呪術廻戦リリカルなのは∅   作:織姫ミグル

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第4章

 

 

夜の巡回というものは案外怖いものだ。 

 

別に場所自体はそこまで怖くない方だと思う、だってここは博物館だ。

 

海鳴市にある博物館。

 

博物館といえば数多くの展示物が並んでいるのが特徴だ。

 

歴史・芸術・科学・自然。

 

そのテーマに合わせたものを展示し、それに対して興味を抱いた者達が更によく知ろうとここに集まってくるわけだ。

 

だから別にここは怖いと感じるところではないし、博物館をどう見るかはその人次第ではあるが、もしかしたら怖いと感じる人もいるだろう。展示されているものの多くが作り物であっても、かなりリアルに作られたものだってある。

 

例えば誰かの姿を模した人形がより正確に再現されたものだったり、絵だってテーマが残酷そうなものであったら怖いと感じるだろう。

 

昼間はそうではないが、それを夜に見るとたまに恐ろしく見える。

 

 

「·······」

 

 

カツン、カツン。

 

照明のない博物館の中、警備員服を着て懐中電灯を握ったまま、すでに館内を歩きづめで二時間。

 

これが仕事の日課とはいえ、慣れないものだ。

 

だって、周囲の展示物が自分を見ている気がするのだ。

 

夜の巡回をする警備員というのは誰か不審な者がいないかを見張る仕事だからこそ、注意深く周りを見ないといけない。それによって、とある障害が生まれる。

 

そう、展示物達が何もかも本物に見えて視線を感じると錯覚してしまうのだ。

 

正確に作りすぎて今にも動きそうであった。

 

まるで昔の映画の中にいるみたいだ。

 

夜になると展示物達に命が吹き込まれて、とある警備員がそんな中を巡回する奇想天外アドベンチャー映画。

 

本当、今にも動きそうなほどに精巧にできている。

 

本来であれば監視カメラがある部屋からあちこちのフロアを眺めるだけでいいのだが、それは別の警備員がやってくれている。

 

つまり、今日は彼が巡回警備担当だったのだ。

 

今頃、同じ仕事仲間は監視カメラの映像を別の画面に切り替えて娯楽を楽しんでいるだろう。もしくは最新のタブレットで定額制の動画配信サービスをポテチとコーラ片手に見ているかもしれない。真面目にやろうって気概は疾うの昔に失われている。じゃなきゃシフトをトランプで決めたりなんかしない。

 

 

「メンドくさ」

 

 

ヤケになって周囲を照らす懐中電灯を適当にブンブンと振り回す。

 

鬱憤が溜まりすぎているのか、彼の頭の中にはとにかく負の感情ばかりが湧いてくる。

 

怖い、辛い、面倒臭い。

 

そんなことばかり考えているからここ最近良いことが何一つないのか、彼が巡回警備しているのは、絵が飾られているエリア。一直線の廊下のような通路に飾られているエリアで、彼から見て左手側には名のある画家が書いたであろうものが続いており、そして右手には残酷なものをテーマにした絵があった。

 

所謂、巨人のような化物が人間を捕食する一幕が描かれた絵画。

 

何でこういう絵を描きたがるのか、そして込められているメッセージも何もわからない。むしろこういう絵があるせいで夜に警備をする者達の神経が擦り減るのだ。迷惑極まりない話である。

 

ただ。

 

警備員はどういうわけかそこで立ち止まり、その絵をじっくりと見つめる。

 

ライトの光を当てて、そのグロテスクな絵へと近づく。

 

 

「·······()()()()()()()()()?」

 

 

そう、()()()()()()()()()()

 

いつも巡回警備しているというのなら、どこに何があるのかも把握しているだろう。研修の際もよく覚えるように言われたわけだし、ならば違和感を覚えるのも当然のこと。

 

ここには確か野原の中に一人の少女が立っている絵が飾られていたはず。

 

それなのに巨人が通常サイズの人間を頭から喰っている絵が何故か飾られている。

 

新しい展示品を飾るなんて話は聞いていないし、それにこんな怖い絵を飾ったら子供が泣くに決まってる。

 

自分だけ聞かされてなかったのか、と物思いにふけっていたその時、

 

ピクッ! と。

 

その巨人の目が動いたような気がした。

 

 

「!?」

 

 

ガシャン!!

