呪術廻戦リリカルなのは∅   作:織姫ミグル

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第3章

 

 

眩暈を覚える。

 

今まで見ていた景色が一変し、視界に映ったのは霞んでしまっている第三者の目線。自分の視界に思えて、だが瞬きを繰り返すとその目線は別の視点へと次々と移り変わっていく。

 

 

『仁!!』

 

『なんですか父さん、彼女の話をするなら帰りますよ』

 

 

聞き覚えのある声だった。

 

自身に遺言を残し、唐突にこの世を去っていった祖父の声。その全く別の方向、至近距離からもう一人の声が響いてくる。

 

二人は何か言い合っているようで、賑やかではあるが決して明るい話題ではない。

 

むしろ子供がいる前で出してはならない話題、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

最初は一体何なのか理解が遅れてしまって、まるで両親同士の喧嘩から逃れるように押し入れに引き篭もっているような感じだった。 

 

ここまで見て、ようやく虎杖はこれが夢であることに気付く。

 

誰かの目線を動かすと、まだ元気だった頃の祖父の顔が映り、何故か険しい顔をしてこちらを見ている。

 

 

『仁·······お前がどう生きようとお前の勝手だ。だが“あの女”だけはやめとけ!! 死ぬぞッ!?』

 

『悠仁の前で変な話はやめて下さい。案外覚えているそうですよ、赤ん坊の記憶』

 

『お前が子供を欲しがっていたことも“香織”との間にそれが叶わなかったことも知ってる!! だが“香織”が死んだのは────ッ!!』

 

()()()()()

 

 

寄ってたかって誰かを責め立てているような言い草だったが、一体何の話題なのか全然分からない。

 

だが、唐突に部屋の中に入ってきた“女”によって会話は途切れる。霞んだ世界の向こうに浮かぶ影は、二人が何の話をしているのか理解しているものの、その先は自分も混ぜた上で続けて欲しいとでも言うかのように微笑んでいた。

 

 

()()()()()()?』

 

 

そのぼそりと囁く声。 

 

それは線の細い、“()()()()()”のある女だった。

 

死人とまで言える青ざめた顔立ちには、愉快さと不気味さしか浮かんでいなかった。こちらのことは見えていないらしい。

 

虎杖悠仁はあくまでもこの世界にいないのだろう。

 

元々そこにいなかった者を視認できるなんて、そんなの次元を超越した存在しかいない。

 

と、そこで。

 

“香織”と呼ばれていた女性の首が別の方を向く。

 

その生気のない瞳は────そこにいるはずのない虎杖悠仁を見ているようだった。

 

 

(!?)

 

 

何となく、ではあった。

 

もしかしたらたまたまこちらを向いただけかもしれないが、その目線は明らかに虎杖の目の位置を捉えている。

 

それで。

 

根拠は何もないが、その女性は口パクで何かを呟いていた。読唇術を学んでいるわけではないから何を言ったかはわからないが、こう呟いているように思えた。

 

 

────『姉』には会えたかい?

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

ブツンッ!!と。 

 

頭の中で電気のようなものが走ったかと思ったら、さっきまで見ていた光景は消え去っていた。まるでテレビの電源を切ったかのように視界が暗転し、焦げ臭い匂いが鼻を刺激してきて虎杖は目を覚ます。

 

 

「ッ!!」

 

 

知らない世界が広がる。

 

天井もなく、屋外でただ倒れるように寝かされていた虎杖は冷や汗でびっしょりになった体を起き上がらせる。

 

カラン、と。

 

何か軽いものが放り投げられた音が聞こえてきた。

 

 

「えっ?」

 

 

音が聞こえた、その先。

 

あの時自分を確実に殺してきていた特級術師の先輩、“乙骨憂太”が拾い集めてきた枯れ木を焚火の中に放ると火勢が息を吹き返し、狂喜したように石壁のあちこちにオレンジ色の光を散乱させる。 

 

