呪術廻戦リリカルなのは∅   作:織姫ミグル

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第10章

 

 

一日が過ぎた。

 

あの瞬間、六本木の廃ビルが建ち並ぶ場所で起きた不可解な事件についてのことは、まだなのはの瞼の裏に焼き付いている。目を閉じて視界を黒くしてしまえば見えてくる、つまりこのまま忘れてしまうことなど到底できそうにない。

 

どうしても今回の事件の全貌を解き明かしたい。

 

しかし手掛かりらしき物はほとんど手に入らなかったも同然だった。

 

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それで結局、振り出しに戻ったわけだ。

 

元々手掛かり一つ残さないような難事件だったのだ、それでたまたま見つかっただけラッキーくらいの確率でしかなかったのだからそう簡単に解決できるはずもないことくらい分かっていたはずだ。しかし、それでもあの現象は高町なのはの心の奥深くに拭いきれない印象を残していった。このまま分からないだけで終わらせることなんて、絶対にできない。

 

すでに現場周辺は日本の警察によって非常線が張られているから捜査はできない。

 

それでもなのは達は今できることをやろうと努力したが、手掛かりがないんじゃ何もできない。

 

気が付くとなのはは自室のベッドに横たわっており、そしてその隣に置いてある携帯から小さな振動が伝わってきた。

 

最近は着信音ですらうるさく感じてきたのでマナーモードをデフォルトにしていたのだが、振動音もなんとなく不快に感じる。こんな些細なことにまで気にしてしまう年頃になってしまったのか、そんなことを思いながらなのはは携帯を開く。

 

そこには。

 

 

「·······ッ!!」

 

 

受け取ったものはメールだったのだが、その内容に動揺を隠せないなのはは急いで支度をする。

 

そしてそのまま部屋から転がり出るように部屋を後にした。

 

書かれていたもの。

 

それは決して見過ごせなかった内容だった。

 

一緒に送られてきた写真の端に、小さく何かが映っていた。

 

どこかの路地裏で、

 

見覚えのあるあの『謎の声』が聞こえてきた“亀裂”は一体なんなのだ?

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

時空管理局と言っても、この日本じゃ非公式の扱いだ。

 

だから魔法という文化がないこの世界では外に情報が漏れないように、東京臨時支局のドアの横にはハイテクな装置が付いている。証明書となるものは社員証だけでなく、指紋や静脈、皮膚の表面を流れる魔力波動パターンを分析してそこで初めて厳重なロックが外される。高町なのはは海鳴市からここまでワープしてくるに当たって、転送装置が置かれているお手洗い場から出ると、急いでいたのかノックもろくにせずにドアを開けた。

 

バン!! という音。

 

その音に、中にいた全員がなのはの方を向く。

 

視線は全部で一◯人。

 

全員、『闇の書事件』に関わっていた者達だ。

 

 

「なのは!」

 

「なのはちゃん!!」

 

 

聞き慣れた少女達の声が、なのはを出迎えた。

 

今この建物には見慣れた面子しかいない。他に人影はないことから、かなりの機密情報を今から共有しようとしているということだろう。

 

なのはは息を整えて歩み寄ると、

 

 

「クロノ君! さっき送ってきた写真────ッ!!」

 

 

焦っていたのもあってか、礼儀を忘れてそう聞いていた。

 

本当なら立場場は上司に当たる人物なのだから敬礼の一つくらいしなければならない。だがここには見知った者達しか集まっていないので、ならば敬語も何も必要ないと言ったのは彼である。なのはが急いでクロノに訊ねると、彼が答える前にコンピュータの前に座っていた時空管理局管制司令兼東京臨時支局主任のエイミィがキーボードを叩いて彼女を宥める。

 

 

「落ち着いてなのはちゃん、資料をまとめ終えたら説明するから」

 

「あ·······はい」

 

 

そこでなのはは一瞬言葉に詰まる。

 

やはり自分でも我を忘れてしまうほどかなり慌てていたらしい。なのはの姿を見て真っ先に声をかけてきた同級生のフェイトと、遠くの世界まで行っていた八神はやてが彼女の方に近付いて肩を支えると、市役所なんかにあるような回転椅子に座らせる。

 

自分達が動く前に主人が友人のために気遣っているのを見て、『守護騎士』達は改めて八神はやての慈悲深さに感銘を受けていた。

 

すると、

 

ちょっと前までは同年代だと思えるくらいになのは達と体格がほぼ同じだったヴィータがなのはの方に近付いて、厳しい声で言う。

 

 

「ったく、ちょっとは落ち着けよなバカ。そりゃあたしらも聞いた時は慌てたけどさ、少しは冷静にならねぇとこの先の人生生き残っていけねぇぞ」

 

 

彼女達、守護騎士達はなのは達より後に入った後輩組だ。

 

にも拘わらず、上下関係なんてどうでもいいかのようにため口で話すのは、それだけ付き合いが長いからだろうか。今ではなのは達よりも小さい見た目なのに、やはり長いこと生きているせいか先輩面をしたいのか焦りを隠せていなかったなのはに軽くチョップをする。

 

 

「うん·······ごめんねヴィータちゃん」

 

 

軽く頭を叩かれたなのはは思わず苦笑い。

 

ここのところ、謎の失踪事件を追い続けてやっと手掛かりらしきものを見つけたのに、それを逃してしまったことで失態による責任を感じていたなのはは少々お疲れ気味だった。

 

