庭に出るとアサガオさんがまた手の平に水の玉を作った。
「最初はこの水の玉を水素と酸素に戻してみて。直接触れてはダメよ。手をかざした方がイメージしやすければそうするといいわ。水の玉が霧散する様子をイメージしながら空気に戻れって思うの。目は閉じないでこれを見たままよ」
言われるがまま、水の玉に手をかざして「空気に戻れ」と念じる。
水の玉は微動だにしない。
霧散するイメージ…霧散するイメージ…戻れ…戻れ…
鋼鉄の全身スーツのヒーローがビームでも撃つかの如く手の平にグッと集中すると、思わず水玉を触ってしまった。
次の瞬間、水の玉は爆散し、おれも彼女もびしょびしょになった。
大惨事とまではいかないが、ちょっとした惨事は起きてしまった。
「センスがないのかと思っていたけれど、能力は出ているみたいね。やり方を間違ったのかしら。わたしの感覚だと操作の説明がああなっちゃうんだけど」
「すみません、触っちゃいました」
アズマ教授が家の中からタオルを取ってきて渡してくれた。アサガオさんは髪を教授に拭いてもらっている。教授に仕事を与えられて申し訳ない気持ちが薄れる。
「まあいいわ、もう一度やってみましょう。今度は触らないでね」
―――――
昼近くまで水を壊す練習をしたが、結局壊せたのは触れた一回だけ。
アサガオさんは根気強く付き合ってくれているが、なにか目的があるのだろうか。
おれが魔王パワーを得たら可能になるナニカ。ハナザワさんの「宇宙を破壊する」という言葉を思い出した。アサガオさんと魔王軍結成とか嫌なんだけど。
昼食は教授のカレー。特別なものはなにも入っていない。至って普通のカレー。
だけどおいしい。まじで喫茶店とか開いたらいいのに。
「アサガオさんは思念体のときにもう能力があるって自覚していたんですか?」
「ううん、そんなことないわ。この身体に入った時だって感覚的なものだったわ。理論立てて検証してみて、おそらく素粒子の働きだって気が付いたのはここに来てからよ」
「そうなんですか。ちなみにさっき水を作ったときにイメージしているものって言語化できますか?」
「そうねえ。水素と酸素を適当なボールのようにイメージするでしょ、そしたら大きいボールに小さいボールが二つ、くるくるって回りながらくっつく感じかしら?」
「え?そんな雑な感じでいいんですか?」
「だって水素だって酸素だって見えないじゃない。でも模型やモデルは見たことあるでしょう?だからそのイメージでやるしかないのよ」
手に持っているスプーンをじっと見て、首のあたりに鉱物の塊があることをイメージする。そいつの薄皮を斜めにくるくるっと捲るイメージを…
ポキンと小さい音を立ててスプーンの首が落ちてカレーの上に刺さっている。
それを見ていたアサガオさんと教授は目を丸くしてポカンとしている。
「あっ、すみません。これ高いスプーンでしたか?」
「い、いえ。どこにでもある物ですから気になさらず。しかしあなたは興味深い」
「ねえねえ、それどうやっての?ねえ、なにをしたの?」
教授は許してくれた代わりにアサガオさんが小娘化してしまった。
「いや『解く素粒子』って言ってたんで、こう、鉱物の薄皮を捲るイメージをしてみたんです。水玉のときは霧になって消えるイメージをしていたんですけど」
「すごい!もっと見せて!早く食べちゃいましょう!」
カレーを作ってくれた教授に非常に失礼なことを小娘が言う。
教授はそんな彼女を愛おしい眼差しで見つめるだけで特に咎めることはしなかった。
―――――
食後は、まずはもう一度水の玉を霧散する練習をした。
絡み合っている紐を解くようなイメージをしてみる。酸素ボールに絡みつく水素の紐みたいな感じ。シュルシュルっと解いて… 何も起きなかった。
アサガオさんが結合したときのイメージでやってみる。小さいボールを大きいボールから剥がすイメージで… やはり水の玉は微動だにしない。
「あの、なんか、すみません」
「そうよね、そうよ。いきなりできるわけがないもの」
納得しているようなこと言うが、彼女の落胆ぶりはなかなか堪える。
水なんておれでも知っている単純な分子構造のはずなのに。
意思の力で発生させる素粒子の出力というより、それの使い方であるイメージ力が足りてないか間違っているか、きっとそういうことなのだろう。
「すみません、ちょっと練習は中断して水の分子構造を教えてもらえますか?」
そうお願いすると、アサガオさんは教授を呼んで水のことについておれに説明するよう言って家の中に入っていった。すごく悲しそうだった。