ラテン美女のいい匂いを嗅ぎつつボイーンを眺めていたらスパークした。
目の中でバチバチと火花が散る。どこも痛くはない。
目の前が眩しかったというより、おれ自身が眩しくなったような不思議な感覚にびっくりしてぎゅっと目を閉じた。
バチバチする感覚がなくなったからそろりと目を開けると、おれ以上にびっくり顔のパウラさんがこちらを見ていた。
「さっきの話、嘘だったってこと?」
そう問いかけると、放心状態だった彼女がはっと正気を取り戻した。
「チ、チガウ。ウソ、ナイ」
正気に戻ったと思ったら、今度は頬を紅潮させて照れたような笑顔になる。
なにがなんだかわからないが、もしかして惚れた?
バチバチさせてどんな堅物も陥落させるチート能力に目覚めたのか?
「なにか光った?あれがオマジナイなの?なにをしたの?」
「ウフフ、ワカラナイ、デス」
彼女は小首をかしげて唇に人差し指を当てて、とても嬉しそうにしている。
なんなんだこのイチャイチャタイム。ずっと続け。
「ハナダサン、トテモ、interesante、デスネ」
「え?なんだって?」
質問には答えず、上機嫌で空の食器が乗ったトレーをどけてテーブルを片付ける。
そして錠剤を手渡すと「マタ、アシタ」と言って彼女は去ってしまった。
鎮痛剤を飲み込んで横になりながら、さっきのバチバチのことを思い返す。
やっぱりここは魔法のある世界なんじゃないのだろうか。
そういうのなんて言うんだっけ… 世界線か。きっとそういう世界線なんだ。
おれもそのうち魔法使えるようになるのかな。
もしかしてあの黒い穴がおれの魔法だったりするのか?
そんなことを考えていたらいつの間にか眠っていた。
―――――
この日は精密検査があるためか朝食の提供はなかった。
起きてから手持無沙汰にしているところへ大使館からヨシオカさんが来てくれた。
昨日と変わらずザ・清潔感という出で立ちで。
ただ、表情が昨日より固い気がするのは気のせいだろうか。
「おはようございます。昨日お聞きした内容を日本へ問い合わせたのですが、ちょっと状況が複雑で…」
「え?なにか問題があったのですか?」
「はい。実はハナダさんご本人の戸籍がないのです。ご家族のもありません」
「はい?」
ヨシオカさんは気を使ってか言いにくそうに現状報告をしてくれた。
日本へ身元の照会をしたところ、おれという人間が存在しないという返答があったそうだ。
父方母方共に祖父母の戸籍は確認できているが、両親の戸籍もないらしい。
そして奥さんも存在していないそうで、当然子供も存在していない。
報告を聞いて絶句する。衝撃が強すぎてまともな思考ができない。
おれを日本に帰さない陰謀のようなもの…それ以外というとやはり異世界としか…
いやいや、そんなバカなこと考えている場合じゃない。
困惑して目を白黒させているおれにヨシオカさんは続ける。
「現在、所在地の役所に紙の戸籍謄本の確認を取ってもらっています。データベースになんらかのエラーが出た可能性もあるので」
「それでもダメな場合はどうなりますか?」
「それでも身元が判明しない場合は無国籍ということになり、日本へ渡航するには難民申請を行い特別在留許可を受ける方法があります」
難民申請とか特別在留許可とか、全く想像もしなかった方法を提示されて混乱はさらに深まる。
「それで、おれが日本人だって証明になるんですか?」
「いえ、日本国籍を取得するには在留許可を得て日本に3年以上住んでから帰化の手続きを行います」
「は?おれ日本人なのに、3年かかるとか意味がわかんないんだけど…」
あまりの理不尽さにヨシオカさんを睨みつけてしまっていた。
そんなおれを見て宥めるように彼は声を落として告げた。
「実は、上から保護するよう指示が出ています」
「は?上?どういうことです?」
「私も内情は知らされていないのですが、日本国籍の人間として帰国させるよう大使館に本国から指示が来ています」
「じゃあ、日本人にしてくれるんですか?」
「いえ、ウルグアイをはじめ各国に対して超法規的処置をとるだけの建前が必要になります。それをいま探しています」
気のせいかもしれないけれど、おれの争奪戦が始まっているように聞こえた。
難民認定とか在留許可よりも、おれが日本人の血を引いていることが証明できればいいって話じゃないのか。
「じいさんの遺骨なりでDNA鑑定すれば、日本人である証明になりますか?」
「この先、戸籍が確認できなければ有効な手段になり得るかもしれないですね。ただ親子より薄いのでどこまで有効か…」
「すぐに血でも粘膜でも好きなだけ持って行ってくださいよ!」
「まあまあ、落ち着いてください。戸籍がない原因も調べていますし、全力で帰国できるよう努力しています。ですからもう少しだけお時間ください」
「あ、そうですよね、すみません…ご面倒おかけしますがよろしくお願いします」
ベッドの上で額を膝につくぐらい頭を下げると、とにかく身体を治すことに専念するようにと残して、ヨシオカさんは大使館へ帰っていった。