そんな彼女を見兼ねたシャマルは、医療班として見過ごせなかったのかオフィスの冷蔵庫から小さい牛乳パックを取り出してなのはに手渡してきた。

 

 

「ほら、これでも飲んで落ち着いて?」

 

「あ、ありがとうございますシャマルさん」

 

 

ヴィータと違ってシャマルには『さん』付けする。

 

守護騎士の中で唯一の常識人というか、誰よりも大人びてるからか自然と敬意を込めた態度になってしまう。

 

飲み物を受け取ったなのははパックの横についているストローを取って飲み口に刺すと、そこからカルシウム不足を補うための牛乳を吸い込んで喉の奥へと流し込んでいく。

 

そこでようやく、エイミィが説明するための準備を終えたのか、このオフィスの中央に特大の空中モニタが出現した。映っているのはGPS上の地図のようで、赤い×印があらゆるところに描かれている。その他にも地図の何点かがポイントされ、別のウィンドウに写真やデータなどが表示されていた。

 

前に車で六本木の捜査を任された時に見たのとほぼ同じだった。

 

それで改めてこの地図を大雑把に眺めた感想としては、

 

 

「発生している地点は海鳴市と東京のみ·······そしてそのどれもが何か曰く付きな部分が関わってる」

 

 

たん、とエイミィがエンターキーを叩くと同時にクロノがそう言うと、皆がその映像に注目する。

 

赤い×印の近くには他に何か記号や写真らしきものがあった。

 

記号については以前見た墓地を表すもので、だが写真については見たことがないものばかりだった。そのどれもが何か危険な香りがする写真ばかりで、危険な裏路地や廃墟となったビル、そして劣化しまくっていつ崩れてもおかしくないアパートなんかもあった。

 

アパートの写真を見ると、近くにはそれ以上に生きていそうなお婆さんが花壇の世話をしていることから、おそらく大家さんか何かだろう。つまりはまだこのアパートは通常営業、借りている人もまだいるわけだ。

 

だが。

 

アパートの二階、その端。

 

そこだけなんだかおかしかった。

 

他の部屋の前には生活感を匂わせるものとして何やら段ボールだったり新聞紙とかの荷物が置かれているのに対して、その部屋には何もなかった。実際、借りている人の名前を入れる表札には何もなかったし、それにどうやって撮ったのか中の写真まで映し出されていた。

 

なんの家具もないアパートの一室。

 

それが逆になんだか不気味に思えた。

 

 

「このアパートの部屋、およそ一◯年前に借りていた人がそこで亡くなったらしくてね。それでまあ死因については公開されていないが、そこに住んでいた人を知る人達は口を揃えておそらく自殺だろうと言っていた。真意は分からないが、そういう話があったせいでこの部屋は事故物件として扱われている」

 

 

クロノが説明していくとエイミィが合わせるように映像を操作する。

 

次に映し出されたものは一◯年前の新聞で、その時の様子を収めた写真も白黒で貼られていた。亡くなった人の名前と、事故物件となる前のアパート。名前の横には勤めていた職種が書かれていたが、激務を強要されるような当時有名だったブラック企業の会社名まで一緒に記事に貼られていた。それでその後は警察による家宅捜索をし、その際に部屋の中から日記という名の遺書が見つかり、それを元に会社の方もガサ入れしてみたら労働基準法に違反する記録が出てきたので、その会社は潰れることになった。

 

それで事件は解決できたみたいだが、事故物件というものは後世に残り続けるものだ。

 

そこを通りかかると誰もが『あそこに住んでいた人は自殺した』と噂し、それで面白がった誰かが『その人の霊を見た』なんて言い出したのをきっかけにその周辺には良くない噂まで広がっていった。

 

それで今回の謎の失踪事件と何が関係しているのか。

 

それは、

 

 

「こういった噂のある地域で、今回みたいな事件が起きている。実際にこの地域に住んでいた会社員も数日前に行方不明となっているんだ。何か関係しているのかもしれない」

 

 

クロノは最終的にそう結論付けたものの、それはあくまで推測だ。

 

彼の説明に皆が頭の中で吟味する。

 

確かに、今までの行方不明者のリストを見るとそういう変な噂や黒い噂、良くない話や罰当たりな話関連の場所が付近に存在する。

 

墓地、事故物件、自殺の名所、心霊スポット。

 

どれも恐怖心が溜まりそうなものばかりだった。

 

とは言っても、

 

それらには科学的根拠もない、謂わばオカルトという信憑性もないものだった。

 

 

「まさか今回の事件は全て幽霊の仕業だとでも言うつもりか?」

 

 

騎士として誇り高い意識を持つシグナムは鋭い声でそう言うと、皆が同調するように反対の意見を述べる。

 

 

「あり得ねぇだろ、そんな訳のわかんねぇもんの仕業だったなんて」

 

「僕もそんなのあり得ないと思ったさ·······けど」

 

 

ヴィータの指摘にクロノ自身も怪訝そうな目をしていたが、一拍置いて彼はまた説明しだす。

 

 

「問題はここからだ、エイミィ」

 

「うん」

 

 

クロノの指示でエイミィはコンソールに指を走らせた。

 

突然、今まで地図や写真を映し出していた空中モニタが暗転、次の瞬間には何かの映像が表示された。

 

中央に強制的に座らされた、“一人の少年”。

 

そんな彼はなのは達も久しく忘れていた内容を話し出す。

 

