妖怪奇譚   作:生涯中二病

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参考文献
『読めば読むほど恐ろしい原典『日本昔ばなし』』由良弥生 2016/3/20
『残酷の悲劇 日本の民話10』瀬川 拓男, 松谷 みよ子, 清水 真弓 1973/6/25


生首女房

端午の節句、日本に古くからある行事で、皆さんも御存知であろう。

その起源は、古代中国、楚の時代まで遡るという。

端午とは月の端の、午の日。

やがて午の月、つまり五月の午の日の節句へと変わり、そして五と五の重なる日を、端午の節句とするように変遷を遂げていった。

菖蒲や蓬を飾り付け、子供の成長を願い祝う行事。

何故この日なのか?

悪月悪日、五月忌み、五月は元来、物忌み月。

そう、この日は本来、不吉な日だったのである。

だから魔を祓う、菖蒲や蓬を飾り付けた。

端午の節句は、菖蒲の節句でもあるのだ。

 

今から語るは、東北地方に伝わるお話。

 

   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇

 

昔々、ある山奥に住む、夫婦がおった。

夫は朝早くに仕事に行き、帰るのは日もとっぷりと暮れた、真っ暗闇の中。

妻はその間、洗濯をし、縄を綯い、粟や稗を搗き、臼を挽き、家の仕事をして過ごしていた。

そんなある日の夜。

 

「なあ、ととよぉ」

「なんだい、かか」

 

妻は夫に震えながらしがみつき、すすり泣くような声で懇願した。

 

「後生だから、明日は早く帰ってきておくれよぉ。おら、なんだが胸騒ぎがするんだ」

「ふーむ」

 

何しろ、山奥の寂れた家のこと。

周りに民家も無く、日も暮れれば、一寸先も見通せぬ闇に包まれる。

山の木々が、風でざわざわと葉鳴りを響かせる以外は、不気味な程に静かで、囲炉裏の火で薄ぼんやりと照らされた家に、一人でいるのはそれはそれは、心細いものであろう。

まだ年若い女房が、怖がるのも無理はなかろうと、夫はそう軽く考えていた。

そのうち、慣れるであろうと。

 

「分かった、明日は早く帰ろう」

「ほんとかい、ととぉ?」

「ああ」

 

そう安請け合いした夫であった。

もっと・・・・・・妻の胸騒ぎを、重く受け止めるべきであったのに。

 

   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇

 

そうして明くる日のこと。

今日だけは早く帰ってきておくれと、何度も念を押す妻に見送られ、夫はいつも通りに仕事へと出かけていった。

そうして、妻との約束もどこへやら。

気付けばすっかり日も暮れておった。

 

「ああ、しまったのぉ。すっかり遅くなってしもうた」

 

提灯の明かりが、ゆらりゆらりと道を照らす。

妻へ何と言い訳をしようか、遙々とした心で、夫はようやく家へと帰り着いた。

ところが、戸を開けると囲炉裏には明かりも灯っておらず、真っ暗であった。

 

(ははあ、かかのやつ、俺が遅くなったもんだで、拗ねて先に寝てしもうたな)

 

約束を破ってしまったのだ、それも仕方ないと、夫は火打ち石を叩き、囲炉裏に火を熾した。

ふうふうと火に息を吹きかけていると、すぐ側で声がした。

 

「ととぉ、遅かったなぁ」

「ああ、かか起きとったか」

 

その言葉を、夫は最後まで言うことが出来なんだ。

ぱちぱちと、囲炉裏の火がはぜ、大きくなっていく火が、周囲を照らしたのだ。

そうして、夫は信じられないものを見て絶句したのである。

囲炉裏の灰に突き立った串に、女房の首が突き刺されていた。

はらはらと涙を流し、女房の生首は恨めしげに夫を見つめていたのだ。

 

「か、かか!? お、おめぇ・・・・・・」

「山姥に喰われたぁ!!」

 

生首は叫ぶやいなや、串から飛び上がり、夫の襟元に喰らいついたのだった。

あまりの事に、夫は腰を抜かし、転げ回り、妻の首を引き剥がそうとするが、どうやっても離れない。

やがて夫は気を失うように、その意識を手放したのだった。

 

   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇   ◇◆◇

 

