呪術廻戦リリカルなのは∅   作:織姫ミグル

3 / 8
第2章

 

 

今の東京は、魔境そのもの。

 

呪霊がいくつも湧き、そこにはもうかつての活気などなかった。

 

負。

 

足を踏み入るだけで死を意味するその場所で、少年は黙々と呪いを祓っていた。

 

 

「ふぅ·······」

 

 

泥まみれの服、だが首元に巻かれている『マフラー』だけは決して血で汚さなかった。

 

一仕事を終えて予め各地に置いておいた携帯食糧で腹を満たして休憩し、しかしその虚しさから急に心細さを覚え始めていた。次に休めるのは、この辺りの呪霊を本当に一掃出来た時か、死体となって息も出来なくなった時だろう。

 

少年············虎杖がいたのは広範な都市の中だった。

 

背の高い建物がいくつも見え、今頃そこには人々で溢れ返っているはずだった。しかし先日の『呪術テロ』の影響によってか、街全体が不気味な雰囲気に包まれ、鼻孔には強い死臭と滅びの臭いがする。

 

まさに、映画の中でしか見ないような世紀末の光景だった。

 

法も秩序もなく、死という理不尽さだけが残っている世界。

 

日本の最先端を行くと言われていた場所の面影は既になく、あったとしても誰も寄りつくことはない魔境。

 

ともあれ、いつまでも立ち竦んでいるわけにはいかなかった。

 

虎杖が先行して、彼の『お兄ちゃん』がそれに続いた。

 

等級問わず襲いかかる呪霊達、その大群をたった一人で引き受ける虎杖は勝手に自分を弟だと言って守ってくれる存在となった呪いと人の混血児である『兄』の元へと誘き出す。

 

虎杖は自慢の素早さを活かして走り抜け、後ろに続く呪霊が追ってくる際に進行の邪魔になりそうな奴らは倒すか振り払っていく。虎杖は『呪いの王』を封じ込めるほどの強力な身体能力と頑丈さが保証されているので、どれだけ高い場所から落ちてもある程度は耐えられ、しかし人間体である以上は痛覚は勿論ある。だから無理をすればするほど虎杖が死ぬ確率は高まる、それは変わらない。

 

それでも虎杖は倒し続ける。

 

たとえ死んだって、誰も自分のことを悲しんでくれるような人はいないのだから。

 

嬉しい誤算だったのは、任務で前もってこの辺りを出歩いた際の知識がまだ役に立っていたということ。一年前の呪術のじゅの字も知らなかった頃ならそれだけで致命傷になり得ることだったかもしれないが、呪霊共がそこを巣にしているというだけで特に変わった部分は見られない。強いて言うなら、呪霊という存在が彷徨いている以上は、当然細かな地形は変わっている。橋やビル、車に街灯、壊れやすいものからどんどん消えていって、最終的には先程まであった道は無くなっている。

 

こんな状況がずっと続くのならば、いずれは東京という街は闇に呑まれる。

 

そうなるのはもはや約束されたことだった。

 

虎杖の知識もそのうち役に立たなくなる。

 

呪霊が支配する地域は動植物の分布が滅茶苦茶になり、人間がいなくなった場所というのは死という道を辿るのが早い。

 

それを食い止めるため、虎杖は正式に依頼を受けたわけでもなく、ただの自己満足のような動機で呪霊を狩っていた。

 

 

「“脹相”!!」

 

「“穿血”」

 

 

瞬間。

 

バシュッ!! という圧縮された液体が勢いよく撃ち出された音と共に、虎杖が引き付けていた呪霊の大群がくの字に折れる。真っ赤な光線に撃ち抜かれた呪霊達は頭に風穴が空き、地面に崩れ落ちる前にその身を塵へと変えていく。

 

加茂家相伝の術式────赤血操術。

 

その中でも音速の数倍以上の速度で撃ち出す『穿血』は、速さも貫通力も凄まじいものだった。

 

圧縮した血液を一点から解放して撃ち出す赤血操術最大火力の技は、大群の呪霊を一気に殲滅した。初速こそ恐ろしいものだが、その後回避されてしまえば距離を一気に詰められてしまう欠点もある。しかしそれを補うように腕を横に薙ぎ払えば、仕留め損なった呪霊達を真っ二つにできる。

 

とはいえ、それでもまだ生き残っている奴はいる。

 

だから。

 

 

「“悠仁”」

 

 

バキィ!!