 

『俺は······あの時【特級呪物】の回収を任されてある自然公園に向かった』

 

『特級······呪物?』

 

 

不意にスピーカーから懐かしい声が聞こえてきて、なのはとフェイトにはやてはぴくりと体をわずかに震わせた。

 

少年、虎杖悠仁とリンディ・ハラオウンとの会話記録。

 

少年に関する情報はできるだけ少なくするために隠蔽工作として消していたのだが、まだ残っていてようだ。

 

記録映像は続く。

 

 

『あぁ、やっぱ知らねぇんだ、わかってたけど。まあ信じるか信じないかはそっちの自由だけど続けるぞ。まず日本の怪死者・行方不明者は年平均一万を越える。そのほとんどが人間から流れ出た負の感情、【呪い】による被害だ』

 

『呪い?』

 

 

その単語を聞いて皆がハッと目を見開いた。

 

それだけでなんとなく納得してしまったからだ。

 

 

『それで、俺達【呪術師】はそういった被害を防ぐために呪いの溜まりやすい場所、例を挙げると辛酸や後悔に恥辱が人間の記憶を反芻する度にその感情の受け皿となりやすい学校や病院に“魔除け”として至る所に置かれていた······えっと、あんたの言うそのジュエルシード? もその一つだ』

 

『ジュエルシードは魔除けなんかじゃないわ。むしろ危険異端技術よ』

 

『だァから俺達の所ではそれは【呪物】として存在してんのッ!! それの呼び方なんて今気にしてても仕方ねぇじゃん? 実際、その石には封印のお札も貼られてたし、より邪悪な呪いを引き寄せないために更に強力な呪物、危険なものを置くことによって、魔除けとなる』

 

 

そこで映像は突然フリーズした。

 

誰かが止めたわけではない、録画の再生限界に到達したのだ。情報をできるだけ漏らさないようにと隠蔽工作をしてほとんど消してしまった中での貴重な記録、だからこそここまでしか残せなかった。

 

しかし。

 

彼のことをよく知る者達ならば、今の映像に貴重な情報が眠っていたことに気付いたはずだ。

 

例えば、『日本の怪死者・行方不明者は年平均一万を越える。そのほとんどが人間から流れ出た負の感情、【呪い】による被害』という部分。

 

そしてもう一つ。

 

『そういった被害を防ぐために呪いの溜まりやすい場所、例を挙げると辛酸や後悔に恥辱が人間の記憶を反芻する度にその感情の受け皿となりやすい学校や病院に“魔除け”として至る所に置かれていた』という話を繋ぎ合わせると、クロノの説明にも納得がいく。

 

そもそもクロノは、なのは達が持ち帰った情報の中に虎杖の名前があったことに違和感を覚えていた。

 

けれどもしこれに虎杖悠仁が絡んでいるのならば、一連の事件には魔法や科学ではない、別の力が関係していると思えた。

 

 

それが────“呪い”だ。

 

 

事件現場付近には辛酸や後悔に恥辱が人間の記憶を反芻する度にその感情の受け皿となりやすい学校や病院だけでなく、恐怖を感じやすいスポットが沢山あった。

 

これはまだ仮説の域を出ないが、もし今までの事件が呪い由来のものであったのなら、何故現場がその近くで起きていたのかが説明できる。

 

とはいえ、

 

それでもまだ納得がいかない部分はある。

 

 

「だとしても、虎杖悠仁達の住む世界とは違ってここには呪いなんてものはないはずだ」

 

「たとえ誰かの負の感情が溜まったとしても、それが形となって襲ってくるなんて事例今までなかったわけだし」

 

 

狼のような獣姿のザフィーラがそう言うと、冷静に物事を考えるシャマルもそれに同意する。

 

実際それにはクロノも賛成したいところだ。

 

でも、それでも首を縦に振れない部分もあった。

 

 

「みんなは魔法を使った後、その場にわずかに魔力の痕跡が残ることは知っているだろう?」

 

 

魔法技術の常識を問うクロノに皆が無言で頷いた。

 

どんなものでも大体がそうだが、何かを使ったらその形跡が残るものだ。銃だって線条痕と呼ばれる銃の指紋として知られているものが残されているから犯人を特定できるわけで、さらに撃たれた被害者にも銃で殺されたという事実が残される。

 

魔法も同じで、何の魔法を使ったかにもよるが、魔法の大体は外へと撃ち出すものが多い。魔法弾といった攻撃手段のものだけでなく、回復の魔法だって他人の治癒のために一度空間を通して発動しているのだから、その魔力の痕跡はその場に残されるのだ。

 

それでクロノは何が言いたいのか、ちょうど主人のことが心配で同行していた当時の事件の当事者の方を見て言う。

 

 

「“リインフォース”······君も覚えているだろう?」

 

「?」

 

「はい?」

 

 

その名を呼ばれて反応するものが二人。

 

二人とも姿は瓜二つで、だが大きさは明らかに違う。

 

一方は大学生の女性くらいの大きさで、もう一方は人形くらいの大きさしかない。

 

 

「あぁすまない、“アインス”の方だ」

 

「? 私か?」

 

 

クロノが訂正するように言うと、大人びた方の女性が自分のことだと察すると瞬きしながら応じた。

 

綺麗な長い銀髪をした彼女達は夜天の書の管理プログラムで、“リインフォース・Ⅰ”と“リインフォース・Ⅱ”という名を持つ。

 

