呪術廻戦リリカルなのは∅   作:織姫ミグル

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第26章

 

 

バチィッッッ!!!!!

 

 

 

漆黒の火花が再び散る。

 

死滅回游という殺し合いの舞台に、今にも破裂しそうなほどの膨大な『負の感情』が、アリシアを通して具現化する。

 

 

「アァ·······ッ!?」 

 

 

左腕を吹き飛ばされ、激痛と恐怖のあまり思考が停止していた烏鷺亨子。

 

 

「────」

 

 

戦意を喪失したその身体へ、アリシアの容赦のない追撃が襲いかかる。

 

意識を持たず、ただ一般人の怨嗟を処理するだけの肉体は、標的の息の根を止めるべくその細い脚部を無慈悲に振り抜いた。

 

ドォン!! と大気を破裂させる衝撃音。

 

 

「〜〜〜〜〜ッ!!!???」

 

 

空間の時間のズレ、法則を無視して肉体に直接滑り込む、不気味な漆黒の火花。

 

三回目の“黒閃”が炸裂する。

 

烏鷺の残された肉体は防護の呪力ごと強引に叩き潰され、塵土を巻き上げながら竹とんぼのように回転し、そのまま遥か彼方の崩落した壁へと蹴り飛ばされた。死滅回游の戦線を支配していた過去の術師が、文字通り一撃で脱落した瞬間であった。

 

だがコガネからの知らせはない。

 

あれだけ喰らってまだ生きている。

 

 

「────」

 

 

それを確認したアリシアの体はその後を追おうと、不気味な足音を立てながら歩き出した。

 

 

「いい········!!」

 

 

その蹂躙の光景を特等席で目撃していた石流龍の瞳の奥に、尋常ならざる熱量が宿る。

 

彼が四◯◯年余りの間、魂の奥底で抱き続けてきた飢餓感。

 

満ちなかった飢えと渇きを癒やすための究極の『デザート』が、いま目の前で黒い火花を散らして君臨している。

 

 

「········たまんねぇな」

 

 

烏鷺へトドメを刺すべく、一切の感情を欠いたまま淡々と歩みを進めようとするアリシアの背へ、石流は自身の頭髪から最大出力の砲撃、『グラニテブラスト』を容赦なく解き放った。

 

ドゴォッ!! という轟音に空気を焼き切り、全てを融解させる熱量の巨砲。

 

 

「────!!」

 

 

だがアリシアの脳内に直結された防衛本能が、その膨大な殺意の接近を瞬時に感知する。

 

彼女の肉体は物理的な予備動作を一切挟むことなく、真横の空間へと弾かれたように跳躍し、その一撃を紙一重で回避した。

 

 

「───」

 

 

轟音と共に背後の構造物が消滅する中、アリシアは依然として無言のまま、ただ眼窩に収まる瞳ををゆっくりと石流へと向けた。

 

その白濁した強膜は、一切の光を拒絶する暗闇よりもなお黒く塗り潰されていた。その中心、本来であれば感情の宿るはずの虹彩の箇所には、次元の裂け目を思わせる禍々しい青白い光。埋め込まれた『呪物』の過剰な干渉波形が狂おしい輝きを放ちながら蠢いている。

 

生気の消え失せた完全な闇と、狂気の光の融合。

 

それが見る者の精神を内側から擦り潰すような、悍ましい威圧感を周囲へ撒き散らしていた。

 

言葉を交わすための知性はそこにはない。

 

ただ、排除すべき対象を捕捉したという機械的な処理だけが、その罅割れた瞳の奥で行われている。

 

石流は獰猛な笑みを深く刻み込み、その狂おしいほどの歓喜を視線に乗せて言い放つ。

 

 

「あんな腑抜けた奴とじゃなく、俺と踊ろうぜ嬢ちゃん?」

 

「────」

 

 

あまりにも変態染みた発言。

 

子供と大人、どう見ても絵面的には危ないのに、両者の間に漂うのは強烈な敵意。

 

四◯◯年の渇望を満たし、己の全存在をぶつけるに足る異形の出現。

 

石流のボルテージは最高潮に達していた。

 

 

「グラニテブラストッ!!」

 

 

間髪入れずに、彼は再び空気の防壁をも貫く第二の巨砲を至近距離から放射しようとする。

 

空間を埋め尽くすための最大呪力。

 

だが。

 

シュンッ!! と。

 

その砲撃がアリシアの立ち位置を焼き尽くしたと思われるよりも早く、石流の視界から彼女の姿が霧のように消失した。

 

 

「おっ!?」

 

 

音速を超える疾走などではない。

 

右へ、あるいは斜め上方へ。空間の座標を直接書き換えるかのような、直角かつ不連続な跳躍の連続。

 

石流の老獪な戦術の眼を以てしても、その移動速度を捉えることは叶わない。

 

気が付いたときには、アリシアの身体は石流の死角────その背後へといつの間にか回り込んでいた。

 

 

「ッ!?」

 

「────!!」

 

 

彼女の肉体は動ける範囲の限界値を完全に無視して、人が保っていられる以上の速度を出し、獲物を確実に仕留める位置を固定している。

 

