『五点が追加されました』
「
勝負は決した。
勝敗は火を見るよりも明らかだ。
“彼”の能力は限られた場面でしか使えない、だから戦闘はほぼ自分の身体能力だけだった。もちろん呪力による強化はしているが、その呪力特性が自然界では圧倒的な破壊力を誇る『電気』とほぼ同等の性質であるため、手に持っている中国の神話的な御伽話の『西遊記』の主人公が愛用した神器である『如意金箍棒』にそっくりな呪具へと流し込むことで更なる威力を発揮する。
電気と同等の性質と速度から事実上その攻撃は『必中攻撃』となり、相手の命を電光石火の如く奪い取れる。
単純な呪力による防御はほぼ無意味で、電気の性質を応用した攻撃によって感電を引き起こして必中効果を発生させるが、そもそも彼の場合は豊富な戦闘経験によって大体の奴らは敵にすらならない。
強者との死闘を求めるその好戦意欲。
その結果彼が現代に甦って初めて抱いた感覚は、不満だった。
「
青年の姿をした過去の術師は不満を和らげようと思わず親指の爪を噛み締める。せっかく呪物と化してまで現代に甦ったのに、これでは何の意味もない。
自分を満足させられるほどの強者が全くいないことに、彼は落胆していた。
「
先程殺した相手なんてもう眼中にない。
死体の腹には風穴が開けられてそのまま壁に打ち付けられて一体化しているが、彼は弱者のことなどどうでも良いし興味もない。記憶にするほどの価値もなく、それよりもこの世にもう一度復活するために自分を呪物化した奴から事前に聞いていた史上最強の術師のことを思い出す。
───両面宿儺。
自分を満足させられる程の、規格外の強者。
『得点が二◯◯点を超えました。一◯◯点を消費して死滅回游にルールを追加しますか?』
「········そうか········ルール········」
彼はそちらを一切見ずに、この回游の案内人である式神からの確認を聞いた瞬間、一つの案が思い浮かぶ。
自分が求めている相手、そして予想外の強者。
そいつらが一体何処にいるのか、それさえ分かれば今よりは少し楽しくなるはずだ。
追加回数のことも慎重に考え、彼は新たなルールを提示する。
「“コガネ”、ルール追加───“全泳者の情報を開示させろ”」
『承認されました。〈総則〉九=泳者は他泳者の情報───“名前”“得点”“ルール追加回数”“滞留結界”───を参照できる』
死滅回游の案内人であり監視人のコガネが彼の提示したルール内容が死滅回游の永続に何か違反していないか吟味した結果、何も問題はないと判断して無事に追加を承認した。
『早速使いますか?』
「あぁ」
そう言うとコガネは現代らしくスマホの電源を入れた時のような軽快な起動音と共に、かなりレトロな半透明のディスプレイを腹部に表示させる。デザインはシンプルで昔流行った携帯育成ゲームのように画質は荒く、名前と得点に滞留結界がドット文字で書かれている。
一先ずは宿儺の強さ基準を考え、点が高い順にしてみた。
高得点を持っている名前が書かれた羅列を指先で下へスクロールしていくが、両面宿儺の名前は何処にもなかった。
「チッ!!」
ほとんど興味のない奴らの名前のみが表示されたことに腹を立て、奥歯を噛み締めながら舌打ちをする。意味もない名前の奔流が高速で瞬き、最終的にはゼロ点しかない奴らのところにまでたどり着いてしまった。
史上最強の術師が参加していないのか、それとも点を取れていないのか、もしくはもうヤラレたか。
どれも可能性は薄すぎてあり得ないだろうが、見つけられないということはそのどれかなのかもしれない。
それか。
受肉先の肉体の名前で登録されているというルールは知らされていなかったから、もしかしたら宿儺も受肉した肉体の名で登録されている可能性もある。滞留結界の欄にはまだ空白の奴らもいて、その中の誰かかもしれないが現時点では何も分からないままだった。
本当にこれでは何のために甦ったのか分からない。しかも点を無駄にしてしまったように思えて、徒労に終わったことにさらに苛立ちを増幅させる。
