重い音を響かせながら降りるエレベーターは綺麗とは言い難い。
坑道。
厳密には高専の最下層。
地底へと降りるものである為か日々劣化が進んで所々錆びついており、清潔感というものはどうしても保てなくなる。しかもエレベーターも昇降機のような作りになっているから周囲は籠の形をした見た目のため、地底に漂っている外の空気が侵入してくる。
「ゴホッ!! ゴホッ!!」
「大丈夫? アリシアちゃん?」
「う、うん·······平気」
あまりこういうジメジメした空気には慣れていないのか、アリシアが咳き込むと乙骨がしゃがんで彼女の背中をさすってあげる。乙骨は彼女の側に寄り添っており、アリシア自身も彼に懐いているのでどこか安心したような表情を浮かべている。
それにしても手慣れている様子だった。みんなが意外そうな目をして乙骨とアリシアのやりとりを見ており、なんならあの『お兄ちゃん』としてのプライドが高い脹相も目を丸くしている。
乙骨が小さい女の子と接するのが上手いのには理由がある。
実は乙骨には妹がいるのだが、昔彼が『とある特級』に取り憑かれていた際には家族も巻き込まれないようにしようと自主的に接触しないようにしていたが、無事に解呪されてからはまた普通に連絡を取っているそうだ。
そして彼は子供の頃に肺炎を患っており、その時一緒に入院していた『幼馴染』となる“少女”と仲良く一緒に遊んでいた経験もあってか、アリシアのような小さい子の面倒を見る方法が何となく身に付いている。
真の意味で『お兄ちゃん気質』なのだろう。
あの脹相も乙骨のお兄ちゃんぶりに感心していた。
そもそも、だが。
何故アリシアのような子供まで一緒についてくるのか、真希は少し強い口調で言う。
「っていうか憂太、なんでその子まで一緒に連れてくんだ? 私達はこれから“天元様”の膝下である『薨星宮』へと入るんだ。本当ならその子みたいな身元不明の子供が安易に踏み入れて良い場所じゃねぇ。本来は招かれた奴しか入れねぇんだし、もしそれが理由で会えないなんてことになったら」
彼らが今会おうとしている、“天元様”という人物はこの呪術界において欠かせない存在であり、その力の貴重性から『現には干渉しない』ことを徹底しており、縛りの効果もあって基本的には外界の者とはほぼ接触しないように常に警備を厳重にしている。
天元の力は凄まじく、日本全国のあらゆる結界を常時発動し、維持・強化する事ができるという人並外れた規模の結界術を持つ。
その力によって高専・呪術界拠点の結界や補助監督の結界術、つまり帳などの強度の底上げを行っており、天元がいなければ防護や任務の消化もままならないため、その存在が消失すれば呪術界だけでなくこの日本が終わるとまで言われている。
だからそうならないように誰かと接触することを常に警戒しており、その天元がいる『薨星宮』へのセキュリティも一手に担っており、千を越える扉を定期的にランダムに配置を変えて侵入をできないようにしている。
今回はその途中に保管されている忌庫に脹相の弟達が眠っており、その気配を辿ることで侵入できたわけだが、彼らの行いは不法侵入であるため、今も天元は警戒しているだろう。
乙骨や九十九はまだしも、『呪いの王』をその身に宿している虎杖悠仁に呪胎九相図、そして今そこにいる謎の少女のこともあって、天元は自身の身を守るためにさらに結界術をややこしくして会うことができないようにしてくるかもしれない。
それを危惧していたわけだが、乙骨は語る。
「うん、でもどうしてもこの子を一人にさせたくはないんだ。この子はずっとひとりぼっちだったわけだし、誰を頼っていいかわからない今の状況で一人だけさっきの部屋に残していくのもかわいそうだし。何より、天元様ならこの子のことを知っているかもしれないしね」
「はぁ?」
呑気にアリシアの頭を撫でながらそう言う乙骨に真希が首を傾げていると、九十九が補足するように説明してくる。
「君も知っている通り、天元はこの日本全体に結界を張っている。その結界術によって日本国内の事はほぼ把握しているだろうから、この子が一体どこの子なのかも把握している可能性が高い」
「でも、万が一その子が危険な子だったら天元様も会うのを拒むんじゃ?」
