呪術廻戦リリカルなのは∅   作:織姫ミグル

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第9章

 

 

その声は日本語だが、人の言葉ではない。

 

意味は理解できても状況的に相応しくない内容で、こんな錆びれたビルの中で聞くと恐ろしく思える。日常的に聞く言葉でも、場所によってはここまで恐ろしい意味に聞こえるのか。

 

なのはとフェイトはこの奇妙な姿をした闖入者が何者か判断しかねた。

 

この奇妙な姿は一体何がどうしてそうなっているのか、魔法によるのもなのか、もしくは自分達は誰かに幻覚を見せられているのか、判別がつかないほどに愕然としていた。

 

 

よ、良い子はァああああア、帰ぇルじぃ間ンンンンンンんんんん

 

「「·······ッ!!」」

 

 

まさに一七時以降の公園に流れるようなアナウンス。けれど今はまだ昼であり、夕方まではまだ先だ。

 

現実感のない光景。

 

ギョロリとした目玉が異様に飛び出したグロテスクなそいつは、さながらゾンビゲームのウイルスに侵食されて悍ましい姿に変貌したクリーチャーだった。もしくは地球外活動を監視および監視することに専念している秘密組織の映画に出てくるエイリアンのような姿とでも言うべきか。

 

口らしきものもいくつも見え、そのどれかから声を発しているっぽいが、会話になっているようで脈絡のない言葉は気色悪く感じた。

 

 

「フェ、フェイトちゃん·······ッ!!」

 

「う、うん·······ッ!!」

 

 

そうなれば臨戦態勢になるのも自然の流れ。

 

恐る恐る視線をお互いに向けて頷き、デバイスをいつでも起動できるように胸に仕舞っている自分達の愛機を取り出して握り締める。

 

魔力が全身を巡る、力が漲ってくる。

 

バリアジャケットを纏ってデバイスを武装モードにしようとした時、

 

 

よ、良い子はァああああアアアアアアあああアアアアッ!!?!!?

 

 

そこまで準備を終えた時、突然グロテスクな化物が長く伸びた腕を振り上げ、轟くような雄叫びを上げた。廃墟ビルが激しく揺らぎ、びりびりと振動が床を伝わってくる。

 

口と鼻から出てくるのは呼気ではなく、何か漢字のようなものだった。赤黒く書かれている文字はまるで血文字のようで、何と書いてあったのかは分からないが良くない意味を含んだ言葉だろう。

 

そんな意味不明なものを噴出しながら、太い腕の六本を上に振りかざして──────と思う間も無く、化物はまっすぐこちらに向かって、地響きを立てつつ猛烈なスピードで走り寄ってきた。

 

 

「ッ!?」

 

「なに───ッ!?」

 

 

なのは達は既に警戒していたにも拘らず、反応が遅れた。

 

というより。

 

早すぎて見えなかったの方が正しい気がする。

 

 

帰ぇエルるるる時カんンンンンンンんんんんッ!!?!!?

 

 

不気味な声と同時、左右から伸ばされた六本の腕が二人を絡め取るように水平に襲いかかる。

 

ラリアット。

 

真っ直ぐに伸ばした腕や肘の内側を、相手の首や胸に横から叩きつけるプロレスの打撃技。それを喰らった二人は激痛が全身に流れるのと同時に、逃しきれなかった衝撃が巨大な爆弾と化して大爆発を引き起こした。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

命綱もなしにビルの外まで吹き飛ばされた二人は激しく地面に叩きのめされていた。

 

 

「う·······ッ!!」

 

「く·······ッ!!」

 

 

大きすぎたダメージは無視できない。

 

警戒と同時に魔力を全身に巡らせていたのが救いとなった。それでも突破してきたダメージによって二人はなかなか起き上がれないでいた。

 

二人が放り出された場所は既に見捨てられた公園だった。周囲には廃墟ビルが聳え建っており、そこを中心に子供が遊ぶための施設として公園を置いていたみたいだが、どの建物も人がいなくなったのをきっかけにここも放棄され、遊具は錆びついて地面には草が生えまくっていた。

 

その草原のように生い茂った草がクッションの代わりとなったものの、それでも少々和らげた程度だ。

 

 

よ、良い子ぉぉおオおおおオおおお????