せめて現在の一◯◯点所持者と戦えれば、最低でも五◯点以上は持っている奴と会いたい。
それで今度はまた画面を上へとスクロールしていき、ゼロ点しかない弱者の項目から強者だけの名前が並んだ方へと戻していく。リストアップすれば手早く参照できるのにそうしないのは苛立ちのせいで冷静さが失われているからだろうか。
自分で追加したシステムを充分に活かしきれていない青年は指をとにかく動かしていくと、
「ん?」
不意に首を傾げた。
まだまだゼロ点しかない奴らの項目から抜け出せずにいたのだが、その中の一人がタイミングよく消えたのを目撃した。一瞬だったから誰の名前なのかまでは覚えられなかったが、名前が何だか日本人らしくなかったのだけは覚えてる。
欧州人名らしくカタカナ表記だったのだが、つまりは外国人の術師まで参加しているのか。非術師でも表示されるのかまでは彼ですら分からない。だがゼロ点で外人だったということはおそらくそうなのかもしれない。
外人の術師はいるにいるが、極めて稀で珍しいので可能性は低いと判断した。
それで。
そんなことはどうでもいいかのようにさっさと点を持っている奴らの名前が書かれたところまで戻そうと人差し指を懸命に動かしていると、やっと五点のところまで帰ってこれた。
強さの基準としてはもっと高い奴らが良いので、五点の奴らのことなんて気にせずにまだまだスクロールしていく。
───そんな中で、彼は見落としてしまった。
先程一瞬見かけた、点を持っていない奴らの名が書かれた羅列から急に消えた参加者の一人が。
◇◆◇◆◇◆◇
だー。
そんな風に鼻から流れてくる赤い液体が止まらない。
「うぅ········」
深夜一時、廃墟の立体駐車場。
その屋上で虎杖はかつてないほどに一方的にボコられてしまったことで、情けなく鼻にティッシュを詰め込んでいた。別に失血するほどのことでもないし、痛みには慣れているから特に気にするほどでもない。怪我だって唾でもつけときゃ治るみたいなレベルでしかないし、でもちょっと殴られすぎたせいか頭がぼーっとする。
あの頑丈な虎杖が無様に鼻血を噴いている様子を見て、まだ噂だけしか聞いていなかった伏黒も二年の先輩達がどうしても“彼”を戦力にしたいと言ってきたのにも納得していた。
停学となっていたにも拘わらず、呪術師としての腕は鈍っていない。
「
「「「マジです」」」
とは言っても。
呪術界の状況は全然把握していなかった。
というより、共有されていなかったと言うべきか。
呪霊の存在が公表され、総監部の方も機能してなく、よって今この日本は無法地帯に近い状態になっている。それで自分の思い通りに事を進めようとしていた矢先、後輩組二人が一般人装って接触を図ってきた。パンダは停学前に何度か会ったことがあるから警戒できたが、今年に入った一年はまだ顔は知らなかった。だから侵入を許してしまい、虎杖の華麗な戦闘に魅了されたのもあって思わず熱くなり、自分のテリトリーへと招き入れてから以下略なのだった。
そんな噂の三年生。
停学になっているというからどんな悪餓鬼なのかと思えば、想像通りの見た目だった。
三分割に剃っている眉毛、金髪の独特なヘアスタイルに剃り残しの髭もあってかさらに年上に見え、今はもう魔境と化した渋谷などでよく見かける今時の不良のような風貌であった。
“秤金次”
交渉のために接触した結果、虎杖はボコボコにされ、だが最終的には彼のその熱意に負けて今は大人しく話を聞いてくれていた。
でも虎杖をあそこまで甚振るとは、単純な打撃では虎杖はそこまでダメージを受けないのに、彼の独特な呪力によって打撃の効果が変化している感じだった。まるでヤスリのような、もっと分かりやすく言うなら革製の鞭みたいな明らかに柔らかく軽いものでも、素早く皮膚に打ち付ければ痛覚が先に痛いと認識して、それに破壊力が上乗せされてダメージを倍にしている感覚だった。