彼はこちらを疲れたような表情をしながら見てきており、あらゆる感情を放棄しているのか、特級術師には似つかわしくない落ち着きがあるせいで感情が読みにくい。

 

 

「あれ·······俺·······?」

 

 

虎杖は困惑していた。

 

そりゃそうだ。

 

この乙骨という先輩は、虎杖が折った刀を使ってこちらを確実に殺したのだから。

 

心臓が止まったあの最後の感覚を今でも覚えている。それで自分の意識は闇へと沈み、そのまま消え去っていくはずだったのに、今こうして虎杖悠仁は無事に目を覚ました。

 

何で生きているのか、何で自分を殺した乙骨が目の前にいるのか、一体どういうことなのか。

 

疑問の連続で虎杖の思考は暴れ回り、結局は何をどうしたら良いのかわからず視線を乙骨に固定したままだった。

 

それで。

 

乙骨は虎杖が正常にこちらを凝視している事に気付くと、急にあの不気味な表情が安堵に染まった情けない顔に変わる。

 

 

「よ、よかった〜〜〜!!」

 

「え·······?」

 

 

虎杖は引いてしまっていた。

 

無理もない。

 

あんな殺すことを何とも思わないようなおっかない顔をしていた乙骨が急に態度を変え、まるで今までのはただのドッキリだったとでも言うかのように、力のないへなへなとした笑みを浮かべてこられたら誰だって怖い。

 

ただでさえ困惑しまくっているというのに、乙骨はこちらの心境などお構いなしに語り始める。

 

 

「九月頃かな? 五条先生がわざわざ会いにきてね、君のことを頼まれたんだ。それでやむを得ず芝居を打たせてもらった」

 

「芝居·······!?」

 

 

うん、と。

 

頷いた乙骨は、事の経緯を語った。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「どうして·······そこまでして?」

 

 

全てを聞き終えた虎杖は絶句した。

 

簡単に纏めると、乙骨は虎杖の味方をしてくれた。

 

自分の死刑が決まって、その執行人に選ばれたのが乙骨であり、彼はその任を引き受けるフリをして虎杖を生かすためにわざわざこんな大それた計画を立てたらしい。

 

バレたら乙骨だって犯人蔵匿罪として、最悪自分自身も死刑になってしまう恐れがあるのに、何故こんなことをしたのか。

 

その疑問に乙骨は慈悲を含んだ声色で語る。

 

 

「僕が大切にしている人達が、君を大切にしているからだよ。僕も一度身に余る大きな力を背負ったんだ·······でも、背負わされたと思っていた力は僕自身が招いたモノだった。君とは違う。君の背負った力は君の力じゃない」

 

 

自分の過去を振り返ってみて、乙骨は自分の犯した罪と比べたら虎杖が死刑になってしまうのはあんまりだと感じていた。

 

自分が死刑になるのは仕方ないと言える。あの時、大切な幼馴染の死を自分が強く拒んでしまった結果、“彼女”は『呪い』に転じてしまった。実は彼は超大物の呪術師の血を引いており、そんな事だったとは露知らず、呪いに転じた幼馴染にずっと呪われていたと勘違いしていた。

 

自分で幼馴染を呪っておいて被害者面をし、だが結局は全て自分のせいだったと気付いた時、これでは死刑になっても仕方ないと罪悪感に苛まれた。

 

最終的には“彼女”に許されたが、それでも自分の犯した罪は消えない。

 

自分で引き起こした事によってあらゆる人々に迷惑をかけてきたのだ。

 

それに比べ。

 

虎杖悠仁は最近まで呪いの力どころか呪いというものにすら縁がなかった状態であり、しかし窮地に立たされる状態になってしまった結果、彼はそれまで何の関わりもなかった呪いをその身に宿した。

 

その後自分がどうなるのかなんてこと考えればすぐにわかるのに、彼は自らの意思で呪いを受け入れたのだ。

 

