呪術廻戦リリカルなのは∅   作:織姫ミグル

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第6章

 

 

「ごめんね」

 

「!?」

 

 

どこにでもいるような女子高生は、何もない真っ黒な空間で目を覚ました。

 

いや、寝ていた布団に自分の体があるということはここは家の中のはずだ。

 

それなのに。

 

色や地平線、常識という概念すら捨て去った空間で、

 

頭の上、自分の視点から見れば目の前でこちらを見下ろしている“知らない男”は、なんの罪悪感も無さそうな笑みを浮かべて唐突に謝ってきた。

 

 

「誰?」

 

 

視力が元々弱いから顔はよく見えない。

 

それでも、こちらを見下ろしている奴は自分が全然知らないということだけはわかる。

 

ぼやけた視界の中、そいつは言う。

 

 

「ここに結界を張った術師だ、ここは選ばれたんだ────死滅回游(殺し合い)の場にね。残念ながら別に名誉なことではないよ」

 

「殺し合い·······?」

 

 

物騒なワードが飛んできて見開く少女は、咄嗟に頭の中に浮かんだ言葉を素直に吐いた。

 

 

「自宅でそれは勘弁してもらえませんか·······?」

 

「··············プッ」

 

 

思わず噴いてしまった。

 

ある意味当然な反応だが、殺し合いというものを否定するわけでもなく、別のところでやってくれというあまりにも他人事らしい態度につい笑ってしまった。

 

 

「あっはっはっ!! 面白いね君は!!」

 

「·········」

 

「はぁ·········少し離れた所に刑場跡があるんだ。結界の中心はそこだよ。半径五、六キロってとこかな?」

 

 

放心状態である少女のことなどお構いなしに話を続ける男、そのあまりの異質さに自分の体は金縛りにあったように動かない。

 

勝手な行動は許されず、最後まで話を聞くしかないが、こんな悪い冗談みたいな状態ではいつ自分の心臓が止まってしまうかもわからなかった。

 

 

「かなり無理をして作った結界だからね、あまり理不尽な条件付けはできないんだ。はじめから結界の内側にいる君達には結界を出る権利がある·········一度だけね」

 

「ッ!!」

 

「君が望めば、目が覚めたら結界の外さ·········どうする?」

 

 

人差し指を立てて逃げ道があると告げられる。

 

脱出口を与えられて一瞬安堵するが、やはり空虚なこの空間にいること自体が信じられなくてまともな思考ができなかった。

 

自分は今ここにいる。

 

だがどこにいるのかはわからなかった。

 

 

「目が覚めたらって·········これは夢なの·········?」

 

 

現実感がない世界。

 

自分という気配すら掴めない。

 

重みも質感も、ぬくもりも匂いも。

 

何も感じない空間の中で唯一自分を認識して話しかけてきている男は、救いの手を差し伸べるようにこう言った。

 

 

「夢と現実の狭間·········(まじな)いさ」

 

 

そのしっとりとした声、それが彼女の行動を決めさせた。

 

いや、もしかしたらそもそもそういう風に予め決まっていたのかもしれない。

 

体が勝手に動く。

 

その手を取る。

 

 

「気を付けて」

 

「·········」

 

「ゆっくりだ、外にはもう気の早い連中がいる」

 

 

五感から得られる情報が何もない中で、差し伸べられた手を掴んで、ただただそいつと共に歩いていく。

 

ふと、遠くの方でざわめきに似た声が聞こえた。

 

人ではない、でも人間の言葉を喋っている。音を伸ばす際にその音程や音量を細かく周期的に揺らす、所謂ビブラートと呼ばれるもので、何か日常会話で使われる言葉があちこちに飛び交っている。

 

聞いたことがある声だった。

 

そう、あれは。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「そうだ、言い忘れる所だった」

 

 

ようやく、自分の聴覚が正常に復帰しつつある中で聞いた声。

 

それはどこか温かみのある、だが同時に冷たくもあった。

 

まるで一緒に遊んでいた子供の親が実は毒親だった時のような、少し恐怖を感じて引いてしまうような声色で、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「いやぁ、結構死んだね」

 

 

と、呟いたのは全ての元凶。

 

今いるのは中国か、日本ではないところでそいつは優雅にくつろいでいた。

 

 

「転送だけでもう半分·········やっぱり現代人の術師では覚醒しても落下死を回避することはできないみたいだね」

 

 