鞭にヤスリのようなものをコーティングし、それを打ち付ければ皮膚は切り裂かれる。
単純な攻撃よりもよほど効くその拳を受けた虎杖はずっと耐え、その熱意が本物だと分かった秤は交渉に応じた。
それで後輩達から詳しい話を聞いたら予想以上に呪術界はヤバい状況に陥っており、さらには唯一の希望であり現代の最強呪術師と謳われる五条悟も今は封印されて無力化されていることに秤は混迷を極める。
そこにさらに。
呪骸である“パンダ先輩”が軽い態度で衝撃的な真実を言ってくる。
「あとついでのようで悪いが、“学長”も死んだ」
「「「「········」」」」
さらっと言われてしまったせいか、その場にいた全員が反応できなかった。
「パンダ先輩?」
伏黒が先に沈黙を破ってくれた。
戸惑い一色に染まった彼らの顔色を見て、パンダは俯き気味に言う。
「スマン黙ってて、だが本当だ」
「········」
「大丈夫だ虎杖、渋谷でじゃない。あの後上とゴタついてな」
「なら良かったとはなんねぇよ········だって学長はパンダ先輩の───!!」
「それも含めて“大丈夫”だ········ありがとな」
その中でも一番動揺を隠せなかった虎杖には誤解して欲しくなかったからそう言ったが、だからと言ってパンダの心は癒えているわけではない。
パンダを作った“夜蛾正道”は、謂わば父親のような存在だった。実際パンダは学長である彼を『まさみち』と呼んでおり、そんな彼を失ったパンダの心境は察せられる。
同情するように虎杖は言うが、パンダは心配をかけたくないのかどこか微笑んでいるようにも見えた。
虎杖は優しい、人の死に対して真剣に向き合えるような人物だ。
それを理解しているのだろう。
だからパンダの厚意を無下にするわけにもいかず、秤が話を切り替えるように後頭部を掻きながら言う。
「お前がそう言うなら俺達は何も言えねぇよ」
「········ねー」
もう一人の三年である“星綺羅羅”も同意するように頷いた。
ギャルのような格好をして女らしく可愛い見た目をしているのだが、実際はそうではないらしい。
それについて触れてしまうと本人のプライバシーに関わることになるので、都合上ここでは割愛させてもらう。
「にしても世話になった人らが悉く········」
こんなにへこんだのはヤックルの尻に矢がブッ刺さった時以来だと秤は言うが、彼の人生ではそれほど嫌なことが起きていないことに皆が呆れながらも羨ましいと思えた。
だが。
今回は生きてきた中で一番最悪な状況に陥っているのは理解した。
「分かった。死滅回游の平定には協力する」
交渉成立。
それを聞いて安堵する虎杖達に秤は厳しい口調で条件を付け加えるように言ってくる。
「勘違いすんなよ。情に流されたわけじゃねぇ、これはあくまで取引だ。分かってるか? 死滅回游に片が付いたらお前らが俺に協力すんだぞ?」
「呪術規定の改訂にいっちょ噛みしようってんだろ? 呪霊の存在が公になった以上、改訂自体は確実なんだろうけど、具体的にはどうするんだ?」
パンダがそう指摘すると、秤は何も言わずに立ち上がって星空を見上げながら虎杖達の間を通り抜けていく。
その様子を見るに、彼もまだ何も計画とか立てていないらしい。
そもそもその話はほぼ無理難題に近かったのだ。秤は停学を受けた身であり、そんな素行不良な奴の要求を素直に聞くなんて上層部がするはずがない。元はと言えば上が呪いと彼の在り方についてとやかく言ったのが騒動の原因とも言えるが、そういう思考の連中が秤を嫌っているのは火を見るより明らかなことだ。
改訂に協力しろと言っても、虎杖達ができることなんて高が知れている。
だから正直あまり期待はしていない、秤的には不良らしく虎杖達に手下になれと言っているようなものだろう。先輩の命令に後輩は絶対服従、それでこき使って何とかする程度にしか思っていないのかもしれない。
けれど、
それを何とかできてしまいそうな人物が幸いにもここにはいる。
「どうあれ、そこまで難しくはないと思いますよ」