自分勝手な願いで幼馴染を呪いに転じさせてしまった自分とは違って、人を助けるという思いから呪いの力を手にした虎杖はむしろ褒められるべきなのだ。

 

あの両面宿儺を抑え込むのは簡単でも、その選択をするのは難しい。その呪いを宿している以上は周囲から人間扱いされることはない。いずれは殺されることを約束され、それでも彼は文句を言わずに呪いを祓い、宿儺の指を回収してきた。

 

その先にあるのが絶望だったとしても、彼は迷うことなくその道を選んだ。

 

だから。

 

自分で決めてこの道を進むことを選んだ彼に、乙骨は告げる。

 

 

「君は悪くない」

 

「·······」

 

 

虎杖の目を真っ直ぐ見つめて、乙骨はハッキリと君の選んだ選択は間違っていないという意味も含めてそう言った。

 

ここでいつまでも自分の選んだ選択に対して悔やんでいたら、彼は今までのことを否定してしまう事になる。

 

最初は上手くいかなくとも、呪いを祓う力を手にした以上はその力によって誰かは救われていたはずだ。そりゃあもちろん救えなかった人もいるだろう、どれだけ強大な力を持っていたとしても、全員救うなんてことはそうそうできることではない。

 

実際渋谷での一件で、五条悟はたった一人で複数の特級呪霊を相手にしていたわけだが、そこでも何人か死んでいた。

 

あの現代最強の五条悟ですら救えなかった命があるのだ。

 

それなのに虎杖悠仁だけが責任を感じるのは、あまりにも残酷だ。

 

彼が進んできた道は過酷なものだった、それは容易に想像できる。宿儺が彼の中にいる以上は最悪な出来事は付き纏う事になる。

 

そういう呪いなのだ。

 

だが、

 

進むべき道の先に自分にとって望まない結果が待っていようとも、彼には進んでもらわねばならない。

 

それが。

 

彼にとっての最大の償いになる。

 

 

「·······違うんだ。俺のせいとかそういう問題じゃなくて」

 

 

だがやはり虎杖は納得がいかない。

 

どれだけ慰められようと、擁護されようと。

 

 

「俺は人を────」

 

「虎杖」

 

 

言いかけた虎杖悠仁の言葉が、途中で途切れた。

 

まるで、これ以上自分を責めさせないように。

 

タイミングよく彼らの元に新たな人影が現れたからだ。

 

 

「伏黒·······!!」

 

「何してんだ。さっさと高専に戻るぞ」

 

 

ここにいてはいけない人間。

 

“伏黒恵”

 

虎杖に残された、たった一人のクラスメイト。

 

これがもし別の展開であったのならば再開を喜ぶ場面になっていたかもしれないが、その姿を見た瞬間に虎杖は動揺のあまり息を呑んでいた。

 

 

「今高専の結界は緩んでる。直接顔を見られない限りお前が戻っても問題ねぇ。一度先輩らと合流して────」

 

「やめろ!!」

 

 

そのあまりの接し方に、虎杖はさらに苦しくなる。

 

自分が未熟だったせいで人が大勢死んだ、それなのに伏黒はそんな自分の前に顔を出した。本当は会うことを避けたかったのに、彼は問答無用で虎杖を迎えに来た。

 

伏黒は彼の腕を強引に掴んで立たせようとしているが、虎杖はそれを拒む。

 

 

「当たり前のように受け入れるな、なかったことにするんじゃねぇ! 俺は人を殺した·······俺のせいで大勢死んだ────ッ!!」

 

「俺達のせいだッ!!」

 

「ッ!?」

 

 

伏黒は虎杖の言葉を遮る。

 

伏黒のその顔、彼のその顔に纏う雰囲気はいつもと違う気がした。

 

焦燥と悔恨。

 

歯を食い縛り、地面に情けなく尻餅をついている虎杖を睨みながら、

 

 