明朝、夫が目を覚ますと、相変わらず妻の首は襟元に喰らいついたままであった。

どこか放心したままの夫は、その事を驚く程に冷静に受け止めていた。

血走った眼で、こちらを睨めつけながら、襟元に必死に喰らいついているモノを。

とと、ととぉ、とおぞましい声で、己を呼ぶモノを。

 

もはやこうとなれば、仕事など出来ようはずもない。

山姥がやってくるような家に、住めようはずもない。

夫は乞食になるしかあるまいと、心を決めて、なけなしの着物を着込んで、喰らいつく妻の首を覆い隠すと、行く当てもなく家を出た。

すたすた、てくてく、朝日を浴びて、すたすた、てくてく、日は高くなり。

すたすた、てくてく、すたすた、てくてくと、ただただ歩き続けた。

妻の首と共に、日が暮れるまで。

しかし夜ともなれば、寝る場所を見つけねばならぬ。

一夜の宿を求め、目に付いた民家の門口で声を上げた。

 

「もしもし、今晩泊めてはくださらんか?」

「一人かね? 二人かね?」

 

一人と夫が応える間もなく、妻の首が突然叫びを上げた。

 

「二人だぁ!!」

「一人ならまだしも、二人も泊める余裕はねえ。すまんが他を当たってくれ」

 

仕方なしと、夫はとぼとぼと歩きだすと、次の民家の門口に立ち、一夜の宿を乞うた。

 

「一人かね?」

「おらと、ととの二人だぁ!!」

「二人では泊められん」

 

またも妻の首が叫び、断られてしまう。

 

「一人かい?」

「二人ぃ!!」

「一人なら泊められるが」

「二人だぁ!!」

 

何度言い聞かせようと、妻の首は声を上げ、その度に宿を断られてしまう。

 

「おらと、ととは一緒だぁ。おらと一緒で二人だぁ」

 

からからと嬉しそうに笑う女房の首のおぞましさ。

夫はこみ上げる吐き気を抑えるのに必死であった。

まだまだ肌寒い、五月の夜風は身に沁みる。

野宿などごめんであった。

 

「かかよ、なあ、かかよぉ。二人と言わんでくれ。このままでは野宿じゃ。飯も食えん。な、家に泊めてもらった後は、二人でもいい。おめに飯も食わせる。一緒に寝てやる。だから次こそは、黙っておってくれ」

「一緒に寝てくれるだか? ほんとか?」

「ああ、だから黙っておってくれ」

「あい」

 

女房の首に念を入れて言い聞かせ、夫は次の門戸を叩いた。

 

「一人かね?」

「一人だ」

「なら一晩くらいはよかろう」

 

また余計な事を言われては堪らないと、夫は素早く答え、ようやく一夜の宿を得ることが出来た。

座敷に上がると、女房に何も喋るなともう一度、念を押して言い聞かせる。

しばらくすると、一人前の食事が運ばれてきた。

玄米粥に味噌、そして雑穀粉で作った団子と、ここらではそれなりの食事であった。

夫はよくお礼を言うと、家人が座敷を出るのを見届けると、女房と分け合って食べ、ようやく人心地付く事が出来た。

床に就いてしばらくすると、妻の首もとろんと、夫に甘えるように、その胸の中で寝息を立て始める。

 

(いつまでもこのままじゃいけねえ)

 

その様子を見ながら、夫は散々悩んだ。

悩んだ末に心を決めると、厠に行く振りをして起き出し、女房の首を戸棚に放り込んで、夫は一目散に家を飛び出し、月明かりの中を必死になって駆け抜けた。

ぜぇ、ぜぇ、と息が切れようと、闇雲に夜道を走り続ける。

走った、走った、走った。

汗はだくだくと流れ、心の臓はバクバクと張り裂けんばかりに脈打ち、肺は空気を求め痛みを訴えるが、それでも只々走り続けた。

吐く息は白く、夜風に浮かんでは、霧散していく。

それでも・・・・・・いくら走ろうとも。

 

「とぉ~~~とぉ~~~」

 

闇淵から、何かが唸る様な音が、少しずつ少しずつ、近付いてくる。

髪を振り乱して、その眼を血走らせて、何もかも一口で呑み込みそうな程に口を開けて。

 

「ととぉ!! ととぉ!!」

 

女房の首が迫っていた。

 

「待っておくれよぉ!! ととぉ!! ととぉ!!」

 

