意識が戻る。うっすら目を開けると木の板を張った壁に囲まれた部屋にいる。
いまさら神様面した老人若しくはゴージャスな女神が出てきてチート能力を授けてくれようとしてもお断りだ。おれにはもうチート能力がある。よくわかってないけど
、きょうはアサガオさんがソレの使い方を教えてくれるはずだから。
寝室から出ると「おはよう」とアサガオさんが声を掛けてきた。昨夜は辛そうに話しをしてくれていたが、今朝はもう元気になっていてよかった。
「おはようございます」と挨拶を返すと、キッチンからアズマ教授が顔を覗かせて「朝食の前に顔を洗ってきなさい」と洗面所で顔を洗ってくるよう言われた。割と強めに。
夏休みに田舎の祖父母の家へというイベントはなかったが、なんとなく今の光景みたいな感じなのかなと思いつつ顔を洗った。井戸水は冷たくてすっかり目が覚めた。
「昨日ずっとあなたとお話してたから、彼、妬いちゃったみたいなの。男として負けたくないっていう気持ちがあるのかしらね」
「はあ?なんですかそれ… 話してただけじゃないですか」
「ベッドに入って、彼って面白わねえって何度も言ってたらそのうちにタダヒトさん拗ねちゃって。いくつになっても男の子なのよ、かわいいわね」
おまえか!おまえが煽ってんじゃねえか!余計な軋轢を生まないでくれよ…
―――――
変な空気の中で頂いた朝食後、いよいよ能力について話を聞くことになった。
「昨夜も話をしたけれど、わたしに宿った力は電子を使って原子を『結合』させられるの。おそらく変異した脳内のミトコンドリアの素粒子活動と私の意識は同期しているから、わたしが意思を持って水素と酸素が結合するイメージをすると…ほら、水が生み出せるわけ」
彼女は手のひらにビー玉ほどの大きさの水の玉を作り出した。
「科学的にはエネルギー保存の法則っていうのがあって、原子を結合させるためには燃焼させるなりのエネルギーが必要になるわけだけど『結ぶ素粒子』はそのエネルギーを肩代わりする触媒のような働きをしているの。だからエネルギーそのものを発生させるのは難しいわ。わたしにそのイメージがないだけかもしれないけれど」
話をしながら彼女は次々と水の玉を作り出し、やがて手の平サイズになる。
静かに歩いて窓のところまで行き、窓を開けて水の玉を外に投げた。
「例えば温度差かなにかで気流を生み出して水の玉を飛ばすとか、そういうイメージが明確に持てれば、わざわざ窓の外に捨てなくてもいいんだけどね。わたしには無理なの」
おれは魔法の原理を聞かされているのだけど正直よくわからない。
そもそも水素も酸素も原子なんて目に見えない。イメージといってもさっぱりだ。
「他人の頭の中を覗いたり、直接声を届けるのはもっと単純よ。私の頭の中の電子に意思を乗せて人の頭の中に送り込むだけ。慣れすぎちゃって細かい説明は難しいわ。歩くときの膝の使い方を言語化できないと同じね」
アメコミに出てくるそういう能力を持った教授に似ている気がする。
「電子の操作ってことは、頭にゴムのヘルメットとか被ると覗けなくなりますか?」
「うふふ。私も使い始めの頃は相手のおでこのあたりにしか飛ばせなくて、そこに絶縁体があったら防がれるかなって思っていたけれど、操作に慣れてきたら身体のどこかしらから入れられるようになったわ。でも全身ラバースーツだったらお手上げね」
「全部塞いだら窒息しちゃうじゃないですか。実質、防御のしようがないですね」
「あら?それをあなたが言うの?あなたは覗かせてくれないじゃない。うふふ」
ああ、そうだった。おれの弾く能力はどこから侵入しようが弾くのだった。
「これはわたしの直感のようなものだけど、あなたには『解除』する力があると思う。私のミトコンドリアが『結ぶ素粒子』を生成させているとしたら、あなたの脳内では対となる『解く素粒子』を生成させているとおもう」
いままでに見たことのない真剣な表情をして彼女は言う。確証がないから直感という曖昧な言葉を使っただけで、それはほぼ正解なのだろう。
「あなたの頭の中へわたしの素粒子が入ったときに、あなたの素粒子の働きで対消滅が起きたようにおもう。光子になったはずだから頭の中に火花が散らなかったかしら?」
「ええ。パウラさんもアヤママも、あなたも覗こうとしたら火花が散りました」
「やっぱりね。それで時間が止まったことがあるんですって?」
「ええ。襲撃を受けたときに一緒にいた人が怪我をさせられて、めちゃくちゃ頭に来たら時間が止まるぐらいゆっくりになりました。おれの身体もゆっくりでしたけど」
「それはおそらく『解く素粒子』があなたの頭の中で発生させた光子で情報伝達を行ったからだと思うわ。人間の脳は光子で情報をやり取りするようにはできていないけれど、通常の百倍程度の知覚があったとしたら、光子で伝達できるようなタンパク質もミトコンドリアが生成しているとおもうわ。あなたそのときどんな意思を持っていたの?」
「意思もなにも、ブチ切れ状態ですから、ふざけるなとか許さないとか、ぶっ飛ばす!みたいな感情ですよ」
「ふふふ。鍛え甲斐があるわね。もしかしたら大惨事になるかもしれないけれど、ひとまず外へ出ましょうか」
そう言って彼女の後について庭に出た。大惨事が起きませんように。