何度目かの春を迎え、夏が過ぎ、秋となって冬が訪れ、そしてまた春となる。
その間に、“少女達”は様々な事件に巻き込まれていた。
『闇の書』と呼ばれる事件の後、異なる惑星の住人がその魔導書を手に入れようとし、少女達の住む世界へと不法入国をしてきた。そいつらの狙いは『永遠結晶』と呼ばれるものを奪取すること、その結晶は星をも治す力があると言われ、結晶の在処を探し出すために闇の書改め『夜天の書』を持ち主から強奪した。
奪った魔導書の中に眠っていたものを地球にいた少女達の肉体を元にして仮初の身体を構築し、『永遠結晶』がある遊園地へとその者達を導いた。
遊園地の水族館鉱石展示ホールにて保管されていた巨大な水晶、『永遠結晶』と呼ばれる場所へとその者達は辿り着いたが、それは星を治す力を宿した代物ではなかった。
その結晶には『とある少女』が眠っていた。
本来は『夜天の書』の奥底に封印されていた特定魔力の無限連環プログラムであり、『闇の書』事件の最中に封印されていた一ページが切り離され、それが海鳴市の沖の海底へと沈み、そこで結晶化していたのが後に『永遠結晶』と呼ばれるものだった。自身のシステムを他のシステムから遮断して隠遮していたため、 その存在は闇の書の管制人格でさえも把握していなかった。
その力は『闇の書の闇』と同等かそれ以上の力を秘めており、対処にあたった管理局の魔導師達は呆気なくその力を吸収される。
窮地に陥る魔導師達であったが、そこを救ったのがエースオブエースと謳われた魔法少女、“高町なのは”だった。
異なる星からやってきた者の家族からもらったナノマシンにより自身を強化し、その力で全員を救ってみせた。デバイス無しでもある程度の戦闘を可能にし、その練度が上がっただけでなく、出力、速度も大幅強化されており、目にも止まらぬ高速戦闘まで可能にした。
『闇の書』の事件以来、高町なのはは強くなって全員助けてみせることをモットーにしており、だがその信念故に明らかに度が過ぎる行動にまで出てしまう一面が目立った。その事件で高町なのはは生死を彷徨う大怪我を負い、右腕欠損という状態にまでなってしまった。幸いにも最新医療技術によって彼女は助かったが、その無謀さはいよいよ狂気とも言える段階にまで来ていた。
なぜ彼女は体を酷使してまで強くなろうとしたのか。
それはおそらく────あの『呪いの王』に手も足も出なかったからだ。
『闇の書』事件当時、魔法とは違う力を宿した“少年”と出会うことになったのだが、その少年には誰にも言えない秘密が隠されていた。
彼の中に、残虐非道な行為を平気で行うような邪悪な存在が潜んでいたのだ。
その少年。
“虎杖悠仁”の中にいた邪悪な存在────“両面宿儺”
千年も前に生きていた呪術師で、その性格はとてつもなく残忍で狡猾、当時の術師達でさえも倒せなかったほどの規格外な存在。
本来であればそんな奴を表に出さないように虎杖悠仁が押さえていたのだが、とある者達によってその封印を一時的に解いてしまった。そんな奴が眠っていたなんて知らなかった、と言えば仕方ないで済まされない事態にまで発展してしまったので、その対処に高町なのはがあたったのだが、あまりにも実力差があり過ぎた。
ちょうどその時、彼の担任の教師が助太刀してくれたから良かったものの、あのままでいたら全滅どころか国一つ壊滅させられていてもおかしくなかった。
それほどの奴だったのだ。
今までの常識なんて通用せず、その存在を少女達は生涯忘れることはないだろう。
だから。
そんな規格外な奴を越えるため、高町なのはだけでなく、その仲間達も強くなろうとしてきた。
だが、足りない。
誰一人失うことなく救ってみせるには、この程度ではまだ実力不足だ。
実際高町なのはは、惑星エルトリアと呼ばれる所から来た者達を救うためとはいえ、最後の最後に油断して右腕が消し飛んでしまったのだから、これではまだ力不足だ。
誰一人死ぬことなく救ってみせるには、さらに強くならねば。
それが。
初めて敗北を味わった、少女達の覚悟だった。
◇◆◇◆◇◆◇
三月。
大抵の人にとって早朝の時間はまだ夢の世界にいる。
それでも。
街が目覚めを迎える前に、海鳴市のとある商店の厨房からは焼き立てのパンの香りが外へと流れ出していた。