 

 

二人が飛ばされてきたところ、崩壊して穴が開けられたビルの中から屹立している影が見える。

 

さっきなのはとフェイトの二人を恐るべき威力で投げ飛ばした化物だった。

 

禍々しい姿をした化物は聞くに耐えない言葉を噴き出しながら、六本も生えた棍棒とでもいうべき腕を縦横に振り回している。まだこちらはバリアジェケットすら纏っていない。その奥から勢いよく飛び出してきた化物は二人を見下すようにゆっくりと近付いてくる。

 

ズシン、ズシン。

 

そんな強烈な振動が走り、それでも二人はなんとか立ち上がった。

 

大きくよろめいてはいたが、まだ戦う意思は消えていない。

 

その意思に応えるように、二人の愛機は自立稼働してデバイスの起動コードを自動で入力していく。

 

 

『『Master』』

 

 

起動準備完了。

 

それを伝えるように自分達の主に合図をするように促す。

 

二人は無言で頷く。

 

そして。

 

 

「レイジングハート!!」

 

「バルディッシュ!!」

 

 

契約者の声を認識したデバイス達が、各々の魔力を象徴する光を帯びた。

 

キィン、と。

 

なのはの前に桜色の、フェイトの前に金色の。

 

それぞれの魔力が粒子となって集まり、武器となって姿を現す。

 

 

「「セーットアーップ!!」」

 

 

二人は合わせるように叫んだ。

 

その詠唱が聞き届けられると瞬時に二人の身は装甲に覆われる。

 

今までの変身とは違った。

 

頭、両腕、肩、腰、両脚。 

 

いつもならずっと着ていた服は変身と同時にデバイス内に収納されるのだが、OLのようだったタイトスカートとストッキングも、羽織っているダウンジャケットもそこまで変わっていない。

 

どちらかというと重ね着のようにも見えた。

 

今まで着ていた衣服に近いバリアジャケットは、二人の魔力からのエネルギーを効率的に伝導させ、通常のバリアジャケット以上の進化を遂げ、その表面にも強力な障壁を発生させて装着部位を守ってくれる。

 

唯一違う点があるとすれば二人の髪型だ。

 

なのはとフェイトも小学生時代はツインテールだったのだが、中学生になるのだからと髪型も心機一転。

 

なのははサイドテールに、フェイトはポニーテールに髪を纏めていた。

 

今までとは違う、そんな威光が二人から現れている。

 

多大な戦力を秘めた二人のデバイスはしかし、瞬時に対面の化物の巨大な威圧感に呑まれてしまう。

 

 

かエルぅううるるるジカカカかんンンんんんん???

 

 

二人が変化したことに気が付いた化物は仁王立ちになりつつも、一切揺らがなかった。

 

むしろ。

 

地響きを伴う雄叫びと共に、口から不快になるような言葉の噴気を撒き散らした。どうやらあの口の中から出てくる文字は漢字で『憎』『怒』『不安』『恐』『怖』『悲』『罪』『悪』などといったマイナスの意味が含まれたものらしく、それを見ただけでこちらの勢いが緩みそうになる。

 

そこに、すかさず化物がなのは達に襲いかかる。

 

 

「「ッ!!」」

 

 

猛烈なスピードで突進してきた化物を二人は咄嗟にステップで躱したが、その余波は凄まじく完全には避けきれなかった。その余波を受けて二人の足は地面から離れて吹き飛ばされそうになる。

 

その瞬間に二人は飛翔魔法を発動して空中で制止する。

 

 

「図体に見合わないスピードだね」

 

「うん、あの速度に対応するのは骨が折れそう」

 

 

速度に特化した魔法を多く持つフェイトでも目で追うのが難しかった。

 

二人は身も凍るような恐怖を味わいながら警戒、そしてそのまま観察することに集中する。

 

あの化物はまず何を考えているのか分からない。使う技は突進によるラリアットや、六本の腕を棍棒のように振るうもの。単純な小技を使うという思考は持っていないのだろうか、あれだけ腕があれば別々に使い分けてガトリングのように拳を放つことだってできそうだが、そうしないということはあれは知能指数が思ったよりも低いのかもしれない。

 