無音のまま、骨格の連動を無視して逆方向に引き絞られた脚部が、鋭い旋回を描いた。

 

石流の背中へ、容赦のない回し蹴りが叩き込まれる。

 

ドウッ!! という鈍い重低音と共に、随一の呪力出力を誇る石流の巨体が強引に吹き飛ばされ、地面を何度も転がった。

 

吹き飛ばされた石流の体によって駐車場に停まっているいくつもの車は大穴を開け、高密度な呪力の残穢がガソリンに火をつけて爆発を引き起こす。

 

 

「〜〜〜〜〜〜ッ!!!」

 

 

だが石流は即座に受け身をとり、肉体の数箇所から血を流しながらも、笑みを絶やさずに立ち上がる。

 

その立ち上がった彼の眼前、アリシアが街灯の上からこちらを見下ろしており、その目は相も変わらず生きている人間とは思えないほど虚に満ちている。

 

ビキッ、と。

 

彼女の瞳、そこからまるで亀裂が広がるような音がした。だがそんな乾燥した音が響いても、彼女の肉体は一切動きを止めない。

 

直後。

 

彼女の皮膚から噴き出した『漆黒のエネルギー』が、まるで実体を持った衣服、あるいは禍々しい外套のように彼女の小さい体を包み込んでいった。

 

それは感情の機微を一切失った、純粋な負の権化。

 

彼女の中に潜む『呪物』の干渉率が限界値を超えたことを示す、明確な戦闘形態の顕現であった。

 

黒閃を決めると、術師は一時的にゾーンへと至る。

 

その状態になると集中力が研ぎ澄まされ、まるでなんでもできるような感覚になる。

 

狙撃のような精度で空間の歪みを引き起こし、あらゆる挙動に黒閃の威力を付与し続けるその異常性。呪術師が一生に一度、ゾーンに入った瞬間にのみ許される奇跡の現象を、彼女はただの歩行や呼吸と同等の出力として連発できる。

 

加えて彼女には今、不可能な現象を確定させることができる『呪物』が埋め込まれている。

 

そう。

 

今のアリシアから放たれる波動はその密度を数十倍へと跳ね上げ、周囲の次元そのものを強引に捻じ曲げていく。

 

 

「マジでSweetだぜ········!! それでこそ、命の懸け甲斐があるってもんだッ!!」

 

「────」

 

 

アリシアは一言も発さずにその場から消え失せ、そして即座に石流の前に現れる。

 

絶対的な殺意。

 

それを感じるたびに石流は全身の血管に流れる血液を沸騰させそうなほどに高揚し、自らの出力をさらに限界を超えて引き絞った。泳者一の呪力出力を誇る彼の周囲に展開される呪力の防壁が、アリシアの放つ黒い波動と衝突し、バリバリという激しい音を立てる。

 

ここからのアリシアの突撃は、先程までの速度すら生温いものへと進化していた。

 

残像すら残さない。

 

彼女が地を踏みしめるたび、アスファルトの地面が爆発的に陥没し、その破片が飛び散るよりも早く彼女の拳が石流の顔面へと肉薄する。

 

石流は高揚感のあまり神経が研ぎ澄まされ、だが辛うじてという感じでその軌道を捉えた。

 

彼は首を僅かに傾け、アリシアの突きの軌道を紙一重でかわす。激しい風圧が石流の頬の肉を裂き、鮮血が舞う。

 

躱された瞬間、アリシアは物理的な慣性を無視して空中でその肉体を捻じ曲げた。柔軟性がとんでもないことになっているであろう骨格の可動域、もはや肉体の構造を嘲笑うかのような変則的な回し蹴りが、石流の脇腹を襲う。

 

 

「ガ········ッ!!」

 

 

石流は自身の両腕に呪力を超高密度で集約させ、その一撃を辛うじて受け止めた。

 

しかし衝撃波が彼の巨体を数十メートルも後方へと押し流す。

 

地面を削りながら後退する石流。彼が体勢を立て直すよりも早く、黒い外套を翻したアリシアは、すでに彼の着地地点の『真上』に陣取っていた。

 

天からの容赦のない急降下。

 

 

「ッ!! グラニテブラストッ!!」

 

 

石流は自らの頭髪から、溜めを一切排除した『グラニテブラスト』を上方へ向けてゼロ距離で放った。光の盾によって迎撃せんとする。アリシアはその巨砲に対し、避けるどころか黒い呪力を纏った掌でその砲撃の芯を正面から掴み、握り潰した。

 

パキンッ!! と。

 

呆気ない音が鳴り響く。

 

呪力と呪力のぶつかり合いではより濃い負の感情が勝つ、つまりはアリシアの方が石流よりも呪力出力は上。

 

ましてや黒閃の状態がそれを上乗せし、全てを脆い卵の如く粉砕する。

 

 

「マジかよ、嬢ちゃん··········結構本気のつもりだったんだぜ?」

 

 

その衝撃に驚愕を噛み殺しながらも、石流の戦闘本能は歓喜に震えていた。

 

術式が破砕された瞬間の爆風を利用し、石流は強引に身体を反転させ、空中のアリシアに向けて自身の全体重を乗せた渾身のストレートを叩き込んだ。

 