パン屋というのは開店する四〜五時間前から生地の成形・焼成を行うのが一般的であり、焼きたてのパンを朝食として提供するために前日に仕込んだ生地を深夜・早朝から焼き上げ、朝一に最良の状態で店頭に並べる作業が中心となるため、かなり過酷な仕事だ。
でも、自分の作ったパンを求める人達のことを考えればそんな苦労は忘れてしまう。
「〜〜〜♪」
陽気に鼻歌を唄うパン屋の店主。
この店で一番の人気は、なんと意外なことにシュークリームだった。焼き立てのパンに手作りの惣菜パンも勿論人気だが、そのシュークリームだけは別格で他のパンと比べても圧倒的な大差で売れていく。
慣れ親しんだ常連さん達は言わずもがな、遠くから訪れた観光客や、近所にある私立聖祥大付属中学校の生徒も買っていく。
弁当を持たず、購買にも買いに行かずにわざわざここで買っていく生徒達が贔屓にしているのも、そのメニューである。
焼き立てのシュー生地にナイフで切れ込みを入れ、そこに丸口金をつけた絞り袋にカスタードクリームを入れ、シュー皮にたっぷりと詰める。その味付けは好みが分かれるが、敢えて甘みを重視にしてある。その方が王道で喜ばれるのだ。仕上げに粉砂糖を振って彩りを整え、棚に丁寧に置いて完成となる。
これが毎日のルーティンだった。
こんな過酷な作業が夜も明けやらぬうちから始められる。
毎日、連日、来る日も来る日も、まだシャッターの開かぬ店の中で店主は忙しく動くのだ。
それが彼の使命であるかのように、それでも愚痴も零さずにただ一人陽気に作業を続ける。
何せ、このシュークリームは長年通い詰めていた喫茶『翠屋』に提供されていたものをやっと再現できたものだったからだ。そのレシピは企業秘密のため一般的には公開されておらず、ならばアルバイトとして雇ってもらおうとしたが店長とその奥さんに見抜かれてしまって落選。
ならばと彼は諦めることなくずっと通い、研究に研究を重ねてようやく味の秘密に辿り着き、それを自分なりにアレンジして出したところ爆発的な人気が出た。
無論、味を盗むというのは料理業界では窃盗的な行為だと思われるだろう。
それでも彼は諦めずに自分の力で自分だけの味を作り出したのだ。
だからそれを認めてもらうため、彼は玉砕を覚悟で喫茶『翠屋』の店長とその奥さん、さらにその子供達にまで味見してもらった。
結果だけを言えば、彼らにも認めてもらえるほど大好評だった。
その時の嬉しさは頂点に達し、思わず涙を流したほどだった。純粋に『翠屋』のシュークリームが好きだったことを知った店長は、交換条件としてそちらのお店で出されている商品とコラボして新しい商品を開発するという提案をした。
勿論二つ返事でOK、あの憧れの『翠屋』とのコラボなんて光栄すぎて逆に申し訳ないとも思った。
その後はご想像の通り、どちらの店も予想以上の盛況ぶりで前よりも客が増えた。
お互いに持ちつ持たれつな関係となり、今でも時折コラボをしているのが良い証拠だった。
パンを作り、喫茶『翠屋』と共に新しいメニューを開発。
時々、あの時喫茶『翠屋』で雇って貰えたら今頃は·········と思いを馳せることはあれど、過去を振り返ってもどうにもできない現実が目の前にある。
ふと、そうした思いにパンを作る手が止まることもあった。
もし雇って貰えたら、あの喫茶店の店長として認めてくれた未来もあったのだろうか。
たまにそう考えることがあり、それが心残りなのか店主は微笑を浮かべてしまう。
そんな時だった。
ビキッ!!
店の裏、もしかしたらもっと近い場所かもしれない。
「········?」
何かガラスのようなものが罅割れる音がし、その異音に店主は首を傾げる。
気のせいだろうか、この時間はまだ自分しかいないはず。今日『翠屋』の店員と打ち合わせをする予定もないし、もしかしてネズミかもしれない。
万が一ネズミなら衛生上の問題として経営が壊滅的なことになり、保健所の指導で容赦無く営業停止となる。
店主は出来上がったシュークリームを陳列棚に並べる手を止め、その確認のために音がした方へと歩いていく。見つけたら即駆除、隠蔽はしたくないがこっちも店を潰されたくないのだ。
店主は包丁を手に店の裏へと続くドア付近に辿り着く。
できれば気のせいであることを祈って、ドアの外へと出ていく。
そこで。
『ママぁァああああア、美ぉ味しそォうなああ匂いダァねぇええええええ』
そんな声が聞こえた時。
「なんっ────!?」
短い悲鳴が聞こえた瞬間に、
ゴキガキグキバキッッッ!!!!!
