結ぶと解く   作:ながずぼん

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第79話 少女と事故

 この世界も元いた世界も最終的にはブラックホールに飲み込まれる運命にあるのだとしたら、おれたちが生きている意味はあるのだろうか。

 

「ごめんなさいね、ここでちょっと休憩。いい匂いがしてきちゃったから」

 

 アサガオさんがそう言うと、アズマ教授がキッチンから食事を運んできた。

 夕食は牛肉のトマト煮とパンだった。すごくいい匂いがする。香草かな?

 

「これモンテビデオの病院で食べました。教授も向こうでこれを?」

 

「ええ。モンテビデオに滞在の際に食べて以来気に入りまして、見様見真似で」

 

「ウルグアイには行ったことあるけど、食べたかどうか忘れちゃった。でもいまから好きになるわ。うん、すごくいい香り」

 

 病院で食べた味は完全には思い出せないが、多少アレンジがしてあるように思った。

 向こうより肉が柔らかいし香草の香りも強い。もしかしたらアサガオさん好みの味付けなのかもしれない。お昼に頂いたナポリタンに似た雰囲気もあるし。

 食べながら、どうして電車に乗ってまで教授が働いていた遠いスーパーに買い出しに行っていたのか尋ねた。そこにしかないものがあったのかと。

 

「たまたまよ。だって、ずっと同じ顔の人間が何十年も買い物に来ていたらおかしいでしょう。適当に降りる駅を変えて買い物に行っていただけ。そこにタダヒトさんがいて追いかけてきたのだから人生って不思議ね。他のスーパーじゃうまく紛れていたのに」

 

「このあたりの山には神社がいくつかありますから、招かれて山を登っているときは神様が人の姿で下界に降りてきているのかもしれないと思いましたね。信心深いほうではないのですが。ははは」

 

「直接脳に声が届けば神様のお告げだって思ってしまうでしょうね」

 

「そうそう神様といえばね、ほら、わたしたちは人工受精卵と一緒に宇宙船に乗っていたでしょう?あれを仕込んだ状態で大昔に転移して馬小屋で子供を産んだ、なんてことになったらねえ。聖母は未来の少女でした、なんてね」

 

「え?そういう話なんですか?」

 

 なにかとんでもない話を聞いた気がする。変異ミトコンドリアの力があれば心肺停止でも脳が生きていれば三日後に蘇生されるのかもしれない… まじか…

 

「うふふ。残念だけどそれはないのよ。未来の宇宙船からこの世界に至る過程で、受精卵は消滅してしまったから。途中で手に入れるこの力があっても、さすがに自力で子供は作れないわ。さあ、眠くなる前に続きを話しましょうか」

 

「では珈琲をお持ちしますね。お二人が話の途中で寝てしまわないように」

 

―――――

 

 40年ほどコールドスリープをしている間に目的地に辿り着く、というのがAIの試算した航行ルートで、途中スイングバイという惑星の重力を利用した加速を何度も繰り返すことで直線的に進むより航行期間が大幅に短縮するルートだった。

 まず最初の加速を行うために、ブラックホール化した火星に向かう。その後、少女たちはカプセルに入りコールドスリープ状態になって肉体の時間を止めるはずだった。

 

 一人でも多くの次世代人類の母となる少女を乗せるため、AIが全ての管理を行い大人は搭乗していなかった。とはいえ実際に100人もの少女たちが集団生活を送るためには、ある程度の人数でグループ分けされ食事や船内作業を順番で行っていた。

 5人一組を最小単位とし4組20人が一つの班になり、その中にリーダーを設ける。余計な軋轢を生まないためにもリーダーの選出もAIが行った。アサガオさんは5人いるリーダーのうちの一人だった。

 

 管理AIの指示通りに動かない少女がいればリーダーに修正指示が入り、彼女たちが対応することで集団としてのまとまりを維持していく。最初はうまく機能していたが少女たちの不安定さまで選抜したAIは読み切れず、だんだんと和を乱す行動をする子がちらほら出始めた。

 地球を発つ時には人類のためと使命感に燃えていた子も、真っ黒な巨大な目に見つめられ続けると冷静さを失い、ミッションへの不安を抱く子、無気力になる子、「私たちは子供を産む道具じゃない」と声高に叫ぶ子など、少女たちの目から希望の光は消えていってしまった。

 

 さらにブラックホールの重力圏に近づくにつれ、管理AIの指示は無視されるようになり、少女たちの6,7割はパニック状態となっていった。コールドスリープ装置に早々に入ってしまう子や、食料用のプラントを荒らして回る子まで出始める。人工受精卵の保管庫だけは厳重に守られていて破壊は免れたが、そこと管理AIの制御室以外の宇宙船内は出発時の見る影もないほど荒廃してしまっていた。

 

「悪夢を見ているようだったわ。わたしのグループは大人しい子ばかりだったから、居住区の一画に立て篭もっていたの。でもそれもあまり意味がなかったのだけど」

 

 アサガオさんはそれまで見せたことのないほど悲しい顔でそう言った。

 

 宇宙船がブラックホールの重力圏でスイングバイに移行、乗員は安全確保の上で加速に備えるよう管理AIからの指示が出る。しかしそのために用意された場所は破壊されて行けなかったアサガオさんたちは居住区の隅で肩を寄せ合っていた。

 程なくしてけたたましい音量の警戒アラートが船内に鳴り響く。

 暴れる少女たちによる人為的なものなのか、ブラックホールの周囲に存在したガスや塵が原因なのか、宇宙船はブラックホールの重力に逆らえず漆黒の球体へと飲み込まれていく。

 

「おそらくそこで、この力を得たのだと思うわ。突入の直前に波動のようなものを感じたの。そこでわたしのミトコンドリアが変異して電子を『結合』させる素粒子を生成できるようになったの。それはつまり情報伝達を私の意思で操れる能力よ。」

 

 電子を『結合』させる能力?情報伝達を操る? えーと…?

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