「お前一人で勝手に諦めるな。俺達は正義の味方じゃない、呪術師だ。俺達を本当の意味で裁ける人間はいない。だからこそ俺達は存在意義を示し続けなきゃならない。もう俺達に自分ことを考えてる暇なんてねぇんだ。ただひたすらに人を助けるんだ·······これはそもそも、お前の行動原理だったはずだ」

 

「·······ッ!!」

 

 

そこまで言われても、虎杖は伏黒と顔を合わせられない。

 

そりゃ伏黒ならそう言うだろう。

 

あの時の戦い、伏黒は自身の命と引き換えに強力な式神を呼び出したわけだが、虎杖の中にいる宿儺は大勢を巻き込んでまでそれを阻止していた。目的はわからないが、宿儺がそうまでして伏黒を生かしたい理由がある以上は一緒に行動してはいけないのだ。

 

だが、伏黒もあの時のことは悔やんでいる。

 

状況が状況だったため、やむを得ないことではあったのだが、回復できる拠点まで辿り着けないからせめてあのクズ呪詛師を道連れにしようとしたら、まさか宿儺が乱入してくるとは想定外だった。

 

あんな渋谷の中では携帯による連絡をする暇もなく、よって各地の状況を知る術はなかった。

 

虎杖が宿儺に代わっていたと知っていたらやめていたかもしれない。

 

しかし、それを今思い返して悔やんでも仕方のないことだ。

 

だから、

 

伏黒は、溜まりに溜まった思いを虎杖にぶつけていた。

 

 

「それとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「!?」

 

 

伏黒の言った“()()()()”という言葉を聞いて、虎杖は確実に動揺のあまり目を限界まで見開いていた。

 

伏黒は無視して続ける。

 

 

「お前はあの時言ったはずだ·······“()()()()”と。自分の犯した罪と向き合い、それでもお前はあの“()()()()”の前で誓ったはずだ!! それなのに、お前はこんなところで何をしている!? いつまでも情けなく落ち込んで、そうやって地面に座り込みやがってッ!! 今頃“()()()()”はお前との約束を果たすために真剣に強くなろうと頑張っているはずだッ!! だったらお前もいい加減前を見ろ!! 自分の犯した罪に責任を感じてるなら、あの時自分が“()()()()”の前で誓ったことを思い出せッッッ!!!!!」

 

「·······ッ!!」

 

「頼む、虎杖。加茂憲倫が仕組んだ呪術を与えられた者達同士の殺し合い、“死滅回游”に“津美紀”も巻き込まれている。お前の力が必要だ」

 

 

虎杖は、何も言い返せなかった。

 

だが伏黒の言葉を聞いて、虎杖は確かに自分の背筋に痛みが走り抜けた。

 

虎杖の首元。

 

そこには“あちらの世界”にいる“少女”から受け取った『赤いマフラー』がある。

 

それを見た途端、虎杖はとにかく怒りが込み上げてきた。それは誰かに対してではなく、自分自身に対してだ。

 

伏黒の言う通りだ。

 

あの時彼女達に誓った言葉をいつの間にか忘れてしまっていた虎杖は、そのあまりの無責任な態度に腹を立てゆっくりと身を起こすと、

 

 

「フンッ!!」

 

 

ドゴッ!! と。

 

鈍い音が響き渡った。

 

唐突に自分の頬を最大出力で殴りつけたのだ。

 

 

「·······」

 

 

乙骨はそれを見ても表情を変えなかった。

 

彼らの過去に何かあったのは明白だが、もちろん乙骨はその事に関しては詳しくは知らない。だが、責任を強く感じて自暴自棄になっていた虎杖が、自身の頬を思いっきり殴るほどに大切な誓いを立てていたということはわかった。

 

あまりの力で殴りつけたせいで虎杖の口から血が溢れ、だがその痛みを忘れないうちに彼は乙骨に言う。

 

 

「乙骨先輩·······宿儺が伏黒で何か企んでる」

 

「!!」

 