呪術が通用しないのであれば、純粋な肉体の強度と残留する物理的な衝撃の波形だけで捩じ伏せる。

 

戦いの世を生き抜いた、彼の執念の反撃であった。

 

 

「────!!」

 

 

大人気ない拳は、アリシアの腹部へと容赦なく直撃した。

 

ドガァン! という強烈な轟音が響き渡り、アリシアの身体が大きく吹き飛ぶ。

 

しかし。

 

 

「いっつ────ッ!!」

 

 

石流は自身の拳を見る。

 

自分の手が僅かに青く、鈍く変色している。

 

その激突の瞬間ですら、アリシアは何のタメも狙い澄ました集中も経ることなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(こっちの攻撃すら黒閃に変えるってか··········ッ!? 本当にとんでもねぇな!!)

 

 

彼女が有する『干渉』の術式。

 

それは相手の行使した打撃エネルギーに対し、カウンターの如く次元を歪め、ぶつかった衝撃そのものを黒い奇跡の火花へと強制変換する悍ましき機構であった。

 

攻勢に出ているはずの石流の拳を伝って、不気味な衝撃が自らの肉体を内側から打つ。どれほど微小であろうとも、攻撃を繰り出す度に生じる黒閃の反動は確実に彼の腕の骨髄へと蓄積され、その肉体を蝕んでいく。

 

とはいえ。

 

桁外れの呪力密度を誇る石流の肉体を以てすれば、その反転した衝撃とて即座に彼を屠る決定打には成り得ない。感覚としては肌に鋭い静電気が走ったようなもの。その威力がアリシアの『干渉』によって倍加し、頑丈な鉄壁を思い切り殴りつけたかのような鈍い痛みが拳に融解していくに過ぎない。

 

だが。

 

微細な反動の積み重ねであっても、際限なく連撃を重ねれば己の肉体が先に自壊を始める。

 

この暴走する少女を相手にする上での、背筋が凍るような致命的な異常さを、この時石流は悟った。

 

 

「────」

 

 

吹き飛びながらも、アリシアの感情が宿っていない瞳は寸分の狂いもなく石流の次の一挙手一投足を観察し続けていた。

 

アリシアに埋め込まれた強力な『呪物』の影響か、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、吹き飛ぶ勢いをそのまま利用し、空中で猫のように一回転して着地。

 

次の瞬間には、再び漆黒の呪力をその小さな体から放出させ、石流に向かって直線の弾丸と化して突撃してくる。

 

石流の呼吸が僅かに乱れる。

 

 

(ついていけてる··········いや、この俺でもついていくのがやっとだ··········!!)

 

 

一瞬の油断が死へと直結する、極限の持久戦。

 

どれほど決定的な打撃を叩き込もうとも、目の前の異形は損傷を瞬時に固定し、確定させる黒閃の出力をさらに増して襲いかかってくる。

 

無言のまま、『殺す、終わって、消えてちょうだい』という周囲に残された『負の感情』のままに暴走する呪いの嵐。

 

その圧倒的な蹂躙の渦で、石流は自身の全呪力と意地を総動員し、紙一重の攻防を辛うじて繋ぎ止めていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

呪力が無尽蔵に湧き上がってくるアリシアと、自身の渇望を発散させるように向かっていく石流龍が交錯する。空間を寸断する黒い稲妻と、全てを融解させる光の巨砲が地を揺るがすその光景を、後方から見つめる影があった。

 

 

「「··········ッ!!」」

 

 

乙骨の瞳が捉えているのは、常識という次元ではない。

 

アリシアという存在が体現している、生物としての枠組みを根本から蹂躙するかのような異常な身体能力。

 

人の可動限界を無視して音速を超えるように動くアリシアは、呪力強化なんてものじゃない。あれはもはや、文字通り人が動ける範囲の限界を外され、どれだけ乱暴に暴れても安全装置が機能せず、命の保証はない綱渡りの攻防。

 

何より。

 

彼の精神を強く震撼させたのは、彼女の肉体から絶え間なく爆ぜ続ける黒い火花の群れであった。

 

 

「黒閃をあんなに連発するなんて··········有り得ない··········ッ!!」

 

 

かつて祈本里香という特級過呪怨霊を呼び覚ました彼でさえ、これほど悍ましい呪力の暴走は見たことがなかった。

 

呪力の衝突から生じる、極小なる時間の隙間の歪み。

 

それは技術でも才能でもない。

 

起こるかどうかも誰にもわからない低確率の破壊力を、確定された現象として発動し続けるその圧倒的な格差に。

 

現代最強の一角を担う少年は、彼女の未知なる力に衝撃を覚えていた。

 

 

「アリ、シア··········ッ!?」

 

 

その乙骨の隣でも、目の前で繰り広げられる異常な戦況にフェイトは彼以上に視界の端から色が失われ、世界から全ての音が消え去っていくような錯覚に囚われていた。

 

乙骨が息を呑んでいるのは、目の前の破壊が齎す『理不尽な現象』に対してだ。

 