夫は生きた心地もしなかった。

なおも懸命に、なおも必死に走った。

だが悲鳴を上げる体は、焦れば焦るほど、上手く動かない。

ついに泥濘に足を取られ、夫は倒れ伏してしまった。

バシャっと響く水音。

気付けばいつの間にか、沢のほとりの湿地帯に迷い込んでおった。

さらさらと流れる小川。

水と土の匂い。

それに混じる、蓬と菖蒲の匂い。

だがそれを感じるより早く、あの声が耳を打った。

 

「ととぉーーー!!」

 

空を飛び、迫る女房の首。

もう夫は疲労困憊して、とても動けはせず、どうにも出来なかった。

ところが草叢を掻き分け飛び込んできた女房の首が、目前でピタッと静止したのだ。

 

「と、ととぉ~~」

 

苦悶に満ちた声と共に、空に静止したそれをよくよく見れば、鋭い菖蒲の葉が、ざっくりと眼窩を穿ち、口を頬まで切り裂いておった。

蓬の葉が顔に貼り付き、じゅうじゅうと音を立てて、その身を腐れ爛れさせていく。

とと、とと、と呼ぶ度に、菖蒲の葉で串刺しになった首が、ぷらぷらと揺れている。

 

「か、かか」

「ととよぉ」

 

寂しげに呟いた女房の首から、肉が腐り落ちるとバシャンと沢に落ちて、飛沫を上げた。

ぷらぷらと揺れる髑髏も、からんと菖蒲の葉から滑り落ちると、さらさらと崩れて白い砂になり、水に溶けて消えてしまった。

 

「かか・・・・・・」

 

気付けば、夫の頬を涙が伝っていた。

 

「かかよぉ」

 

この異常な状況が麻痺させていた夫の心が、妻の首が消えたことで、ようやく・・・・・・

自分が妻を永遠に失ったのだと、気付いてしまったのだ。

 

「かかよぉ」

 

どうすれば、良かったのだろうか?

菖蒲や蓬を飾っておけば、山姥が来ることもなく、かかは喰われずに済んだのだろうか。

それともあの首だけになった女房を・・・・・・

だがどれだけ考えようと、どれだけ悔やもうと、全てはもう遅いのだ。

 

妻の首が落ちた辺りの水を両手で掬い上げると、ぱしゃんと、夫の指の間をすり抜けていった鰍が跳ねて、ぐっ、ぐっと短い鳴き声を響かせる。

まるで責めるようなその鳴き声は、いつまでもいつまでも、夫の耳にこびり付いて離れることはなかった。

 




はい、というわけで生首属性が無かったために起きたが故の悲劇という、教訓話ですね。
え、違う?

では真面目に。
東北地方を中心に伝わる昔話でして、菖蒲や蓬を飾る由来譚だそうです。
これはたくさんのバリエーションがあるお話で、パターンとしては女房が、まず鬼あるいは山姥に喰われる。
ここで食べ残された生首がというのが今回のお話ですが、女性器が食べ残されて夫に貼り付き、喋り、物を食べというシュールながらも、恐ろしいパターンもあります。
また完食されるパターンもありますが、そこに夫が帰ってきて妻を喰った鬼の首を刎ねてその首がというパターンもあります。

何故女房は食べられたのかというのは、基本的に触れられていませんが、今回参考にした日本昔ばなしでは夫は炭焼を仕事としており、妻にかまけて山に入る時のお清めを怠り、そのため山の神の怒りを買って山姥がやってきたと説明しておりました。

途中の宿を断れるシーンは基本的にどのパターンでも同じですが、最後はそれぞれ違っており、生首バージョンですと、菖蒲や蓬に触れると腐って溶けてしまうから出てきてという女房に、夫はしめたと菖蒲や蓬の茂る奥に隠れてしまい、女房の首は悲しげに天高くに消えていくというものです。
陰部バージョンですと川に入って鰍になった、海に流れて鮑になってしまったと締めくくられます下ネタですね。
鬼の場合は菖蒲の茂みに突っ込んで鬼の首は腐り溶けて消えてしまうというものです。
今回のお話はここらへんをミックスして肉付けした感じになります。

菖蒲や蓬は昔から、魔除けの力があると信じられていました。
こうして菖蒲や蓬のおかげで鬼などから、逃れられたとするお話は全国各地に残っています。
一種の生活の知恵であり、それを伝えるお話だったわけですね。
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