なぜ数字をつけて区別しているのか、それは大人姿のリインフォースがすでにその力を失っているからだ。

 

『夜天の書』が『闇の書』として覚醒した事によって彼女は出現し、その際には『闇の書の意思』で『融合騎』として存在していた。その力はロストロギアに分類されるほどに強力で、その証拠に幾つもの世界を滅ぼしてきた記録がいくつもある。

 

それほどに強力な力を持っていた彼女であるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その存在の名は、

 

 

「君の力を全て掻き消した男────両面宿儺」

 

「ッ!!」

 

 

その名を口にされて、アインスは体を強張らせた。

 

自分を圧倒的な力によって追い込んだ『呪いの王』の名は、彼女にとってはトラウマ的な存在だった。あれだけ強力な魔法を繰り出しても悉く木っ端微塵にされ、最終的には海鳴市ごと斬り刻んだ怪物のことを忘れるなんてできるはずもない。

 

それであの時、宿儺は闇の書の闇と呼ばれていた“ナハトヴァール”を自分ごと吹き飛ばした。

 

結果的にそれで自分の中から自動防衛システムが失われてしまったことで、大した魔法も使えなくなった代わりにもう暴走することはなくなった。

 

それだけでなく、自分の妹とも言える“ツヴァイ”が生まれたのだから結果オーライだ。

 

────で話が終わったわけではなかったようだ。

 

 

「あの時、宿儺が派手に暴れ回ったおかげで海鳴のあちこちに彼の力が残片として残されていた。この仮説が正しければの話にはなるんだが、もしあの時説明してくれた虎杖の話と宿儺の力が今もまだこの世界に残っているのならば」

 

 

クロノもそれはできれば口にしたくはなかった。

 

だが事実を伝えてこそ、皆の不安を払拭できると思った。

 

だから言った。

 

最悪の仮説を。

 

 

「宿儺の『呪いの力』が残穢となってこの地に広がり、そして今この時になって初めてこの世界に『呪い』という存在が生まれた────僕はそう考えた」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

うっ、という籠もった声が聞こえた。

 

見ると、アインスが右手で口許を押さえていた。その様子に気付いた彼女の主人である八神はやてが、このオフィスに幾つも備えられているキャスター付きの回転椅子を一脚、そっとそちらにスライドさせながら運ぶ。

 

近くまで運び、真っ青な顔のアインスをそこに座らせる。

 

 

「大丈夫か? リイン?」 

 

 

そう訊ねると彼女は顔を上げ、心配をさせぬように頷いた。

 

 

「はい······ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません、我が主」

 

 

そうは言うものの気分はよくなかった。

 

また、自分達のせいで······そんな考えがふと頭の中を過ぎる。

 

事情が事情で仕方がなかったとはいえ、過程と結果を辿るとほとんどが『闇の書事件』に関わっている。全部何も知らない守護騎士達が闇の書の復活を急いだせいで暴走が始まり、それを面白がってあの宿儺が派手に暴れた。

 

本当ならあの時、どこか無人の世界にでも移動していれば良かったのだろうか。

 

そうすれば『闇の書事件』だけでなく、惑星エルトリアを救うために自分のプログラムの一部であった『永遠結晶』もこの世界に残らず、悲劇は食い止められたかもしれない。

 

宿儺の手によって自分の中の呪いは祓われたが、その結果今この時になって別の呪いが発生してしまった。

 

誰も責めてはいないが、そう思うと誰でもない自分が自分を責めていた。

 

結局は全て自分のせい。

 

そう思うと自責の念に駆られていって気分が悪くなってくる。

 

 

「けど··········やっぱりそれはおかしいと思うよ」

 

 

そんな彼女の考えを察したのか、もしくは単に疑問に思ったのか。

 

八神はやてがクロノにちょっと低い声で訊ねていた。

 

 

「それってどれもあくまで仮説なんやろ? カメラの映像とか現場の情報とかも全部曖昧で、それ以前にそもそも犯人だって誰も見てないわけなんやし」

 

「そうでもないんだ」

 

 

クロノのあっさりとした答えに、はやては驚いた声で彼の顔を見返した。

 

もう一度、彼は守護騎士達を見て言う。

 

 

「君達はさっき地球に帰還したばかりだからまだ説明していなかったが、昨日なのはとフェイトの二人がその証拠となる人物··········いや、“呪い”と遭遇した」

 

 

クロノの説明に続いてエイミィがコンピュータを操作すると、ウィンドウだらけの画面にさらに一つ、新たなウィンドウが開く。

 

鮮明なビデオ映像。

 

廃墟のビルが建ち並ぶ場所で、二人はバリアジャケットを纏ってデバイスの武装モードにして魔法を繰り出しているが、()()()()()()()()

 

にも拘わらず二人は魔法を発動している。

 

傍から見たら気でも狂った末の暴走に思える映像だが、二人は明らかに何者かと対峙している。その証拠に、二人が急に避けたその先で爆弾でも爆発したようにビルの壁が崩壊していた。

 

 

「二人とも、説明してくれるか?」

 

「「·········」」

 

 

クロノに言われ、なのはとフェイトのコクリと頷いた。

 

二人とも立ち上がって話し出す。

 

 

「私達はあの時、クロノの仮説を元に一連の事件に関係してそうな場所に行ったんだ」

 

「それが六本木、私達はそこで何か手掛かりはないかなって望みが薄くても調査してたんだけど」

 