固いものを砕くような音がし、やがて店の裏からは何も聞こえなくなった。
◇◆◇◆◇◆◇
その時期は忙しかった。
“少女達”は晴れて小学校を卒業し、来月には中学生になる。
「“なのは”、入学に必要なものはもう揃えた?」
「うん、あとは入学式を待つだけだね。“フェイト”ちゃんは?」
「私の方もちゃんと揃えたよ········でも私達は管理局からの仕事もあるからあんまり通えないかもね」
ぼやく金髪のツインテールの少女を見て、茶髪のツインテールの少女が微笑む。
「通えるのが少しだけだったとしても私は嬉しいよ。そのうち私達は管理局がある世界に移住することになるかもしれないから、今のうちにこうやってみんなと会える貴重な時間を大切にしたいかな」
「それは私も思ってるよ。いずれは本格的に働くことになるんだから、その前にみんなと一緒に学校に通いたいし」
二人の少女。
“高町なのは”と“フェイト・テスタロッサ”
小学三年生の時、なんの因果か“魔法”という力を手に入れてからというもの、いくつかの事件や出会いを超えて、彼女達は時空管理局所属の魔導師の道へと進むことになった。
もともと、彼女達は管理局側から見ても無視できない力を保有しており、そんな有益な人材を野放しにしておくはずがなかった。もちろん、管理局側は無理強いはせずにあくまで本人の意思を尊重していた。それで彼女達は自分達の力に責任を持ち、その力を助けるために使おうと自らの意思で管理局に入ることを決めた。
中学への入学を控えている時期であるが、彼女達はもう正式に管理局への入局を果たしている。
ならば、その都合で授業を抜け出す機会も増えるだろう。
今は春休みのため問題なく事件が起これば出動できるが、彼女達の実力が認められている以上は難しい任務がやって来る事もあり、そうなったら出席日数がやばいことになる。
最悪の場合は辞めることになるかもしれないが、そういう道を彼女達は選んだのだ。
それで残り少ない春休み、とあるカフェテリアにある丸テーブルを陣取って、こうやって優雅にティータイムを楽しんでいるのだ。
「でも本当、私達がこうやって集まれるのも簡単にはできなくなるよね。それはそれでとても寂しいかも」
「うん、私も執務官だし。“はやて”なんか今日も“シグナム”達と一緒にロストロギアの捜索の任務に行ってるし。“アリサ”と“すずか”も塾があって、中々集まれる機会がないね」
「あはは、まぁみんな忙しいってことだね」
なのははそう言うが、頭上の向こうを流れていく白い雲を見上げると、時間の流れというものはあまりにも早いのだと実感させられる。
小学三年生の頃に“魔法”というものに出会ってから、気付いたらもう小学校を卒業していた。
本当、時の流れというのは残酷だ。
そんなことを考えるのは早すぎると思うかもしれないが、管理局の仕事がある以上は普通の日常を送れないため、そういった仕事をしていると感覚もまたおかしくなるのだ。幸い、管理局側も彼女達が平穏な日常を送れるようにと配慮してくれているが、本当に手に負えない事件が起きたら出動命令を出される。
その両立は難しいなんてものじゃない。
忙しいことこの上ない今の状況に再度、なのははため息をし、このカフェ限定のサンドイッチへ齧り付く。
と、そこへ。
「!!」
なのはの携帯電話が小刻みに振動した。
確認すると、番号は普通に登録されているものだった。
画面に表示されているのは、時空管理局『東京臨時支局』の連絡先。本当なら魔法という技術によって念話での連絡もできるのだが、ここは敢えて世界の秩序を考えて地球の電話を介して連絡を取っている。
なのは達はあらゆる世界だけでなく、自分達の故郷で起きた問題も解決しなくてはならない。
この地球では、何度も世界が滅びかねない事件が起きている。
なのはがまだ魔法に出会って間もない、『ジュエルシード』を巡る事件。それから少し経ったあと、ロストロギアに選ばれた少女の呪いを止める『闇の書』事件。
そして。
小学五年生になり、死触という汚染によって滅びの道を進んでいる惑星エルトリアを救うためにやって来た少女達によって巻き起こされた事件。
どれも一筋縄ではいかないものばかりで、その中でも一番やばかったのは『闇の書』事件だ。
何故か?