 

急な出来事に思わず全身が強張り、その際にライトを地面に落としてしまう。

 

そして、辺りは闇に染まる。

 

 

「しま·······っ!!」

 

 

落とした際に不意にライトの灯りが消えてしまったのだ。

 

中の電池が外に飛び出したのか、もしくはマジで壊れてしまったか。とにかく警備員は慌てて暗くなった博物館の中で落とした、自分にとっての命綱的存在のライトを手探りで探す。

 

噴き出す汗が止まらない。

 

暑くなって掻く汗とは違って、悪寒が走ったことによるとてつもない焦燥感。

 

焦りが焦りを生み、ライトを急いで見つけようとするがその焦りのせいで余計に見つからない。やっとの思いで指先に固い感触が当たり、それがライトだとわかると急いでスイッチを押す。

 

カチカチと押しまくっているが一向に点く気配はない。

 

中の電池がやはりそこらに飛び散ってしまったのかと考える冷静さも失われていたのか、またヤケになってイかれたブラウン管テレビを正常にするような感覚で思い切り力を込めて叩くと無事に点灯した。

 

パニックに陥った中での唯一の希望、それが復活したことがわかるとライトをさっきの絵に向ける。 

 

そこに飾ってあった絵は────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「あ、あれ·······っ!?」

 

 

さっきと違う絵。

 

だが見覚えのある絵であったことから、もしかして恐怖心が見せた幻覚だったのだろうか。

 

 

「な、何だよもう·······脅かすなよ」

 

 

やはり気を入れすぎていたな。

 

そう思うように警備員は汗を拭うと、また警備を再開する。

 

ライトの明かりを警備ルートへと照らし、再び前を歩き出そうと────

 

 

芸術はぁぁァぁああアア、爆ぅウ発ぅううううウうううウ

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

『あなたを守る·······離れません!!』

 

『サム·······』

 

「·······王道だなぁ」

 

 

バリボリとポテチを監視室で食らうもう一人の警備員。

 

窓もない小さな部屋には博物館の状況を見るためのモニタがいくつも据えられているが、そいつはそちらを見ていない。見ているのは湖に浮かぶボートの上で、二人のキャラが何かを誓い合っているシーン。所謂異世界のファンタジーをテーマにした作品で、アカデミー賞の全てを受賞したらしい。

 

そう、サボりである。

 

いつもと変わらない仕事であり、それでは退屈だからと内緒で持ち込んだ小型のテレビ。そこにわざわざ動画配信サービスを繋げて見ている。

 

音量をやけに大きくしているのを見ると、結構常習的にやっている可能性がある。バレない自信があるのか、もしくは今巡回している仲間がいつ戻ってくるのかも把握しているのか、何かがあったら警報が鳴り響くというのに、それでも余裕を持って映画を見ているということはそういうことなのだろう。

 

監視室って外に音が漏れないように壁を分厚くしているらしいから戻ってくる足音も聞こえないはず。

 

ではどうやって確かめているのか。

 

彼は監視カメラを見るわけでもなく、映画を一旦止めると左肩に接着するように取り付けられているトランシーバーを外し、スイッチを入れて声をかける。

 

 

「よう、そっちは順調か? あとどれくらいだ?」

 

 

そんなの巡回警備の様子をすぐ側にある監視カメラの映像を見ればわかると思う。

 

それでも構わず仕事上定期的に声をかけて安全かどうかを確かめるのと同時に、サボりがバレないように仲間の報告を聞く。

 

呼びかけた先でいつもの声が来るのを待つが、全然返ってこない。

 

でも声は聞こえていた。

 

つまりそれは知っている声ではなく、

 

 

おろろろろおおおおおおお

 

「!?」

 

 

音の正体は不気味な声だった。

 

異常事態が発生したということを遅れて知った警備員はすぐさま監視カメラの映像を見る。

 

どんどん切り替えて巡回警備をしている仲間の姿を探すが、全然見つからない。

 

 

「何でだよ!? あいつどこほっつき歩いてんだ!?」

 

 

切り替えボタンを連続で押しまくる警備員。

 

カメラが配置されている場所から送られる映像を全て見ても、その姿は全くと言って良いほど見つけられなかった。

 

 

「っ!!」

 

 

思わず嗚咽が漏れる。

 

ドッと異様に汗が噴き出る。

 

一体何が起きている?

 

今のは本当に自分の耳に聞こえてきたものだったのか?

 

ひょっとして幽霊的なものでも出たのか、それでまさかすでに仲間は餌食になったのでは、などと最悪の連想が頭をよぎる。

 

あまりの異常事態のせいで神経は麻痺していた。

 

今まで自分が感じたことがなかったものに『恐怖』が膨れ上がっていき、短い呼吸を繰り返す。

 

そして。

 

ブツンッ!

