部屋に戻ってアズマ教授の携帯に掛ける。とりあえずコール音が鳴っているから電波の届くところにいるらしい。頼むから出てくれと祈る気持ちでいると、留守番電話サービスに繋がってしまう。チッと舌打ちして携帯を投げそうになった。
すると教授からの折り返しの着信がある。
「もしもし、教授いまどこですか?アサガオさんは一緒ですか?」
「ええ、エルリカさんの捜索は難航していて、まだ見つかってないのですが」
「いえ、そうじゃなくて、アサガオさんに代わって貰えますか?」
ただならぬ気配を感じ取ったのか「少し待ってください」と声色が変わって、ごにょごにょとした声が向こうで聞こえる。
「ハナダさん?どうしたの?タダヒトさんにヤキモチ妬いちゃったの?」
「アサガオさん、癌の治し方教えてくれ!頼む!」
「なんだかすいぶん焦っているようだけど、癌を治すのはとても難しいわよ?」
「やれるだけのことはやりたいんだ。お願いします」
アサガオさんは「とにかく正常細胞はそのままに、ここは触っちゃダメよ」と釘を刺してから癌がどういうものであるか説明をしてくれた。
本来は自然に死ぬ細胞が自己複製をしているのが癌細胞、おれの力で誤った細胞分裂をする回路を解く作業。あとは血中の転移種子にも気を付けるようにする。
イメージできるようにネットで癌細胞の写真を見ておくようアドバイスをくれた。
「ありがとう。このお礼はまたいずれ」そう言って通話を切った。
すぐにネットで癌細胞の画像をいくつか見る。なんかへばり付いているマリモみたいなやつが癌細胞らしい。こいつを解いてしまえばいいのだろう。
すぐに駐車場に行き、車で店主さんが入院している病院に向かう。
受付で「さっきお見舞いに来たときに忘れ物をした」と言って、台帳のおれの名前のところを指さすと、どうぞと部屋に入る許可をもらえた。
店主さんの部屋に入ると、彼は眠っているようだった。
起きていたら「ちょっと祈らせてくれ」と胡散臭い嘘をつくところだったので寝ていてくれてよかった。
起きないようにそっと腕に触れながらトランス状態になる。
彼の中をイメージをすると、赤い海の中に黒いマリモが浮いている。たぶんこいつが癌細胞。こいつを片っ端から駆逐する。実際の感覚ではないのだろうけど、マリモに触れるとねちょねちょした感じがした。
そしてマリモを解いた部分には穴が開いているような気がする。これを埋めたほうが良さそうだけれど、正常細胞には触れるなってことなので、自然治癒を期待する。
ひとまず癌細胞を除去することに集中して1個ずつ解いていった。
血中の種子?にも気を付けるよう言われていたが、わからなかった。
もしかしたらそれはなかったのかもしれない。ひとまず癌細胞はやっつけた。
意識を戻すと店主さんはまだ眠っていたので、そっと部屋を出た。
受付で「ありがとうございました」とお礼を言って病院を後にする。
帰りの車中でおれは達成感に包まれていた。初めて自発的に人の役に立てたから。
その日の店ではメイさんから「なんかすごく機嫌いいね」と言われた。
そりゃそうだろう、人の命を救ったのだから。
―――――
翌日、いつ電話を掛けていいのかわからなかったので、カツラガワさんにSMSメールで「お手すきの時にご連絡ください」と送っておいた。
17時すぎに彼女から着信があった。店主さんの容体が急に良くなったので検査をしたら腫瘍がなくなっているとお医者さんが驚いていたと上気した声で教えてくれた。
「お店の売買の件は一旦保留にしましょう」と告げると「そうさせてもらいますね」と彼女も父親に店を続けてもらうのがいいと思っているようだった。
カツラガワさんの電話を切った後、アズマ教授の携帯に「うまくいったみたいです。アサガオさんに感謝しているとお伝えください」とメッセージを送っておいた。
―――――
数日後、カツラガワさんからひどく沈んだ声で着信があった。
「申し訳ないんですが、やっぱりお店を買うことを検討してくれませんか?」
「え?店主さん快方に向かっているんじゃ…」
「癌が転移したみたいなんです。一度は腫瘍も消えて良くなったんですけど」
絶句した。なにも言葉が出てこなかった。
癌細胞は全滅させたはずなのに…
そのとき「血中の転移種子にも気を付けて」とアサガオさんの声が聞こえた。
見当たらないから放置したやつだ。おれの知識が中途ハンパだったから…
付け焼刃で救えるほど人の命は軽くないということか。下手をして力の使い方を間違ったりしたら命を奪ってしまっていたかもしれない。
なにをいい気になっていたのだろう。いっつもこうだ、調子に乗って…
「もしもし?聞こえてますか?もしもしー?」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと驚いてしまって。お店の件、前向きに考えさせてもらいます。金額の話は後日でもいいですか?店主さんにお大事にとお伝えください」
改めて相談する日を決めて、通話を終えた。
店主さんがおれのせいで亡くならなくて本当によかった。
自分の能力の限界を知るべきだと強く思った。