妖怪奇譚   作:生涯中二病

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参考文献
『日本妖怪大事典』水木 しげる, 村上 健司2005/7/16
『近世奇談集成 (1)』高田 衛 1992/12
『泉鏡花集成7』泉鏡花1995/12/4


朱の盆と舌長姥

それは昔々のお話。

江戸の時代、ある二人の旅人がいた。

越後の国から、武蔵の国、江戸へと向かう途中であった。

南陸奥の芦野原街道にかかり、諏訪千本の松原にて、道に迷ってしまい、日が暮れ始めていた。

秋、深まる季節のこと。

葉は、はらはらと落ち、風も冷たさを増す時期。

敷積もった落葉が風に舞うと、一層に寂々とした様相が増すばかり。

辺りは見渡せども、木や草むらしか見えない。

 

「さて、これは困った」

 

日が落ちれば、歩くのにも苦労する闇の帳が降りる。

野宿しようにも、草むらには毒虫もおろう。

狼などの獣も寄ってくるやもしれぬ。

お上の威光が及ばぬ、街道は危険と隣合わせだ。

徳川四代将軍家綱が寛文八(1668)年に、町人の帯刀を禁じて以来、武士ならぬ町人が帯刀できる例外の一つが、このような旅の道中である。

旅人は護身用として腰に差した、道中差を握り締めた。

それは不安による、無意識の行動であった。

果たしてこれ一本で、闇の中で襲いかかる獣に対処できるのか。

 

「おう、あそこを見ろ! 灯りが見えるぞ」

 

旅の男は連れの言葉に、顔を向ける。

そこには確かに、遥か遠く、ちらちらとほのめく灯が見えた。

 

「やあ、これは天の助けか」

 

遠き灯りを頼りに、二人は歩を進めた。

その時、轟々と風が吹き抜け、木々が葉鳴りを奏でる。

まるで泣いているように。

まるで行くなと謂うように。

 

 

   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇

 

旅人達が灯りの下に行き着けば、そこには一軒のあばら屋があった。

壁は朽ちて、ひび割れ、ぼろぼろと欠けている。

軒は崩れ傾き、木製の窓は腐食してあまり用をなしてはいないようだった。

風を防ぐ申し訳程度に、隙間を塞いだくらい。

見れば囲炉裏の傍で、老婆が苧麻の糸を績んでいる。

気配に気付いたのか、老婆が誰何の声を上げた。

 

「もし、どなたかな?」

「もしもし! 私共は越後から江戸へ向かう旅の者ですが、不案内で道に迷ってしまいました。どうか一夜の宿を貸してはもらえませんか?」

「それは難儀なこと。ここは宿屋ではありませんので、大したもてなしは出来ませんが、どうぞお上がりなされ」

 

やあ、助かったと、快く迎え入れてくれた老婆に、ようやく旅人達は安堵の息を吐いた。

粗末ながらも、お茶を煎じ、もてなされ、すっかり人心地ついた旅の連れは、疲れもあり早々に床について、眠り込んでいた。

男も寝付きこそしなかったが、柱に持たれ、うつらうつらと微睡み始め船を漕いでいる。

ふと何かの気配を感じて、ゆっくりと目を開けた男の目に異様な光景が映った。

 

老婆が首を伸ばし、目を見開いて、口を開けるや何かがうぞりと飛び出した。

長縄のようにも見えたそれは、驚くべきことに老婆の舌であった。

ただの舌ではない、五尺もあろうかという長い長い舌。

その長舌で、連れの頭を舐め回し始めたのである。

あまりの事に驚いた男は、咄嗟に咳払いをすると、老婆は舌を引っ込め、何事も無かったように苧を績み始める。

 

男の心臓が早鐘のように鳴っている。

なんと、この老婆は物の怪の類であったか。

自分達は化け物の巣に入り込んでしまったのだ。

 

そろり、そろり。

 

男の手は、気付かれぬように、道中差へと伸びていく。

寝ている振りをしながら、ゆっくりと。

その時、窓の外から家の中を窺うものがあった。

 

舌長姥(したながうば)、舌長姥よ。何をてこずる?」

「誰ぞ?」

「誰でも彼でもない、諏訪の宮の朱の盆坊である。舌長姥よ、手伝ってやろう」

 

そう言うやいなや、朱の盆坊と名乗ったモノは戸を打ち破り、家の中に踊り込んできた。

それは顔の長さは六尺はあろうかという大顔。

赤い姿は、顔の大きさも相まって、朱塗りの盆の様。

爛々と不気味に光る皿の様な一つ目、額に一本の角、髪は針の様で、口は耳まで裂け、鋭い乱杭歯が剥き出しになった化物だった。

 

男は飛び起きるやいなや、道中差を抜き放ち、がむしゃらに朱の盆坊に斬りかかった。

 

「イヤァーーー!!」

「グワーーーー!?」

 

途端、朱の盆坊は煙の様に消えてしまった。

だがそれに驚く暇もなく、老婆は眠っている連れを掴むと、物凄い速さで外へと飛び出していく。

 

「待て!!」

 

慌てて後を追うも、暗闇の中で、もはや姿も見えぬ。

さらにさっきまで自分がいたはずの、あばら屋も跡形もなく消え去っていた。

後には荒涼とした野原が広がるばかりである。

 

   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇

 

「ああ、美味や」

 

べろりべろりとその長い舌で、肉をねぶり取り、舌長姥は恍惚と呟く。

 

「姥よ、上手くいったのう」

「何が上手くかね。勢い込んで乗り込んで来たと思ったら、早々にたたっ斬られてからに。岩代国会津郡十文字ヶ原青五輪(あおごわ)罷在(まかり)ある、奥州変化の先達、允殿館(いんでんかん)の主たる朱の盤坊がこのざまかい」

「これはご挨拶」

 

大顔に似つかわしい大口を開け、呵々大笑の朱の盆。

その乱杭歯からは、血が滴っていた。

ミチミチと布を裂くような音。

プチプチと繊維が千切れる音。

 

「美味しのう」

「美味やのう」

 

闇の中で妖かし共の声が、誰に聞こえることなく虚空へと消えていった。

 

   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇

 

荒れ野で一夜を明かした男が、彷徨い歩く。

どれだけ歩いたか、草むらの中に連れ去られた連れを見付けたのは、如何な奇縁か因縁か。

全ての肉をしゃぶり尽くされ、変わり果て骨だけの姿になった連れの、虚ろな眼窩の空洞が男を見つめているような気がした。

そこから男はどこをどう通ったか、這々の体で白河の城下に辿り着き、事の顛末を人々に語ったと今に伝わっている。

 




ということで、江戸時代に書かれた会津地方の奇談集である「老媼茶話」に書かれている朱の盆の話に肉付けして書いてみました。
皆さんは朱の盆という妖怪をご存知でしょうか?
多分、多くの方が知っていられると思います。
ゲゲゲの鬼太郎にて、ぬらりひょんの部下として登場しております。
しかし、実際にはどういう逸話のある妖怪かと言われますと、どうでしょうか?
あまり知られていないのではないでしょうか。
ええ、朱の盆って実際はドマイナー妖怪なんですよ。
ということで、どういう逸話のある妖怪かを知ってもらおうと、書いてみました。
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