9月下旬、アオイさんのお店の改装プランも見積り金額も決まり、いよいよ工事に入る。アヤママの知り合いの業者はみんなそれなりの規模でやっている会社ばかりで経費が高めだったので、前の世界でよく仕事をしていた工務店を紹介してそこに決まった。
本来なら従兄弟に頼むところだが彼はこっちの世界にいないので仕方ない。
現場で打合せをすることになり工務店の彼と再会する。この世界では彼はおれを知らないので初対面な感じの挨拶になる。堅い挨拶を交わして仕事内容の説明をする。
几帳面で仕事が綺麗なので、ニュアンスが伝われば細かい指示は不要だろう。
「一度飲みに行かないといけませんね」と笑う彼を見て懐かしい気持ちになった。
危うく涙腺がどうかしそうだったので「アオイさん共々お待ちしてますね」と言って打合せを切り上げた。
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工事は順調に進み、予定通り開店10日前に引き渡しすることができた。
アヤママとアオイさんからお礼を言われる。それはこの人のおかげと工務店の彼にお礼を言う。そのとき初めてビルオーナーの方にお会いしたのだが、いい店になったと褒めてくれた。「アオイさんなら末永いお店になるでしょうね」と言った。本心だった。
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オープンの2日前、レセプションということで工事関係者が集められ、新しいお店のお披露目会が行われた。店の前や入口のあたりに贈られた生花が並べられ、カウンターの上には胡蝶蘭の鉢がぎゅうぎゅうに置かれていた。
呼ばれた工事関係者の中には見知った顔がいくつもあったが、彼らにしてみるとおれは知らない人間なので、急ごしらえの名刺を渡して「なにかお手伝いできることがあれば」と挨拶をして回った。前の世界での関係性で社交辞令なのか本心なのか差が出てしまうのは仕方ないことだと心の中で苦笑いをしていた。
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いよいよアオイママのお店がグランドオープンになった。
この日はさっそくこっそりステージ仕様の配置にして、名古屋からショーダンサーを呼んでいた。ステージというか床の仕上げが変えてあるだけなんだが照明の配置もそれなりにしてあるので、一応ステージとしての機能はある。
アヤママから初日は手伝ってこいと男前指令が出ていたので、カウンターの中から初日の様子をずっと眺めていられた。
プロのダンサーたちは偽ステージでの演技をものともせず、しっかり対応してくれていた。客にしてみればすぐ近くで見られて迫力があったのが好評で、しっかり楽しんでくれたようだった。アオイさんと何度も目が合い、よかったよかったと笑い合った。
ショータイムが終わったらオンナのコたちも手伝ってソファの配置を通常の形に戻した。責任者でもなんでもないけれど、狭いバックルームに引き上げたダンサーたちにお礼を言うと、ギリギリの広さだったけれどどうにか踊れたと安堵していた。
その後はお店の若い黒服さんと連携してカウンターの中で働いた。
初日は招待客のみであらかじめオンナのコの配置とかも決まっていたので付け回しは必要なかった。それでも水やら氷やらどんどん消費されてなかなか忙しかった。
しばらくしてビルのオーナーさんに呼ばれて席に行くと、前の世界では知らないおじさんたちに「この人が店をデザインしたんだ」と紹介してくれた。
こんなこともあろうかとポケットに忍ばせてあった名刺を差し出し「お手伝いできることがあれば」と営業をしておいた。期待はしていないが、オーナーさんがスピーカーになってくれたのが嬉しかった。
23時を回った頃、アヤママがでかい花束を持ってやってきた。
「バタバタしててお店で送り出せてなかったから。卒業と開店おめでとう」
アヤママから花束を受け取ると、アオイさんはポロポロと涙を流しながら「お世話になりました」と頭を下げた。
その姿に店中のおじさんたちは感動して拍手を送っていた。そしておれも泣きそうになっていた。おじさんチョロいなー。
アヤママが座ったテーブルに呼ばれ、また知らないおじさんたちに名刺を渡した。
そのうちの一人が名刺を見ながら「あれ?ここウチのビルだ」と言った。
「え?あのビルのオーナーさんなんですか?」
「ああ、1階が靴屋だよね?あそこの3階に入ってくれているんだ」
「ええ。お世話になっています。いやあ世間は狭いですねえ。あ、そうだ。ご存じかわかりませんけれど、2階の喫茶店、最近休みが多いんですけど店主さんどこか具合でも悪いんですかね」
「あー、癌らしいよ。一時期良くなったみたいだけど、再発したとかで」
「そうなんですか。あそこのランチ気に入ってたんでいなくなると寂しいですね」
「店売って入院費に当てたいって娘さんが言ってたよ。お兄さんが買うのはどう?」
降ってわいたような話にドキドキした。あんな店が手に入るなんてまたとないチャンスだと思う。でもおれは遠くないうちにこの世界から去るつもりだし。でも、あの匂いのする喫茶店でマスターやってみたい願望が抑えられない…
「ち、ちなみにいくらぐらいって聞いてますか?」
「確か、300って言ってた気がするよ。もし良かったから繋げてあげるから、直接話聞いてみなよ。ここに連絡すればいいんだよね?」
「はい、よろしくお願いします」
とは言ったものの内心、後に引けなくなった、と思っていた。