 

部屋が一気に光を失った。

 

コントロールルームにあるいくつものモニタの映像が、次々と灰色のノイズに搔き消されていく。

 

漆黒に塗りつぶされる監視映像。

 

それらが全滅した直後、

 

防音機能が最大限に取り付けられているこの部屋に、恐怖を煽って楽しんでいるような声が響く。

 

 

うひひヒひぃはあは

 

 

奇妙に震える声。

 

それが自分が立っているすぐ後ろから聞こえた。

 

彼は振り返ることもできず、その表情は恐怖に染まっていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「それで、彼の名前が出てきたと?」

 

「うん、そうだよ“クロノ君”」

 

 

時空管理局東京臨時支局には重い空気が漂っていた。

 

同支局室には“クロノ・ハラオウン”という少年が座っており、普段であればこの場にはいてはいけない。

 

最近正式に時空管理局の『提督』へと昇進したため、彼の母親の艦船を引き継ぎ、それに乗ってあらゆる次元世界へと渡って事件を解決している。立場上そういう機会が多いため日本にある臨時支局から離れることが多いのだが、今回はたまたまここに顔を出していた。

 

理由は彼の母親、“リンディ・ハラオウン”に会いにきたのだ。

 

リンディは現在艦長職を退き、現在は本局勤務となっているが、迎え入れた養子のフェイトが学校を卒業するまではこの地球に身を置いている。フェイトはハラオウン家に養子として迎え入れたため“フェイト・T・ハラオウン”と名乗る機会が多くなった。それで彼女の中学への入学が近くなったため、自分もお祝いに来た次第であり、そのついでに東京臨時支局にも顔を出していたら今回の事件について知ったのだ。

 

支局室にある応接ソファ、その向かいにはあの最高戦力である高町なのはとフェイト・テスタロッサが並んで座っている。

 

ガラステーブルを挟んで反対側、二人掛けのソファに座っているクロノは母であるリンディから貰った緑茶の入った湯飲みを置くと、難しい顔をして二人に告げる。

 

 

「ここ最近起きている事件について、そのどれもが同じような手口であることから同一犯であると思われるが、未だにその正体は日本の警察の方でも追えていないそうだよ」

 

「そう、なんだ」

 

「やっぱり·······」

 

「だが、僕達のデバイスで現場を調べたところ、あそこには微力ながら異能の痕跡があった。魔法なのか何なのかまでは掴めなかったが、明らかにこの地球では起こり得ない現象が起きたことは確かだね」

 

 

なのはとフェイトだけでなく、クロノも実は今回の事件の説明を聞き終わったばかりだった。 

 

内容はにわかには信じ難いもの。 

 

 

“遺体が残らない殺人”

 

 

文字通り、殺された人の痕がどこにもないのだ。

 

であれば行方不明になっただけではと思うかもしれない。しかし、管理局の局員はそうは思えなかった。その事件を調査していた武装隊員が、ずっと念話かデバイスの録画機能でコンタクトを取り続けている最中に消えてしまったのだ。

 

奇妙にも、“謎の音声”を残して。

 

映像だけは全く撮れず、そのまま調査をしていた魔導師はデバイスごと消えてしまったが、最後に送られてきたデバイスの映像からは“生き物とは思えない鳴き声”が聞こえてきたので、そいつが襲ってきたのだと皆が思っている。

 

しかし、あの鳴き声。

 

行方がわからなくなった隊員の跡を追うために現場に向かったなのは達も、あれに似た声を聞いたことがあった。

 

 

なぁにしてるのォぉぉオオオおおお?という少女のような謎の声。

 

 

その後に“知らない少年の声”が聞こえてきたが、それ以上に気になったのはその後に聞こえてきた単語。

 

 

()()()()············“()()()”』

 

「············」

 

 

あれは聞き間違いなんかじゃなかった。

 

あれはどう考えても、自分達の知っている“少年の名前”だ。

 

何故それが正体不明の亀裂から聞こえてきたのか、それは分からないが、あの少年の名前が出てきた以上は彼も関わっているという可能性が高い。

 

むしろ。

 

何も関わっていないと思う方が不自然にも思える。それだけ確信させるものを彼は持っているのだ。

 

『呪い』という、自分達にはない力を。

 

 

「それで確認なんだが。この亀裂の奥からあの男、“虎杖悠仁”の名前が聞こえてきたんだね? こちらで拾ったあの“謎の鳴き声”と似たような音で」

 

「正確にはその後聞こえてきた声だよ。最初は何だか“女の子”のような声で、そのすぐ後に“知らない男の人の声”が聞こえてきたんだ」 

 

 

なのはとフェイトの二人はガラステーブルの上に置かれた『空間に罅が入っている写真』を見る。

 