何かを見ながら冷静に分析する。

 

視線の先にあるのはドクロの顔に天使の羽根を生やして悪魔らしい尻尾を持つ、わけのわからん存在。

 

それから報告されたのは、今行われている死滅回游(殺し合い)の状況だった。

 

 

「結構可能性を信じてたんだけどな〜。ま、そう簡単に強い術師が生まれるわけないか」

 

 

それはまるで競馬やボートレースの賭け結果を見ているような感覚だった。自分が選んだ現代の術師達は、いきなり力を与えられても、やはり充分に使えるようになるまではそれなりに時間がかかるのだろう。

 

額の縫い目が目立つ状態でいる羂索は、行儀悪そうに卓上に肘をつけながらバニラに少量のコーヒーをかけて食す。このアフォガートというデザートは熱いコーヒーが冷たいアイスを溶かし、ほろ苦さと甘みを融合させることで贅沢な味わいとなる。

 

一昔前ならこういうのは庶民には手が出しにくい品物だっただろう。

 

カステラやチョコ、今ではなんて事のないお菓子なんて昔は高級菓子として売られていた。戦争があった時でさえ食材を手に入れるのに一苦労で、そんな時代ではこんな甘い菓子は貴族などの上流階級しか口にしない。

 

それが今では普通に食べられる。

 

やはり────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

飽食の時代は到来し、そしてありとあらゆる可能性に満ち溢れている。

 

 

「幸運だね、こんな時代にまで生きられるなんて」

 

 

見た目の年齢は二十代前半と後半の境目付近なのに、まるでそれ以上生きているような調子でそんなことを言う。

 

知っての通り、こいつの正体は見た目通りではない。

 

中身は一体どんな奴なのか、それを知る者はもういない。

 

なにせ、本人すら自分が生まれてきた時に持っていた肉体のことを忘れているのだ。

 

肉体を転々とできる術式で移った肉体から流れ込む記憶を読みまくり、認識が壊れてしまったのか、もはやこいつには性別どころか常識という概念はない。

 

だから、男であろうと女であろうと平然と乗り移れる。

 

道徳心の欠片もないことを躊躇なく行う。

 

だから、今こうして現代に生きていた夏油傑という人間の体に乗り移っているわけだ。

 

ここまで人の体を奪っておいて罪悪感は生まれないのか·········そんなのあったら他人の体でこうしてデザートを美味しそうに食べてるわけがない。

 

 

「·········美味いね」

 

 

他人の舌で快楽を得る。

 

普通じゃできないことを当たり前のようにやってみせる。

 

何も感じることはない。

 

ただ面白いと思えればそれでいいのだ。

 

 

「さて·········」

 

 

デザートを口に含んだまま、羂索はどこか別のところに視線を向ける。

 

窓の外。

 

だからその先に広がっているのは普通の街並みだが、羂索が見ているのは景色ではない。

 

では何を見ているのか········強いて言うなら、()()()()()()

 

 

「懐かしいね········」

 

 

未来を思えば当然過去のことも思い出す。

 

これからどうなっていくのか、今まで見てきた過去よりも面白くなっているのか。

 

そう思うと、必然的に昔の記憶が蘇ってくる。

 

 

「“()()”········()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

それは単なる思い出。

 

でも見方を変えればそれはある意味始まりだ。

 

 

「“アレ”に出会わなければ、宿儺も私の提案に乗らなかっただろう」

 

 

何人もの体に乗り移って記憶を流し込まれても、絶対に忘れることがなかった過去の出来事。

 

その最中に手に入れた、()()()

 

今でも、思い出せる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

平安の世だった。

 

そこには二人、何気ない会話を楽しんでいた。

 

────はずだった。

 

 

『········なんだと?』

 

 

ヒュー、と。 

 

耳の中に入ってくる隙間風のようにも聞こえるその音が、余計に虚しさを増す。

 

 

『今のは私の聞き間違いか?』

 

『何度も言わせるつもりか········()()()()()()()()()()()

 

 

眉をひそめるような声があった。

 

その声の主、そこにいたのは雪女のように肌の白い一人の美しい女性だった。

 

 

『興味がない········?』

 

 

何やら禍々しい雰囲気を漂わせているのは、そんな女性の前にいる一人の人間。

 

見た目は神社で見かける巫女のような姿。

 

平安の世の中であれば普通の格好だろう、でもその額には明らかに目立つ縫い目がある。

 