 

フェイトが先に話し出してなのはが続くように言うと、二人は先の戦いの映像を見ながら説明する。

 

 

「そのビルの一つを捜査していたら、急に見たことのない生き物に襲われたんだ」

 

 

フェイトが説明する時、映像ではちょうど二人がビルの中から吹っ飛ばされてくる所であった。

 

 

「ここには何も映ってないけど、私達が戦ったのは本当に化物みたいな奴だったよ。腕が六本もあって目もいくつもあったし、それに何度も同じことを繰り返して言ってたんだ」

 

「同じことって、何だよ?」

 

 

なのはの説明がよくわからなかったが、ヴィータは一先ずそのことは置いておいてそれが一体何なのかを聞く。

 

なのははその質問を待っていたかのように念じて指示を出すと、胸に仕舞っていたレイジングハートが自立稼働して出てきた。

 

そして。

 

映像はなくとも、戦っていた当時の記録音声を再生する。

 

ビブラートのエフェクトでもかかってるのか、聞こえた声は悍ましいものだった。

 

 

よ、良い子はァああああア、帰ぇルじぃ間ンンンンンンんんんん

 

「「「「「「「ッ!?」」」」」」」

 

 

記録した音声がオフィスいっぱいに響いた。

 

怖気を震わせるような、心底不快になる声。

 

ドラマなんかの怖い話で出てくる幽霊が発する声にも似ていた気がする。

 

 

「この音声しか今は証拠になるようなものはないけど、でもあれは明らかに人でも何でもない·········なんていうかその」

 

「“呪いの幽霊”·········かな」

 

 

確証を得られていないためか、なのはがオカルトもんの与太話みたいなことを言うのを躊躇っているとフェイトが代わりに言ってくれた。

 

その説明を聞いて、はやて達守護騎士のみんな揃って怪訝そうな目をする。

 

やはり証拠となるものが音声だけしかないというのが信憑性に欠けるのだろう。二人が何かと戦っている映像を見てもその姿が映っていないからどんな奴なのかも分からないし、ただこれだけは分かる。

 

今までの常識が通じない、ということだ。

 

確かに普通の事件とは違う。

 

しかももし幽霊が登場するようなら、自分達の魔法は通じるのかどうかも分からない。実体のない奴というのはつまりは存在していない空気に攻撃を放つようなものであり、そこらの石ころを投げて近所の家の壁にぶつけるのと大差無い行為だ。

 

だから対抗策も考えなくてはならないのだが、

 

 

「その時はどうやって倒したん? 二人とも?」

 

「「·········えっと」」

 

 

はやてにそう聞かれた二人は何だか痛いところをつかれたように顔を顰めさせた。

 

 

「実は·········分からないんだ」

 

「分からない?」

 

「何でだよ? お前らその時そこにいたんだから何があったのか覚えてんだろ?」

 

「それはそう·········なんだけど」

 

 

はやてだけでなくヴィータにまでそう言われたら二人ともさらに顔を暗くさせた。

 

言えないとかではなく、どちらかというとどう説明していいか分からないみたいな顔だった。それで二人は一生懸命言葉を探してみたが、やはり今回の会議自体そもそも情報が少なすぎるのもあってか説明不足となることが多い。

 

だから結局、こう言うしかなかった。

 

 

「·········勝手に死んだんだ」

 

「「「「「「「·········は?」」」」」」」

 

 

予想通りの反応だった。

 

フェイトでさえ困った顔をしており、それでなのはが補足として説明を加える。

 

 

「フェイトちゃんの言う通り、いきなり死んだんだ。まるで自爆したみたいに。でもあの時のあの化物も自分の身に何があったのか把握できていなかったみたいだから、自滅っていうのは考えにくいかな? だから見たままを説明すると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

なのはの説明に皆が首を捻った。

 

彼女なりに精一杯言葉を選んで説明したみたいだが、証拠の映像もないから想像が難しい。でも彼女達の性格を知っているからこそ、その話には嘘偽りはないというのが分かる。

 

 

「呪いの幽霊·········か」

 

 

掠れた声で呟いたクロノは改めて今回の事件の異質さを実感した。

 

元々彼らだってそういう御伽話のような力を使っているとはいえ、本質が全く異なるオカルトの分野の話をされたら困惑するだろう。

 

魔法というのは言ってしまえば希望や願いの結晶を形にするようなもので、水を沸かすとか遠くにある物を引き寄せるとか空を飛ぶみたいな、そんな純粋な考えを現実にするクリーンな印象を受ける。

 

しかし、呪いはそれとは真逆であり、圧倒的に暗い要素が強いものだ。

 

人にとって良くない噂、恨みや敵意、絶望みたいなマイナスなエネルギーを含んだ世界なんて、そんなの魔法を日常的に扱っているものからすれば到底理解し難いものだろう。

 

果たして今までの話でどこまで正解のラインにまで辿り着いているのか、それすらも分かっていない。

 

しかし。

 

今はそれよりも、皆をここに召集した理由を話す方が先だ。

 

これまでの状況を振り返って整理がある程度ついたところで、クロノは咳払いを一つして本題に入る。

 

 

「それで話を戻すが、僕らが手に入れた写真をみんなも見たと思う」

 

「あ、そうだよクロノ君!! あれは一体何なの!?」

 

 

なのははずっと気になっていた話題にようやく入ったことによって今までよりも前のめりな姿勢で訊ねてきていた。

 