「確かにその可能性もある。五条悟という現代最強の術師が封印されてから全国の呪霊や呪詛師達が動き出して、自分に危害が及ばないようにより一層警戒心を強めているかもしれないからね。けど、ある意味それがチャンスになる。五条君の持つ『六眼』こそが彼を最強たらしめており、その力があって無下限呪術を使えるわけだが、その力を持つ彼が封印されてしまった今、これまで通りに無事でいられるか分からなくなってくるだろうから現に干渉する必要性が出てくる」
九十九が何を言いたいのかわからないのか、真希だけでなく虎杖まで頭の上にハテナマークを浮かべる。
虎杖は難しいことを説明する九十九に恐る恐る質問する。
「え〜っと、つまり·······どういうことっスか?」
「ま、ざっくり言うとだね·······たった一人で何もかも解決できる最強の術師である五条君がいなくなった今、天元は私達に頼るしかないってことさ。ずっとこの日本を守ってきた五条君と同じ、乙骨君と私のような特級術師に何かしら要求してくるかもしれないからね。たとえば、この危機的状況をなんとかして欲しいとかさ」
五条悟という最強の称号を持った人間がいたからこそ、この日本はずっと平和だったわけだ。
しかし彼がいなくなってしまえば日本全国にいる呪霊や呪詛師達が怯える必要もなくなり、好き放題暴れまくることができる。そうなれば、いつここが襲われてもおかしくはない。天元がいなくなれば更に奴らは好き放題できるため、何かしてくる可能性が高いのだ。
そうならないように、天元は彼と同じ特級術師である乙骨や九十九に何かをお願いしてくるかもしれない。
そう九十九は踏んでいるため、今の状況ならば天元と接触ができると考えている。
と、そんな説明をしているとエレベーターが最下層に到着した。
九十九が先に出ていくと、皆がその後をついていく。
その前に、
「あ」
乙骨が何かに気付いてアリシアの目を覆った。
「? 何してるのお兄ちゃん?」
「ごめんね、ちょっとアリシアちゃんには見せたくないものがあってね」
アリシアは急に自分の視界が遮られたことに疑問を抱くが、乙骨は詳しい説明はせずに彼女の目を手で隠した。
虎杖も何故彼がそんなことをするのかと感じ、乙骨が見つけたものを目で追うと、
「!!」
そこには確かにアリシアのような幼い女の子が見てはいけないものがあった。
そこには────誰かの『血痕』があった。
今はもう地面の一部と化しているが、この場で何か悲惨なことがあったのは明らかだ。
「ここで何かあったのかな?」
「一二年も前の話さ·······今思えば、全ての歪みはあの時始まったのかもしれない」
九十九がまた遠回しに説明してくるが、詳しい情報は得られなかった。
「さぁ皆、本殿はこの先だよ」
皆が疑問に感じる中でも彼女は構わず先を進んでいく。
その先の通路はさらに低温の空気とオレンジがかった照明のみで薄暗く、かすかな風が通り過ぎると不気味な唸りが聞こえてくる。
「お兄ちゃん·······」
「大丈夫だよ、僕から離れないでね」
今まで呪霊が彷徨く東京に一人でいたとしても、やはりこういう薄暗い場所は怖いのだろう。アリシアは言われた通り乙骨から離れず、彼の服を掴んで一緒に歩いていく。
かん、かんと響く足音を意識しながら、専門学校の地下とはとても思えない空間を数十メートル歩くと、出口らしきものが見えてくる。
この先に『薨星宮』と呼ばれる場所があるのかと、虎杖達は彼女に続いて本殿がある空間へと踏み入れるが、
先導する九十九が唐突に足を止めた。
「クソッ!!」
「「「「「「!?」」」」」」
本殿がある場所、そこに虎杖達は入ったつもりだったが、
「
いや、何もないという言葉ではまったく足りない。
────真っ白に染まった空間。
天元のいる本殿がどういうものか噂程度で聞いていたが、想像と実物との間には月と地球ほどもの開きがある。
「これが本殿?」
伏黒はそのあまりの威容に思わず眼をみはった。
噂と全然違う。
伏黒をはじめ、皆が聞いた噂では大樹を中心に家屋が立ち並びドーム状になっている空間があると言われていたが、唯一あるとすればこの空間同様白く染まった地面のみ。周囲を見回してもその先には何もなく、白一色に染まっているため地平線の概念すら曖昧で、このまま歩いて行ってもその終わりとなる壁にたどり着けるかどうかも怪しい。
ある意味、呪術戦で使われる『領域展開』にも似ているような気がした。
真っ白で、あまりにも白一色なため、無限の広がりすら感じさせる異空間。
