リアル系ロボットゲームなのに世界観が違う! 作:紅乃 晴@小説アカ
俺は、ボルトボックスというゲームが好きだ。
ストーリー、ロボットアクション、操作性、潤沢な装備やアイテム、キャラクター造形。
そして、濃厚な背景や兵器企業といった設定の数々。
そのすべてを含めて、俺にとってこのゲームは……まさに
このゲームの世界に来たとき。
絶望的なトリプルゼロと、デスロード編という最悪な始まりではあったが……。
正直に……本心で言えば……。
肌で感じた絶望感と同じくらい……いや、それ以上に。
胸が高鳴っていた。
俺が芸術だと……大切なものをがすべて塗り潰されるような衝撃を受けて……ひたすらに夢中になってやり込んだこの世界に、リアルとして触れられることに、俺はただただ感動していた。
けれど……俺というイレギュラーがいることで、少しずつ……しかし確実に変わっていく。
ストーリーに、キャラクターの運命。
最初は、軽い気持ちだった。
死ぬ運命から逃れられない者を救うことで、ゲームをプレイしていたとき、胸を締め付けられたあの感情が救われたような気がした。
だが、その“救い”は錯覚だった。
気がつけば、それは……この世界を、自分の手で汚してしまったという感覚に変わっていた。
本筋から外れていく物語。
変質していく世界の在り方。
それを前にして、俺の中に罪悪感と、浅はかさを呪う気持ちが生まれていた。
至極の
澄んだ水の中に、バケツいっぱいの汚水をぶちまけたような、取り返しのつかない感覚。
そして……極めつけが、勇者ロボだ。
このゲームは……ボルトボックスは、堅実なリアル系ロボットアクションだったはずだ。
なのに、なんだよ……勇者ロボって。
世界観も、ゲーム性も、何もかもをぶち壊す存在じゃないか。
俺が愛した芸術が、音を立てて崩れていく。
その崩壊の音は、どこか遠くで鳴っているんじゃない。
すぐ足元で。自分の手の中で。
そして同時にこの世界で生きる理由すら、崩れていくような気がしていた。
俺が壊してしまった世界。
その在り方を、俺は……どこかで受け入れられずにいた。
だから。
面白く、なくなっていた。
いや……違う。
面白くなくなったんじゃない。
俺が、諦めていたんだ。
勇者ロボという異物を、最初は面白がっていた。
だが、それもただの刺激に過ぎない。
所詮は一つの要素でしかない。
狂っていることなんて、長くは楽しめない。
異物は、いずれ“慣れ”に変わる。
俺は、そのことにとっくに気付いていた。
そして、気付かないふりをした。
「思っていたのと違う」
そう言ってゲームをやめることもできないこの世界で。
俺はダラダラと続いているゲームを、漫然とプレイし続けるだけの存在になっていた。
自分の意思じゃない。
選択しているようで、何も選んでいない。
ただ流されているだけのプレイヤー。
……ボルガーに乗ったとき、それは確信に変わった。
あの圧倒的な力。
敵をねじ伏せる性能。
それを手にした瞬間、俺は調子に乗った。
これはゲームだ、と。
どこかでそう思っていた。
まるで高難易度のゲームをプレイしている最中に、思いつきでイージーモードに切り替えるような感覚。
簡単すぎて、テンポよく進めるか。
それとも、途中で飽きて元に戻すか。
そんな軽さで。
そんな、責任のない選択の延長で。
何も考えずに。
ただ流されるままにプレイする。
そんな気軽さで、気の抜けた薄っぺらい思いが、確かに、俺の中にあった。
だから。
どこかで、決めつけていた。
もうこれは、俺の愛した
そう思うことで。
そう“割り切る”ことで。
俺は……この世界と、真剣に向き合うことから逃げていた。
▼
ラバウル南東内陸部。
ラカル地下指揮中枢区。
道中のC型やB型を撃破したデルベルト、テルリード、カレンがたどり着いたラバウルは、それはもう、酷い状態であった。
かつて軍港として機能していた湾岸施設は、無数の爆裂痕によって抉られ、係留されていたはずの艦艇の残骸すら見当たらない。
レアメタルの抽出・加工を担っていた工廠群は、骨組みだけを晒したまま崩れ落ち、精錬炉のあった場所には黒く焼け焦げた地面だけが広がっている。