「あぁん? テメェに何が分かんだよウニ頭コラ!?」
初対面でその態度はどうなのだろう。
だが伏黒は特に嫌な顔はせず、話をさっさと進めたいからもう打ち明けようとつい最近決まった自分の立場について話す。
「俺───“禪院家当主”です」
「「········」」
思考が停止した。
秤だけでなく綺羅羅までもがその話を聞かされてしばらく呆然とした。
禪院家は呪術界にとって権力の中枢を成す『御三家』の一つだ。あの現代の最強術師である五条悟が生まれた五条家と並ぶほどの一族の当主となれば、規定の改訂なんて容易な事だろう。
術式の継承や血統を異常なまでに重んじる保守的な一族、その当主。
それが今目の前にいる。
結構違法なことを企んでることを聞かれてしまったので一瞬焦ったが、伏黒的には前向きに協力してくれる態度みたいだ。
「あ、そぉ?」
その事実に衝撃を受けすぎてそんな反応しかできなかったが、あらゆる事も話がスムーズに進めそうなことに秤は嬉しさのあまり頭の中がフィーバーしていた。
(オイオイオイマジか!? 二人にゃ悪いが今日一ビビったぜ!! 御三家がバックにつけば規定の改訂に口出しなんてちょちょいじゃねぇか!? 問題はその後賭け試合の運営にいかに禪院家を関わらせないかだな)
何にしても強力な後ろ盾ができた。
何もせずに思わぬ幸運に恵まれたことには流石の秤も棚からぼた餅すぎて何かの詐欺なのではないかと疑ってしまったが、どう賭けても結果的に良い方向に働きそうなので今のうちに現当主様に気に入られるように媚を売ることにした。
「ウニ頭!!」
「伏黒です」
「伏黒君!!」
呼び方の訂正どころか態度の切り替えまでもが早い。
少女漫画みたいに瞳を輝かせて顎の下に可愛く手を添えている秤はとても良い笑顔で、
「仲良くしようネ?」
「················はい」
もうこの際家系とか権力とかどうでもいい。
伏黒は早く回游を終わらせたかったので秤がどんな要求をしてきても呑むつもりだった。
話はまとまった。
これであとは回游を終わらせることに全力を尽くせばいい。
「よし、後は各々が出向く結界の割り振りだな。憂太は宮城だっけ?」
皆が立ち上がり、パンダが確認を取っていたところ、
『リンゴンッ!!!!!!』
「「「「「!?」」」」」
『リンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴンッ!!!!!!』
頭上から、突然の声。
皆が目的に向けて進み出そうとしていた足は止めざるを得なかった。
何せ、何の前触れもなく『意味不明な物体』が唐突に現れたのだから。全員が硬直する。本当は一人の人間のためにお知らせするために現れたのだろうが、その異様な存在感と大きな声がこの場にいる皆の意識を掻っ攫い、ほぼ強制的にそちらに顔を向けるようにしてくる。
可愛らしい見た目ながらも、話す内容はとてつもなく不穏で。
現在日本中を大混乱に陥れている『死滅回游』の話題だった。
『泳者による死滅回游へのルール追加が行われました。〈総則〉九=泳者は他泳者の情報───“名前”“得点”“ルール追加回数”“滞留結界”───を参照できる』
◇◆◇◆◇◆◇
「やっぱいねぇなぁー!! “天使”!!」
右手の人差し指をずっと振って、とにかく目的の人物の名を探す虎杖達。
唐突に現れた死滅回游の窓口であるコガネは、虎杖悠仁の元に既に憑いており、それはつまり虎杖は元から強制参加の泳者であったことが明らかになった。
死滅回游への強制参加を求められるのは羂索の手によって術式を覚醒させられた現代人か、呪物と化して現代の人の誰かの肉体に受肉した過去の術師だけである。
しかし虎杖はそれのどれでもない。
皆がそう思っていたが、実は虎杖には強制参加の資格が与えられていた。
───宿儺だ。