フェイトが何枚か撮った中で一番明瞭に写っている写真を指差すと、

 

 

「それでこちらなんですが、クロノ提督」

 

「あぁフェイト、ここは僕ら以外は立ち入れないようにしている。だからいつも通りの口調で構わないぞ」

 

「じゃあ、()()()()()

 

 

その呼び方にクロノはビクッと肩を震わせる。

 

 

「ちょっ!? それはよせ············まだ慣れていないんだ」

 

「ふふ、もう兄妹になってしばらく経つのにまだ慣れないの?」

 

「仕方ないだろう? ずっと一人っ子だったんだから············」

 

 

フェイトにお兄ちゃん呼ばわりされて顔を赤く染めるクロノ。

 

提督になったと言ってもまだ年齢も若いため、おそらくは女性関連のことに悩む時期なのだろう。

 

話が逸れてしまったことを自覚し、フェイトは再度二人が撮ってきた写真の一枚を指差して、

 

 

「一体誰なのかは分からないけど、悠仁の名前を知っていたことから、もしかしたらこの亀裂の奥で悠仁を知る“何者”かがこの事件に関与しているかもしれない」

 

「ふむ············」

 

 

クロノはそう言われて顎に手を当てる。

 

フェイトの憶測を考えていくと、どうしても違和感を抱いてしまう。

 

 

「しかし彼は元の世界に戻ったはず。こちらに来る手段は一応あるにはあるが、彼の担任である五条悟が今後一切ジュエルシードを使わないと約束してくれたし············」

 

「でも、実際にあの奥から悠仁君の名前が聞こえたんだよ。知らない誰かが悠仁君に向かって、『ごめんね』って」

 

「それも気になるが、だとしても別の世界にいるはずの虎杖の名前が何で亀裂の奥から出てくるんだ?」

 

「そう··········そこが謎なんだよ、お兄ちゃん」

 

 

三人とも考え込んでしまった。

 

しかしフェイトは『けれど』と言って写真を見ながら続ける。

 

 

「これは本当に憶測なんだけど··········もしかしたらあの亀裂の奥は『悠仁のいる世界』に繋がってるんじゃないかな?」

 

「彼の、世界にか?」

 

 

クロノは目を白黒させるが、やがて考え込むような表情をして言う。

 

 

「あり得ない────いや、そう考えるのが妥当なの、か?」

 

「うん。違和感を感じるのは当然かもしれないけど、現に悠仁の名前が聞こえてきたんだし、あり得ない話じゃないと思うんだ」

 

「別の虎杖の名前··········だったりとかは?」

 

「それもあり得るかもしれない。でも、私達はあの時聞こえた名前がどうしても悠仁としか考えられないんだよ。百歩譲って聞こえた名前が別の人の虎杖の名前だったとしても、この不可解な事件を説明するには私達にはない力、それこそ『呪い』が関わっているのかもしれないし、そう考えると必然的にあの時聞こえた虎杖っていう名前は虎杖悠仁に結び付く」

 

 

虎杖悠仁達は魔法とは違う、『呪い』の力を使う。

 

フェイトの言ったことは半分強引なものであるが、けれど確かに『呪い』という力であれば今回の事件も説明できるかもしれない。

 

根拠はない、しかし『呪い』の力をその目で見てきた彼らになら理解できるはずだ。

 

あれは────常識外の力であると。

 

虎杖の中にいる『呪いの王』によって『闇の書の闇』が本体から切り離され、二度と災厄を生み出せないようにした。そして彼の担任である五条悟、彼もまた規格外の力で自動防衛運用システムの『ナハトヴァール』を消し去って見せた。

 

トドメを刺したのはアースラのアルカンシェルだが、たった一人の力でナハトヴァールを消し去れるほどの力を持つあの二人は、まず常識の外から来た存在だ。

 

それは実際に証明されている。

 

未だに現れたことがない、『オーバーSSSランク』の力を持った奴が現れただけでも信じられない話だったのだ。

 

あり得ないなんてことはあり得ない。

 

そう思って行動した方がいい。

 

それに、現場に魔法ではない異能の痕跡があった以上、それを『呪い』だと仮定して捜査を進めた方が、今後この事件の手掛かりを何か掴めるかもしれない。

 

別に『呪い』ではなかった場合はそこから軌道修正すればいいだけの話ではないか。

 

だがそうなると問題が生じる。

 

 

「だとしても、今回の事件に少なからず虎杖も関わっているかもしれないのなら、人数が限られるな··········」

 

「うん··········」

 

「そうだね··········」

 

 

この世界では虎杖悠仁はすでに死んでいることになっている。

 

