会いには興奮もするし、美しいものを見れば感動するし、レジで横入りされたら腹も立つわ。ふつうよふつう」

 

「そ、そうなんですか、ふつうなんですね」

 

「ええ。恋だってするのよ?お望みなら1500年分の男たちとのロマンスをお聞かせしましょうか?おそらくあなたの知っている名前も出てくるわよ?」

 

「いや、その、歴史も疎くて。おれがどんな人物なのか知らないから話していて手応えがないと思いますよ。例えナポレオンの名前を出されても、そうなんですねー、ぐらいの感想しか持ち得ないと思いますし」

 

「あら、それじゃあ、わたしはなにを話せばいいのかしら?」

 

 品定めするような目でこちらを見ている。きっと能力のことやワームホールのことを口にしても彼女はまた先送りするのだろう。それを話したくなるような会話を待っているということだろうか。さて、どうしたものか。

 

「そうですねえ、じゃあ、宇宙人の話をしましょうか。おれがとても世話になった人が、あなたのような能力を持っているようなんですね。彼女が嘘を見抜けるおまじないをおれに使うと、さっきのように目の前に火花が散るんです。で、彼女にその力は遺伝ですかって尋ねたら、そうじゃない、わたしは黒い穴を通ってこの世界に来た宇宙人なんだって言うんです。これどう思います?」

 

 アサガオさんからここまでの陽気さが消え、驚いたような戸惑うような表情になり、口に手を当てて思案している。パウラさんの存在に心当たりがあるのは間違いなさそうだった。まさかパウラさんも1500歳だったりするのだろうか…

 

「ねえ、その人とはどこで知り合ったの?お名前は?」

 

「モンテビデオの病院でおれの看護をしてくれました。パウラさんといいます」

 

「モンテビデオ… パウラ… ごめんなさい、わからないわ。でも、わたしより先に黒い穴を通った宇宙人、しかも女性と会っているだなんてちょっと悔しいわね。

 ねえ、わたしの全部を話す前に、あなたの話を聞かせて下さる?」

 

「構いませんよ。えーと、浜松で黒い穴に落ちたらモンテビデオの東の海に出て」

 

「違う違う。それはこちらの世界だけのお話でしょう?そうじゃなくて、あなたの全部よ。生まれてから今日までのお話。覗けないのだから話してもらわないと」

 

「ああ、え? あっと、全部ですか?」

 

「そうよ、全部。赤裸々に。覚えてなかったり思い出せないことは仕方ないけれど、隠すのはダメ。ぜーんぶ話してちょうだい?」

 

 両手で頬杖をついて「ワクワク」みたいな顔をする彼女に向けて、おれの人生で思い出せる限りの全てを話していった。

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