だがフェイトを襲っているのは、もっと生々しく、冷たい刃で胸の奥を直接掻き毟られるような精神的な痛みだった。

 

見つめる先には、確かに生きて、この世界に存在している『姉』の姿がある。

 

かつて失われ、二度と触れることは叶わないと絶望していた、命をくれた愛おしい原型体。

 

だが。

 

再会の歓喜が彼女の胸を満たすことは決してなかった。

 

何故生きているのか分からないが、今のアリシアからは人間としての生気が微塵も宿っていない。

 

光を余すところなく喪失したその眼球は、ただ排除すべき対象を捕捉するためだけに無機質に行動し、その唇からは大気の震えに掻き消されそうな微細な声で、呪わしい負の言葉を絶え間なく吐き続けている。

 

この結界にある負の感情、その願いを受け入れた意思なき少女は世界を拒絶し、本能のままに戦い続ける殺戮人形と化す。

 

 

「アリシア··········!! どうして··········ッ!?」

 

 

呼びかける声は届かない。

 

かつて、母の狂気に晒された時でさえ、これほど世界が冷たく見えたことはなかった。

 

魔法の光では決して癒せない、『呪い』という絶望の闇に沈んでいく姉の姿に。

 

彼女はあの時救えなかった己の無力さを、“呪った”。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

空間を爆砕しながら全方位から殺到するアリシアの超高速移動は、徐々に彼の鋼の如き防衛網の隙間へと滑り込んでいく。

 

漆黒の外套に包まれたアリシアの拳が、防戦一方となった石流の顔面へと放たれた。

 

 

「シッ!!」

 

 

石流は限界まで研ぎ澄まされた勘を以て、交差させた両腕の呪力密度を瞬時に跳ね上げ、その必殺の軌道を正面から受け止める。

 

肉体そのものを超高密度のエネルギーの盾と化す、この死滅回游で一番の呪力出力を誇ると言われている彼にしかできない鉄壁の防御。並みの術師ならそもそも初撃でバラバラになっている。頑丈さで言えば、あの虎杖悠仁にも匹敵するのかもしれない。

 

ガガガガガッ!! と空間が軋む不穏な衝撃音が響き、石流は辛うじてその一撃を押し留めたかに見えた。

 

だが、目の前の存在は生物としての出力を遥かに超越する。

 

アリシアの拳から放たれる波動が『次元』を調和し、石流の分厚い呪力装甲を内側から強引に侵食して融解させていく。

 

受け止めていたはずの石流の両腕が、彼女の底知れぬ膂力によって無慈悲に押し広げられた。

 

 

「おっとっ!?」

 

「────」

 

 

防御を完全に割られたその瞬間、アリシアのもう片方の拳が石流の顎を打ち抜く強烈なアッパーカットとなって突き刺さった。

 

ドゴォ!! という鈍い音。

 

 

「グォ··········ッ!?」

 

 

随一の出力を誇る石流の巨体が、その一撃の威力だけで天に向かって垂直に跳ね上げられる。

 

宙を舞う石流。

 

しかし感情が奪われたアリシアは、彼に体勢を立て直す隙を微塵も与えない。

 

アリシアは地表を爆裂させて跳躍した。石流よりもさらに上空、本当に頭一つ上くらいまで一瞬で到達した彼女の肉体は、空中でその軸を真っ逆さまへと反転させる。

 

重力の指向性に逆らうような超高速の急降下。

 

アリシアは落下する勢いの全てをその細い脚に集中させ、石流の大砲、自慢のリーゼントヘアを目掛けて容赦のない蹴りを叩き込んだ。

 

轟音。

 

二人の肉体が凄まじい速度で地面へと激突し、周囲のアスファルトが直径数十メートルに渡って陥没した。

 

 

「··········ッ!!」

 

 

夥しい量の砂塵が激しく舞い上がり、周囲の視界を徹底的に遮断する。

 

その煙霧の渦中、衝撃によって未だ身動きの取れぬ石流の胸元へ、いつの間にか接近していたアリシアの白に染まった五本の指が伸びた。

 

彼女は石流の衣服の襟を無造作に掴み取る。

 

痛みの感覚が鈍くなっている腕の筋肉が不気味に膨張し、石流の巨体をまるでそこらに転がっている石ころでも扱うかのように強引に、かつ強烈な遠心力を伴って前方へと投げ飛ばした。

 

 

「ゴッ!? ガアッ!! おごッッッ!!!??」

 

 

ズザザザ、と石流の身体が何度も地面に叩きつけられ、激しく打ち付けられながら転がっていく。

 

もはやこの一連の連撃だけで肉体の組織が崩壊しているはずであった。

 

それでも生きている理由、石流が頑丈すぎるのもあるだろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

考えてもみてほしい。

 

脳のリミッターが外れているとはいえ、相手は五歳の子供だ。

 

対して、石流の肉体は大人。

 

それを考えれば、ぶつけられる威力も、防御面においても、肉体の構造的にある程度は差があることくらい想像できるはずだ。

 

リミッターが外れた子供の拳、そして黒閃の威力。

 

感覚としては、鉄球で殴られているようなものだ。

 