クロノは説明する。

 

 

「僕がこの事件に関して宿儺の『呪いの力』が残穢となってこの地に広がったっていう説を先に話題に出したのは、そうした方が説明しやすかったからだ。もしこの仮説が本当ならば、宿儺の力によって今も呪いがどこかから生まれているということ。それで呪いの力が集まりやすい場所を調べていたら、あの映像が撮れたんだ·········エイミィ」

 

「はいな」

 

 

エイミィがコンソールのキーを叩くと、空中モニタには皆の携帯に一斉送信した写真の映像を映し出した。

 

スプレーで落書き所と化している建築物の間に挟まれたところにある、“亀裂”のようなもの。

 

それは以前なのはとフェイトが目撃したものと似ていた。

 

 

「ここは以前不良の溜まり場として有名だったらしくてね、でもただの遊び場目的のためにここを使ってたわけじゃないんだって」

 

 

エイミィもかなり調べたのだろう。

 

当時の事件記録として昔の新聞を一緒にモニタに映し出す。

 

 

「ここは所謂リンチ場だったみたいで、当時の不良達が気に入らない人を強引にここに連れ込んで暴行を加えるみたいなことをしてたんだって。人目につかないし、大はしゃぎしても誰も気にしないし、それで最悪亡くなっても近くに下水道に流すためのマンホールがあったからそこに捨てて証拠を消してたこともあったみたい。まぁ、その時の不良達は容疑者としてもう捕まってるみたいだけどね」

 

「あ········じゃあつまり」

 

 

思わず画面に見入りながらフェイトが訊くと、エイミィは無言で頷いて続きを話す。

 

 

「うん、クロノ君の仮説が正しければ、ここにもそういうマイナスなエネルギーが溜まっていたはずだよ。虐められてた人や亡くなった人がいたからこそ、ここも曰く付きの現場となってみんなが死んだ人を幽霊扱いして暗い噂を流してただろうし」

 

「それで········あの写真が撮れた理由は?」

 

 

モニタに映っている謎の“亀裂”は今までの捜査でも全然掴めなかった貴重な証拠、一体どうやって手に入れたのか気になったなのはが訊くと、エイミィも予想外の方法で手に入れたらしく、ちょっと腑に落ちない顔をしていた。

 

それでみんなの意見がちゃんと世間的に合っているかを確かめるためにこんなことを聞いてきた。

 

 

「もしもの話だけど、みんなは心霊スポットに行く時にカメラとか持って行ったりする?」

 

 

そう言われてみんな互いに顔を見合わせて、自分は行かないが大体の人はそうするんじゃないかみたいな感じで首を縦に振った。

 

 

「まあそもそもそういう場所には近寄らないと思うけど、度胸試しとしてみんなそういう場所に行ったらその証拠として幽霊の姿とか収めたいって思う人もいると思うんだ。それでね、肝試しっていうのは普通夜に行くでしょ? そうなったらカメラには何も映らないから、『ナイトビジョンモード』にすると思う。それでさ、心霊現象やオーブとされるものは人間の目に見えない波長の光であることが多く、デジタルナイトビジョンを利用することで目撃できる可能性があるなんて言われてるんだ。だから、その········」

 

 

そこまで言って、エイミィが言おうとしていることが何となく分かった。

 

確かにそれも科学的な根拠はない話だ。

 

でも。

 

実際にそれで撮れてしまったんだから、文句を言っても仕方がない。

 

 

「それでナイトビジョンにしたら撮れた········というわけか」

 

「何だそれ、意味わかんねぇ」

 

「でも実際に撮れてるわけだし」

 

「あぁ、未だに信じられないがあり得なくもない話だ」

 

 

守護騎士達も結構無理な説明を聞いても納得してくれた。

 

エイミィだってこんなオカルトチックな事件に関わるなんてそうないのでどう説明したらいいのかかなり迷ったが、最終的にみんな理解してくれたようだから一安心だった。

 

だとしたら、問題はここからだ。

 

 

「それで、だ········この“亀裂”についてみんなはどう思う?」

 

 

分かりきったことであるというのに、クロノは敢えて質問した。

 

まるで意思確認をするように。

 

以前に目撃したあの“亀裂”からは、あの時『闇の書事件』の際に出会った少年の虎杖悠仁と思われる名が飛び出してきた。

 

“二つの声”と共に。

 

今のところそれが誰なのかは分からないが、元の世界に帰ったはずの虎杖の名前が出てきた時点で、“亀裂”の先には何があるのか大体予想がつく。

 

長くなってしまった会議は終わったようなものだった。

 

あちこちでは同様の事件が今も起きていることだろう、ならばそれを食い止めるのが彼女達の役割だ。

 

これ以上の被害は出さない、その意思を見せるように皆が椅子から立ち上がる。

 

それを見たクロノは、聞く必要はなかったかと安心したような笑みを浮かべて言った。

 

 

「まだこの“亀裂”はそこに残っている、調査に行くなら早い方がいい」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

その先は戦場が広がっていることだろう。

 

陽光に照らされ、それでも光を吸収する巨大な『漆黒の柱』が二人を待ち構えていた。

 

 

「お兄ちゃん········何これ?」

 

 

アリシアは理解不能なものを見るようにそれを見上げながら呟いた。

 