伏黒の呆然とした呟きに九十九が答える。
「いや、私たちを拒絶しているのさ。天元は現に干渉しないが六眼を封印された今なら接触が可能だと踏んだんだが、見通しが甘かった」
九十九はどこか不愉快そうにそう説明した。
自分の当てが外れたことに対してムカついているのか、その目はどこを見ているのかはわからないが鋭く何かを睨んでいた。
なんにしても、天元に会えないのならここに用はない。
「戻ろうか、津美紀さんには時間がない」
せっかく千もある扉から当たりを引いたのに、何も聞けないままここを立ち去るのは残念ではあるが、彼らには時間がないのだ。
乙骨に言われ、皆が来た道を引き返そうとする中、
「?」
乙骨は隣にいるアリシアが自分の服を掴んだまま離さずにその場に立ち止まっていることに気付く。
「どうしたのアリシアちゃん?」
乙骨が訊ねても答えようとはせず、ずっと目線を前に向けて固定していた。
それで。
彼女はゆっくりと前方を指差して、
「·······“
「
アリシアが誰かと話しているその声に、全員が思わず振り返った。
振り返って、そして自身の目を疑った。
両目を見開き、呆然と立ち尽くしている彼らの耳に年老いた声だけが響く。
「来るのはわかっていたが·······こう見ると愉快な顔ぶれが揃っているように思えるね」
白い空間に佇むのは、“
光り輝くような体によって全身が白く染まり、その肢体を包むブカブカな白い布の装束。
男なのか女なのか、子供なのか老人なのか、人かどうかも怪しかった。正確な性別も年齢もわからない程に顔が変形していて、髪も耳もなく、ただ対になった四つの瞳がその場にいる全員を眺めている。
極めて異端な顔付き、だがある意味では神聖さのある姿。
その姿はまるで────“
「初めまして────」
それは口を開く。
その声がなければそこに存在していると認識できないくらい、不可思議で不可解な何者かは。
蝋燭のようにその場にずっと佇んで、人から掛け離れた存在が人の言葉を放つ。
「“禪院の子”、“道真の血”、“呪胎九相図”·············そして────」
それは告げる。
彼らがどうしても会いたかった存在は、片方にある二つの目を『呪いの王』をその身に宿している少年に、そしてもう片方にある二つの目は乙骨の隣にいる少女を見て、
こう言った。
「“宿儺の器”と“羂索の寵児”」
◇◆◇◆◇◆◇
「私には挨拶なしかい? “天元”」
「「「「「「!?」」」」」」
九十九以外の全員が驚愕する。
目の前にいる奴こそ、自分達がずっと会いたがっていた“天元”その人であるということに。
正面から向かい合う九十九は自分だけ呼ばれなかったことに不満を抱き、注意深く観察するように睨んでいる。
すると天元はあっさりとした態度で不満そうな九十九に言う。
「君は初対面じゃないだろう? 九十九由基」
「·············何故薨星宮を閉じた?」
自分だけ無下に扱うその態度が気に食わない九十九は、表情を変えずに質問を追加する。
正直、九十九と天元の関係が掴めなくて皆が口を挟むことができない状況だった。この呪術界で一番の実力があると認められた者にだけ与えられる特級術師の称号を持つ九十九は、上の存在である天元にでさえ遠慮がないように見える。二人の関係性がよくわからないが、お互いに顔見知りであるというのは分かる。
同じ特級術師の乙骨でさえ会った事がないのに、もしかしたら九十九は自分達が思っている以上に相当な大物なのではないかと再認識させられる。
そんな天元。
元々は薨星宮と呼ばれる場所におり、本来ならこんな空白に染まった空間にはいないはず。
しかしこうして違う場所で彼らに会うことを許したという事は、それなりの事情があるのだと察せられる。
だが九十九的にはこんな何もない場所で会う事が納得できないらしい。
天元は平坦な口調で理由を述べる。
「“羂索”に君が同調していることを警戒した。私には人の心までは分からないのでね」
「さっきあの子を呼ぶ時にもその名を言っていたな·············一体誰だ“羂索”って?」
九十九は後ろにいるアリシアを見て、再度天元に“羂索”という人物は誰なのかを訊ねてくる。
そして。
天元は表情を変えずにその者の正体を口にするが、それは呪胎九相図である脹相にとっては衝撃的な真実だった。