そして石流の体は、高密度な呪力の鎧で包まれている。衝撃でダメージが来ても、彼なら無視しても良いくらいの痛みである。

 

 

「ッ!!」

 

 

石流は転倒の勢いを利用して強引に受け身をとり、破裂しかけた内臓の痛みを噛み殺しながら、地面を蹴って瞬時に体勢を立て直した。そして顔を上げた瞬間に彼の視界に飛び込んできたのは、黒い呪力を纏ってすでに自身の懐の領域へと潜り込んでいるアリシアの姿であった。

 

予備動作のない、最悪の追撃。

 

密着した間合いから、アリシアの無数の拳が石流の肉体を容赦なく打ち据える超高速のラッシュが開始された。

 

一撃一撃が、空間の歪みである“黒閃”の黒い火花を伴っている。

 

ドドドドドドッ!! と絶え間なく重なる衝撃音が結界内に響き渡り、不気味な黒い雷光が二人の周囲の位相をズタズタに引き裂いていく。

 

『次元』を強引に歪ませる約束された黒閃の連撃は、石流の強固な呪力強化をどんどん剥ぎ取り、その肉体を内側から破壊していった。

 

 

「ガ、ハ··········ッ!!」

 

 

口から鮮血が大量に噴き出す。

 

空へと打ち上げられた石流は内臓の数箇所が確実に悲鳴を上げ、視界が赤く染まっていく。

 

だが、その絶望的な暴風雨の最中であっても、彼の魂に宿る闘志の灯火は、消えるどころかさらに獰猛に燃え盛っていた。

 

 

(たまんねぇ·········これだよ!! これが欲しかったんだ··········ッ!!)

 

 

ようやく、長年の飢餓を完璧に満たす、圧倒的なまでの強者との命のやり取り。

 

石流は吐き出した血を拭うことすらせず、アリシアの繰り出す連撃を、その身に刻まれる激痛を通して正確に感知していた。

 

 

「────!!」

 

 

ラッシュの最中、アリシアの放った一際巨大な黒い火花を纏う左拳が、彼の頭部を粉砕せんと突き出される。

 

 

「ハッ!!」

 

 

石流はその一撃に対し、首を極限まで横へと傾けた。

 

一◯◯万分の一秒の交差。

 

確定させる黒閃の風圧が彼の側頭部の皮膚を強引に削り取り、血飛沫が舞うが、その拳は確かに彼の頭を狙う軌道から外れ、虚空を穿った。

 

アリシアの体勢が突撃の慣性によって僅かに前方へと流れる。

 

その一瞬の隙。

 

ようやく訪れたデザートの一口を石流は頬張るように。

 

 

「もっともっと!! 何回でもやろうぜ、嬢ちゃん!!」

 

 

石流は全呪力を空いた拳へと爆発的に収束させた。

 

術式の収束ではなく、拳に乗せた純粋な物理的破壊力の塊。

 

空間を完全に圧殺し、巨大な真空の道を作り出す渾身のカウンターが。

 

 

バゴォッッッ!!!!!

 

 

無言のまま宙を泳ぐアリシアの顔面へと、炸裂の軌道を描いて鋭く叩き込まれた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

石流の全エネルギーを乗せた渾身のカウンターが、アリシアの顔面へと完璧な軌道で炸裂した。

 

空気が爆圧によって陥没し、音速の壁を突き破った時のような凄まじい衝撃波が結界内を吹き荒れる。通常の術師であったら頭部が跡形もなく粉砕されて生命活動を停止しているはずの一撃。

 

打撃を受けたアリシアの小さい身体は、弾丸のような速度で後方へと吹き飛び、背後に聳え立つビルの壁のへと深く減り込む。

 

壁面が激しく罅割れ、大量の煙が殺戮人形の姿を覆い隠す。

 

 

「まだまだ、この程度で終わるような奴じゃないってことくらいわかってるぜ······嬢ちゃん」

 

 

その期待に応えるように。

 

激しい息を吐きながら右拳を構える石流の視線の先、崩壊した壁の裂け目から、アリシアは何事もなかったかのように静かに姿を現した。

 

骨格が不自然な音を立てて位置を変え、打撃の衝撃を呪物の『次元干渉』によって無に帰した肉体には、決定的な損傷など微塵も刻まれていない。彼女はただ生気を欠いた瞳のまま、ゆっくりと土煙の中から這い出てくる。

 

石流はその様子を、獰猛な笑みを浮かべたまま凝視し、自身の頭髪から立ち上る熱量を微調整しながら観察するように呟いた。

 

 

「明らかに黒閃の倍率がイカれてやがるな。いやぁ〜実に嬉しい誤算だ。どうやら嬢ちゃん·········()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

戦国の世、呪術全盛がまだ続いていた世界を生き抜いた彼の目は、彼女の打撃が単なる呪力強化の副産物ではなく、“世界の因果そのものを強引に書き換えて発生させている異常事態”であることを正確に捉えていた。

 

 

「狙って出せるはずのねぇ黒閃、そして尽きるどころかどんどん膨れ上がる呪力、どうやら周りの人間が発する呪力に呼応して、それで自分の呪力も膨れ上がる、ってところか」

 