「あいつに俺の許可なしで肉体を取られたのはこれで二度目。一度は俺が油断したせい、もう一回は渋谷で一度に一◯本も食わされたからだ。一番最初のは俺が油断せずに死ななければもうできないだろうし、俺の中にある指は一五本で残りは五本しかないから一度に食っても乗っ取られないと思う。それでも、もし宿儺と代わったら────」

 

 

虎杖は乙骨の目を見る。

 

覚悟に染まった瞳。

 

それから目を背けず、乙骨も最後まで彼の言葉を聞く。

 

 

「迷わず殺してくれ。先輩ならできると思う」

 

「分かった、死力を尽くすよ」

 

 

迷うなと力強く頼まれた以上、こちらも躊躇わずそう返した。

 

今回は助けたが、もし次に宿儺に代わったら回復もさせずに殺す。

 

その縛りを正式に結んだことを確認した虎杖は伏黒に訊ねる。

 

 

「伏黒、俺は何をすればいい?」

 

 

虎杖悠仁は別にご高名な人物ではない。 

 

彼を動かしたいなら、頭ごなしに上から物を言えばそれで済むだけの話だ。それこそ脅したりすればいい。なのに、それ程大層な者でもない虎杖に頼むだけでも命をかけなくてはならない状況もある。

 

伏黒は宿儺に狙われている以上、本当は接近すること自体許せないのだ。

 

そのリスクを冒してまで虎杖に会いにきた伏黒は言う。

 

 

「五条先生が封じ込められた“獄門疆”の解き方と加茂憲倫の具体的な目的と今後の出方、それを知るためにまずは高専に戻って“天元様”に接触する」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「·······あんまり合ってないね」

 

「私の御古なんだし、文句言わないでください。これでも一番小さいサイズなんっスよ」

 

「··············」

 

 

いつまでも裸というわけにもいかなかった。

 

乙骨が連れてきた少女、アリシアは服どころか荷物の類を一つも持っていなかったため、もちろん何かを買うお金もない。

 

服を買うお金ぐらい出してあげても良いが、今はできるだけ外に出るのを避けたいというのが特級術師である九十九由基の考えだ。ならばお金を別の人に預けて買ってくるように頼めば、ということも考えたが、それでも足がつく危険性もある。

 

まずアリシアという少女は子供であり、今この場にいる者達は大人である。そんな彼女達が子供用の服を買いに行って万が一総監部側の人間に見られたら、まず間違いなく怪しまれるだろう。何故あんなにも大きくなって今更子供用の服を買うのか、と怪しまれたらそこから何かを隠していることを疑われて跡をついてくる可能性もある。

 

高専は今結界が緩んでいるため警備が手薄になっており、それでも何か不審な動きがあったらここにこれから来るであろう虎杖達が危険だ。

 

だから、できるだけリスクを冒さないように高専の二年である“禪院真希”に急場しのぎとして服を持ってきてもらった。

 

それは紅の着物で、七五三とかに着て行くような綺麗で派手な柄は一切ない。かつて彼女が“禪院家”にまだいた時に着ていた服であり、だが彼女はあそこにいると胸糞悪くなるため高専に入ると同時に家を出た。その時、捨てても良かったのだが何故か手放せず、ずっと大事に寮のクローゼットの奥に仕舞っていたものを取り出してきた。

 

要は御下り用としてアリシアに譲ったのだが、どうもサイズが合わないらしい。

 

そもそもアリシアの実年齢は本人でさえもわかっていないため、その辺の情報は一切不明であり、見た目的に五歳くらいだとは思うが、だとしたら小学生時代に着ていた真希の着物が合わないのも無理はない。

 

 

「··············っていうか、誰なんですこの子? アイツが連れてきたらしいっスけど、名前以外は何も覚えてないって変じゃないですか? まさかアイツ、外国に行ってる間に誘拐でもしてきたんじゃ?」

 