 

『可能性は無限大なんだぞ········我々が共に手を取り合えば、新たな世界を築くことだってできるというのに、興味がない!?』

 

 

真剣に説得しているのに対し、無心のような状態の女性は顔を上げない。

 

それどころか返答する価値もないと判断したのか、ただため息をついた。

 

その反応にますます渋面を作る巫女服を着た額に縫い目のある人間に、誘いを受けた女性は苦笑しながらこう答えた。

 

 

『我々の持つ術式は確かにそれを可能とするだろう。だがね、それを私利私欲のために使うのは私の趣味ではない。つまり、君とは合わないと言っているんだ』

 

『ッ!!』

 

『そもそも、あの“宿儺”が誘いを受けるはずもない。彼は自分の感情次第で動いている。己の快、不快のみが生きる指針········そんな人間を中心に置いて新しい可能性を見つけ出そうだなんて、難しい話だろう』

 

『やってみなくてはわからない、それこそが試す理由になる。実現するまではどうなるかわからないからこそ面白いんじゃないか!!』

 

『それが合わないと言っているんだよ·······羂索』

 

 

白い肌の女性は言った。

 

あまりにも無関心な感じで。

 

 

『私は別にそんなものは求めていない。何も変わらず、平和な世が続けばそれで満足さ』

 

『平和な世が続けば·······?』

 

 

聞き捨てならないことだった。

 

だから胸の奥底から出てくる言葉を止められなかった。

 

 

『不死の術式があるのならばそんなことが続かないというのがわかっているだろう!? 一体貴様は過去の出来事から何を学んできたんだ!? 私の行いが私利私欲というのならば、全人類が私利私欲のために動いている!! 平和の正体が何なのかを知っているか!?』

 

『·······』

 

『“不変”だ!! 人というのは今の状況を保つ為に争い、次の舞台へ行く事を恐れて邪魔なものを消す!! 誰かがこの国の流れを変えるために天下を取ろうとすれば、それをよく思わないものがそうはさせまいと止めるために殺してきたのを何度も見てきたはずだ!! それだけじゃない!! 金が足りなくなれば奪い、人が足りなくなれば他の所から攫う。争い奪い、そうやって失ったものを補って、不変という愚かな平和を築いてきたんだ!! 貴様の言う平和なんてものが訪れるわけがない!! あったとしても束の間だろう!? そんなことになるのならば新しい可能性に賭けてみるほうが得策だろう!?』

 

 

それはあまりにも言葉の洪水だった。

 

自分の意見を言うのに真剣になりすぎて、所々で滅茶苦茶な事を述べてしまっていることにも気付いていない。

 

しかし、女性は言った。

 

 

『それでも構わないさ、人がこの国に存在し続けられるのならね』

 

『ッ!!』

 

『それに人間の可能性を舐めすぎだよ羂索、未来に可能性を感じている君にしてはらしくないね』

 

『·······何?』

 

『人は遅くとも進化しようとしている。君の言うような進化ではないがね』

 

 

何を言いたいのかは流石にわかっている。

 

彼女が言っているのは生物としての進化ではなく、人としての進化だ。

 

 

『失敗から学び、そして二度とその失敗をしないために新しい試みをする。そうやって今まで人は生き、そして我々もこうしてこの地に足をつけることができている。ならば我々が何かしなくてもいずれは平和が訪れる』

 

『その過程に無駄な出来事があってもか? どうでもいいような理由で争いが起き、早い段階で訪れるはずだった平和の未来が失われてもそれでいいのか?』

 

『あぁ。大体、今の私達に理想を語る資格はない。君だってその術式を使用するのにどれくらいかかった? 初めて他人の体を乗っ取るのにどれだけの葛藤があった?』

 

『·······ッ』

 

『私も不死の術式が発動してまだ浅いほうだ、一般的な観点から見れば長いかもしれないが。だから進化や未来の話をされても、生きてきた時間が短いから想像もできない、わからないことだらけだ。新しい未来に賭けるために行動することは結構だが、今に自分がどうしたいのかの迷いが発生するぞ。私は本当に自分が想定できる程度の未来で充分。そんなものに時間を割いている間こそ、可能性を無駄にするというものだよ』

 

 

馬鹿にされていた。

 

本人はそう思っていなくとも、こちらからすればそう思えるような悪意のある発言だった。

 

そして。

 

白い肌の女性は言った。

 

 