 

スタジアムの避難所に囚われた非術師達が放つ死への恐怖と怨嗟の波形。

 

それを受信し、無限のエネルギーバックアップへと変換して肉体を強制稼働させている構造。

 

石流は、彼女が呪術界のあらゆる前提を覆す『呪力のルーター』と化している現実を、その皮膚に刺さる負の感情の密度から見抜く。

 

 

「人の負の感情から生まれた怪物······差し詰め、擬似的な『呪霊』か。恐怖、後悔、憎悪などのマイナス感情が形になった『呪霊』のような存在を自身の体で再現する。それに一番面白いのは、負の感情がある限り呪力は尽きることはないということ」

 

 

そうと分かればもっと楽しめる。

 

あの羂索が選んだ術師だ、子供扱いしたらそれこそ彼女に失礼になる。

 

 

「ふっ!!」

 

 

自由落下する中。

 

上空の制空権を掌握した石流龍が、長く続いた渇望の全てをぶつけるように、呪力をその頭髪の先端へと集約させた。

 

 

「ご褒美だッ!!」

 

 

咆哮と同時に放たれたのは、溜めや制約を一切排除した『グラニテブラスト』の超高密度な連射であった。

 

まるで意志を持ったレーザー、大気を焼き切って全てを融解させる熱量の砲撃が、崩壊したビルから出てきたアリシアへ向けて天空から雨の如く無慈悲に降り注ぐ。

 

それは地表を埋め尽くす灼熱の嵐。

 

 

「────!!」

 

 

理解が追いつく前に、地表に佇むアリシアは、その嵐の如く放り注ぐ光線を完璧な精度で捉えていた。

 

彼女の肉体は、毎度の如く物理的な予備動作を一切挟むことはしない。

 

一発目の巨砲が地表を穿つ寸前、アリシアは真横の空間へと滑るように位置をずらした。残像すら残さない。直撃の軌道から僅か数センチメートルだけ身体を傾けるだけの、極限の最小挙動。彼女の衣服の端を掠めて通り過ぎた光線は、背後のコンクリート構造物を一瞬で砂へと融解させ、凄まじい爆風を巻き上げる。

 

しかし、空間の上下を無視した光の乱射は止まらない。

 

二発目、三発目、そして数一◯の砲撃が、彼女の着地地点を完全に予測して多角的に殺到する。

 

そこからアリシアが魅せたのは、まさにしなやかな躍動による神業の如き空中舞踏であった。

 

迫り来るレーザーに対し、彼女は上体を極限まで後ろへ反らし、地表すれすれの軌道で光線の直下をすり抜ける。重力の制約を忘れたかのようなアクロバティックな身のこなし。

 

右へ、左へ、あるいは斜め上方へ。

 

空間を縦横無尽に跳ね回りながら、放たれる熱線の僅かな隙間へと吸い込まれるように身体を滑り込ませていく。光の巨砲が彼女の肌のすぐ側を熱の波形となって幾度も交差していくが、意志を欠いた瞳は寸分の狂いもなく光の網目を縫い続けていた。

 

空中を縦横無尽に駆ける石流の砲撃、それを彼女は風そのものと化したように潜り抜ける。

 

全ての攻撃が彼女の輪郭を捉える直前で悉く虚空を穿ち、背後の地面が崩落していく中、アリシアは相変わらず無言のまま、ただ一つの標的を屠るためだけの無機質な兵器となって光の嵐を完璧に踏破し切る。

 

結果。

 

自分が放った砲撃が悉く躱され、周囲には砂塵が舞って、あの少女の姿を見失ってしまった。

 

 

「チッ!! どこい────!!」

 

 

地面に降り立って周囲を見渡した。

 

その瞬間。

 

バキッッッ!! という音が聞こえた直後、石流の瞳孔が収縮した。

 

その砂塵が舞って周囲の状況が掴めなくなっている中、ヒュン!! という音と共に細い光が一筋走る。

 

 

「ッ!?」

 

 

気付いた時には強烈な痛みが彼の肩を襲う。

 

自身の身体に何が起きたのか、痛みが発生している箇所を見ると、そこにあったのは『車両進入禁止』を表す標識柱。

 

細い標識ポールは石流の肩を貫き、より血の匂いを濃くさせる。

 

 

「がぁッ!?」

 

 

肩を貫く衝撃。

 

槍のように投擲された標識は先が鋭利に尖っていた。道路に突き刺さっていたものを力任せにへし折り、引き抜いたのだとすぐに理解した。

 

強引にへし折られ、フォークさながらに凶悪となった標識の柱。

 

呻く間すら与えぬアリシアの追撃は、その負の感情の全てを突きたてられた槍へと乗せ、さらに深く彼の肉体を穿ち、押し込んでゆく。

 

 

「ぐおッ!?」

 

 

背から叩きつけられたアスファルトがまるで震えるスープの皿のように波打ち、四方に罅を走らせた。間髪容れずにアリシアは石流の腹へと容赦なく降り立ち、その場に彼を縫い止める。

 

骨の軋む音。

 

内臓が圧迫され、肺の空気が強制的に絞り出される。

 