その稼働を支えていた住民たちの居住区も同様だった。
建物は無残に引き裂かれ、瓦礫の山と化し、中には、まるで最初から存在しなかったかのように、跡形もなく消え去っている区画すらある。
「こんな……ひどい……」
その惨状を前にしたカレンが、小さく、掠れた声で呟く。
ここにあった生活の全て。人の営みも、時間も、記憶すらも。まるで否定されたかのように、根こそぎ奪い取られている。
「これが、特A型によってもたらされる現実か……」
デルベルトの低い声が、静まり返った廃墟に重く落ちる。
おそらく、このニューブリテン基地だけではない。
ハワイ諸島、カイルア・コナ基地、さらには北米大陸の各拠点も、特A型V.L.Tの襲撃を受け、同じような地獄に変えられているに違いない。
「テルリード、周囲に敵影は?」
「現在はありません。センサー範囲内、クリアです」
わずかな間を置いて返ってきた冷静な報告。
「……よし。作戦通りに信号弾を打て」
デルベルトの指示を受け、テルリードは腰部に備わる信号弾を取り出し、夜空へと打ち上げた。
乾いた破裂音とともに放たれた光弾は、闇を裂いて上昇し、やがて赤い光の花を咲かせる。
それは、敵拠点の確保を示す合図。
ラバウルから海峡を挟んだ先、ニューアイルランド島にいる友軍へ向けた、生存と勝利の証だった。
やがて暗闇に沈んでいた海の向こうで、同じように光が弾ける。
応答は成功だ。
「こちらの信号を確認したようだな」
デルベルトが短く頷く。
「ここを橋頭堡として、ニューブリテン島の完全制圧を進めるぞ。ココポやラバウル西部には、まだV.L.Tの残存戦力がいる」
「了か……」
テルリードとカレンが応じようとした、その瞬間だった。
ニューブリテン島を覆う満天の星空。
その光を何か巨大な影が、横切った。
視界の端に映ったそれは、ほんの一瞬。
だが次の瞬間、理解するよりも早く轟音。そして、衝撃。地面が爆ぜたかのような振動が、三機のハウンドアーマーを揺さぶる。
「な、なんだぁ!?」
センサーを開いたデルベルトの視界に、異常反応が叩き込まれる。
自分たちから見て東……数キロ先。
軍港跡地に、ひときわ強いエネルギー反応。
「……ボルテリガー!?」
「嘘!?ここから平原までは20キロ以上離れてるのよ!?」
カレンが叫ぶ。
自分たちが数分かけて踏破した距離をほんの一瞬で?
だが、次の瞬間。肉眼で捉えたその姿は、想像とはまるで違っていた。
地面にめり込むように横たわる巨体。装甲の各所には、激しい損傷の痕跡。ひび割れ、焼損、抉れた跡。
それは「降り立った」のではなく、叩きつけられたのだ。
「ま、まさか……やられたのか?」
誰かが、呟いた。
三人にとってボルテリガーという存在は、どこか絶対だった。
これがあれば負けない。そんな根拠のない確信すら抱かせる、圧倒的な象徴。
だがその幻想が、音を立てて崩れる。
【ラバウルを奪還し、ニューブリテン島を解放すると言うか……有機体】
空気が、震えた。
いや……違う。
大気そのものが、歪む。
イオン化した空間の中から、音もなく姿を現す影。
短距離テレポーテーションをもつ相手は、投げ飛ばしたボルテリガーを、追跡してきたのだ。
【やはり……俺の夢を満たすのは回帰論しかない。こんなことでは……俺の夢は叶わない】
「全機!特A型との戦闘準備!」
デルベルトの怒声が響く。
「本気でやる気なのね……!」
「当然だ!俺たちの未来は、あれを倒さない限り開かれない!」
【無意味だ】
淡々とした否定。
【お前たちと戦っても、何も得られない。だから……消えてくれ】
収束砲が展開される。
圧縮されたエネルギーが収束し、三機のハウンドアーマーを飲み込もうとした。
「グランドブレストォォオ!!」
全てを吹き飛ばすような音と共に、倒れ伏していたボルテリガーが立ち上がる。
フラクタルウイングを展開し、三人の前へと躍り出るその姿は、満身創痍でありながらも。
なお、立っていた。
▼
グランドブレスト。