「だとしたら彼はロリコン認定されるだろうね。実際この子に乙骨君は好みか聞いたら満更でもない顔をしていたし、あながち間違いではないかもしれない··············っていう冗談は置いておいて、彼が言うには呪霊達が彷徨いている場にこの子がいたみたいでね。唯一の生存者だったこともあって保護したというわけだ。今上はごたついているだろうし、そんな中にこんな可愛い女の子を預けたら何されるかわかったもんじゃない。虎杖悠仁の死刑執行猶予の取り消しだけでなく、封印されている五条君を呪術界から追放し、現学長を死罪にした。上はとにかく自分達にとって都合の悪いものを消したがる。身元不明の子供を預かるなんてそんな厄介事を潔く引き受けてくれるとは思えないし、表面上は預かっていても裏でこの子に酷いことをしたとなったら、私だけでなく乙骨君でさえも黙ってられないだろうね」

 

 

もう正常に話が通じる状態ではなかった。

 

五条悟がいなくなった途端に好都合とでも言うように総監部は虎杖の死刑を決定し、それだけでなく自分達の都合の良いように呪術高専を変えた。

 

その代表例が“夜蛾正道”を死罪にしたという件だ。

 

彼はかつて五条悟と、今回のテロの首謀者である夏油傑の担任だった。厳密には渋谷での件は夏油傑ではなく、その中にいる加茂憲倫が引き起こしたものだが、どれだけそれを訴えても上は聞き入れなかった。これを機にとでも思っていたのだろう、夜蛾は宿儺の器である虎杖を呪術界に引き入れただけでなく、彼の術式に関しても脅威に感じていた。

 

呪骸を作り出す彼の術式はそれだけを聞けばそこまで恐ろしくはないが、夜蛾は“とある呪骸”を作り出した際に自己補完で呪力を生み出せる完全自立型という異例の個体を生み出したのだ。

 

それの何が脅威なのか、仮にそんな個体を何頭も造れるのであれば、それは単独で国家転覆が可能である特級術師に相当するからである。

 

容易に呪骸の軍隊を作れるのだ。

 

夏油傑も呪霊を操る術式を持っていたが、彼の場合は呪いを操作しなければならない。だが夜蛾の場合は違う、自分の手から離れた個体が完全に自我を持って自分の意思で行動できる。

 

何をするかわからないからこそ、脅威に感じるのだ。

 

もうそこまで行くと、上層部はどれだけ臆病なんだと呆れたくなる。

 

 

「それよりも··········どうかな、アリシアちゃん? 着心地は? 正直に言っていいよ?」

 

「う〜ん、もし我儘言っていいなら··········もうちょっと動きやすい服がいいな」

 

「そっか〜。ま、悪いんだけど今はそれに応えてあげられないんだ。こっちもちょっと面倒なことになっててね。事が収まったらいつか買ってくれるはずさ·········君にとっての“王子様”に、ね?」

 

「ッ!!???」

 

 

九十九がニッと悪戯っぽく笑うと、アリシアはまた顔を赤くする。

 

そう言われたアリシアは、出会ったばかりの時の乙骨の姿を思い出す。彼の姿を思い出すと、なんだか胸が締め付けられる。その苦しさ、それを経験したことがないアリシアはこの胸の痛みが一体なんなのかわかっていない。

 

だが。

 

顔を赤く染めたアリシアを見て、九十九は気付いていた。

 

 

それはまさしく、“恋”────()()()()

 

 

“飢え”だ。

 

 

ここに連れてきた時、彼女は自分の名前以外は何も思い出せないと言っていた。ならば、親の温もりも記憶にないだろう。それで呪霊達が彷徨いている東京でずっと一人だったところを乙骨に救われた。

 

その時だろう、彼女が乙骨を意識するようになったのは。

 

不意に、胸の奥に居座り続けていた人恋しさ、寂しさの疼きのようなものが大きな波になって、記憶がない少女を揺さぶったはずだ。

 

乙骨の温かさを、もっと直接、心の触れる距離で確かめたくなったはずだ。

 

これが人間の温かさだ、と思ったはずだ。

 