だが彼は実は生きており、無事に元の世界へと帰ったことで捜索しようとしてもその姿は確認されず、未だに死亡扱いで話が通っているのだ。

 

知っているのはごく一部、目の前にいるなのはとフェイト、クロノもその一人だ。

 

幸か不幸か、クロノがたまたま地球にいたおかげで虎杖の生存が明るみに出ることはなかったが、いつまで隠し通せるか分からない。

 

だからこう提案する。

 

 

「もしかしたら彼も今回の事件に関わっている以上、僕らも慎重に動かねばならない。彼の死刑は非公式とはいえ既に執行されていることになっていて、本当は生きていることを管理局の誰にも明かしていないからね。だが、この事件を捜査するとなると、誰かがいずれ虎杖の真相に辿り着くかもしれない」

 

 

クロノは静かに湯呑みに口を付けると、中の緑茶を一気に飲み干す。

 

全てを喉の奥へと流し込むと、二人を見て告げる。

 

 

「この事件、正式に僕が引き継ぐことにするよ。全権指揮は僕に、だがそれに関わる者は少数とする。それでいいかい二人とも?」

 

「「!!」」

 

 

クロノの提案、それはこの事件を正式に彼が解決するというものだった。

 

彼は今ではもう『提督』の位置におり、その階級でないと通らない申請がいくつもある。リンディがジュエルシードの回収をする時も、闇の書の事件を解決する時も、彼女が『提督』であったから任さられると上は判断したのだ。

 

ならば。

 

その息子であり、数々の事件を解決してきた実績のある彼ならばその申請は通るはず。

 

とはいえ。

 

クロノが危惧していること、虎杖悠仁関連の情報が外部に洩れるというもの。それを防ぐために、今回の事件に関わる者達は少なくするという判断をした。

 

それで。

 

そのメンバーに、なのはとフェイトが一番最初に選ばれた。

 

クロノが強い目でこちらを見てきているということは、そういう意味なのだ。

 

二人は一度互いの顔を見るとすぐに口角を上げ、揃いも揃って力強く返事をする。

 

 

「「うん!!」」

 

「じゃあ、すぐに準備しないとな」

 

 

クロノは二人の了承を得ると、すぐに何処かに連絡を取る。

 

空中にモニタを出現させたのを見て、なのはが訊ねる。

 

 

「ここでもう申請するの?」

 

「いや、その前に協力者になれそうな人達に先に声をかけるんだ。地球での担当権限はまだ僕にあるし、だったら申請はまず間違いなく通るからね。集められる人員は制限されて少なくなるとはいえ、早めに呼びかけて名簿リストを作っておくんだ」

 

 

そう言いながらクロノは登録されている番号を押す。

 

通信が繋がったことを確認すると、その向こうにいる相手に声をかける。

 

その相手は、

 

 

「今ちょっといいかな────“はやて”?」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

惑星、エルトリア。

 

荒廃して、朽ち果てるのを待つのみだったその星に、“彼女達”はいた。

 

 

「凄いなぁ、もうここまで自然に溢れているなんて··········星の回復は順調みたいやね、“ユーリ”」

 

「はい、皆さんが頑張ってくれたおかげです」

 

 

肩までしかない短い茶髪をした少女と、腰辺りにまで髪を伸ばしている少女が眼下に広がっている大地を見て話し合っていた。

 

風が運んでくる自然の音が、美しい重奏を奏でている。

 

二人は緑が生い茂る野原に座り込み、世間話でもするように楽しく話し合っていた。

 

 

「それにしても、すみませんでした。お忙しい中わざわざ来ていただいて」

 

「ええよ気にせんで。こっちの方でも大体異動の準備は終わっとったから、ちょうど良かったんや」

 

 

岩と砂しかなかったこの星に緑が取り戻されたとユーリから聞いて、彼女の主人となるはずだった“八神はやて”はその様子を見に来ていた。

 

元々このユーリという少女は闇の書の奥深くに封印されていたシステムの一つであり、あの『闇の書事件』が起こった時、ナハトヴァールを消滅させた際に一緒に引き離されたのだ。彼女はそのまま海の底で結晶化し眠っていて、とある事件をきっかけに目覚めることになった。

 

事件の詳細についてはまたの機会に語ることになるため今は最低限のことしか説明できないが、彼女は自身にとって親友と言える存在である自然環境を改造するために開発された“イリス”の星を元に戻すために、主である八神はやてから離れることにした。

 

そしてその星の住民である“フローリアン一家”と“マテリアル”というユーリが惑星エルトリアで暮らしていた頃に拾った三人と共にこの星の再開発をしていた。

 