それは、ボルガーの動力源であるガルダリア・ドライブを、ボルトモジュールに搭載されたガルダリア・ブースターで底上げし、増幅されたエネルギーを機体全体へと循環させ、最終的に前面へと収束・展開する防御技だ。
機体表面を奔る光は、脈動するように明滅し、やがて一枚の壁となって空間そのものを押し広げる。
防御フィールドと化したそれは、極光を伴って発射された特A型の収束砲。
そのすべてを、真正面から受け止めてみせた。
空間が軋む。押し潰されるような圧力が、コクピット内部にまで伝わってくる。
それでも意地を通して押し返す。
収束砲を受け切った俺を見つめるカリプトは、うんざりしたような声色で言葉を投げかけてくる。
【まだやる気か?V・ウェポン。お前の本心がない以上……これ以上やっても意味はないぞ】
「……本心、だと……?」
グッと腕を覆う装甲の中で、俺は操縦桿を握りしめた。震えているのは機体か、それとも自分の手か……もうわからない。
「ダン中尉……?」
後ろに乗るレイラ声が微かに震える。
ただ、ここで本心を隠して……自分のちっぽけなプライドを取ったら、今度こそ負けるという直感があった。
「俺は……俺はただ……死にたくねぇって思ってた」
仲間を守るとか、そんな綺麗な理由並べ、ただ戦ってきた。
「でも、それも全部……言い訳だったのかもしれねぇな」
歯を食いしばる。言葉にするたびに、自分の中の何かが剥がれていく。
「お前の言うとおり、ボルテリガーの力に頼って……勝った気になって……この世界で生きてる実感から、逃げてた」
ゆっくりと、視線を上げる。
焼けた装甲の向こう。
それでもなお立ちはだかる、特A型の姿を俺はしっかりと見つめた。
「それでもな。俺はここまで来たんだ」
鈍重なトリプルゼロで仲間を守りぬき。
ノルマンディー反抗作戦というクソみたいな無謀な作戦を生き抜き。
北米大陸では地球軍の上役に冷遇されながらも仲間も守り、助けるために戦って。
「戦って、負けて、仲間が死んで……それでも立ってきた」
そして、今は、このボルテリガーに乗っている。
「それをフィクションだなんて言わせねぇ」
もう、これは。
俺の知っていた、あの宝石のような芸術のようなボルトボックスではない。
用意された分岐。
決められた結末。
プレイヤーの選択で編まれる完成された物語。
だが、今ここにあるのは、それとは明確に異なる何か。新しい何かが、すでに始まっている。
これは……これまでにない、新たなルートだ。
この先に何があるのか。
どんな結末を迎えるのか。
あのキャラは、生き残るのか。
あのキャラとの恋路は、どうなるのか。
V.L.Tに勝てるのか。
俺たちは、どこへ向かうのか。
何もわからない。
すべてが未知の、新しい物語だ。
だが。
だからこそ。
それを前にして、「過去はこうだったから」と「俺の見たストーリーはこうだったか」と否定するなんて、そんな、勿体ないことができるはずがない。
俺は、どこまで行っても。
ボルトボックスというゲームが好きだ。
その世界が、新たな道へ踏み出そうとしているのなら。
ならば。
それを楽しんでこそ。
その先を見届けてこそ。
この世界を生きる意味がある。
それができるのは、ここまで辿り着いた俺だけだ。
ならば。
やることは、一つだろうが!!
「ボルテリガーだろうが、なんだろうが関係ねぇ!」
「俺はここで終わらねぇ!生き残って……この物語の行き着く先を、この目で見てやる!!」
インフィニティランカーとして。
最後まで、この物語を遊び尽くしてやる!!
【……なるほど。それが貴様の〝本心〟か】
一瞬の沈黙。
その奥で、カリプトの気配が僅かに変わる。
【ようやく……生き物らしい顔になったな。ならば、試してやろう】
カリプトは両腕の
空間が歪むほどのエネルギーが、一点へと収束していく。
既に出力は臨界を超えている。
メガバズーカ砲の発射までの時間は、あまりにも短い。
【その意志が、どこまで通用するかをな!!】
次の瞬間、光が爆ぜる。
ラバウルの夜を塗り潰すように、蓄えられたすべてのエネルギーが解き放たれた。