妖怪奇譚   作:生涯中二病

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生命樹の病葉 外れ物の話

ほうほう。

 

藍天。

空に黄金のような、眩しき太陽が輝き、蒼が満ちる空。

我はそれを藍天と呼ぶことを知っている。

地に満ちる水は天に昇り雲を為す。

 

ぎいぎい。

 

曇天。

黒き雲が空を覆い、普く照らすべき陽光を遮るものなり。

我はそれを曇天と呼ぶことを知っている。

やがて雲は水を降らせ地に帰る。

これを雨という。

 

ぎしぎし。

 

我の立つ雨降る大地は月下界と呼ばれる。

そしてやがて地球と呼ばれるようになることを我は知っている。

天には、月天があり、太陽天がある。

水星天、金星天、火星天、木星天、土星天がある。

その外側にある星にやがて、天と海と冥府の神を関する名を付けられることを我は知っている。

 

きゅわきゅわ。

 

やがて獣帯天の星々が海を為す世界に至る。

それはやがて星雲と呼ばれるだろう。

また銀河とも呼ばれ、様々な名で細分化されていくだろう。

その外に広がる諸天の天は無窮の広がりを見せ、それを越えた先にはまた別の世界が広がっている。

その世界同士が十億を以って一つの世界、三千大千世界と呼ぶ。

この三千世界が十集まり、二十二の道により繋がり生命の樹を成すことを我は知っている。

 

きゅうきゅう。

 

その樹に生い茂る葉の一枚に病葉(わくらば)がある。

青々と茂る美しき葉の中に、無様に捩じれ、汚らしく変色し、赫々たる光に照らされる渺茫な世界の中にあってなお、その悍ましさを隠せぬ病葉(わくらば)が我だ。

糜爛しながら、なおも朽ちず蠢く病葉(わくらば)だ。

我はこの世界の何なのだろうか、それは

 

ばったん!!

 

木造の廃屋。

その壊れかけた扉が大きく音を上げ、我の思索を中断させる。

雨がシトシトと降っているが、風は無い。

だがばったんばたんと響いている。

 

ホウホウ、ギイギイ、ギシギシ、キュワキュワ、キュウキュウ、バッタン。

風の音のように、樹が軋むように鳴く小鬼達がいる。

我は未だ名も無きあの小鬼達が、いずれ家鳴りと呼ばれるモノであることを知っている。

 

「きゅいきゅい!」

「ほうほう!」

 

無邪気にはしゃぎ回る。

小鬼達が廃屋を駆け回る。

我が家鳴りと知るそれは、何の悩みもなく生を謳歌する。

我はそれが羨ましい。

我には己が無い。

己が何者なのかを知らじ。

我は家鳴りを知る。妖魅を知る。妖怪を知る。化生を知る。

天を知り、地を知り、世界を知る。

森羅万象、万物に通じ、無限の知を持つ。

されど我は己を知らじ。

己のことだけを知らじ。

 

我が生まれたのは、さて何時の事か?

我が我を我と認識したのは何時の事か?

そして我が己を知ったあの時は、何時の事であったか?

おお、あの時もまたこのような雨が降っていた。

それはもう随分と昔のこと。

 

遥けき彼方に埋もれし時の日。

大勢の人間が、喧騒を蒔きながら、土を掘り返していた。

何かを建てようと作業をしていたのだ。

しかし時期は土用にあたり、土を侵すことは禁忌だ。

さらに太歳(祟り神)の方位を侵している。

いずれ果てなる時を経れば対処もできようが、今はまだその知はもたらされておらぬ。

このままでは未曾有の災いが訪れよう。

是が非でも止めねばならぬ。

機とは陽炎、稲妻、水の月のようなもの。

我は彼等の前に歩み出て、この時期に土を侵す危険をとくとくと語った。

されど人々、轟めきて逃げ行く音す。

 

我には理解できず。

知はあれど、因果の流れは我には見えぬ。

何故に彼等は逃げ去ったか?

我は呆然とそこに立ち尽くしていた。

やがてシトシトと地に雨が舞い降り、やがて水鏡を作る。

それに映るは、獅子に似た異形。

捻くれた角を持つ人面の異形。

有蹄類の如き異形の蹄。

口を開くように瞬きを繰り返す無数の異形の眼。

ああ、我は己の異形を知らじ。

言の葉を操る、己を人と思いし滑稽たる異形なり。

我は何者ぞ?