 

「────」

 

「へ、へへっ······!! これだ·········!! この濃厚さ、このハネ返り·········っ!! 俺がずっと求めてた『極上の味』は、嬢ちゃんの中にあったわけだ······ッ!!」

 

 

仰向けに固定され、死線の淵にありながらも石流は口端から溢れる、血という名の真紅のソースを隠そうともせず、満足げに口角を釣り上げた。

 

だが。

 

彼の腹を踏みにじるアリシアにとっては、その男の歓喜も美学も、等しく無価値。

 

アリシアの瞳には石流の姿すら映っていない。

 

ただ。

 

目の前の肉塊を余すことなく『平らげる』────否。

 

徹底的に『すり潰す』ために、底の抜けた機械的な意思そのものが、彼の命の灯火を無慈悲に、確実に、『最後の晩餐』の卓を片付けるかのような残酷な結末へと向かわせていた。

 

 

「────」

 

 

アリシアはどこまで行っても表情を一切歪めず、無表情の顔を貼り付けたまま片足を上げると、落ちていた空き缶を踏み潰すように再び彼の腹の上に落とす。

 

 

「ごあ········ッ!!」

 

 

痛みに苦しむ石流、それを見るたびにアリシアの瞳は、()()()()()()()()()()

 

自身の身に何が起きているのか、それすらも把握しないまま、アリシアは左手を標識の柱に添え、一気に引き抜いた。

 

 

「ッ!!!!!」

 

「────」

 

 

アリシアは引き抜いた槍を、今度こそこの無様なメインディッシュを完全に屠るべく、容赦なく頭上へと掲げた。

 

罅割れた瞳から零れ落ちる、言葉の通じぬ死の気配。

 

 

「················ありがとう」

 

 

石流がそのあまりに贅沢な『最後の晩餐』の味に、ゆっくりと瞼を閉じる。

 

標識の柱が、完全に満足した表情を浮かべる石流の眉間へと振り下ろされ、

 

 

 

 

 

あああああああああッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

悍ましい雄叫び。

 

最後の一口を邪魔しに現れたのは、特級過呪怨霊と言われる怪物の姿であった。

 

虚空から引き摺り出された異形は、地表を埋め尽くすほどの巨躯を躍動させ、突如として石流にトドメを刺そうとしているアリシアに向けてその両手を執拗に伸ばした。

 

 

「────!!」

 

お前ぇえぇええッ!! きらぁアああああいいッッッ!!!!!

 

 

アリシアの細い体がリカの強靭な掌の檻によって四方から強引に包み込まれ、骨をも粉砕せんとする圧倒的な力で握り潰される。

 

だが。

 

その特級の拘束すらも、意思なき殺戮人形を捕らえるには至らなかった。

 

アリシアの全身を包む漆黒の呪力が、リカの指先から流れ込む膨大な呪力の結合を内側から侵食し始める。

 

パチパキと空間に音が鳴り響く中、アリシアは一切の声を発することなく、自身の両腕をリカの両掌の内側へと強引に割り込ませた。指先一本に至るまで操り人形のように強制的に動かされる肉体は、人体の限界を超えた不可視の出力を以て、その巨大な両手を力任せに外側へとこじ開けていく。

 

 

ああッッッ!!!!??

 

 

筋肉の繊維が異形化を伴って軋み、過剰な干渉波形が青白い電撃となってリカの皮膚を焼いた。

 

力尽くの脱走。

 

リカの鉄壁の把持力をも力任せに捩じ伏せ、その掌の隙間から滑り出るようにして拘束を脱出したアリシアは、空中でその身体をしなやかに翻した。

 

反転の機動。

 

彼女の小さな拳が、防衛の盾の役割を放棄したリカの顔面へと迷いなく突き下ろされる。

 

 

 

バチィッッッ!!!!!

 

 

 

刹那の衝突と次元の歪み。

 

空間が大きく陥没し、位相をズタズタに引き裂く漆黒の火花が、その一撃の周囲に激しく咲き誇った。

 

今日何度目かわからない、だが誰がどう見ても史上初の連続記録を打ち出したアリシアの“黒閃”。

 

次元の干渉を伴う破滅的な衝撃がリカの巨大な身体へと寸分の狂いもなく直撃し、その外殻を構成する呪力を激しく侵食していく。

 

 

イッ!! 痛いよぉお!! 憂太ァァアアアッッッ!!!!??

