おれの話す大したことのない42年間の思い出話に、アサガオさんはつまらなさそうな顔を一切することなくずっと興味深く聞いてくれるものだから、次第に饒舌になっていき、内緒の話も構わずあれこれ披露することとなった。
アレがグレープフルーツみたいになった話に彼女は涙を流して笑っていた。1500年生きてきたけれど、そんな話は聞いたことがないとのことだった。なんだか誇らしい。誇らしいのか?
浜松で黒い穴にというところへ差し掛かったときに彼女は初めて話を遮った。
「ありがとう。あなたのお話とても面白くてずっと聞いていたいけれど、お昼もだいぶ過ぎているし、ちょっと休憩してお食事にしましょう。わたしお腹空いちゃった」
頭上にある木々の隙間を見ると確かに太陽は真上を通り過ぎているのがわかる。
彼女がアズマ教授に「お願い」と頼むと、教授は家の中へ入っていき、ほどなくして食事を運んできた。見た目は何の変哲もない普通のナポリタンだ。
「わたし、いろんなものを食べてきたけれど、タダヒトさんが作るものが一番好きよ。やっぱり料理って食材云々より愛情の深さで美味しさが決まると思うわ。いつもありがとうねタダヒトさん」
「あなたがそう言って喜んでくれるから、何度も作って少しずつあなた好みの味になったんですよ。果たしてこれがハナダさんの口に合うのかどうか」
そんなこと言われても「おれはもうちょっと酸味が薄い方が」みたいなこと言えるわけがない。精一杯うまそうに食うしかないなと思い一口食べる。めっちゃうまい。甘味と酸味と塩気がいい感じで麺の茹で加減もモチモチ感が出ている。これが出てくる喫茶店があったら昼時なんか毎日満席になるとおもう。
「昨夜の湯豆腐もおいしかったですけど、これは負けず劣らずですよ」
「あら?二人で随分な贅沢をしたのね?タダヒトさん」
「いやあ、ははは。きょうの前祝のつもりで。あなたに新しい感動を与えられると思ったら張り切ってしまって。ははは」
一瞬やべえ口が滑ったとひやひやしたが、アサガオさんは贅沢に対して実際のところはさして気にしてはいないようだった。
3人でナポリタンを食べながら、あそこのあれが旨かったなんて話をした。アサガオさんはさぞ美食家なのかと思いきや意外と家庭料理の話が多く、レストランが普及したのは最近だからと言っていた。
食後には教授が珈琲を淹れてくれた。豆の種類や焙煎方法はわからないけれど、すごく丁寧な味がした。角がないというか。然程苦味はないけれど美味しかった。
一休みした後は、おれの話の続きを話した。こちらの世界に来てから出会った人、起きた出来事、聞いた話。きょうに至るまでの半年分の話をした。
話終わる頃には辺りが少し薄暗くなり始めていた。7月だというのに肌寒くもある。
「家の中に入る前に」とアサガオさんから一つ質問をされる。
「せっかく新しい世界に来たのだから新しい人生を生きようとは思わなかったの?仕事だって家庭だって老け込むような歳じゃないのだから、新しいチャレンジをしようって思っても不思議じゃないわ。どうして前の世界の自分にこだわるの?」
前に考えたことのある話だったが今一度その理由を自分に問うてみる。
答えは単純だった。いままでの経験がいまのおれを形作っているからだ。
「おれは、おれじゃないおれが想像できないからですかね」
「それはどういう意味かしら?確固たる自我があるってことなの?」
「積み重ねてきたものが今の自分を作っているからですかね。環境が変わったとしても突然生まれ変わったような別人にはなれないですよ」
「なるほどね。恥ずかしい過去もあなたを形作る一部になっているということね。でなきゃあんなに面白おかしく話せないわよね。よくわかったわ、ありがとう。じゃあ、今度はわたしが話す番ね。寒くなって来たから中に入りましょう」
そう言って彼女は家の中に招いてくれた。
小さな木の家。質素ではあるが貧しさの欠片もなく、本当に必要な物と本当に好きな物に囲まれている感じがする。彼女はここで百年の時を過ごしていると言ったが、飽きがくるような暮らしではないのだろう。文字通り自然に囲まれて毎日ちょっとずつ変化しているからなのかもしれない。
重厚なダイニングテーブルに向かい合って座る。
教授は「食事の支度をしてきますから、話が終わったら声を掛けてください」と言って、水差しとコップ二つを置いてこちらからは見えないキッチンの方へ消えていった。
「わたしやあなたの力について聞きたいのよね?そのためにここに来たんでしょう?」
「ええ。それもですが、元の世界に戻る方法を知っていたら教えて欲しいです」
「それは話の最後に触れることになるわね。まずは力についてお話するために、ちょっと未来の話をするわね。夕食までには終わると思うけど」
え?未来の話?なんのこと?