話している言葉もずっと『良い子は帰る時間』だけで、それ以外のことは何も話さない。あれでは説得どころか会話すらできないだろう。こちらの言っている事を聞き入れる事なく襲ってきたのだ、説得といった手段の考えは捨てた方がいい。

 

だが。

 

それはつまり。

 

あの化物は案外単調であるため、そのタイミングを見極めればそのうちに慣れて対処できるようになるかもしれないということだ。

 

とはいえ、あれだけの早さで動いて威力の高い攻撃を出してこれらたらこちらも無事では済まない。バリアジャケットを身に纏っていても突破してくるであろうダメージは、まともに喰らえば致死とさえ思える圧倒的な威力だ。さらに強力に突進してきたら次は確実にやられる。

 

あれが限界速度だと思わない方がいい。

 

それだけの未知なる敵なのだ。

 

 

よ、良い子ぉぉおオおおおオはああああ!!!!!

 

「「ッ!!」」

 

 

化物が宙に浮いている二人目掛けて突っ込んでくる。

 

なのはとフェイトの二人もデバイスを手に突っ込んでいく、バリアを最大限に身に纏って叩き落とすという考えだ。

 

双方が激突した瞬間、ドッガァァァ!! という衝撃波が炸裂し、立て続けに幾つもの火花が弾けた。たちまち秩序なき混戦が始まり、廃墟のビルが並ぶこの周辺にはいくつもの衝撃の音に満ち溢れた。

 

二人が使う技は基本的な魔法で、鎮圧目的の下位の基礎魔法だ。

 

魔力を込めた弾、もしくは痺れ効果のある斬撃。

 

ゴム弾程度しかない威力に、当たればテーザー銃ほどの痺れを与えるものを最初に使って様子を見たが、これといった効果はなかった。

 

もちろん、二人は時空管理局の切り札と称されるほどの実力であり、ならば強力な魔法を使えば一撃で倒せるだろう。

 

だがそうしない。

 

二人が対人戦闘に熟達した技のみを使うのは、目の前の敵がまだどういった目的でこんなことをしているか分からなかったからだ。説得は望み薄とはいえ、一連の事件に関連した存在であった場合は捕獲しなければならない。

 

今までなんの手掛かりも掴めなかったものが目の前にいる、そう思うと自然と手加減してしまうのだ。

 

説得は諦めるが、捕縛はしたい。

 

だからできるだけこいつは無傷で捕えたいのだが、

 

 

帰るぅウウウウウぅゥううう!!!!!

 

「ぐっ!?」

 

「なのは!?」

 

 

とうとう敵の一撃がなのはの体を捉えた。

 

二人は上手く立ち回って敵を混乱させていたが、痺れを切らしたのか標的を一人に定めて突進してきた。フェイトは元からの高速魔法を使って、なのははフェイトほど早く動けなかったから敵のその速度に合わせるように以前別の星の住民から貰った『技術』を用いて対応していたのだが、相手も恐るべき早さで向かってきてついに敵の攻撃を喰らう。

 

咄嗟にデバイスを前にしてシールドを張ったおかげで致命傷となるようなダメージは避けられたが、それでも痺れるような衝撃を受けて一瞬硬直する。

 

その隙に化物は余っていた腕を振るってくる。

 

 

「なのは!!」

 

 

その間にフェイトが入るようにして攻撃を止めてくれた。

 

六本も腕があって片方の腕を振るえば三本余るというのは、やはり次の一手を最速で繰り出すのに適している。それを理解しているのだろうか、だからなのはに突進して行った時は予め体を斜めに向けていた。

 

それで受け止められたと実感した直後に残っていた腕を振るってきたわけだ。

 

フェイトが咄嗟に入ってきて受け止めてくれたものの、やはり威力は高かった。

 

二人はまとめてその攻撃の餌食になる。

 

フェイトごとなのはを吹き飛ばしたのだ。

 

 

「フェイトちゃん!! 大丈夫!?」

 

「う、うん·······なんとか」

 

 

背後のまだ取り壊されていなかったビルまで吹き飛ばされた二人は互いの安否を確認し終えると、再びその穴から外へと出る。

 

周囲の光景はとても酷い。

 

あれだけ派手に暴れたのだ、あちこちが穴だらけになるのも無理はない。

 

そんな惨状にした張本人である化物は未だに愉快そうにこちらを見ている。

 