宿儺は過去の術師であり、虎杖が取り込むまではずっと呪物として眠りについていた。宿儺自身も時を越えるために過去に羂索と契約を交わし、呪物と化した以上は殺し合いに参加することが決定している。その呪物、『両面宿儺の指』を取り込んだ虎杖が泳者として登録され、本来参加すべき宿儺の代理として彼が参加することになっていた。
自分の意思で取り込んだにも拘らず、宿儺の代わりに参加しなくてはならなくなってしまった現状に違和感を覚えたが、参加が決定している以上は虎杖も戦わなければ術式が剥奪されて死に至ってしまう。
現時点で虎杖は術式を持っていないが、その呪力の源は元々宿儺を取り込んでから覚醒したものであり、彼の術式が剥奪されればそれと共存している自分もどうなるか分からない。
とにかく、だ。
虎杖は強制参加、あとは彼と一緒に誰が参加するかだ。
虎杖達は階段を降りつつ、縦長の長方形をした画面に変形したコガネの腹を指先で上へと滑らせる。
「本名じゃないんだろ、お前の宿儺みたいな」
「むむ···········」
パンダがそう指摘してきて、虎杖は難しい表情になる。
目的の人物を探し出すのはやはり結界内に入ってからじゃないと無理らしい。名前と得点、滞留結界の情報が開示できるようになったこの新ルールは正直凄く助かるが、過去の名前や姿までは表示されないので探し出せなかった。
それで。
現段階で目的の人物について分かっている事があるとすれば、だ。
「天元様は東京の東側······第二結界にいるって言ってたな」
「姿は分かってんのか?」
「見れば分かるそうです」
「······大丈夫か、それ」
あやふやな情報しか残されていなかった。
そのことを伏黒から聞かされて秤は将来のことが不安になる。
彼らの目的は“術式剥奪の回避”、そして“死滅回游からの離脱”の二つの他に、“封印された五条悟の解放”もある。
現代の最強は今羂索の手によって獄門疆の中に封印されてしまっている。邪魔で仕方がなかった五条を無力化、排除するには封印が一番の策と考えていた羂索はかつての親友である夏油傑の肉体に入り込んで渋谷で大規模なテロを引き起こした。
本当なら彼は封印されることはなかっただろうが、自分の手で殺したはずの親友が目の前に現れてしまったことで動揺し、夏油傑と過ごした過去の風景が脳裏に過ったことで獄門疆の封印条件を満たしてしまった。
そのまま殺すことだって出来たはずだ、でもそうしなかったのは新たな『六眼』の持ち主が現れないようにするためだ。
六眼は悉く羂索の計画の邪魔をし、殺す事ができてもすぐに現れる。
まるで運命の如く、神が六眼を通して羂索を見張り、その計画の邪魔をしているのではないかと疑うほどだ。
だが六眼持ちは同時に二人現れることはない。
今六眼を所持している術師が死なない限りは新たに生まれることはないのだ。
それで羂索は抹殺ではなく封印をする方向へと方針を変え、獄門疆という何でも封印できる特級呪物を用いて現代の六眼所持者である五条悟を行動不能にした。生かしたまま無力化することに成功した羂索はようやく次のステップに進められたことが相当嬉しいはずだ。
封印している間はやりたい放題で、だがそれを食い止めるために虎杖達は解くための手段として“天使”と名乗っている術師を探している。
“天使”は千年前に生きていた過去の術師であり、ならば受肉先の名前で登録されているはずだ。
名前も姿も不明な状態だが、どこにいるのかは分かっている。
第二結界。
だがそこにはこの意図が不明な新ルールを追加した高得点所持者───“鹿紫雲一”がいる。
そこに誰がいくのか。
それについては先輩らしく秤が提案してくる。
「ま、いいや。俺とパンダが東京第二、伏黒きゅんと虎杖が第一。綺羅羅は結界外で待機、でいいな」
「えー? 私仲間外れぇ?」
「根拠は?」
綺羅羅が不満を漏らすように頬を膨らませるが秤は無視し、そんな彼にパンダがどういう意図でそういう人選なのかを訊ねた。
彼は言う。
「得点だけ見れば一番強い鹿紫雲と俺がやんのが順当だろ。パンダは鼻が利くから天使捜しに注力しろ」