 

およそ人が殴ったようなものとは思えない轟音によって、呪霊はその威力に耐えきれずに破裂。たった一匹程度、本当なら自分で仕留められたが、それだと弟である虎杖の活躍の場がなくなってしまう。

 

しかしその身体能力。

 

拳一つで祓ってみせた虎杖は、以前と比べ物にならないほどに桁違いの成長を遂げていた。

 

これでまだ全快ではないのだから恐ろしい。

 

 

「流石、俺の弟だ」

 

「まだ言ってんの?」

 

 

虎杖は自分のことを弟と呼ぶ男を冷たい目つきで見る。

 

未曾有の呪術テロ、“渋谷事変”で互いに殺し合ったというのに、“脹相”はまるでそのことを無かったことにするかのように虎杖を弟として見ている。

 

それが虎杖的には気に入らなかった。

 

別に弟として見られることにじゃない。

 

脹相の本当の弟である二人を、虎杖は殺している。なのに脹相は仇である自分を家族の一人で見ている。それがとても心苦しく、虎杖は自分の罪深さを何度も再認識させられる。

 

だからあまり弟なんて言って欲しくない。

 

何故弟にされているのか未だにわからないが。

 

しかし、脹相はブレない。

 

 

「何度も言うさ·······思い出せ、あったはずだ。()()()()()()()()()()()()

 

「?」

 

 

意味不明なことを言われて思考が一時停止する虎杖。

 

 

()()()()()()()

 

「「!?」」

 

 

突如聞こえる聞き覚えのない声。

 

いつからいたのか、気配もまるで感じなかった。

 

いや。

 

二人が気付くのが遅かったというわけではない、ちゃんと対応できていた。

 

ただ。

 

その“男”が瞬間移動してきたかの如く一瞬でそこに現れていたのだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

(誰だコイツ·······今伏黒の話したか?)

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

さっきから疑問符がつくようなことばかり言っているが、関西弁で話す和洋折衷の整った顔をしている男は、不良みたいな鋭い目付きで虎杖達を睨んでいる。

 

 

「逃げる?」

 

「なんや知らんのか·······君死刑やって。悟君の後ろ盾がのうなったから」

 

 

その言葉に脹相はメンチ切り、虎杖が殺されることをよく思っていないらしい。

 

だが虎杖には心当たりがあった。

 

五条悟は現代最強の術師、それによって呪術界は彼に刃向かうことはできず、ただただ我儘を大人しく聞き入れている状態だった。しかし彼がいなくなった今、虎杖を守ってくれる者など誰もいないので死刑が確定した。

 

だからこの男は自分を抹殺に来たのか。

 

そう思っていたが、

 

 

「俺が用あんのは恵君やから、ぶっちゃけ君の生死はどーでもええねん。でもチョコマカされんのもアレやし、とりあえず足でも折っといたろかな」

 

 

目的はわからない。

 

だが虎杖を無力化しておくことがこの男にとっては何か都合がいいらしい。虎杖のクラスメイトである伏黒恵の名も出ていたことから、目的はわからないが良くないことであるのは確かだ。

 

 

「伏黒に何の用だよ」

 

「死んでもらお思て、その前に一筆書いてくれると助かるねんけどな」

 

 

直後。

 

背中から声が聞こえた。

 

 

「恵君、君を捜しとるんやって」

 

「────!?」

 

 

反応すら遅れた。

 

いつの間にか背後に立っていた男は、虎杖の頬に裏拳を決めると続いてその足を崩して地面に倒れさせる。

 

虎杖がやられたことで助けに入った脹相も、あっという間に無力化される。拳によるラッシュ、あまりの速度にやり返しという隙も生まれず、なんなら余裕があるように片手で前髪を掻き上げてダルそうにもう片方の拳で素早い攻撃を繰り出してきていた。

 

再起した虎杖がそこら辺に転がっていた石を投擲しても、素早い動きで回避される。

 

 

「速いっちゃ速いんだけど·······なんか変だな」

 

「術式だろうな·······」

 

 

その速さに違和感を覚えるが、術式について考えている余裕は二人にはない。

 

素早い動きについていこうとするのが精一杯で、術式を見抜こうと考えている間に攻撃を喰らってしまう。相手がこちらに敵意を向けている以上は応戦するしかないが、術式の効果を見抜けなければ負ける率が高まる。