戦闘開始からすでに一分は経過、並大抵の者であれば一◯秒も掛からないのにここまで手古摺るとは。なのはとフェイトの二人でも対処に時間がかかる相手、このペースでやってもあっちは疲れ一つ見せていない。

 

このままではこっちが先に魔力切れを起こすか疲弊してしまって、そこを突かれたら即終了。

 

それはつまり死を意味する。

 

あいつに加減という二文字はない、全力でこちらの命を狩り取ろうとしてきているのは今までの殺り取りで分かる。まだまだ体力は底をついていないとはいえ、一刻も早く無力化した方がいい。

 

手荒だが、一気に終わらせる。

 

それを合図するように、なのはとフェイトは互いの頭のみで会話をする。

 

念話。

 

魔導師であればほとんどの者が日常的に使っている技術、聞かれたくない会話や作戦を立てる時はこういった手段でやり取りをする。

 

全ての作戦会議を終わらせた二人は喉元まで競り上がってきた焦燥感を完全に払拭した。

 

それだけの信頼をしているということだろう。

 

二人の絆は言葉では言い表せないほどに硬く結ばれているのだ。

 

 

「行くよ!! フェイトちゃん!!」

 

「うん!! なのは!!」

 

 

頷くと同時に、化物の方も二人が何か策を練ったことを理解したのか突っ込んできた。

 

それは二人も分かっていたのだろう、散開した後に奴を惹きつけるように斬りかかりに行った。フェイトのバルディッシュは魂を狩り取る死神の鎌の如く、残像がその場に残るほどの素早い軌跡を描いて化物の体を斬り裂いていく。

 

だが奴の肉体はやはり硬かった。

 

あれだけ素早く突っ込んで、その先でバラバラにならなかったのだ。それくらいの強度を誇っていると見ていい。さらにはフェイトの攻撃は素早く動くことに徹しているせいか、重さに欠ける攻撃しか与えられない。どれだけ斬り込んでも、とても決定打となるようなものにはならない。

 

だが、それでいい。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『Count·····“nine”、“eight”、”seven”、“six”、“five”、“four”─────』 

 

 

その上空ではすでにトドメの一撃を放つカウントが開始されていた。

 

少女の前にきらきらとした粒が出現し、それはたちまち凝集して、手に持つ愛機の先端へと送られる。

 

動力たるリンカーコアからのエネルギーだけでなく、周囲に漂う微量な魔力素を集束。

 

これから放つのは核兵器にも匹敵すると言われている魔法、その簡易版。周囲の被害を考慮し、力を弱めた一撃をお見舞いする。

 

 

『Count·····“three”、“two”、“one”······』 

 

 

エネルギーの充填完了。

 

高熱と衝撃を含めたその一撃は、星を穿つほどの威力がある。それを上空で待機していたなのはは、敢えて未完成の状態で放つ。

 

発射までの溜めの時間を稼いでくれたフェイトに、なのはは叫ぶ。

 

 

「フェイトちゃん!!」

 

「ッ!!」

 

 

フェイトは一撃喰らってしまったのか、頬に僅かな痣と汚れがついていた。本来ならばすぐにでも回復魔法で傷を癒すところだが、それは事が済んでからだ。頷いたフェイトは急いで後ろへと飛び退く。

 

視界の端で退いたのが見えたなのはは、愛機であるレイジングハートの照準を標的に向ける。

 

手加減するとはいえ、その魔力の渦をまともに受ければまず気を失う。最悪、蒸発なんてことも。

 

高町なのはが一番得意とする魔法であり、習得できる魔導師も限られるほどの超上級魔法。

 

その名も、

 

 

 

「スターライト・ブレイカァァァァァアアアアアアアアッ!!!!!」

 

 

 

うねりを帯びた光熱の光芒が上空から地上にいる未知なる化物へ、直線に放たれる。

 

狙いは完璧、回避も不可能。

 

桜色の残光を引いた一撃は化物がいる位置に一ミリもズレることなく直撃する。

 

 

ッッッ!!???