「かつて加茂憲倫·············今は夏油傑の肉体に宿っている術師だ」
「「「「「「!?」」」」」」
「?」
アリシア以外の全員が、その真実に仰天する。
乙骨の隣にいるアリシア的には、彼らが何か難しい話をしているようにしか聞こえないのだろう。
しかし。
その夏油傑、かつては加茂憲倫の体に宿っていた“羂索”という者が。
「────ッ!!」
無論、そんなことを聞かされれば黙っていられない者もいるだろう。
およそ数秒。
だが当人にとってはもっと長く感じただろう。
天元の言ったことが脳内で整理されるまで表情を固めてしまっていた脹相は、次の瞬間には彼の顔の表面に膨大な汗が噴き出していた。
「おい待て············待て待て待て待て待てッ!!???」
その羂索という奴の手によって生まれた脹相が取り乱すのも当然と言える。
天元はアリシアを見てこう言っていた。
“羂索の寵児”、と。
それが言葉通りの意味ならば、
つまり。
「急に何を言い出すかと思えば、一体どういうことだ!? 説明しろ!! オマエ一体この子について何を知っている!? オマエのその言い方だとこの子がまるでその羂索の『子供』であると言っているように聞こえるぞッ!?」
脹相は激しく困惑した口調で天元に叫んだ。
無理もない。
もしかしたらアリシアも自分の兄妹である可能性があるのだから、そうなればお兄ちゃんとしての立場的に黙ってられるわけがない。
そんな脹相に天元は首を横に振って告げる。
「まず先に結論から言えば············“何も知らない”」
「ッ!?」
天元が嘘をついているようには見えない。
しかし冷静な状態ではない脹相からしたらそうは思えなかった。
「ふざけているのか!?」
「何もふざけてはいない、本当に知らないんだ」
「いい加減にしろ!! そんなはずがないだろう!? オマエは今明らかにこの子のことを“羂索の寵児”と呼び、そしてアリシアという名前も知っていた!! そこまで知っておいて何も知らないはずがないだろうッ!!」
「脹相ッ!!」
「ッ!?」
頭に血が昇って冷静さを失っていた脹相だったが、九十九が大声を出してきたことで話すのを止めさせた。
九十九は脹相に対して冷静さを保ち、何故天元がアリシアのことを知っているのかを彼に説明する。
「さっきエレベーター内で説明しただろう、天元はこの日本全体に結界を張っているんだ。その馬鹿げた結界術のおかげで日本国内で起きている事をほぼ把握することができる。だから私達は天元に会いにきたんだ、今この日本で行われている“死滅回游”の具体的な詳細と五条君の封印の解き方を聞きにね」
「ッ!!」
「おそらく、それによってその子が一体どこの子なのかも事前に知っていたのかもしれない············違うか、天元?」
九十九が脹相に説明をし、その考察が当たっているか天元に訊ねる。
すると天元はわずかに黙り、彼女が口にした可能性の一部を否定した。
「当たらずと雖も遠からず、だ。確かにその子のことは私の結界術で事前に知っていたが············
「············何?」
「とはいえ、さっきも言ったように知らないことの方が多い。言っただろう? 私は人の心までは分からないんだ。羂索は私に次ぐ結界術の使い手、だから得られた情報も少なかった」
天元の意味ありげな説明を聞いて、流石の九十九でも理解できなかった。
まともでない。
しかし何かを隠している素振りもない。
天元の言いたい事が全く掴めず、一体どういうことなのか脹相に代わって問い詰めようとするが、その前に件のアリシアの隣にいる乙骨が一度その話題は後回しにすることを提案してくる。
「落ち着いてください二人とも。僕もそのことについて聞きたい事が山ほどありますが、今は時間がありません。まずはその羂索の目的と五条先生が封印されている獄門疆の解き方を聞きましょう。アリシアちゃんのことはその後で聞いても遅くはないです」
「············あぁ」
「············そうだな」
乙骨の提案に二人は渋々受け入れるようにゆっくりと頷いた。
彼のおかげで事態が収まったことで、天元は感謝するように乙骨に頭を少し下げる。
「ありがとう、乙骨憂太」
「いえ···········ですが後で詳しく聞かせてくださいね?」