 

正直手強い。

 

だが男的には二人のタフさに驚いているようだった。

 

 

「思ったよりやるんやね、正直ナメてたわ。もうちょい速うしてみるか────ッ!?」

 

「「ッ!?」」

 

 

そんな三人の呼吸と心臓が、一瞬確実に止まった。

 

突如。

 

周囲一帯が、自身らをその場に縫い付けるほどの強大な殺意に満たされたのだ。その重圧は五条悟並みの圧迫感、いやそれよりもさらに不気味だった。滑走路のような広い道路の真ん中にいる三人だけでなく、その殺意はどんどん膨張してこの辺り一帯にいる呪霊達を震え上がらせる。

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

その声。

 

それ自体は特に恐れるようなものではなかったが、その声の主から放出される呪力量はこの場にいる誰よりも桁違いに多かった。

 

声に振り返る三人。

 

その“何者”かはビルの屋上で部活帰りの高校生みたいな立ち姿でその三人を見下ろしており、その隈が目立つ垂れ目が余計に不気味な雰囲気を醸し出している。

 

重たい緊張を強制的にせり上がらせる、

 

その人影は、

 

 

()()()()()()·······()?」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ここ?」

 

「だね、最後に送られてきた映像の発信源はこの建物の裏みたい」

 

 

雨の中。

 

なのはとフェイトはとある裏路地に来ていた。

 

そこは人が寄りつかないのか、もしくは近寄ろうとする人がいないのか。狭い路地裏のせいで光に別の色が混じり、道がさらに暗く染まっている。空気の流れは滞り、ゴミや埃の匂いも沈殿していた。壁はスプレーによる落書きで埋め尽くされ、一体どうやって手に入れてこんな所に放置したのか、窓のない車が錆びついたまま置かれている。

 

まさに事件が絶えない現場そのもの。

 

地面にはよく見かける日常品がゴミのように散乱している。

 

そんな中を歩く二人は、流石に私服を汚したくないのか仕事着で来ていた。OLさんみたいにタイトスカートとストッキングを履いて、白シャツの上にフライトジャケットを羽織っている。もうすぐ中学生となる二人にしてはどこか事件を誘うような格好、しかし彼女達にとってはこれが普通だった。

 

 

「とりあえず、最初の目的地はこの先だね。そこにあるデバイスを回収しないと」

 

「うん」

 

 

フェイトは既に切り替えているのか、支局から提供された通信が途絶えた魔導師の発信源を確認しながら進んでいく。

 

降りしきる雨脚は弱まる気配を一向に見せず、太陽の光は遮られて雨音が集音作業に悪影響を及ぼし、周囲の気配までも消し去っていた。

 

ずぶ濡れの景色は、それだけで調査による死亡率を格段に引き上げている。調査のみを依頼されたとはいえ、これほどにまで不気味だと日中でも背筋に悪寒が走る。

 

そして。

 

発信源と思われる場所に辿り着いたのだが、そこには何もなかった。

 

 

「あれ?」

 

 

何もなかったからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

行き止まり。

 

エアコンの大型室外機や錆びた脚立がある中、その奥にある壁に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。壁に描かれた落書きではなく、本当に罅割れていた。

 

劣化によって建物に亀裂でも入ったのだろうか、近づいて見るとあることに気付く。

 

 

「え?」

 

「何、これ?」

 

 

それは壁に入った罅ではなく、宙に浮いた『何か』だった。

 

楕円形状に罅割れており、人が決して通れるような穴ではない。

 

だが。

 

その奥から感じる気配。

 

それを感じ取れぬほど、二人は愚かではない。

 

 

「············フェイトちゃん」

 

「うん、何か感じる」

 

 

その奥には何かある。

 

だがそれの正体もわからずに無闇矢鱈に触ったりするほど愚かでもない。

 

なのは達は調査報告の重要な資料として残すため、“魔法”という技術で宙にSF作品でよく見かけるようなウインドウを出現させる。彼女達はそのウインドウを目の前にぶら下げ、罅割れた『何か』へと向けて、その光景を証拠写真として収める。

 

これを分析チームに提供し、そこから何か新しい情報を得てから再度この罅について調査を再開しようと決める。

 

 

「これであとはこの映像を支局の方に送るだけだね」

 

「そうだね。これが一体何なのかわからないけど············でも、何かよくない気配がする」

 

「うん、だからと言って下手に触れたらどうなるかわからないし。一旦これを送って結果を知ってからまたここに────」

 

 

その瞬間。

 

罅割れた模様の奥から、こんな声が響いた。

 

 

 

なぁにしてるのォぉぉオオオおおお?