 

 

悲鳴すらも呑み込む閃光は化物の体に合わせた大きさだった。建物を支える柱程度の広さしかない魔力砲、それだけに留めるなんてどんな魔導師でも難しい技だ。

 

それを、なのははやってみせた。

 

集束砲はなのはの得意分野であり、極めれば極めるだけそれを自在に操れるようになった。被害も最小限に抑え、一人のみを一気に無力化するために編み出した小さき砲撃。

 

そこに集束されている魔力は高密度であるだろうが、なのははいずれも非殺傷モードでの発射しかしないため、まず死ぬことはないだろう。

 

しばらく化物の真上に集束された砲撃が降り注いでいたが、もう充分だと感じたのか次第にその威力も落ちていった。最終的にその線は細くなり、柱くらいの大きさからシャーペンの芯ほどにまで小さくなって消えていった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「お、終わった··········?」

 

 

朦朧とする頭を振って、フェイトは爆破地点に目をやった。

 

ついさっきまで化物がいたところ、そこにはまだ光の残滓が砂煙と共に周囲に舞っている。そのため姿が捉えられない。被害を最小限に抑えたとはいえ、元々は周囲を破壊するほどの大魔法なのだ。これだけで済んだのはなのはの技量のおかげとも言える。

 

一撃で鎮圧する魔法、神業に近い精密砲撃。

 

それを放ったなのははゆっくりと地上の方に降りてきて、フェイトの隣に着地する。

 

 

「なのは··········」

 

「··········」

 

 

フェイトに声をかけられても、なのはは一切目の前から目を離さない。

 

手応えはあった。

 

それでも油断は禁物だ。

 

黙ったまま前を見据えるなのはにフェイトは息を飲み込む。

 

そして。

 

最初に沈黙を破ったのは。

 

───()()()()()

 

 

よ、ヨヨヨ、よ良い子はァああァああア、かっぇルじぃ間ンンンンンンんんんん

 

「「ッ!?」」

 

 

ビブラートに満ちた声が、二人の鼓膜を叩いた。

 

目線の先、砂塵が舞う方からボコボコと泡立つ音が聞こえたと思ったら、あの化物が不敵な笑みを浮かべるように立っていた。

 

なのはが放ったスターライト・ブレイカーは非殺傷モードだったとはいえ、死なないだけでダメージはあるはずだ。ある程度の負傷、たとえば火傷などを負ってもおかしくないのに、化物はさっきと変わらず平然と立っていた。

 

何らかの異能でも発動したのか、まるで先程までの戦闘なんてなかったかのように普通にその場に立つ化物になのは達は絶句した。

 

それと同時に。

 

今見た光景に何か違和感を覚えた。

 

 

───覚えのある音だった。

 

 

さっきのボコボコと泡立つような音、あれは確かあの“少年の中に巣食う鬼神”がダメージを負った箇所を修復する際に聞いた音に似ていた。

 

それを思い出した時、二人は目の前の相手が何者なのか理解した。

 

二人は以前にその“少年”からとある話を聞かされていた。

 

 

『呪いは呪いでしか祓えない』

 

 

いくら強力な攻撃を繰り出しても、それが“呪い”と呼ばれる負の感情から生まれたエネルギーでない限り、対象を倒すことはできない。

 

その存在は、この世界にはないものだった。

 

呪いという言葉自体はあっても、その概念的なものが具現化された存在は今までこの世界にはなかった。

 

しかし一度だけ、過去に現れた事がある。

 

一人の少女の体を蝕んでいた、呪いの魔導書と呼ばれ恐れられた『闇の書』が暴走した事件。

 

その時に、“呪い”の力を宿した者が現れた。

 

普段は一人の少年によって抑え込まれていたが、彼が意識を手放したと同時に表に出てきてしまった。

 

 

呪いの王───両面宿儺。

 

 

この世界では仮想の鬼神として語られ、だが別の世界では実在した人間として存在していた。

 

その両面宿儺は自分達が使う魔法とは別の力、“呪術”と呼ばれる力を使って自分達を追い詰めてきた。

 

もちろんこちらも魔法で対抗したが、どれもダメージを負わせたとは言えないほどのものでしかない。

 

それほどの強敵だったのだ。

 

何より回復技術が度を超えていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それがきっかけで奴が出てきてしまったわけだが、その回復速度といい、失った腕をまた生やすなんて最新の魔法技術でも難しい技術だった。それだけじゃなく、人間の核とも呼べる心臓まで治した事があった。

 

常識外のことを平然とやって退ける宿儺には皆が恐れ慄いたが、その際に聞いたのだ。

 

さっきと同じ、泡立つような音を。

 

あの時の宿儺と同じことをやって見せた化物を見たなのは達は、たったそれだけで納得がいった。

 

であれば。

 

こちらがいくら攻撃しても、倒せないのは当たり前だった。

 

 

よ、ヨヨヨ、よヨヨヨよおおおおよ良いぃいい子はぁぁアアアアッ!!