それからしばらく経ち、もうほとんど緑を取り戻したと言っても良いくらいに星が元に戻ったので、ユーリはまず元主であるはやてに見せたくて彼女に連絡を取り来てもらっていた。それで連絡を受けたはやては、自分の家族達と一緒にここへやって来たというわけだ。

 

今、彼女の家族である『守護騎士』達は、それぞれ別の場所を回っている。

 

フローリアン姉妹とマテリアルの三人と共に。

 

彼女達も今頃この美しい景色を楽しんでいることだろう。

 

 

「それにしても、魔法に触れてまだそこまで時間が経っていないのにもう『総督』という階級にまでなったんですね。おめでとうございます」

 

「う〜ん··········と言っても、もしかしたらすぐに解体されるかもしれへんから、その階級もすぐに返上することになりそうで大したものじゃないんよ」

 

 

彼女は中学に上がると共に、新たに設立したとある部隊の『総督』に就任した。

 

 

“国連調査機関”

 

 

まだ本格的に活動を開始していないからもちろん実績などもなく、よって所属している者も少ない。世界が崩壊する規模の大災害を未然に防ぐためにはやてが発足した。

 

『マクスウェル事件』という、この惑星エルトリアで元は『惑星再生委員会』をしていた最高責任者が引き起こした事件。

 

はやてが持っている『夜天の書』の管理を行う生体端末であるユーリと自身が開発したテラフォーミングであるイリスを軍事利用しようと考え、政府からは惑星再生委員会の解体を正式に告げられた際に計画を実行。裏で既に取引していた軍事団体への贈り物として二人を手に入れ、ついでに自分が部下達を殺害。理由は、自分の部下達が下らない閑職へ回されるのがとても憐れで可哀そうだという、あまりにもふざけた理由でずっと星の再生を精力的に取り組んでいた委員会メンバーや一般職員、そして研究所で育てられていたあらゆる生物達までも虐殺した犯罪者である。

 

ユーリを洗脳して我が物にしようとしたが、彼女に返り討ちにされて命を落とした。

 

それからしばらく経って、復活したイリスを利用して自身も復活。ちょうど良い機会として目覚めた地球で商品宣伝をしようと目論んで、量産型のイリス達やユーリをも自らの手駒として操り、その圧倒的軍事力で地球を制圧しようとした。

 

だが結果、勇敢な魔法少女達の手によって計画は食い止められた。

 

しかしまたあんなことがあってはならないという考えから、八神はやては様々な世界で治安維持組織と協力し、災害救助や事件解決を行うための新部隊を設立したというわけだ。

 

その報告も兼ねてユーリの元までやって来た次第だ。

 

それともう一つ。

 

 

「それで、一つ相談なんやけどな」

 

「? はい?」

 

 

はやては人差し指を立てて、

 

 

「私達に協力をしてくれへん?」

 

「協力、ですか?」

 

「と言っても大したことはせんでええよ、私の設立した部隊はまだ新しいから力もない。でも実績があればあるだけ信用度も増す。だからまずはこのエルトリアの組織と協力関係を築きたい、っていうお願いや」

 

「あ〜、なるほど」

 

 

仕事というのは何か良い結果が無いと信頼されず、任せようと思っても任さられないのが現実だ。

 

言ってしまえば、めちゃくちゃいい絵を無名の画家が描いても売れるわけではないのと同じだ。有名な映画監督だってどれだけ良い映画を撮っても無名時代は見向きもされず、歌が上手い歌手でも最初は猛批判を喰らって、だがあとから評価されたものが多い。

 

そういうのと同じで、功績と実績がないとまず仕事が回ってこない。

 

それでまずはこのエルトリアに声をかけたというわけだ。『マクスウェル事件』が起きたのがきっかけで新しい部隊が設立されたのだ、ならば彼女達に最初に提案するのはある意味理にかなっている。

 

 

「あ、でも強制はせんよ。まだみんなとも話し合ってないわけやし、今夜にでもゆっくり相談し合ってから────」

 

 

とはいえ無理強いはしない。

 

彼女達のことを第一に考え、まずはその意思があるかどうかの確認をする。

 

するとユーリは特に気にすることもなく、

 

 

「いいですよ」

 

 

優しい笑顔を浮かべて頷いた。

 

 

「実を言うと、私もあることを危惧しているんです。この星は今まで死にかけていました。惑星開拓も諦め、撤退した企業も数多く、でもこの星に命が戻った今、資源と土地の権利を主張してくる人が現れるかもしれない。まだ噂の段階なのですが、支援を打ち切った人からの権利主張があったって聞きました。もしかしたら、この星の権利を争って戦争が起きるという可能性もあります。そうなったらせっかく戻った大地がまた枯れてしまう。でしたら非公式でも構いませんから管理局に後ろ盾として支援をして頂きたいです」

