昼食をすっかり食べ終わって満腹になり、ちょっと眠くなってきた頃、コンコンと病室のドアがノックされた。
はい、と返事をすると五月人形のような顔をしたスーツの男性が入ってきた。
ザ・清潔感という出で立ちの男性は、柔らかい表情で自己紹介をしてくれた。
「初めまして。在ウルグアイ日本大使館のヨシオカと申します」
いやあ、日本人に会ったの一年ぶりだよ!ぐらいの感激があった。
「あ、初めまして、ハナダです。来てくださってありがとうございます」
こちらもなるべく丁寧に応対した。
なにより普通に日本語で会話できるのが嬉しかった。脳みそが疲れなくていい。
身元不明の男性が自分は日本から来たと言っている、と病院から大使館に連絡が入り、その確認のために来たとのことだった。
さっそく、住所、氏名、年齢、職業、連絡先等を告げて保護のお願いをした。
当然、どうやってウルグアイに来たのか尋ねられた。
信じられないと思いますがと前置きをして、浜松でトラックに撥ねられたら黒い穴に落ちて、気づいたらウルグアイの海を漂っていたと答えると、ヨシオカさんは困った顔をした。おれでもそんな話聞かされたら困った顔になる。
「トラックに撥ねられたのですか…それで黒い穴?に落ちたと…」
「落ちたというか、吸い込まれたような感じですね。ほんの一瞬の出来事で…」
「吸い込まれたら地球の裏側で海に漂っていたと…」
「そうですね。海の上じゃなくて中でした。飛び込んだ感覚はなくて…」
ヨシオカさんはそれ以上、あの瞬間の話について質問して来なかった。
文字通り「理解に苦しむ」といった、どこか苦しそうな顔をして黙ってしまう。
しばしの沈黙の後、仕事のこと、家族のこと、かつて通っていた学校のことなどを話した。なにかの裏付けになるかもと思い、両親や祖父母のことも詳しく話をした。
話の内容に破綻している箇所があるはずもなく、ヨシオカさんの表情が元に戻る。
本国に確認をして、身元に間違いないということになれば大使館で保護してくれるそうだ。その後パスポートの再発行など、帰国に向けての手続きを行うことになる。
一旦、聞き取った話を持ち帰りますと、ヨシオカさんは立ち上がった。
どうかよろしくお願いします、とベッドの上で深々と頭を下げて面談は終了した。
ヨシオカさんを見送ると、竜巻のような午前中の出来事はすっかり忘れて、家に帰って家族に会いたい気持ちが大きくなった。
ホームシックになるのは初めてだった。進学や就職で地元を離れて寂しい、みたいな話を聞いてもピンと来なかったが、いまならわかる気がする。
無駄にわくわくしていたけれど異世界転生なんかしなくてよかったとおもった。
ん?異世界転生っていうのは、異世界に生まれ変わるってことだから、おれの場合は異世界転移っていうのかな。
―――――――
こどもたちのことを思い出していたらいつの間にか寝てしまっていた。
ドアをノックする音で目覚めると、パウラさんが夕食を乗せたトレーを持って入ってきた。さっき食ったばかりな気がする、食えるかな。
夕食と一緒に錠剤を二つ渡される。昼食のときには渡されなかったから、朝晩だけの強めの鎮痛剤なのかもしれない。ほとんど胸の痛みは気になってないし。
トレーの中の様子は昼にも増してボリューミーな感じで、立派なグリルチキンが登場した。腹減ってないはずなのに一口食べたら手が止まらなくなり、気付いたらチキンはすっかり胃袋に収まっていた。
その様子を見てパウラさんは、そんなに美味しいの?と不思議そうに笑っていた。
食べ終わるのを見届けると、彼女は少し真面目な顔をして質問をしてきた。
「ハナダサン、ウミ、ナニ、シテタ?」
「なにもしていないよ? 溺れないように、浮いていた」
「ウルグアイ、フネ?、ヒコーキ?、キマシタ?」
「日本にいたら、黒い穴が開いて、落ちたら、ウルグアイ」
「クロイアナ? ハナダサン、ウチュウノ、ヒト?」
彼女は怪訝な顔をしてちょっと警戒しているように見えた。
警戒する割に、あなた宇宙人ですかって直球すぎやしないか。
「まさか。地球人で、日本人だよ。日本の、ふつうの、おじさん」
警戒を解いてもらおうと努めて気さくな中年を演出してみた。
「ワタシ、ウソ、ワカル、マジ…オマジ…、オマジナイ、ツカウ」
彼女はそう言うと、警戒は解かずこちらへ近寄ってきて両手をおれの頭の上に乗せて目を瞑った。ふわっといい匂いがする。
そして目の前には、気付いていなかったけれどなかなかのボイーンがある。
このボイーンの前ではみんな正直者になるしかないということなのか。
次の瞬間、不意に目の前というか頭の中にバチバチッと火花が散った。