『私はこれからこの国全土に結界の術式を施す』

 

『············は?』

 

 

唐突だった。

 

だから驚くのも無理はなかった。

 

 

『今日来たのはそれを言うためだ。つまり、君とはもう会えなくなるということだね』

 

『······冗談のつもりか?』

 

『この期に及んで冗談など言わんさ』

 

 

真顔で言った。

 

唯一の“友”とも呼べる存在に。

 

 

『結界術ということはつまりあれか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

『そうなるね』

 

『何故!?』

 

 

怒号のように聞いた。

 

それでも女性は揺らがない。

 

 

『私の不死の術式はこのためにあると思うからさ、平和の世を築くために私なりにできる事を考えた。だから君の誘いは断ったんだ、すまない』

 

 

彼女の選択は謂わば礎だ。

 

生け贄、とも言える。

 

代わりに手にするのはこの国の全てを見守る力。それがあればこの日本という国を箱庭とし、人を人形化させて手順通りに動かして台本通りの展開に組み替えることも可能だろう。

 

しかし、彼女にそんな気はないはずだ。

 

むしろ、

 

それは羂索にとって忌み嫌うものだった。

 

 

『ふざけるな』

 

 

見方によっては支配もできる力のはず。

 

だが彼女が選ぶのは、その可能性を捨てること。

 

 

『私もお前の結界術の凄さは理解している、だからこそそれは自分のために使うべきだ。それなのにそれさえも捨てるだと?』

 

『それに見合う成果はある。少なくとも、この国が終わるようなことにはならない············私がいる限り、平和さ』

 

『それこそただの可能性だろう、この国だけでなく世界そのものが滅ぶことがないという保証はどこにもない。かもしれないという曖昧な可能性だけで貴様は全てを捨てる気か?』

 

『かもしれないわけじゃない、平和は必ず訪れる。私が見張っているんだからね』

 

 

何を言っても無駄な気がした。

 

それでも言いたいことが止まらない。

 

 

『神にでもなったつもりか!? この世界が朽ち果てるその時まで何億年も貴様は自己犠牲に励むというのか!? そんなものはただの飾りだ!! この国全土に術式を施せば二度とそこから動けなくなる、この国を見張るというのはそう言うことだぞ!? 言ったはずだ!! 平和など訪れはしないと!! 不変を貫き通せばそれこそ国は滅ぶ!! 時代が流れる度に世界も進化していくのだからな!! それなのに今を保つ為に貴様自身が犠牲となるのか!? どれだけ身を犠牲にしても肝心の人々が新しい道を進もうとしなければ、平穏を齎すことなどできはしない!! 無駄なことをセコセコとやり続けるなど、意味がないというのが分からないほど愚かなのか貴様は!?』

 

 

ついに本心を叫んだ。

 

そこに何の裏表もない。

 

ただただ。

 

友として、言ったのだ。

 

 

『············神、か』

 

 

対して。

 

彼女は言った。

 

 

『傲慢だな』

 

『あ?』

 

『譬えが高尚すぎると言っているんだよ············羂索』

 

 

女性はまるで聞き分けのない子供を宥めるような声色で、

 

 

『私の不死の術式、君の肉体を転々とできる術式。それはどちらも理を超えた術式だ。普通の人間が生きれる以上の人生を生きることになる────まさしく“呪い”そのものだ』

 

『ッ!?』

 

『何より君だって宿儺という鬼神を巻き込んで“転生”という計画を立てているじゃないか。彼がまだ分からない未来の誘いに乗るかは知らないが、他人を巻き込んで定められた時間を超越しようとする君こそ神にでもなったつもりか?』

 

 

彼女はこう言いたかった。

 

普通の人の何倍も生きれるということは、それだけ苦しみを味わうということだ。

 

生きる以上は何かに苦しみ続けられるものだ。

 

腹が空けば空腹に苦しみ、大切なものを失えば絶望に苦しみ、理不尽が続けば死にたくもなる。

 

それでも生き続ける············永遠に生きる。

 

それは誰もが一度は望んだことだろうが、実際にそれを味わうと絶望しかない。

 

誰かが一度は口にしたはずだ、この世こそ地獄だと。

 

そんな地獄の世の中に留まり続けるなど、苦しみ以外の何でもない。

 

しかし。

 

それでも。

 

この術式を持っていたおかげで、幸福なこともあった。

 

 