 

 

この惑星エルトリアはほとんど開拓の見込みがないとして、ほとんどの住民や政府は星の外のコロニーに移住した。昔に存在した惑星再生委員会も解体され、それがきっかけで悲惨な事件が起きてしまったのだ。

 

つまりは欲に駆られた者達からの侵略を恐れていた。

 

あんな悲劇は二度とごめんだ。

 

だからユーリは、はやての提案を前向きに受け入れようとしていた。

 

しかしまだみんなと話し合っていない。自分一人だけの意見で決めてしまうのは良くないことだ。今日の夜にでも集まって会議を開こう、そう言うようにユーリははやてに手を差し伸べる。

 

 

「まだ正式に決まったわけではないですが、よろしくお願いします」

 

 

その小さな手。

 

はやては笑みを浮かべて彼女の手を力強く握り返して言う。

 

 

「ありがとうな! ユーリ!!」

 

 

手を取り合う少女達。

 

夜天の書の現主との再契約は今ここに成立した。

 

詳しい説明はみんなが戻って来た時に改めてするとして、二人は一度フローリアン一家の家に戻るために、重い腰を上げた所で、

 

 

「ん?」

 

 

自身のデバイスから音が鳴る。

 

通信コールであることを認識すると、はやては宙にモニタを表示する。

 

画面には、見慣れた自分の上司の顔があった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「アリシア············テスタロッサ?」

 

「うん! そうだよ!!」

 

 

高専の地下。

 

虎杖の言葉にアリシアと名乗った少女は元気よく返事をする。

 

しかし虎杖と伏黒はあまりの光景を前に凍りついていた。見覚えのある少女が親しげに挨拶をしてきたのが逆に違和感を感じた。

 

虎杖はその人が誰なのか一発で見抜けるずば抜けた観察眼を持っている。彼のかつてのクラスメイトと再会した時も、もはや別人と言っても良いくらいに姿が変わっていたのに、その姿を見たらすぐにそいつが同じ学校のクラスメイトだったと気付いていた。体型も何もかも変わっていたのに、彼は普通に誰なのか分かってしまう。

 

そんな彼だからこそ分かるのだ。

 

 

この娘は────“()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

どれだけ姿が似ていても、そして遺伝子レベルで同質だと言われても、虎杖にはこの娘がフェイトと同一人物だとは思えなかった。

 

まず身長。フェイトは小学生くらいだったのに、この娘は大体幼稚園児くらいに見える。

 

髪も瞳の色も、声も似ていても、何か根本的な部分が彼女と異なっていた。

 

強いて言うなら、

 

“魂”────だろうか?

 

 

「どうしたの? お兄ちゃん?」

 

「え············あぁ、いや別に」

 

 

そう言うものの、虎杖は内心呼吸が凍るくらいに悪寒が全身を駆け巡っていた。

 

虎杖だけではない、隣にいる伏黒もそうだ。

 

二人は一瞬アリシアという少女から離れて部屋の隅っこまで移動すると、会話が二人の間で完結するほどの大きさの声で話し合う。

 

 

(え? 何どういうこと!? あれフェイトのそっくりさんっていうことか!?)

 

(いやあり得ねぇだろ。そもそも苗字なんかもろにあの子と同じじゃねぇか、どう考えても無関係とは思えねぇ)

 

(でも俺からしたらあれどう見てもフェイトじゃねぇんだって、喋り方とか声の出し方とかなんかフェイトっぽくねぇし)

 

(まぁお前、昔のクラスメイトに会ってもすぐに分かってたからな。その見る目は確かだ。だがどう考えてもおかしいだろ、こっちとあっちは別の世界なんだぞ。どうやって────ッ!!)

 

 

と、二人がアリシアの正体について考えていたところで、唐突に伏黒の脳内に一つの可能性が浮かび上がった。

 

伏黒は虎杖に考察の域を出ないくらいでしかない憶測を述べる。

 

 

(もしかしたらあの子、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

(? “()()()()()()”?)