柱どころか天まで貫いており、これではまるで旧約聖書の創世記に登場する伝説の巨塔だ。ノアの洪水の後に人類は同じ言語を話し、一箇所に定住したからそこに天まで届く塔を建てようとした人間の傲慢さに神が怒り、塔を破壊して人々の言葉をバラバラにしたという神話であるが、この先にあるのはそんなものとは比べ物にならないほど悪質な世界。

 

一度入ったら出ることはできない戦場であり、出るには人をたくさん殺して都合の良いルールを追加するしかない。

 

それにしてもこれは明らかに土地区画整理法に違反してる現象だ。空中を移動する飛行機なんかこれを避けて飛ぶしかないだろうし、さらにはどこまで伸びてるか分からないから空を飛べる術式を持っていても、大気圏外まで続いていたら脱出はできないかもしれない。

 

それはいいとして。

 

 

「この先が········死滅回游」

 

 

乙骨はあまりのスケールに流石に唖然としてしまっていたが、すぐに冷静になって目の前にある黒い結界を触ってみる。

 

やはり受肉や覚醒したことで強制参加を強いられた泳者ではないから乙骨には中に入る権利はないのか、普通の壁として彼の侵入を拒んでいた。

 

でも、触った次の瞬間。

 

乙骨の頭上から甲高い声が降ってきた。

 

 

『よお! 俺は“コガネ”!!』

 

「!!」

 

「!?」

 

 

突如現れたのはマスコットのような見た目をした式神。

 

髑髏は愛嬌のあるデザインで、そして悪魔のような尻尾に天使のような羽根を持つ、善でも悪でもない純粋な存在として扱われるように誰に対しても纏わり憑くことを教えるように、こう言う。

 

 

『この結界の中では“死滅回游”って殺し合いのゲームが開催中だ!! 一度足を踏み入れたらオマエも泳者!! それでもオマエは中に入るのかい!?』

 

「うん、お願い」

 

 

躊躇なんて考えは一切なく、迷わずに即答した。

 

権利を獲得したことを知らせるように、回游の窓口であるコガネは告げる。

 

 

『乙骨憂太が死滅回游へ参加しました。総則を参照しますか?』

 

「大丈夫」

 

 

無駄な話をさっさと終わらせて中に入ることを考える乙骨。

 

その前に、

 

彼はコガネが現れてから不安そうに自分のズボンを掴んでいるアリシアに安心してもらうように頭を優しく撫でて、

 

 

「アリシアちゃん」

 

「?」

 

 

彼女の名を呼び、乙骨は真剣な目をして再度訊ねた。

 

 

「この先はとても危険な所なんだ。それでもアリシアちゃんの時のように今も怯えている人達が中にいる。僕はその人達を必ず助けなきゃいけない。だからね、アリシアちゃん────」

 

 

 

アリシアに以前に約束したことを思い出させるように小指を出して言う。

 

 

「約束通り、何があっても絶対に僕から離れないでね。いい?」

 

「········」

 

 

小声でそう囁きかけると言葉の意味を理解しているのかどうかは分からないが、アリシアは子供らしく大きな笑みと共にこくりと頷いた。

 

 

「うん!! 絶対に離れない!!」

 

 

そう言ってアリシアは乙骨の方へと飛び込むように抱きついて来る。

 

小指を出していたのに構わず突っ込んできた彼女に乙骨はわずかに体勢を崩しそうになったが、アリシアの固い想いがちゃんと伝わってきて艶やかな金髪をもう一度撫でながら一回離し、その顔を見て優しい微笑みを浮かべる。

 

そして。

 

二人は手を繋いで、スタートラインである回游の結界前に立った。

 

 

「それじゃあ行くよ、アリシアちゃん」

 

「うん」

 

 

そのまま二人は合わせるように一歩前へ前進し、暗い壁を通り抜けると、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

いや。

 

違う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「な────ッ!?」

 

 

凄まじい風が身に纏った特級術師を象徴する高専制服や頬の肉をばさばさぶるぶるとはためかせる。

 

失禁してしまいそうな浮遊感。体は重力に引っ張られて、乙骨を死地へと誘う。

 

完全に自由落下をしているのだということを自覚する。

 

死滅回游には知られていないルールがある。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

それはほぼ上空であり、そこから自分の降りたい地点へと調整させて降り立つという仕組みだ。

 

だが大体の術師には空を飛ぶという手段を持たない。パラシュートもなしに安全に地面へと降り立たせる気なんて最初からないのだろう。過去の受肉した術師ならば呪力の扱いには慣れているだろうからある程度は無事に済むだろうが、現代の覚醒した術師はまだ呪術のなんたるかをまるでわかっていない状況だ。

 

それでこんな状況に陥ったら、まず間違いなく意識を手放しそうになるほどの恐怖によって頭の中は混乱で満たされ、最終的には何もできないまま落下死してしまうだろう。

 

だが乙骨は現代の特級術師。

 

幸いにも呪いについてはよく知っているので落下死の心配はない。

 

しかしそれ以上に、

 

 

「アリシアちゃん!?」

 

 

最悪な事態だった。

 

離れないようにと約束したのに、理不尽なルールのせいでそんな契りは簡単に破られてしまった。

 

手を離さないようにと固く握っていたはずの手には、何もない。

 

()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「────────ッッッ!!!!???」

 

 

困惑どころの話ではなかった。

 

一歩歩いたその瞬間に足の裏から固い地面の感触はなくなり、気が付いたら高空特有の突き刺すような冷気を全身に浴びていた。

 

今彼女は戸惑いのあまり手足を変な風に振り回したせいで、空気抵抗がおかしなことになってしまったので体を思いっきり回転させながら落下していた。

 

 

(何これ········!? どういうこと!? お兄ちゃんッッッ!!???)