 

 

 

雑音混じりの、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その不気味な声、冷や汗が全身から噴き出しているのがわかる。その正体不明な声に二人はすぐさま退避、離れたところで様子を見ていた。

 

すると続いて、罅割れた空間の奥から今度は違った声が響いてきた。

 

 

()()()()()()()()············“()()()()()”』

 

(“()()()()()”!? 何············? これって誰の声ッ!?)

 

 

なのはは悲鳴染みた喘ぎを漏らしつつ、同時に聞こえてきたものに対して分析する。

 

さっきの震えたような声とは違い、普通の男の声だった。

 

もちろんその声について二人は何も知らない。だから一体何を話しているのかすら想像できない。少なくとも、この奥に“二人の誰か”がいることだけはわかる。それが誰なのかはわからない。

 

その情報の少なさが余計に恐怖心を煽る。

 

だがそれ以上に。

 

高町なのはとフェイト・テスタロッサを震え上がらせたのは、その後に聞こえた、たった一言だった。

 

 

()()()()············“()()()”』

 

「「············え?」」

 

 

両目を見開き、呆然と立ち尽くしているなのは達の耳に入ってきたのは、それが最後だった。

 

一方的に聞こえてきた声はそれを最後に聞こえなくなり、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

管理局の魔導師の行方を調査しに来た二人だったが、その目的を忘れてしまうほどの衝撃が彼女達の脳内に襲いかかる。

 

 

「「············」」

 

 

口に出そうとして、二人は声が出ない事に気づいた。 

 

震える手を動かし、何とか前方にただ固定してしまっていた視線を動かし、繫がりの絶たれた亀裂があった場所をしばらく眺める。体の震えが収まるまでじっとしていようと思ったのだが、いつまで経っても収まる様子はなかった。 

 

それでも少しずつショック状態から脱してきたなのはとフェイトは、今度こそ唇を動かす。

 

意図していないのに、不気味なぐらい掠れた声が自分の口から放たれるのが分かる。 

 

彼女達が放ったのは、()()()()()()

 

 

「虎杖······君?」

 

「虎杖君、って······?」

 

 

聞こえた声を思い出すように口に出してから、二人はその言葉の意味についてもう一度考えてみる。

 

頭の中に溢れ出す、“あの時の記憶”。

 

『闇の書』の事件の最中に出会った、あの“少年”の姿が思い浮かぶ。

 

しん、と落ちた沈黙のなか、冷たい雨音がかすかに空間の空気を揺らした。 

 

やがて二人は互いに顔を見合わせる。

 

いくつもの難事件を解決してきた二人は、蒼白になった顔を互いに向け、うわごとのようにかつての友人である“その名”を呟いた。

 

 

「悠仁······君?」

 

「悠仁··········?」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

ここはどこだろう。

 

少女はふわふわとした頭で思う。

 

濃い自然の匂い。

 

かすかな花の香り。 

 

どこかで見たことのあるような、静かな山の風景。草むらの上にはシートが敷かれていて、とても美味しそうな食事が詰められた弁当もあった。サンドイッチに野菜とお茶、自分はそれが並べられた弁当の前に座っていた。カチャカチャと、食べ物を弁当から取り出す度に音を立てる。 

 

その取り出している人。

 

そこには、黒髪の女が自分と向かい合うように座っていた。

 

 

『ほら、アリシア』

 

『ありがとう!! ママ!!』 

 

(··········え?)

 

 

自分で言っておいて違和感を感じる。

 

自分は今、この女性のことを『ママ』と言ったか?

 

女性は幸せそうに微笑んでいる。

 

 

『ねぇ、アリシア?』

 

『なぁに?』

 

 

何だか自分で動かしている感じがしない。

 

これは、何だろう?

 

自分の中には存在していないのに、だがいつかどこかで確かにあったような感覚だ。この光景も、この会話も、見れば見るほど懐かしい気分になるが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

しかしこの女性は自分の名前であるアリシアと呼び、そして自分はこの女性をママと呼んだ。

 

ならばこれは───────失った記憶か?