『
“
それの恐ろしいところは、
その力の本質は負のエネルギーであり、それに対抗するには同じ負のエネルギーでなければならないため、魔法という力ではどうにもできなかった。ある程度は有効だったとしても、それは一瞬で再生し、倒すまでには至らなかった。
エルトリアの者達での一件で、『カレドヴルフ社』によって魔法が通じない相手、『AMF』や『ゼロエフェクト』など『魔力エネルギーの無効化』の性質を持つ敵性存在に対抗するための武装が開発されたが、あれを使っても倒せるかは分からない。
今のところそんな力を持った奴は現れていないから問題ないだろうが、その状況がいつまでも続くとは限らない。
だから彼女はどんな時だってこの街を守れるように鍛錬を欠かさず、そして故郷を守るためにいつでも連絡が取れるようにしている。
これだけ地球という管理外世界で立て続けに世界を滅ぼしかねないことが起きているのだ。またいつそれほどの規模の事件が起きてもおかしくない。地球で起きた問題に管理局が介入する際や、調査・監視を行うための臨時拠点として東京に支局を置いているが、管轄の広さは地球一個分の広さのためそこに配属されたら最後、人手不足によって仕事の量が予想以上に膨大になるらしい。
なのはは携帯電話を耳に当て、
「はい、もしもし?」
『あ、なのはさん?』
当然ながら、電話の相手は時空管理局に所属している職員だ。
本当ならこの世界ではない場所で仕事をしているはずだったが、複雑な事情で今は東京の支局で仕事しているのか、そしてまだこの世界の生活に慣れておらず疲れが溜まったような声でなのはに確認を取る。
「はい、なのはです」
『あ、よかった。実は私ここに配属されたばかりでまだ慣れておらず········』
「あはは、大丈夫だよ。それで、どうかしたの?」
『あ、はい。実はちょっと私みたいな新入りでは対処できない事件が回って来まして、できれば現地に詳しいなのはさんの意見を仰ぎたくご連絡いたしました』
「? 何かな?」
新入りさんの声になのはが眉をひそめていると、電話の向こうからこんな言葉が聞こえてきた。
『
「鳴き声? 映像は?」
『映像なんですが、どういうわけか撮れておらず、でも音だけは拾っていたのでそれを今再生しますね』
電話の向こうで局員が操作すると、電波を通じて対処にあたった魔導師の最後の記録映像が流される。
音しか残っていないためどう判断したら良いか分からないが、その“
近くにいたフェイトにも聞こえるように音量を少し上げると、
そこから聞こえて来たのは、
『おぉおおおぉおおおおおおおおおぉっ!!!!』
◇◆◇◆◇◆◇
「それじゃあ、お願いします」
「あぁ、任せといて」
そこはかつて、両面宿儺という呪いを宿した少年を隠していた地下空間。
宿儺に心臓を抜かれ、死亡扱いされていたがどういうわけか復活し、誰にも知られないように隠れて修行をしていたのだが、その内容は単に映画をたくさん見るというものだった。呪いの力をコントロールするためにどんな状況でも感情を一定に保つことを目的としていたらしいが、少年にとってストレスだったのはやはり起きている間はずっと見ていなくてはならないというものだった。
ボクシング選手のようにパンチを打ち込むといったものではなく、ずっと座って見ていなければならないというのはあまりにも過酷すぎた。おかげで呪力を拳に纏うという技を身に付けたわけだが、できれば二度とあれはやりたくないというのが本音らしい。
そんな地下空間で。
「それにしても、まさか君が“
「ちょっ!? やめてくださいよ!! 滅多なことを言うのは!!」
「ついでに付け加えるのなら“
「なっ!? 違いますよッ!?」
「あはは! 冗談だよ冗談!! そんなに大声を出すと、せっかく眠った“
「誰のせいですかもう········」
呪術界で唯一未成年の特級術師、乙骨憂太。
彼は少し前に保護した“
預かるのはいいが素っ裸の姿だったから思わず手を出したのかと疑ったが、あの草食系男子の典型である乙骨がそんなことをするはずない、というかそんな度胸あるはずもないと彼女は思ったものの、面白そうだから揶揄ってみたら予想通りの反応を見せてくれた。
それで、乙骨が連れてきた“
彼女は以前、当時小学三年生だった東堂葵の呪術師としての才能を見込んでスカウトしたことがあったため、ある意味信用に値する人材だ。
そんな彼女は、あの“
「でも“
「? 何故ですか?」
「タイミングの問題だ。夏油君の中にいた奴のせいで世界は変わった。真人の術式で呪術に目覚めた者達が何人もいる中、そのタイミングで“
「では········もしかしたら“
「その可能性が高いというだけさ、私でも分析してわかる範囲には限りがある。なんというかね、“
「妙な気配?」
「そう、例えるなら········
「は、はぁ········?」
きょとんとする乙骨は、九十九が言った言葉の意味を理解できなかった。
というのも、言った本人もよくわかっていなかったのだ。それで理解しようとしても答えが出るわけがない。
何にしても、だ。
「“
「はい、行ってきます」
乙骨は出入口である階段へと向かっていく。
その際。
九十九はあの時別れた“
「くれぐれも頼むよ········最後に別れた時、彼はいつ死んでもおかしくない顔をしていた」
「もちろんです········“