 

 

一体自分の身に何が起きているのか、それすらも分かっていない。

 

叫び声を上げることもできない。

 

ぐるぐる回りすぎて一切思考がまとまらない。

 

 

(い、いや────ッッッ!!)

 

 

少女のルビーのように紅い瞳から涙がぼたぼたと溢れ出し、空気抵抗によって落ちるのではなく天へと昇っていくのが見える。

 

堪えきれない恐怖、それに襲われたアリシアはこれから来るであろう運命を猛烈に拒絶する。

 

 

(死にたくない────ッッッ!!)

 

 

何かを掴んでいなければ落ち着かないのか、アリシアはつい自分の手をぎゅっと握り締めていた。

 

まるで────()()()()()()()()()

 

 

(死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないッッッッッッッッッッッッ!!)

 

 

何回同じことを祈ったか分からない。

 

しかし天は彼女を見放したのかそんな願いを聞き入れた様子もなく、アリシアの体は無慈悲にも程があるほどに残酷に地へと突き落とす。

 

それでも彼女は奇跡を願う。

 

最終的に彼女は暴れることなく祈ることに専念したためか体は安定し、祈りを捧げるような姿勢になりながらも落下を続けていた。

 

そして、

 

 

 

「死にたくなぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃッッッ!!!!!!」

 

 

 

力の限り声を張り上げ、死を拒絶した。

 

それから一拍も置かず、

 

 

ドクン!!

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

一体何がどうしたのか、それは本人にも分からない。

 

そもそも自分の運命を受け入れたくないから目を固く閉じてしまっているせいで、自分の身に何が起きているのかすら分かっていない。

 

ただ、

 

第三者から見た光景をそのまま言えば。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

それを目撃したのは元々この結界内に参加していた猛者だった。

 

 

 

 

 

()()()?」

 

 

 

 

 

“景色を捉えることで空を飛べる術式を持つ術師”は、唐突に空に現れた『呪力』を見て目を細める。

 

 

 

 

 

()()()()S()W()E()E()T()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

立体駐車場の屋上、いつでも特大なものを当てられるように“リーゼントのようなポンパドールヘアを整えている男”は、上空に浮かぶ特大の『呪力』を見て思わず吸っていた煙草を口から離して、肺に入っていた煙を吐き出しながら口笛を吹く。

 

 

 

 

 

「········」

 

 

 

 

 

巨大な式神からの視界を共有してその様子を見ていた“仙人のような老人”は、何も思うことがないのかただ黙って坐禅を組んでいた。

 

 

 

 

 

()()()········()()()

 

 

 

 

 

そんな老人と戦うことを避けていたのか、生存を優先していた“黒い悪魔”は休眠状態になっていたが、予想外の『呪力』を放出する者が結界内に侵入してきたことで一時的に覚醒、その後再び眠った。

 

 

 

この結界内にも色々な思惑があって、蘇った人物に溢れていた。

 

 

 

そんな結界内のどこかで。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”。

 

 

 

隕石の墜落を思わせるほどの振動を結界内に響かせて降り立った。

 

 





じゅじゅさんぽ



脹相、九十九由基、天元。

護衛のために『薨星宮』の直上、最後の砦である“空性結界”と呼ばれる場所で三人は、炬燵に両足を突っ込んでくつろいでいた。

どうしてそんな所にいるのか、簡単に言えばリラックスするためだ。

いつまでも同じ景色では退屈してしまうだろう、護衛といえども少しは気を抜く機会がなくてはならない。だから天元が模様替えとして和を匂わせる内装にしてみたのだ。

という訳で、四角いコタツの三面に三人は向かい合うように座り、これから襲撃してくるであろう“羂索”の対策会議を話し合っていると、


「ム·······ッ!!」


そこで脹相が突然眠たそうな瞳をクワァ!!!!!!! と大きく見開いた。

話し合いの途中だったのに急に様子が変わった脹相に、九十九は訊く。


「どうしたんだ?」

「アリシアが危ない目に遭っている気がする」


そんなことを言われて九十九と天元は首を傾げる。

彼の術式は血が武器となっているため、その影響で自分と血の繋がった者が命の危険に晒されればその異変は本人にも伝わってくる。

だが。

アリシアは脹相よりも前に生まれていると思われるので、更には羂索が彼女の母親の肉体を奪ったのも生まれてからだ。ならば羂索の血は入っていない可能性が高い。その後加茂憲倫のように彼女に血を混ぜるようなことをしたのなら納得がいくが、その情報は天元だって手に入れていないので分からない。

だが少なくとも、脹相には分かるのだろう。

だって、『お兄ちゃん』だから。

すると脹相は立ち上がる。

そしてそのままどこにあるのか分からない出口の方へと走り出して、


「今お兄ちゃんが行くぞ!! アリシアァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」

「ハイ落ち着けー」


直後。

九十九の一言、というかドゴォ!! という重みのある一撃を喰らったことでお兄ちゃんレーダーが破壊される。

お兄ちゃんならば護衛の任務よりも兄妹の方が大事というのはなんとなく理解できるが、だとしても素直に逃すわけにはいかないので、九十九は脹相の頭上に星を回させる程の拳を叩き込んだ。



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