「あぁ、勿論···········と言いたいところだが、一つ条件を出させてもらう」
一旦アリシアの話題は置いておいて、天元は彼らが知りたがっていることを話そうとするが、その前に条件を提示して交渉してくる。
「乙骨憂太、九十九由基、呪胎九相図···········三人の内二人はここに残り、私の護衛をしてもらう」
その条件に皆が疑問に思ったことだろう。
天元は不死の術式を持っているため死を迎えることはない。
「護衛···········? 不死なんですよね?」
「封印とかを危惧しているんですか?」
「フェアじゃないなぁ、護衛の期間も理由も明かさないのか?」
だから乙骨と真希、そして九十九が皆の代わりに聞いてくる。
不死なのに何故護衛が必要なのかを。
天元は呪術界だけでなく、この日本にとって最も重要な因子だ。故に狙われることが多いのは分かるが、一体何から守れば良いのか、まずはそれを知らなければ護衛をするにも納得ができないままである。
そうなったら守りたくても守れない。
敵が何なのか、何を狙ってくるのかを教えてくれなければ承認ができない。
「···········では、羂索について語ろうか」
そして天元は重たい口を開く。
この日本で起きていること、羂索の今後の出方。
その果てに成し遂げようとしている計画について。
プロジェクションマッピングのようにこの空間全体に説明のための映像を投影し、
天元は語り出す。
「“あの子”の目的は、日本全土を対象とした人類への進化の強制だ」
◇◆◇◆◇◆◇
「···········ほえ〜」
アリシアは皆が話している内容について半分も理解できていなかった。
何やら自分も少なからず関係している話題のようだが、彼女からしたら難しい専門用語ばかりが交錯しているため何もかもが珍紛漢紛。
耳に入ってくる情報は意味不明な言葉に変換され、『何ちゃらかんちゃら、うずまきでべらべら、人類のほにゃらら、死滅回游は終わらなうんたらかんたら』になってしまって、解読不能な文章に脳が処理しきれなくなったせいでショートして、頭に籠った熱を放熱させるように彼女の耳から煙が噴き出している。
「僕らも死滅回游に参加して、律美紀さんやゲームに消極的な人が回游を抜けるルールを追加するしかない」
「五条先生の解放も並行しましょう。あの人がいれば、一人で全て片が付く」
理解はできなかったものの、一体何で護衛が必要なのか、その死滅回游というものの詳細を大体聞き終えた彼らは誰かを助けるために必要なピースを天元に聞き出そうとしている。
「···········天元様」
ちなみに虎杖もアリシア同様あまり分かっていなかった。
さっさと次のステップに進みたかったのか、懇願するような声を出して天元に自分達の目的を達成する方法を訊ねた。
「その前に誰が残るか決めてくれ」
しかし天元は最初に提示した条件を忘れていない。
九十九が最初に言った護衛の期間も理由も話したのだから、その対価として誰が任に当たってくれるかを決めるように急かしてきた。
すると。
二つの人影が躊躇いもなく前に出る。
天元が提示した交換条件の護衛として、あの二人が一番に名乗り出た。
「私が────」
「俺が────」
「「残ろう」」
九十九と脹相。
天元の護衛を受け持つのに充分な能力を秘めた二人が名乗り出て、そして理由も同時に述べる。
「悠仁には乙骨かこの女の協力が必要不可欠だろう。加茂憲倫·······羂索がここに天元を狙って来るなら尚更だ。奴の命を断つことが弟達の救済だからな」
「私はまだ天元と話足りなくてね」
「「何より·······」」
それぞれが理由を明かすと、だがまだそれだけではなかったのか、二人は声を揃えてこう言った。
「俺はアリシアの件について詳しく知りたいからな。もし天元の言う事が本当ならば、あの子はもしかしたら俺の妹に当たるのかもしれん」
「私も同じ理由だ。あの子について一体何を知っているのかを早く聞きたくてね。ほら、護衛として私達が残ることに決まったんだ。さっさと話してもらいたいな」
二人が一番知りたがっていること。
それをさっさと説明するように急かしてくるが、天元はため息をついて、
「まずは獄門疆の解き方だ。その後でもいいだろう?」
「·······ならさっさと説明してくれ。俺的にはそっちの方が重要なんだからな」
「ま、仕方ないね」
