泣き止んで少し落ち着いたら猛烈に恥ずかしくなって、早く店に出ないとと思いつつもなかなか立ち上がれないでいた。しかも店にはクスメギがいる。何を言われるかわかったもんじゃない。本気でバックレたくなっている。
「ハナちゃんだいじょうぶ?」メイさんが来てしまった。「ああ、うん。疲れてたのかな」と誤魔化して立ち上がると「ママが、一緒に飲もうって。きょうはもう送りだけでいいって」と言われる。はいそうですかと言えるわけがない。
「わかった。とりあえず席に顔出すよ。一緒に行くの?」そう尋ねると「うん。手繋ぐ?」と子供扱いしてくる。思わず噴き出して「そうだね。腕組んで行こうか」「わかった」そんなやり取りをしてメイさんと腕を組んで、ママの席に向かう。
席の前まで行くと「まあ、座れよ」とクスメギに言われる。「失礼します」と言って座る。メイさんが腕を組んだままだったので「もういいよ、ありがとう」と言って腕を解く。「すみませんでした」とママに謝ると「ハラハラさせられるし、よしよししたくなるし、世話の焼けるボーイよね。ふふふ」とまた泣かせに来ている。
ぐっと堪えて「いや、ほんと、優しくしちゃだめですって」と笑って言った。
「ママ、こいつに新しい店頼んで大丈夫なの?ちゃんと仕事してた?」
「してたわよー。いつものハナちゃんと違って、真面目でピッとしてたわ」
「えー、わたしもハナちゃんがかっこいいところ見たい!」
店では真面目に働いていないことになっているのか、ピッとしていないらしい。
ちょっとは自覚があるけれど、ここでだって真面目に働いているつもりだけど。
「で、やれそうなのか?ブランクとかあるんじゃないの?」
「何年あれで飯食ってきたと思ってんだよ。ちゃんとできるよ。でも逃げるわけじゃないけど、繁盛するとか長く続くっていうのは店をやる側にかかっているからな」
「そうね。いくら立派なお店でも働く側がいい加減だとお客さん来てくれないものね」
「えー、わたしもお店やりたい。わたしは寝てるけど客が勝手に飲んで帰る店がいい」
「あはは、あんためちゃくちゃだな。猫カフェじゃないんだから。会計どうすんだよ」
「えー?食券機?」
重くなりがちな空気をメイさんがふわふわに軽くしてくれた。おれも自然に笑えている。気を使っているのかいないのかわからないけれど、彼女がいてくれて助かる。
メイさんのズボラスナックの話でしばらく笑ったら席を立って働いた。
クスメギは1時間だけ延長して帰って行った。
―――――
店が終わり送りに出る。ナオさん、ユキさんを降ろしてアオイさんの自宅に向かうと、メイさんが助手席から身を乗り出して後部座席のアオイさんに話しかける。
「ねえ、アオイちゃん、新しいお店にヤクザとか来たらどうするの?」
「ああ、それはアヤママに警察の上の方の人を紹介してもらったから。なにかあればその人に言いなさいって」
「そうなんだ。うちの店もそんな感じなのかな?ケツ持ちっていなさそうだよね」
「たぶんそうだと思う。ママのお客さんに東京の弁護士さんもいるみたいだから、民事で手に負えなくなったらその人も紹介してくれるって」
「へえー。ママすごくない? 偉い人には枕とかしてるのかな。あはは」
「私ならするかもだけど、ママはどうかなあ。それよりハナさんと一緒に来る人といい感じに見えるけど、どうなんですか?」
クスメギの話よりアオイさんの枕の話が気になるんだが…
「あー、どうなんだろうねえ。あいつ東京だし、ママが本気になるかなあ」
全力で誤魔化した。
けれど、ルームミラーにアオイさんのじっとりとした視線を感じる。
この人こんなに鋭かったんだ。さすが店を出すだけある。怖いな。
「えー、あの人いつもヘラヘラしててママのタイプじゃなさそう。偉くなさそうだし」
クスメギよ。おじさんなんてこんなもんだ。若い子の評価なんて気にするな。
やがてアオイさんの家に到着し、メイさんのマンションへ向かう。
昨日は断ったし、きょうはメイさんにいろいろと助けてもらって感謝していたので、コンビニで夜食を買って食べようと誘われたら、きょうは受けるつもりだったが、彼女はぼんやり考え事をしていたようでコンビニは素通りだった。
マンションに近づいてきた頃、彼女がようやく口を開く。
「あのクスメギって人、ハナちゃんと同い年なんだよね?」
「うん。そうだよ」
「じゃあ、きっと勃たないからママとは付き合えないと思うんだよね。ママだってもう少し女でいたいと思うんだよね」
「え?ああ、うん、そうだね」
とにかくこのコ、男性は40歳過ぎたら全員インポになるって思い込みが酷い。