「たしかに」
「乙骨から連絡ねぇってことは結界の中じゃ携帯は使えねぇ、だから綺羅羅は外の状況を把握しとけ」
「はぁい」
ちゃんと考えての割り振りだった。
この中で一番の年長者らしく、そして元々賭け試合を運営していたこともあってそういうことは得意分野なのかもしれない。乙骨も彼の実力のことは認めていたし、ならば心配はないだろう。
すると。
「あ、待って」
乙骨の名が出されたことで、虎杖はあることを思い出す。
ずっと開きっぱなしだったコガネに、虎杖は命令する。
「コガネ、乙骨先輩とアリシアの名前出せる?」
『あいよ!!』
「「「? アリシア?」」」
急に知らない名前の奴が出てきて先輩の皆様は首を傾げている。
乙骨は分かるが、アリシアとは一体誰なのだろうか?
虎杖の後ろにいたパンダが訊いてくる。
「なぁ虎杖、アリシアって誰だ?」
「あぁ、えっと············」
「乙骨先輩が保護した受肉の泳者です······まぁ、受肉って言っていいのか俺達にもよく分からないんですけど」
虎杖が説明に困っていると、伏黒が代わりに説明してくれた。
とはいえアリシアのことについては天元でさえもよく分かっておらず、話だけを聞かされた虎杖と伏黒にも説明できる部分が少なかった。
聞いた限りではアリシアは千年も前に生きていた人間であり、その時は死んでいたが羂索の手によって呪物と化していた。その後、時を渡って羂索が真人の術式である無為転変を使用して目覚めさせたと天元は言っていたが、何故わざわざ元から死んでいた本人の肉体に再度受肉させたのかがよく分からない。
そもそもアリシアは呪物化していたと言っていたが、
両面宿儺のように切り分けた指か、脹相達呪胎九相図のように堕胎された未発達の胎児を思わせるものなのか。
いずれにしても、
しかし、アリシアを見た感じ彼女の体はどこも欠損していなかった。宿儺や呪胎九相図のように受肉したわけでもなく、元からの肉体にあった魂を目覚めさせたと天元は言っていたが、その魂は一体どこにあったのか。
現時点では何も分からない。
少なくとも彼女は自分の肉体で復活を遂げたということで、受肉というにはどこか違和感がある。
本当の意味での甦り。
呪物と化して生き延びた過去の術師とは違って、真の死者蘇生でこの世に黄泉返ったアリシアについてはまだよく分かっていないことばかりである。
何にしても。
そのアリシアは今乙骨と共におり、今彼らは大丈夫なのか安否確認のために虎杖は二人の情報を開示させようとしていた。
『出たぜ』
「「!!」」
検索中となっていたコガネの腹の画面が切り替わり、その箇所を虎杖達はまじまじと凝視する。
そして。
「「············え?」」
直後。
その表示された情報を見て、
◇◆◇◆◇◆◇
「まずい············!!」
乙骨は焦っていた。
回游の結界内に足を踏み入れた瞬間に空へと放り出され、だが即座に膨大な呪力を体中に纏わせたおかげで落下死は回避できていた。
そして。
仙台のどことも知れぬ場所に墜落した乙骨は、暗い街中を爆走しながら予想外のはぐれ方で離れ離れとなってしまったアリシアを探し回っていた。
「どこにいるんだ!? アリシアちゃんッ!!」
彼が焦るのには理由がある。
ただでさえ彼女は術式どころか呪いに対して何の知識もなく、そんな中呪霊か他の泳者に襲われたらまず間違いなく何の抵抗もできずに殺される。
戦闘能力は全くないと言っていい。
何より、彼女をまた独りぼっちにさせてしまったことに彼は責任を感じていた。彼女はずっと独りで、そんな中乙骨が助け出した時、アリシアは子供らしく安堵の笑みを浮かべていた。そこから分かる通り、彼女は隠していたが本当は寂しい思いをずっと抱えていたに違いない。
だから一刻も早く見つけ出したいが、どこにいるのか分からない。
(落ちている中で感じたあの呪力········とんでもない量だったけど、もしかしたら───ッ!!)