『それでも私と君は出会えた············他人と同じ刻を過ごすことが難しい術式を持つもの同士が惹かれ合い、良い友としていられた。私はそれだけで嬉しかった』

 

『なら────ッ!!』

 

『しかし私はもう決めた。それに、私がやらねばいずれ私に似た術式を持った誰かがやる。だから詫びたい、無限を共に過ごせる唯一の友に別れを言いに来た事を』

 

 

罪悪感を感じてはいるのだろう。

 

しかしそういう割には、彼女の顔はまるで菩薩のように慈愛に満ち溢れていた。

 

まさに、神。

 

自身でその譬えを否定しておいて、それに相応しい顔をする女性に羂索はついに堪えきれず、無となった。

 

 

『生きるということは選択をし続けることだ。それで貴様は生きながら死ぬことを選んだ、と。そういう事でいいんだな────“()()”』

 

『············あぁ』

 

 

視線を合わせずに言った女性、天元に羂索は心底否定した。

 

 

『私の嫌いなものは知っているな、天元?』

 

『············もちろん』

 

『ならば言わせてもらおう············私は新たな可能性を見出す事を否定し、恒久不変な世の中を目指す貴様を嫌悪する』

 

 

羂索は背を向ける。

 

もうその面を見たくないとでも言いたげに。

 

 

『貴様が生き方を決めたように、私も私なりの生き方がある。あとは自分のできる事を精一杯やるさ。その意味がわかっているな············天元?』

 

『············そうか』

 

 

答えようのない質問を放ってくるのは、すでに二人の関係はよくないものになったと決定づけられたからかもしれない。

 

とにかく。

 

誘いを断り、そしてお互いに永遠の世に留まり続ける身となった者同士、最後の別れとして相応しい言葉を告げて去っていった。

 

 

『『さらば、友よ』』

 

 

()()()()()()()()()()”。

 

どちらがその側に立つのかは、言うまでもない。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

どうして、上手くいかないんだろう。

 

羂索は歩きながらそう思っていた。

 

今頃、唯一の友であった天元は結界術を施すために犠牲となり、そしてこの国を見張っているはずだ。

 

ならば、自分が今どこで何をしているのかもお見通しのはず。

 

 

『あぁ、愚かな友だ』

 

 

囁く声は夜の闇に呑まれていく。

 

先日の最後の会合、それがまるで遠い過去のようだ。

 

長い刻を生き続けると、最近のことでさえ古い過去を偲ぶような感覚になってしまうのか。

 

羂索は無駄な事をする友を憐れに思いながら、

 

 

『どこで何をしているのか把握していようと、礎となれば私を止めることができなくなることぐらい分かっていただろうに。忠告までしてやったというのに、本当に愚かだ』

 

 

今はもうここにはいない友に向かって、羂索は呪うように囁いていた。

 

 

『どれだけこの国を守るために身を犠牲にしても、辿り着く結末は決まっている。私の誘いに乗っておけば良かったものを···········天元』

 

 

今頃、この囁きも聞こえているのだろうか。

 

既に彼女の結界がこの国全土に張り巡らされているのならば、もしかしたら聞いているかもしれない。

 

であれば、これも把握していることだろう。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『場所はわかっている、あとは準備だけだな』

 

 

夜風が冷たい森の中、天元が無駄な足掻きをしているこの状況で自分が今やるべき事を明確にし、

 

 

『ん?』

 

 

そこで気付いた。

 

直線的な獣道の向こう────()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

()、“()()()()”···········』

 

 

 

 

 

その声は衰えているが女性のものだった。

 

そして。

 

その口から出てきたのは、名前らしきもの。

 

しかし今の日本では聞き馴染みの無い名前だ。

 

それだけじゃない。

 

言葉は日本語なのに、使われている意味は違う気もした。

 

だから。

 

あらゆる可能性を信じることが好きな羂索が興味が湧くのは当然だった。

 

 

『これは興味深い』

 

 

珍しい植物でも見つけたようにそれに近づいていく羂索。

 

夜だからよく見えなかったが、一歩、二歩と足を前に進める毎にその姿は明確になっていく。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

女性の方はもう限界が近いのか、虫の息だった。

 

対して。

 

意味がわからない液体に浸かっている少女は既に死んでいる。

 

そんな少女の方に手を必死に伸ばす女性は、何だか死骸となる芋虫が最後の足掻きに目的もなしに這うようで滑稽に思えた。

 