 

(つまりあれだ、“()()()()()()()()()()”ってやつだ。よくあるだろ、別の世界線ではあの人はこう生きているみたいな)

 

(あぁ············!! 映画でよくある設定の)

 

「おい、何やってんだよ二人とも」

 

 

二人がそう話し合っていると、真希が苛立つように声をかけてきた。

 

それですぐに二人は立ち上がり、苦笑を浮かべながらみんなの元まで戻る。

 

 

「あぁ、ちょっと気になったことがあって」

 

「すみませんでした」

 

「話し合いすんのは後にしろ、今は “天元様”にどう会うかを話し合って────」

 

()()()()()()()()()

 

 

高専の関係者のみが話し合っている中、部屋の出入り口でずっとスタンバっていた男がようやく会話に参加する。

 

 

「扉から薨星宮の途中には高専が呪具や呪物を保管している “忌庫”があるな。忌庫には俺の弟達、膿爛相・青瘀相・噉相・散相・骨相・焼相の亡骸が在る。亡骸でも六人も揃えば俺の術式の副次的効果で気配くらい分かるはずだ」

 

「Good!!」

 

 

天元のいる薨星宮へ入るには千を越える扉の内の一つを引き当てなければならない。その日によって入り口が変わるため、誰もどの扉が天元のいる薨星宮へと繋がる扉なのか知らない。

 

だが、

 

その途中にある、危険度の高い呪物を保管する蔵には脹相の弟達がいる。彼の術式は自分と同じ血を引いている者の気配を感じ取ることができ、だからどれほど遠くに離れていても異変が起きたらすぐに分かる。

 

その術式によって、どういうわけか虎杖も死に際の異変を感じ取り、それによって虎杖悠仁も血の繋がった弟であると分かった。もちろん、生まれた時代が違うから母親も父親も違うだろう。だが彼の術式が反応したということは、少なくとも彼には自分と同じ血のようなものが流れているのだと確信した。

 

そしてその術式をレーダー代わりにして、天元のいる薨星宮へと繋がる扉を引き当てるというわけである。

 

その便利さに九十九が称賛してくれるが。

 

それよりも、

 

 

「それはいいとして、コイツは誰だ? もう新キャラ枠はそっちの子で間に合ってんだよ」

 

「あぁ、えっと············」

 

 

乙骨だけでなく虎杖と伏黒まで見知らぬ奴を連れてきて苛立ちを見せる真希に、彼はどう答えていいのかわからなかった。

 

でも時間がないため、一番手っ取り早く済む方法で説明する。

 

 

「とりあえず俺の············兄貴ってことで············」

 

 

お兄ちゃんの術式が反応。

 

兄貴と呼ばれたことで歓喜に震え、胸に飛び込んでこいと言わんばかりに腕を広げて彼の名を大声で叫ぶ。

 

 

「悠仁ぃぃぃいいいいいいいいいいいいッ!!!」

 

「行こう」

 

 

後ろで何か叫んでいる気がするが構わずみんなと部屋を出る虎杖。

 

かなり嬉しかったのになかったことにされたような気がして悲しそうな表情をする脹相は、その場に座り込む。

 

彼が天元のいる場所へと導く鍵だというのに、唯一の弟にまで無下に扱われて落胆する。

 

そんな彼に、

 

 

「大丈夫? お兄ちゃん?」

 

 

頭にポンと置かれた小さな手。

 

それに顔を上げた脹相は、天使を見た気がした。

 

よしよしと慰めてくれる小さな女の子に、脹相の目から歓喜の涙が溢れ出し、

 

 

「今のもう一回言ってくれ」

 

「? 大丈夫?」

 

「その後の」

 

「え〜っと·······お兄ちゃん?」

 

 

その健気さ。

 

その心意気に応えるように、

 

 

「アリシアァァァァアアアアアアッ!!!!!」 

 

「おいやめろ脹相ッ!!」

 

 

血が繋がってなくても『お兄ちゃん』と呼んでもらえただけで超嬉しいのか、脹相は思わず飛び上がる。

 

このままだとアリシアの上に落ちそうだったので、急いで戻ってきた虎杖が飛びかかってきたことによって抱きしめ行為を封じられる脹相。この明らかにヤバそうな展開へと発展してしまいそうな流れを食い止めるため、虎杖はそのままお兄ちゃんにチョークスリーパーを喰らわせる。

 

そんな大乱闘が繰り広げられている様子を見ていたアリシアは恐る恐るといった感じで、二人の喧嘩を止めようとする。

 

 

「だ、駄目だよ!! 二人とも兄弟喧嘩なんかしちゃっ!?」

 

「心配ねぇよ!! これ単なる正当防衛だからッ!!」

 

 

傍から見たら妹的な存在が兄弟喧嘩を止めようとしている構図に見えるが、その奇想天外な光景はどうも愉快でコメディ映画の一場面にしか見えない。

 

そしてこのままここにいるとR指定みたいな展開にもなりそうでアリシアも巻き込まれそうなので、子供が見るものではないとして乙骨が彼女の目を遮りながら部屋の出口へと連れていった。

 

 

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