 

だが、どれだけ思い出そうとしても一部一部が欠落しているのか、今見ているこれは他人の視点から見た光景にしか思えず、結局は首を傾げてしまう。

 

それで。

 

自分の名を呼んだ母親と思われる女性は、優しい笑みを浮かべたままこう言った。

 

 

『─────()()()()()()()()()()()()?』

 

『················え?』

 

 

急に訳のわからないことを言い出した自分の母親。

 

すると突然。

 

()()姿()()()()()()()()

 

 

()()()()()()()()()()()

 

『え·········ママ? 何言ってるの?』

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

姿を変えた母親、“()()()()()()()()()”。

 

記憶にない前髪が変な男は、理解が追いついていないアリシアへと手を伸ばしてくる。知らない男に恐怖を抱いたアリシアは逃げようとするが、そのあまりの恐ろしさで体を拘束されているのか動けなかった。

 

その間にも自分に触れてこようとする男。

 

彼はアリシアの頭に指をコツンと押し付けると、不敵な笑みを浮かべて、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()─────()()()()()()()

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

いつしか眠ってしまった。

 

どうやってここに来たのか、その記憶も曖昧だった。

 

ベッドに寝そべったまま、周囲を見ようとする。

 

 

「おや? 目覚めたね、お嬢ちゃん」

 

「?」

 

 

その直後、自分の視界に何だか綺麗な女性の顔が至近距離で映った。

 

それはもう、目と鼻の先っていう言葉が本当に存在するんだってくらいに。どうやらこの女性が自分のことをずっと見ていてくれたらしいが、それにしても近い。もしかしたら熱を測るために自身の額と合わせる直前にこちらが目覚めてしまったのかもしれないが、そのあまりの近さにシャンプーのいい香りが直に鼻の中に入ってくる。

 

女性は楽しそうに笑いながら寝ていたアリシアから一定の距離まで離れると、予め用意されていたパイプ椅子に座る。アリシアは起き上がろうとするが、体が思うように動かなかった。単に怪我をしている、わけではない。何だか異様な疲労感があって、全く力が入らない。疲れの芯のようなものが、全身をくまなく貫いているような感覚がある。アリシアが気分の悪い感覚に戸惑っていると、女性の方はふふんと鼻を鳴らしてこう言った。

 

 

「動けないのも無理はない、君はずっとあんな場所を彷徨いていたんだからね。『呪い』に対しての耐性があっても、まだ力に目覚めたばかりのようだ」

 

「? 呪いって、なに?」

 

「ふむ、どうやらまだその辺は理解できていないみたいだね」

 

 

女性から自分の容態について聞かされたが、全くもって理解できない。

 

というか実の所、ほとんど記憶が抜け落ちていた。何だか途中で知らない『お兄ちゃん』と出会ったような気もするのだが、あれは一体どこまでが夢だったのか。そもそも、根本的に記憶が欠落しているので夢を見るということ自体よくわかっていない。

 

不安に不安が募って、ついには曖昧な記憶の中にあるあの『お兄ちゃん』がどこにいるのか女性に聞こうとしていた。

 

 

「あの、え、えっと、その··················」

 

「無理しなくていい、落ち着いて自分が話せるようになるまでいくらでも待つからさ」

 

「う、うん··················」

 

「ただ、これだけは先に聞かせてくれるかな?」

 

「?」

 

 

不安のせいで言葉に詰まり、スムーズに話せなくなっていると、女性は優しい声でゆっくりと待つと言ってくれたが、急に真剣な顔になってこちらを見つめていた。

 

心して聞け、そう訴えるような目付き。

 

そんな顔をされると余計に不安になる。

 

これから一体何を聞かれるのだろうと更に不安を募らせて身構えるアリシアに、女性は衝撃的な真実を告げるようにカッと目を見開いて、

 

低い声でこう訊ねてきた。

 

 

()()()()()()()()()()()─────()()()()()?」

 

「··················」

 

 

およそ一◯分後。

 

不安が取り除かれるまではそれほどの時間を要してしまい、そして言葉に詰まっていた状態も解除された。

 

その後、少女が何を言ったのかは世界のどこかにいる特級術師の名誉を守るために割愛する。

 

ただ言えるのは、

 

火が出るくらいに顔を真っ赤に染めてしまう精神的にまだ幼いアリシアにはとても早すぎる話題だったという事だけだ。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。