さっき感じた、謎の呪力。
落下の途中で自分とは違う呪力を感じたのだが、それがとんでもないほどに膨大だった。もしかしたら自分よりも多いかもしれないと思えるほどに多く、それが落下の最中に感じたため、可能性は低いかもしれないがその呪力の残穢を辿って彼は走っていく。
呪力の源は負の感情。
もしもだがアリシアが唐突なスカイダイビングによって恐怖を覚え、死を恐れまくっていたとしたら、無意識に呪力を放出した可能性がある。
だから、
もしそうなら、自分と同じように落下死は回避できているかもしれない。
すでに感じていた呪力の気配は見失ってしまったが、ちゃんと覚えた。
とにかく彼女を見つけ出すのが最優先、それで乙骨は自身の足を呪力で強化しながら仙台コロニーをひたすら駆け回る。
その時だった。
『リンゴンッ!! リンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴンッ!!!!!』
「!!」
自分の視界の横、そこに死滅回游の参加者に送られる窓口であるコガネが現れる。
乙骨は構っている暇はないとして無視して駆け抜けようとするが、その後聞こえた声に足を止めてしまう。
『泳者による死滅回游へのルール追加が行われました。〈総則〉九=泳者は他泳者の情報───“名前”“得点”“ルール追加回数”“滞留結界”───を参照できる』
「ッ!?」
ズザー、と。
急に立ち止まれなかったから靴底を滑らせてしまったが、それを聞いた乙骨はコガネに早速強い口調で頼み込む。
「コガネ!! アリシアちゃんの情報を出せ!! 今すぐッ!!」
『あいよ!!』
どこまでその情報が開示されるのかは分からない。
だがその新ルールの使い方によっては、仲間がまだ生きているかどうかも確認できるはずだ。
せめてアリシアが生きていることだけでも確認できたらいい。
回游に追加された新ルールを駆使して、アリシアを探し出す。
『出たぜ!!』
「見せろ!!」
『おわっと!!』
強奪するようにコガネの体を掴み取ると、腹に表示されている画面を食い入るように見つめる。
心臓が早鐘のように鳴り響く。
「····························え?」
乙骨の思考が一瞬停止した。
画面には、自分の知っているアリシアの名前がちゃんとあった。
だが。
それよりも。
呼吸を忘れ、乙骨は今見ているものが信じられなくて自身の目を疑った。
アリシア・テスタロッサの名前、その横。
そこには“得点”、“ルール追加回数”、“滞留結界”を表示する箇所が設けられており、その中で一番目を引いたのは、“得点”の項目。
得点を得るには現段階では泳者の命を奪うしかなく、原則術師であれば五点で、非術師の場合には一点が与えられる。
それの何が彼の思考を鈍らせたのか、得点と書かれた箇所にこう書かれていたからだ。
「──────