 

 

大気を震わせるほどの、リカの悲痛な悲鳴。

 

かつて数多の術師を恐怖させた特級の存在を前にして、制御することすら困難なほどの異常な負の連鎖。

 

アリシアという未知の領域に引き摺り込まれたリカの腕の輪郭が陽炎のように細かく千切れ、その巨体が衝撃によって大きく後方へと押し戻される。

 

衝撃の余波を受け、地面に倒れ伏したまま呼吸を荒くしていた石流龍は混濁していく視界の奥で、ただ冷静という気持ちを頭の中に浮かべていた。

 

 

「あの怪物でもあの嬢ちゃんを止められねぇか········で? 何の真似だ、()()?」

 

「········」

 

「お前の唯一の頼みの綱の式神もまるで歯が立たない。それどころか痛がってるぞ。そうまでして俺のデザートの邪魔をした理由はなんだ?」

 

 

石流の目の前。

 

ようやく満腹になれそうだったのに、その邪魔をしたのは特級呪霊を使役する現代の特級術師だった。

 

そのすぐ横。

 

そこにはアリシアとほとんど同じ姿をした少女もいる。

 

 

「勘違いしないでください」

 

 

乙骨は倒れている石流を見ない。

 

その視線は、守ると誓った大切な女の子────アリシアへと一瞬たりとも目を逸らさずに固定されている。

 

 

「あなたを助けたわけじゃない······ただ、アリシアちゃんをこれ以上人殺しにするわけにはいかないんです」

 

 

その声は、どこまでもアリシアのため、そしてその魂の尊厳を守るためだけに紡ぎ出されていた。

 

たとえ彼女が今、非術師の負の感情に呑み込まれて周囲の術師達を蹂躙する、感情のない自動人形と化していようとも。

 

乙骨憂太という少年は、かつて呪いに縛られ、そこから仲間の支えによって生還した自らの歩みを忘れてはいなかった。

 

誰かを害し、その手を血で染めることがどれほどその魂を深い暗闇へと縛り付けるか。その無惨な結末を誰よりも知っているからこそ、彼の二つの瞳には、合理的な思考を遥かに超越した、悲痛なまでの決意が宿っていた。

 

それに、腕を削られてなおも後方で苦鳴を上げているリカの状況を鑑みれば、呪術という体系そのものが彼女の前では単なる燃料に過ぎないという事実は明白だった。

 

傷つけることなく暴走する魂を押し留める術が、高専側のあらゆる術師の中に存在しない。

 

せいぜい、五条悟くらいだと思う。

 

そんな彼は封印されていて、今この世界のどこにもいない。

 

ほぼ手詰まりという名の無常な現実に直面しながらも、乙骨は自らの拳を固く握り直し、次なる一手に神経を極限まで研ぎ澄ませていた。

 

 

「アリシア············ッ!!」

 

 

フェイトの唇から漏れ出たのは、祈りにも似た姉の名前であった。

 

しかしその細い声は、死滅回游という殺し合いから発生した負の連鎖によって非情に掻き消されていく。

 

 

「────」

 

 

見つめる先で、漆黒の外套を靡かせる姉のアリシア。

 

その強膜を夜の闇に染め、虹彩に『ジュエルシード』の禍々しい青白い光を滾らせた姿は、彼女の記憶の片隅に眠っていた優しい温もりを持つ姉の面影を無惨に引き裂いていた。

 

いま眼前に佇むのは、再会の抱擁を交わすための家族などではない。

 

周囲の非術師達の死への恐怖や怨嗟を吸い上げ、その願いを叶えるために戦い続ける、意思の抜けた肉体。

 

その過酷な変貌の現実が、フェイトの胸を激しく締め付ける。

 

同時に。

 

彼女の胸の中にあるのは、血を吐くような強い罪悪感であった。

 

目の前の姉をこれほどまでに歪め、怪物へと変貌させているエネルギー源。

 

それは他でもない、かつて自らが母のために海鳴の各地を巡り、集めてまわっていた太古の遺産────『ロストロギア』の干渉波形に他ならなかった。

 

あの時自分が救いの手をさらに伸ばし、そして因果の鎖を断ち切れなかったからこそ、その遺物がどういうわけか最悪の融合を果たし、死者であったはずの姉を再び戦火の贄として縛り付けている。

 

その罪深い事実が、自らの両手に重い呪いとなってのしかかってくる感覚に、彼女は息を詰まらせた。

 

 

(私のせいだ······!! 私があの時、アリシアと母さんを助けられなかったせいで············ッ!!)

 

 

自責の念が頭の中を満たし、押し寄せる絶望の波に指先が細かく震える。

 

だが。

 

 

()()()()()()()()!! ()()()···········()()()()()()!!】

 

「···········なのは」

 

 

その暗雲を切り裂いたのは、共に戦い、自らを闇の底から救い出してくれた『無二の親友』が、窮地のたびに何度も口にしていたあの言葉であった。

 

諦めない。

 

手を伸ばし続ける。

 

どんなに遠く離れていようとも、その心を信じる。

 

 

「···········ッ!!」

 

 

フェイトの瞳から、迷いが消え失せる。

 

彼女は乙骨のすぐ隣へと並ぶように立ち、己のバリアジャケットから魔力を全身に漲らせながら、

 

 

「待っててアリシア。今回こそ···········今度こそは必ず、助ける!!」

 

 

親友の信念の言葉を自らの誓いへと変え、彼女はバルディッシュの黄色の刃を鋭く展開し、眼前にいる姉に向けて構え直した。

 

たとえどのような障壁が立ちはだかろうとも、もう二度とその手を離しはしない。

 

倒すべき敵としてではなく、救うべき家族としてその魂を引き戻すため。

 

金色の髪を靡かせる少女は乙骨と並び立って、最愛の姉を見据え続けた。

 

 

 

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