渋々了承する二人。
虎杖達がここに来た理由はそもそも五条悟が封印されている獄門疆の解き方と羂索の目的であったはずなのに、もう二人の頭の中にはアリシアのことしかなかった。
脹相は分かるが、九十九までアリシアのことを知りたがる理由は何なのだろうか。
それは単に、放っておけないからであった。
こんなにも幼い子供が実は羂索と深い関わりがあると聞かされれば誰だって無視できるはずもない。
殺し合いを強制し、日本全体が血で汚れることになる要因を作った羂索と。
名前以外の記憶が欠けてしまっている謎の少女のアリシアは、一体どういう関係なのか。
それを知ることでもしかしたら今回の件を解決する事ができるかもしれないし、何よりこんなにも幼い子供を一人にしておけなかった。
呪われた世界にたった一人で放り出されて、頼れる人もいない。
ならばせめて自分達が傍にいてあげよう、そう決めたのだ。
だがまずは獄門疆の解き方を聞かねば説明してくれないらしい。
確かに優先度で言ったらそっちの方が重要だが、二人は今すぐにでもアリシアの件を聞きたかった。
しかしここは堪え、五条悟を解放する方法を聞く。
「それでは説明するとしよう·······これが」
天元は虚空から『何か』を取り出す。
「五条悟の解放、そのために必要な────」
天元の手にあったのは、四角い物体だった。
それはまるで。
「獄門疆────『裏』だ」
◇◆◇◆◇◆◇
「スゥー·········スゥー·········」
大体の説明は終わった。
その頃にはアリシアは小さな吐息をたてながら、乙骨の腕の中で眠ってしまっていた。
まだ幼いアリシアには難しい話題すぎたのか、許容量を超えたところで彼女の脳は疲れ果ててしまっていた。もう途中から彼女の目蓋は重そうに上下させており、眠りに落ちかけていたことを知っていた乙骨は仕方なく抱き上げると、シャットダウンするように夢の世界へと旅立ってしまった。
これからアリシアについて聞こうとしているのに、その本人が先にリタイアしてしまうとは。
しかし無理もないことだと思う。
アリシアはまだ子供だ。
およそ五歳くらいの年齢の子供がこんなにも退屈な場にずっといたら眠くなるのも当然である。興味がない情報処理作業で脳が疲弊してしまって覚醒レベルが低下し、それで強烈な眠気が襲ってくるのも理解できる。
自分達だって子供の頃はそんな経験をした。
だからある程度は理解できるが、それにしてもまさかこんな所で眠ってしまうとは。
「さて、その子についてだが·········このまま語ってもいいかな?」
「当然だ」
「ようやくか」
「お願い致します」
五条悟の解放条件と死滅回游の詳細の説明を終えた天元は、ようやくアリシアの話題に移る。
一応皆に確認を取るが、誰もが気になっているのか首を横に振る奴は一人もいなかった。脹相と九十九に乙骨はすぐに返事をし、虎杖達は黙ったまま頷いた。虎杖と伏黒的にも、別の世界で出会った少女と似た姿をしているアリシアが一体何者なのか知りたがっていた。真希はそこまで気にしていないようだが、ここまで来たら最後まで関わらせてもらおうという感じで聞く。
「·········分かった」
天元的にも久々に人と話せて調子がいいのか、その状態が保てている間に説明を終えたいようであった。
乙骨の腕の中で眠るアリシアの方を見る天元は、昔の記憶を呼び起こしながら説明する。
「最初に言った通り、私はその子について知っていることは何もない········しかし、
よくわからない言い方に皆が首を傾げる。
構わず続ける天元は、ゆっくりと静かに四つの瞳を閉じ、
「およそ千年前·········まだ宿儺が存命していた時代のことだ」
いきなり時代を遡った。
「そして、
さらに強烈なことを立て続けに言い放つ。
「·········何、だと?」
脹相は思わず聞き返していた。
まだ宿儺が存命していた時代と言えば、呪術の全盛期と言われている平安時代だ。最強の呪術師達が当たり前のようにいて、そんな術師達を返り討ちにして無敗のまま『呪いの王』として君臨していた時代のことから話し出すことに皆が違和感を抱いた。
もし今皆が考えている事が予想通りなら。
「話すとしよう」
天元はまるで思い出話のように語り出すが、それはあまりにもスケールがデカすぎて聞く者達全員を絶句させた。
信じられない話題。