記憶がない中あんな場所に放り出され、常に彼女の心の一部に居座り続けていた渇きを潤してくれた乙骨こそ、彼女が求めていた温もりだった。

 

だがそれは、残念ながら恋ではない。

 

孤独になって恐怖と闘ってきたのなら、少女の精神はかなり追い詰められていたはず。

 

だから飢えていたのだ。

 

本当の、人の温もりに··········“家族の温もり”に。

 

窮地に陥ったところを乙骨が救ってくれたとはいえ、申し訳ないがそれを恋と決めつけてしまうのは些か早計すぎる。

 

本当に乙骨に惚れているのなら、会いたくて仕方ないはずだ。しかし彼女は九十九に彼の居場所を聞いてはきたものの、彼が今どこで何をしているのかの事情を知ったらそのあとすぐに諦めたように顔を曇らせた。落ち込みはしたがすぐに仕方のないことだと諦めたのならば、残念ながら恋とは言えない。

 

それに、彼女は九十九達と問題なく話している。

 

心に空いていた飢えを満たすために初めて会った乙骨を強く求めることもなく、九十九達がそこにいるだけでも寂しい表情を見せない。

 

まるで一人でいるのが慣れているかのように、アリシアという少女は乙骨に会わなくても問題なさそうにしている。

 

とはいえ、だ。

 

彼女の孤独な心を真の意味で癒してくれるのは、現状乙骨しかいないだろう。少女の苦しみがどれほど深いものであっても、九十九はそれを救ってあげることなどできない。

 

だから聞いたのだ。

 

乙骨は好きか? と。

 

反応的に好意的なものではあったが、九十九からしたらそれは恋ではなく、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、“()()()()

 

 

(すまない··········そのことについては私にはどうにもできない。お詫びと言ってはなんだが、せめて私達が傍にいよう)

 

 

できることといえばそれくらいだ。

 

今はまだそのことに気が付いていない少女に自分ができるのは、傍にいてあげること。

 

血縁関係がなくとも、一緒にいるだけで彼女の不安が取り除かれるのなら、喜んで一緒にいる。だが立場的にいつまでも一緒にいてあげられないのが心苦しかった。

 

そのことを悟ったのか、アリシアは九十九が何だか暗い表情をしていることに気が付いて首を傾げてきていた。

 

 

「どうしたの? 九十九··········さん?」

 

「··········いや、なんでもないよ」

 

 

アリシアは彼女の名前を初めて呼んでみたのだが、少女からしても九十九の名をどう呼べばいいのかわからなかったのだろう。

 

ぎこちない口調で九十九の名を呼んでみたのだが、そんなアリシアの声に九十九は微笑み返した。

 

たったそれだけで、記憶のない真っ白な少女の不安そうな顔が消えている。なんの濁りもない、完全に純粋な笑みを浮かべて嬉しそうに九十九を見てきていた。

 

良い兆候。

 

真っ白だった少女には、この短時間にいつの間にか明るい色がつき始めていた。

 

この調子で行けば、彼女は自身の記憶を取り戻すための手掛かりを見つけ出そうと元気よく動き始めるはずだ。

 

と、その時。

 

カツン、カツン。

 

この地下に繋がる階段の方から、硬い感触を返す地面を叩く音が複数聞こえてきた。

 

入り口の方、そこには“四人の影”があった。

 

 

「久しぶり··········って訳でもねぇか」

 

()()()()!?」

 

()()()()!? ()()()()()()()()!?」

 

 

いつの間にか九十九達から離れたところにあった丸椅子に座っていた真希は、ずっと気になっていた物語の続きを楽しんでいた。

 

それで。

 

この地下に自分のクラスメイトと後輩達が入ってきたことに気が付いて声を掛けると、あの特級術師である乙骨が心配そうに駆け寄ってきていた。

 