 

 

勝ち誇ったような態度にも見えた。

 

だが確かにこれはもう一方的な勝ちが確定したようなものだろう。

 

こちらがどれだけ攻撃を加えても倒せないのだから。

 

 

「「··········ッ!!」」

 

 

それでも二人の瞳から闘気が失われることはなかった。

 

戦う意志はまだ残っている。

 

手に持つデバイスを握り締める力が先程よりもさらに強くなる。

 

元々倒すということは考えていなかった。

 

目的は捕縛。

 

鎮圧して捕えたかったが、それができないのならばまた別の方法だ。

 

捕縛に特化した魔法で攻める。

 

 

恐れることはない。

ただ希望を持てばいいのだ。

 

 

篭められた強い想いに応えるように、二人が纏う魔力が輝く。

 

と、二人が思った直後だった。

 

()()()()!!

 

()()()()()()()()()()()

 

 

よ───ッ!?

 

 

本人もわかっていないようだった。

 

唐突に自分の体からそんな音がして困惑したような声をあげていたが、直後に化物は膨大な血飛沫と共に爆散した。

 

 

「「───え?」」

 

 

二人の顔が驚愕を通り越して、唖然の一色で塗りつぶされる。

 

そのあまりの惨状に、ではない。

 

確かに血飛沫が飛び散る瞬間はグロくて見るに堪えない光景だった。何せ一瞬だけとはいえ、化物の体の中に入っていた内臓のようなものまで飛び散ったのが見えたのだから。日常的な怪我の範疇を完全に逸脱した光景だったせいか実感が湧かなかったが、それ以上に不可解な事が起こった。

 

今の光景よりもさらに注目しなくてはならない現象を、二人は目撃したのだ。

 

 

───()()()()()()()()()()()()

 

 

まるで自爆したようにも見えたが、さっきの反応からして化物自身にも想定外な事が起きたのだろう。

 

 

「い、今の、は··········?」

 

「··········???」

 

 

二人は困惑した。

 

目の前の光景があまりに非現実的で、『なんで』とか『どうして』とか、そういう一般的な思考が出てくるのに時間が掛かった。

 

思わぬ現象に二人は開いた口を塞げなかった。

 

しばらく呆然としていると、遠くの方から警察のパトカーのサイレンが近付いてきているのが聞こえた。

 

あれほど暴れたのだ、遠くに離れていても不審に思った誰かが通報したのか、もしくはたまたまその辺をパトロールしていた警察が異変を察知したのか。

 

 

「なのはさん! フェイトさん!!」

 

「「!!」」

 

 

誰かが動きを止めてしまっていた二人に張りのある声で呼びかけてくる。

 

その声に振り返ると、そこにいたのはここに連れてきてくれた管理局の局員だ。

 

慌てているのか急いで走ってきており、それで二人がいるこの場所の惨状を見て目を見開いていた。

 

 

「い、一体何が··········あったんですか!?」

 

「え、えっと··········」

 

「それは··········」

 

 

二人はどう答えて良いのか分からず頭の中で言葉を探していたが、今はそんなことを聞いている場合じゃないと判断したのか運転手は首を横に振って二人に言う。

 

 

「いえ、今はそれどころではありません!! 急いで離れます!! ついてきてください!!」

 

 

二人にそう言うと、車がある方へ先に走っていく。

 

 

「早く!!」

 

「「!!」」

 

 

硬直したまま動かないでいた二人に急かすように叫ぶと、我を取り戻したことでなのは達は武装を解除し、普段の仕事服の姿へと戻す。

 

急いで立ち去るが、二人ともしばらく混乱状態が続いていた。

 

今見たあの光景が、あまりにも鮮烈に脳に焼き付いていたのだ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

渋谷事変があってからもう一◯日。

 