 

「きゅんいー!!」

「ほほう!!」

 

今日は家鳴り達が騒がしい。

我は思索を諦め、幾日か、あるいは幾年か、久方ぶりにその身を起こし、雨の中を駆けることにした。

深山幽谷を瞬く間に駆けて行く。

急に海が見たくなった。

あの豪壮さを想起させる海を見たくなった。

雨を呑みながら揺蕩う海。

寄せては返す波の動き、波の音。

陽の光に染まり、蒼に朱になり色を変える。

時にはこのように海を一望して、何も考えずに過ごしたくなる。

山の疲れは海で癒やすのだ。

海を見ていると呑み込まれそうになる。

海は何もかもを呑み込んでくれそうな壮大さがある。

されど我は目の前の海ではなく、やがては己の思索の海に再び溺れていくのだ。

海とて我を癒やし切ることは出来ぬ。

我は立つ。

いつの間にか幾日もの時間が過ぎていたようだ。

雨はとうに上がり、日は中天に位置している。

長居をしすぎた。

我のようなモノがいつまでもいては、海が邪悪を孕むやもしれぬ。

 

ふと、向こうから歩いてくる一団を見た。

人間である。

この世に言の葉を作り出し、操る者達である。

我はこの者達がやがては諸天の天にまで至ることを知っている。

されどそういった知識以上に、我は己の異形を知ったあの日の事を想起して、厭な気分になるのだ。

 

その者達は我の姿を見咎めると俄に騒ぎ出し、手に持った槍や弓を構えこちらを窺っている。

あれらは蚩尤の考案せしものであることを我は知っている。

兵主神の考案せし兵器は、我をも害するかもしれぬ。

それもいいかもしれぬと思う。

この無為な思索の日々から解放されるのは、とても素晴らしいことのように思える。

だが身なりからこの一団の長であろうと思われる男が集団を制止すると、前に歩み出て我に問うた。

 

「お主は何者か?」

 

問われた故に我は答える。

 

「我は己が何者かを知らぬ者。万物に通ずれど、いまだ何を知らぬかを知らず、何を欲するかを知らぬ者」

「お主は妖魅の類か?」

「それすらも知らぬが、我は異形なれば然りとも思う。されど我は膨大な妖異鬼神怪事を知れど、我が何かを知らぬ故に真であるか分からぬ」

「ほう」

 

男は我が怪異に通暁していると知るや、如何なモノを知るか問うた。

問われた故に我は答える。

天下の妖異鬼神、怪異怪事、化生物怪、神威悪神、魔王魔神、妖怪変化、それにまつわる厄災、その避け方、語りしその数一万と千五百二十。

男は部下と思わしき者に、我の話を書き取らせていく。

日が沈み、月明かりが輝き、再び日の光が照らされる頃に、男は我に尋ねた。

 

「そなたの名は何か?」

 

問われた故に我は答える。

知らぬと。

男はならば朕が名を付けようと言う。

男は我に名を付けたのだ。

途端、我は我が何者かを理解した。

森羅万象、万物尽く名を持つ。

名前があるからこそ定義される。

意味を持つ、認識される。

名前とはそういうものなのだ。

故に、名前が無き我が何者か解らぬのは自明の理であった。

然らば名を持った今なら、我は我を理解できる。

ああ、そうだ、我は知識だ。

生命の樹に隠されし知識そのものだ。

ああ、我は我を理解せり。

我は男の付けたこの名で、遥かな未来まで呼ばれることを知る。

我はこの出会いが、こう記されることを知っている。

 

黄帝東巡 白澤一見 避怪除害 靡所不徧

 

「我が名は白澤」




ネタ元はラブクラフト先生のアウトサイダーから着想を得ました。
あのシチュエーションを既存の妖怪に当てはめて、何か書けないかなと思い立って白澤になりました。何故こんな発想が出てきた俺?
白澤の発生理由を坑儒辺りに絡めようかと思ったけど、年代合わねえじゃんとか色々試行錯誤がありました。
語りは意識して、うざいように書いてます。
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