真希は渋谷で起きた大規模な呪術テロで致命傷を負っていた。特級呪霊を二体も相手にし、一体目は正体不明の乱入者がどういうわけか片付けてくれたが、もう一体に彼女はやられてしまった。

 

それで生死の境をさまようことになったわけだが、彼女は奇跡的に回復した。

 

でも、その時の怪我は消えることはない。

 

身体中に酷い火傷が残っているのがその証拠。その姿を見て乙骨も心配したのだろう。

 

真希は本を閉じ、答える。

 

 

「応、問題ねぇ」

 

「火傷は仕方ないさ。反転術式でも跡は残る。でも流石は天与呪縛のフィジカルギフテッド、最後の最期で呪いへの耐性ではなく生来の肉体の強度が生死を分けた··········当主のことは残念だったね」

 

「別に競ってたわけじゃないっスよ」

 

 

九十九が禪院家の当主である“禪院直毘人”が亡くなったことを話題に出すと、真希はどこかそのことには触れてほしくなさそうな顔をしていた。

 

そんな彼らの事情を知らず。

 

あの乙骨がこの場に姿を現したことを確認すると、幼い声が部屋中に響き渡った。

 

 

()()()()()!!」

 

「「··········え?」」

 

 

その声に一番に反応したのは、呼ばれた乙骨ではなかった。

 

この部屋にやってきた四人のうちの二人、特に短髪の少年はその聞き覚えのある声に自分の耳を疑っていた。ちなみにその時後ろに控えていた男は『お兄ちゃん』という単語を聞いて自分のことかと身構えていたのだが今は省略する。

 

二人は声がした方を見る。

 

ちょうどその時、その声の持ち主は乙骨先輩の方に駆け寄っており、

 

 

「あ、アリシアちゃん! 目を覚ましたんだね!!」

 

「うん!!」

 

 

二人は昔からの顔馴染みという感じの距離で接しており、だがそれ以上にそれを見ていた二人は驚愕していた。

 

 

────あり得ない。

 

 

二人、虎杖悠仁と伏黒恵は両者揃ってそう思った。

 

乙骨に近づいて嬉しそうに抱き付いていたのは、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

小学生どころかそれよりも下の年齢くらいの姿をした、“()()()()()()()()()()”がそこにいる。

 

 

 

二人はギョッとした。

 

何でこの場にあちらにいるはずのフェイトがいるのか、と。

 

その瞳も髪の色も、何もかも記憶の中のフェイトと一致している。

 

虎杖達はフェイトらしき人物と乙骨の顔を交互に見る。二人は仲が良さそうに笑っており、明らかに初対面ではない。

 

この状況を全て知っているであろう乙骨に、虎杖は震えた声で、

 

 

「お、乙骨先輩··········?」

 

「? どうしたの、虎杖君?」

 

 

乙骨は特に何もわかってなさそうな顔をしている。

 

虎杖達が“あちら”にいた時の話は聞かされていないのか、フェイトに似た少女も虎杖を見て首を傾げている。

 

そんな少女を、虎杖は恐る恐る指を差しながら訊ねる。

 

 

「その子、一体··········ッ!!???」

 

「あぁ、この子は僕が東京で保護してね。名前は──────」

 

「大丈夫だよお兄ちゃん! 自己紹介なら自分でできるから!!」

 

 

虎杖に少女の素性を訊ねられたから乙骨が彼女の名前を言おうとしたら、本人が『自分でするから』と彼のズボンを軽く引っ張り、小さな胸を張りながら言ってきていた。

 

少女は笑う。

 

フェイトに瓜二つな少女は、虎杖達の前に立って、自分が唯一覚えている名を元気よく告げてきた。

 

 

「私、アリシア。アリシア・テスタロッサだよ! よろしくねお兄ちゃん達!!」

 

 

無邪気な声、そしてその顔。

 

 

全てが記憶の中にあるフェイト・テスタロッサにそっくりな少女を見て。

 

 

虎杖と伏黒は思わず半分痙攣したような喉から呻くような声を上げた。

 

 

 

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