もう結構経っているのにその事件の現場にいた二人は、その記憶が鮮烈に焼き付いていて昨日どころかまだ一秒前のことのように思える。

 

 

「それでどうだ? やれそうか?」

 

「まあ、大丈夫だと思う。術式を使われたら面倒だけど、それでも勝てると思う」

 

 

虎杖と伏黒は栃木県にやって来ていた。

 

そこのとある道路で二人は話し合いながら歩いていた。彼らは先程まで後ろに見える立体駐車場跡地に交渉しに行っていたのだが、会話は五分程度で終わったからそれ以上は踏み込めなかった。

 

二人がここに来た理由、それはとある“呪術師”に協力を頼むため。

 

その呪術師は二人の先輩であり、しかし停学処分を喰らっているため高専には顔を出していない。

 

ちなみに二人は知らないが、停学の理由は同情しかできないもので、頭の硬い上の連中が彼の術式が『呪いらしくない』などという下らない理由で責められ、それで怒り狂ってしまって揉め騒ぎを起こした事が原因ということらしい。

 

そうなった理由はおそらく、現代的な要素を含んでいたということだろう。

 

例を挙げるとすれば禪院家の前当主である“禪院直毘人”や、伏黒を殺すために虎杖を襲って人質にしようとしてきた“禪院直哉”が使っていた『投射呪法』とかがそうだ。

 

あれを簡単に説明するとパラパラ漫画のようなアニメーションの動きを予め頭の中で作り、その後それを実際に自身の体で後追いで実行する術式だ。

 

術式はとても強力なものだが、呪いらしくはない。

 

そもそも、呪いと言われたら皆は何を思い浮かべるだろうか?

 

殺人鬼の魂が宿った人形? テレビに映る映像から出てくる幽霊? 名前を書くだけで死ぬ本?

 

なんであれ、少なくともそんな恐ろしいものを想像するだろう。彼らと一緒に任務に行く事が多かった釘崎が持つ術式も、そんな呪いらしいものだった。

 

しかし近代の呪術では新しいテクノロジーを通して発動する新しい術式を持つ術師も存在する。

 

それがこれから仲間に引き入れようとしている、呪術高専の三年生である“秤金次”という術師だ。

 

そもそもの話、時代が進むごとにその呪いに対しての思想も変わってくるだろう。

 

人っていうのは何か新しいものを思いつくものだ。

 

だから呪われたビデオを題材にした映画を作ったり、最近ではレストランに置かれている人型や動物型のロボットが夜な夜な勝手に動いて襲ってくるなんて物語もあるくらいだ。

 

つまりは上層部は昔ながらの考えに縛られすぎなのだ。

 

だから時代に取り残されてるんだろう。

 

いつまでも変わらなければ退屈しかしないと思うのに。

 

それで二人は詳しい事情は聞かされないままその秤金次という男に会いに来たのだが、会うには彼が運営する“賭け試合”に出場しなければならなくなった。

 

そこで強敵達と戦って認められれば会えるという話を持ち掛けられて、二人は了承。

 

その前の準備として、二人はどう計画を進めるかちょっと離れた場所で話し合っていた。

 

 

「俺達にはもう時間はない。今はもう一◯日の一七時、津美紀の回游への宣誓期限まであと九日だ··········早く会わないと」

 

 

伏黒がこんなにも焦燥感に駆られるのには訳がある。

 

彼の姉である“伏黒津美紀”も死滅回游に巻き込まれており、参加をしなければ術式が剥奪されて死に至る呪いが発動する。最悪参加はさせても良いのかもしれないが、その後が問題だ。まず、彼女は目覚めたばかりであり、精神状態もまだ安定していない。それに術式がもし攻撃に特化したものじゃなければ負ける可能性が高いのだ。

 

ならば守れば良いと思うかもしれないが、死滅回游の泳者には受肉した過去の術師がいる。

 

そいつらは戦争が当たり前のように行われてきた時代を生き抜いて来た者達であり、ならば命を取ることに躊躇いはないだろう。

 

そんな奴らだからこそ、強者としての地位を獲得している。

 