だが、今の状況を見れば彼女が何を求めているのか容易に想像できる。

 

よって。

 

羂索は言った。

 

 

『·········助けてあげようか?』

 

『ハァ·········ハァ·········』

 

 

その声に気付いたのか、女性はゆっくりと口を開けた。

 

血の混じった吐息と共に、真っ赤になった唇が言葉を紡ぐ。

 

 

『ど、どうか·········“この娘”を、生き、返らせ、て········』

 

『················』

 

 

誰だかもわかっていないように思えた。

 

それでも。

 

差し伸べられた救いの手に縋るように、彼女は羂索にそう頼んだ。

 

であれば。

 

答えは決まっている。

 

 

『いいよ』

 

 

それを聞いた女性は、天上に浮かぶ月に向かって微笑んだ。閉じられていく瞼の奥に、優しすぎて弱すぎた涙がこぼれ落ちる。

 

そして。

 

その瞼が完全に閉じられる直前に、巫女服を着込んだ羂索は、彼女のそんな想いを踏み躙るような笑みを浮かべて、

 

 

『ちょうどこの“肉体”にも飽きてきたところだったしね。その願いを叶える代わりに、あなたの“肉体”を使わせてもらうよ』

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

辺りはすでに静まり返っていた。

 

当然だろう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『················終わったね』

 

 

額に髪の毛程度の細い糸を縫っていくその声の主は、先程まで虫の息だった女性のもの。

 

もはや生きられる可能性なんて一割もなかったのに、その声色は息を吹き返したように元気だった。

 

 

『やっぱり老体だから体があちこち固いね』

 

 

羂索は新しく手に入れた体の首を左右に揺さぶった。

 

ゴキゴキと音がする。

 

バランス感覚に問題なく、妙な違和感がまとわりつくこともない。一見して健康そうに見える状態だが、元々死にそうだったのだ。血が足りなくなっていて、動かすには燃料が足りない。物理的な痛みや苦しみは元の体の持ち主にあるため気怠さはないが、今のままでは少々使いづらい。

 

早めに慣らそうとするために策を考えつつ、これからの計画をどう進めるか、入れ替えたばかりの体に入れた脳を働かせようとした時、

 

ズキンッ!! と。

 

頭蓋が割れるような感覚と共に、羂索の頭脳に存在しない記憶が雪崩れ込む。

 

 

『へぇ、これがこの肉体の記憶────ッ!?』

 

 

それは羂索にとっていつものことだった。

 

いつものことだったはずなのに、羂索は頭痛に苦しむように頭を抱えた。

 

他人の体を乗っ取れば、その体の元の持ち主の記憶が自分の脳に流れてくる。自分にとっては存在しない記憶のため、わずかに眩暈が襲ってくることもある。

 

副作用はそれくらいのはず。

 

それなのに、頭痛を覚えたように頭を抱えた。

 

こんなのは初めてだ。

 

何せ────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『何だ、こ、れは················ッ!?』

 

 

口を開けっぱなしにしていたせいで唾液がこぼれ落ちる。

 

痛覚なんてないはずなのに、記憶が激しく流れ込んできているせいで目頭が熱くなる。

 

雪崩のように流れてくる記憶が見せてきているのは、自分の常識では説明できないもの。

 

それは。

 

 

『ま、“魔法”────ッ!?』

 

 

言葉と知識。

 

そして景色が容赦無く羂索を襲う。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

『“()()()()”、()()()()()()()()

 

(“()()()()”········?)

 

 

現実と記憶が見せる幻影が入り混じったのか。

 

空間まで変わったような錯覚を覚える。

 

そして。

 

そして。

 

自分の背後、部屋の入り口から“女性”の声が飛んでくる。

 

“この体の名前”と共に。

 

 

『もう、研究に夢中になりすぎて薬を飲み忘れるなんて········本末転倒です。そんな事では成果が実るまで身体が持ちませんよ』

 

『········うるさいわね』

 

 

その声に苛立つように返すのは、自分が奪った体の持ち主。

 

“プレシア”

 

後ろにいる女性は確かそう言っていたはずだ。

 

それ以上喋らず黙るように命令する感じで応えたのに、その女性は構わず世間話でもするように楽しく話しかけてくる。

 

 

『今日のフェイトは凄かったですよ。ランサーを五つも出せるようになったんです』

 

 

フェイト········それが誰なのかはこの段階ではわからない。

 

でも何故だろう?