じりじりとその可能性が真実味を帯びていくと、体の中へ広がる氷の電流のような感覚に心臓は凍り、全員の頭が麻痺していた。
天元の口から出てきたのは、
「“
◇◆◇◆◇◆◇
「どうかなバルディッシュ?」
『no problem』
別の世界。
そこのとあるマンションの一室では一人の少女がこれからの事件を解決するための準備を行なっていた。
彼女のインテリジェント・デバイス、バルディッシュの調整。
見た目は斧のようで、しかし鎌にも剣にもなる武器からはケーブルが伸びており、彼女の手元に浮かんでいるモニタへと接続されていた。
彼女がこれから当たる事件は残虐性を秘めており、ならばおそらくは戦闘は避けられないと思う。
未知なる襲撃犯の手によって行方不明となった管理局の魔導師は、現段階で三名。
少ないと思うかもしれないが、あらゆる世界を脅威から守る彼女達からしたら多い方である。手の届く範囲だけでなく全てを救ってみせるという覚悟を持ち、そしてたった一人でも助けられなかっただけで負けという気持ちで仕事をしているのだから、三人という数はあまりにも多すぎるのだ。
優秀なデバイスのメンテナンスを終えた少女、フェイトはバルディッシュを待機形態へと戻すとポケットに仕舞い、作業をするために座っていたベッドから立ち上がる。
そして彼女はそのまま部屋を後にしようとするが、その前にあることに気付く。
勉強するために母親となってもらったリンディに買ってもらった机の上に置かれている、一つの『写真立て』の位置がズレていることに。
几帳面な彼女は元の位置に置こうとしてその『写真立て』を持ち上げると、そこに写っている『二人』を見た瞬間に悲しそうな顔になった。
────“
望まれない子供だったとしても、“彼女達”がいたおかげで今こうしてフェイトは生きている。あの時は存在を否定されたとしても、今は大事な親友達ができ、そして家族にも恵まれたのだから、“彼女”には感謝しかない。
泣き出しそうな顔をしながらも、すぐに小さく笑いかけるフェイト。
表面についていた埃を拭うと、元の位置に戻し、『写真立て』に写っている“二人”の名を呼ぶ。
「行ってきます────“
そう言って自分の部屋から廊下に一歩出ると、ドアの横にあった照明ボタンを押して部屋の電気を消す。
薄暗い部屋の中にある『写真立て』に写っていた、
“
そんなフェイトを見送るように微笑んでいた。
じゅじゅさんぽ
「かつて加茂憲倫·············今は夏油傑の肉体に宿っている術師だ」
「ッ!?」
アリシアのことを“羂索の寵児”と呼び、そしてその“羂索”はかつて自分達を弄んだ加茂憲倫の体を乗っ取っていたという衝撃的な真実。
それを聞いた瞬間、突如脹相の脳内に溢れ出した。
“存在しない記憶”
◇◆◇◆◇◆◇
『お兄ちゃん!!』
大きく腕を開きながら抱っこを求めるように脹相の顔を見上げるアリシアの姿。
『こらぁ!! 血塗も壊相も喧嘩しない!!』
『ゴ、ゴメン·············アリシア』
『·············す、すみません』
同時期に受肉した兄弟達が喧嘩している中、アリシアが止めに入る姿。
『わぁあああああん!! ここどこぉおおおおお!!』
『アリシア!!』
『!!』
『どこ行ってたんだよ心配したんだぞ!?』
『悠仁!!』
道に迷ってたった一人だったアリシアの元に虎杖が駆けつけて抱きしめている姿。
『おかえり!! お兄ちゃん!!』
『あぁ、ただいまアリシア』
疲れた顔をして帰宅した脹相が自室のドアノブを回すと、そこには元気な笑顔で出迎えてくれるアリシアの姿。
幸せな日常。
それらを兄弟達で仲良く過ごす姿が彼の頭に流れ込んできた。
◇◆◇◆◇◆◇
「·············いいなそれ」
ボソッと。
誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた脹相は一瞬気の抜けた顔をするが、
「────ッ!!」
我に返るように即座に頭を横に振って天元に叫ぶ。
「おい待て············待て待て待て待て待てッ!!???」
驚くべき真実にぼんやりとしてしまって幸せな妄想をしてしまったが、今はそれどころではない。
天元にどういうことなのか問い詰めようとする。
だがしかし。
実は心の中では、その真実が割と嬉しかったりする脹相であった。