結ぶと解く   作:ながずぼん

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第86話 感謝と下山

 ゆっくりと目を開けると明るい庭で彼女の手を握っていた。

 眩しくて目が慣れるまで時間がかかったが、ようやく見えたアサガオさんは誰がどう見てもおばさんだった。おれと同い年ぐらいな感じ。

 ブルネットの髪は全体的に白っぽく退色していて金髪の筋は目立たなくなった。

 さっきより目尻の皺やほうれい線は濃くなっていたけれど、薄緑色した目の色と相まってとても落ち着いた大人の女性の雰囲気になっていた。

 

「見た目はよさそうですけど、おれのサポートは上手くいきましたか?」

 

 そう言うと彼女は握っていた手を離し、傍に駆けよっておれの頬にキスをした。

 突然のことに驚いたが、それより頬がびしょびしょに濡れた感覚の方が驚いた。

 彼女は涙を流していた。すごく、たくさん流していた。

 

 アズマ教授の嫉妬心がぼうぼうと燃え上っているのではと恐る恐る彼の方を見ると、彼もまた涙を流していた。彼女と同じようにたくさん流していた。

 アサガオさんはおれの傍を離れると教授の元へ駆け寄り、二人で抱き合って涙を流していた。そして、何も言わずうんうんと頷き合っていた。

 

―――――

 

 落ち着いた教授が紅茶を淹れてくれて、庭でティータイムになる。

 アサガオさんは教授の膝に乗っている。お茶しにくいだろうけど黙っている。

 つうか、おれのこと無視すんのやめてもらえませんかね。仕方ないとは思うけど。

 所在なさげなおれに教授が気付いて、アサガオさんに席に座るよう促した。

 

「ハナダさん、不老のくびきから解放してくれてありがとう。わたしにできるお礼といったら貯めた宝石ぐらいしかないけれど、もしよければ好きなだけ持って行って」

 

「いや、いらないですよ。この力の使い方を教えてくれただけで十分です」

 

「でもそれじゃあ、あまりにも都合が良すぎるわ。だって、あなたをこの世界に呼んだのはわたしなのかもしれないし」

 

「え? それってどういう?」

 

「わからないわ。わからないけれど、都合が良すぎるから。わたしが解放されたくてワームホールの中で行き先の定まっていないあなたを呼び寄せたのかも」

 

 彼女は確固たる理由があってそう言っているのではなかった。一瞬、はあ?ってなったけれど。「かもしれない」では責める理由には届かない。

 

「それは因果を後付けしたに過ぎないじゃないですか。偶然ですよきっと。若しくは運命ってやつですね。巡り合わせというか、教授と出会ったのと同じですよ」

 

「ありがとう。だとしたらわたしの娘が呼んだのかもしれないわ。先にわたしから謝っておくわね、家族と離れ離れにさせてごめんなさい」

 

 それだって憶測だろう。つうかワームホールの出口ってそんな感じで決まるのか?

 

「えっと、その娘さんはどこで何をしているんですか?」

 

「エルリカはきっとハワイにいるわ。彼女が幼い頃にポリハレの伝承を聞かせたら毎日聞きたいってせがむようになったの。あなたにもわかるように言えば世界中にある黄泉の入口の一つなんだけど、他とは概念が違うのよね。ハワイ独特なものだから天国も地獄もなくて魂の旅立ちの場所なの。きっとそこで本当の父親に会えると信じてワームホールを生んでいるだと思うわ」

 

「それでどうしておれが呼ばれるんです?」

 

「あなたの『解く素粒子』なら、私たちの『結ぶ素粒子』よりワームホールを作りやすいからよ。ほら、空間を歪ませたでしょ?あれの発展版がワームホールの穴だから。でもあなたの力だけではすぐ閉じてしまうけれど」

 

 「えっ?」まじか。おれ自力で帰れる可能性があるってこと?

 

「空間に開けた穴を保持するためには『結ぶ素粒子』の方が適しているわ。だからエルリカと協力すれば家族の元へ帰れると思う」

 

「もしかして、だから訓練してくれたんですか?」

 

「ええ。それもあるわね。でも一番の理由はわたしの身体をなんとかして欲しかったからよ。おかげで長い人生を愛する人と一緒に終えることができるのですもの」

 

 とにかくエルリカさんに会えば、いろいろ片が付くことになるのだろう。

 嫌われて火の玉とかで攻撃されなければだけど…

 

「それで、ハワイにいる娘さんはどうやって探せばいいんですか。そもそも顔も知らないし、ハワイと言ってもどの島なのか見当はついているんですか?」

 

「その件に関しては私の方で調べています。NSAに動いてもらうことになるので、アメリカでの検査が終わったらその足で行けるように段取りもします」

 

 教授にそう言われてアメリカ行きの約束のことをすっかり忘れていたことに気付く。あと、NSAってことはあの背の高い、なんて言ったか、彼とも会うのかな。

 

「わかりました。じゃあ、また携帯に連絡ください。それまで地元にいますので」

 

―――――

 

 その晩は手巻き寿司だった。食って巻いてとやっているとすぐに腹が膨れてしまうのであんまり興味がなかったのだけれど、教授がお礼だと言ってどんどん作ってくれるので思う存分甘やかされた。食べるだけの手巻き寿司は最高だった。

 

 翌朝、朝食を頂いた後でひとまずお別れをして山を降りた。汗が止まらなかった。

 

 

 第五章【京都編】了

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