ここ最近、近いところまで遡ると明治時代くらいか。それくらいの時代の人間達はすでに廃刀令が敷かれた時を過ごしており、戦うという行為を禁じられたために戦意なんてものはもう存在していないに等しい。喧嘩などといった暴力の敵意はある程度は認められても、殺人といったところまではいかないだろう。

 

だから、時代の価値観の違いによって、相手の強さが変わる。

 

殺そうとする拳と、そうでない拳。

 

ぶつかり合えば躊躇をしない拳が勝つに決まっている。

 

この世界はいつだってそういうルールとなっているのだ。

 

だからなんとしてでも津美紀の参加は避けたい、彼女は戦闘を否定する心優しい人間だ。血で汚れた戦場になんて送り出せるわけもない。

 

一秒でも早く、死滅回游を終わらせたい。

 

そのためにわざわざ交通インフラが生きているところまで走ったり、途中で襲ってきた呪霊を祓ってまでここに来たのだ。

 

すると、

 

伏黒のその目を見た虎杖は彼の背中をポンと叩く。

 

 

「あんまり思い詰めんなよ、伏黒」

 

「虎杖··········」

 

「心配しなくてもなんとかなるって。俺だけじゃなくてみんなが協力すんだからさ。ま、気張って行くことには変わりないけどな!」

 

 

両方の手に拳を作ってゴツンと合わせる虎杖はニヒっ! と笑ってきていた。

 

不安を感じている伏黒を落ち着かせようと、彼なりに気遣って励ましてきてくれたのだろう。

 

今までの伏黒ならそんな呑気な考えでいられるかなんてことを言っていたかもしれないが、彼と一緒に行動をしてきたせいかその信頼も厚く、その微笑みを見たらこっちも笑ってしまう。

 

 

「あぁ、そうだな··········」

 

 

口の端をわずかに上げた伏黒は、背後に聳え立つ廃墟の立体駐車場跡地を見る。

 

客はまだ集まっていない、試合開始の時間は一時間後。

 

日が暮れるのもちょうどその時間だ。

 

けれど、二人にはもう話し合いの必要はない。

 

どうなろうと当たって砕けろ、だ。

 

 

「頼むぞ、虎杖」

 

「応! 任せとけ··········の前に伏黒、ちょっといいか?」

 

「?」

 

 

伏黒が元気よく送り出そうと声をかけたら虎杖は元気よく応じたが、彼は急に何かを頼み込んできた。

 

すると彼は伏黒に何かを手渡してきた。

 

それは別世界にいた小さな女の子からもらった、『赤いマフラー』だった。

 

 

「悪いけどこれ預かっててくれ、汚したくねぇんだ」

 

「あぁ、わかった」

 

 

伏黒は特に何かを訊ねることもなくそれを聞き受けた。

 

このマフラーはずっと彼が大事にしているもので、呪霊を相手にする時だけでなく、乙骨との戦いの時も汚さないように心掛けていた。

 

流石にこれからの戦いは今まで以上に激しいものとなると理解しているのか、返り血を浴びることもあるかもしれないからとポケットに大事にしまっていたが、この賭け試合では別の意味で汚したくなかった。

 

言い方は悪いが、この賭け試合には呪詛師も観戦しており、違法賭博という立ち位置のため、そんな汚れた所に彼女のマフラーを持ち込みたくなかった。

 

虎杖的には賭け事万歳派なのだが、そういった所にはマフラーは持って行きたくないという思いもある。

 

東京中の呪霊を相手にしていた時は渋谷事変の後に帰る場所もなくしたと思っていたので置く所もなく、常に持ち歩きながら祓うということを繰り返していた。

 

だが、自分の考えは傲慢だったと気付かされてみんなとまた手を取り合う道を選んだ。

 

帰る場所がまたできたといっても、まだ休むわけにはいかない。

 

虎杖はお守りのように大事にしていたマフラーを伏黒に預けると、二人はまたこれから行われる賭け試合の会場へと目を向ける。

 

二人は確実に先輩を仲間に引き入れるため、意思を共有するように硬い拳を互いに作ってぶつけ合う。

 

 

「そんじゃ、行きますか!!」

 

「あぁ!!」

 

 

この後どうなるかは分からない、しかし今はただ行けるところまで行くだけだ。

 

絶対に終わらせてみせる。

 

二人はその一言を胸に刻みつけ、前進を開始する。

 

 

 

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