 

その名を聞くと、天元を忌み嫌った時のような感覚になる。

 

 

『フェイトはどこに出しても通用する一流の魔導師に仕上がります。おそらく私の想像以上の早さで·······全部、貴女を思ってなんですよプレシア?』

 

 

魔導師、また知らない単語が出てくる。

 

しかしそれ以上に、どうでもいい話を聞かされて怒りが募っていく。

 

 

『プレシアの話になると、フェイトはとても柔らかい表情になるんです。それにとっても優しい子です。毎日の練習で疲れているにもかかわらず、手作りのお菓子を用意してくれたんです·······プレシアの好みを想像して一生懸命作ったそうです』

 

 

うるさい。

 

 

『今は無理でも·······いつか·······あの子(フェイト)の愛情を受け止めてあげてください』

 

 

やかましい。

 

 

『本当は愛せたはずの自分の娘を愛せない思い·······それを使い魔“リニス”という名で、この世界に生み出したのではないですか?』

 

 

喋るな。

 

 

『フェイトが一流の魔導師となり、私が役目を終えて消えるまでそれ程の時間はかかりません。自分が消えればこの思いはプレシアに戻り、たとえわずかばかりでも親子らしい時を過ごせるようになるのでしょうか·······?』

 

 

さっさと出ていけ!!

 

 

『幻想かもしれませんが·······そうなる事を私は信じたいです』

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──────ッ!?』

 

 

それを口にした時、目の前が一瞬暗転したと思ったら、空間も先程まで話していた女性も消え去っていた。

 

というか、今自分は何を言った?

 

いつもの口調ではなかった。

 

そして。

 

何より。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『は·······ハハ·······ッ!!』

 

 

その鬱陶しい涙を手で拭き取ると、思わず笑ってしまった。

 

これは、自分のものではない。

 

 

()()()──────“()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

乗り移って苦悩に苛まれるような感覚は初めてだった。

 

だから。

 

初めて。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ふはッ、ハハッ!! フハハハハッ!! アハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!!!

 

 

瞬間、喜びの声が夜の闇に木霊した。

 

夜空に切れ切れに漂っていた雲が、根こそぎ吹き飛ばされたように見えた。

 

どうしようもない幸運な真実に喜びすぎて死体の喉が震える。まさしく、生きているということを実感できる瞬間である。

 

冷たくなっていた肉体からは生気はないが、“()()()()()()()()()()”を先読みして全身を震撼させた喜びは、単純な悩みなど消し去ってくれた。

 

よって。

 

あの両面宿儺への最高の交渉材料を手に入れた羂索は。

 

自分の全てを否定した、“忌み嫌うかつての友”の名前を大声で叫んでいた。

 

 

 

準備は整ったも同然だぞ!! 天元ンンンンンンンンンンンンッッッ!!!

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

今はまだ小さい木がある空間。

 

そこに天元は実体ではない状態で佇んでいた。

 

そこはいずれ“薨星宮”と名付けられる場で、そこを中心に迷宮化させて難攻不落の要塞にしていた。彼女を慕う者達が用意してくれた場所へと向かう道は見た目通りの空間ではなく、その場所は天元の思う通りに変更できる。

 

屋敷、小屋、洞窟。

 

何なら無の状態にも。

 

 

『··············羂索』

 

 

天元はせっかく用意された空間に目を向けていない。

 

今作り出している空間は神が鎮座するような、近いもので言うなら神社に近い。そんな空間から背を向けるように遠くを眺めているが、やはりその先の光景を見ているわけではない。

 

天元に映る視界は別のものを見ていた。

 

 

『存外··············我々が再び出会うのもそう遠くないのかもしれないな』

 

 

ここではないどこか。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、天元はそんなことを考える。

 

人の常識から外れた存在同士、やはりいつかは廻り廻って出会う運命なのかもしれない。

 

 

いや──────“呪い”か。

 

 

ならばこそ。

 

こちらもそれ相応に対策しなければならない。

 

長い刻を過ごせる都合のいい術式があるんだ。

 

その時間はたんまりある。

 

 

『··············』

 

 

それでも。

 

悲しい気持ちを拭えないのは何故だ?

 

この永遠という呪いはいつ祓われる?

 

物語は始まったばかり。

 

その呪いを祓ってくれる呪術師(きゅうせいしゅ)が今後現れるのか、未来のことは天元にだってわからない。

 

 

 

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