海鳴市から都心までは電車で約三◯~四◯分ほどの距離にある。
車で行ったら一時間はある距離で、時空管理局東京臨時支局を拠点として調査をする以上はそれほどかかる場所を行き来することになるが、魔法という力があれば案外アクセスには困らないだろう。
あの異端技術にはワープという便利なものをすでに開発しているのだ。
だからそれを使えばあっという間、ほんの数秒で目的地に着く。
「まだ全員揃ってないのに·······私達で先に調査を開始しちゃっていいのかな?」
「なんせもうすでに行方不明者が出ていますからねー。最近では海鳴だけでなく東京方面でも同様の事例が起きていますし、このままでは全国に広がる可能性もあるので大丈夫ですよ」
日本のスーツを着込んだ時空管理局の局員は後ろの座席にいる少女にそう言った。
「え? 東京でも起きてるの?」
「はい。海鳴市ほどではないのですが、かなりの場所でそのような事件が起きています。まだ何の情報も得ていませんから、これは長期戦となるでしょうし、今のうちに我々で出来る範囲で調査を進めた方が効率がいいのです」
正直、これから中学生となる二人には荷が重いと思われるが、運転手としての使命を与えられたこの管理局員だって彼女達の実力は理解している。
少女達はこの地球が滅んでしまうかもしれないような事件を、三度も解決してきたという実績があるのだ。
高町なのは。
フェイト・テスタロッサ。
小学生の頃から魔法という文化に触れ、そして魔法技術が進んだ世界でもあまり見ないほどの魔力量を誇っている。それだけの驚異的な力があれば、あんな難事件を三度も解決できたことには納得する。
「それで、これからどこに向かうの?」
魔法のないこの世界で育ち、だが誰よりも魔法の才能に恵まれた高町なのはがそう聞くと、運転手はハンドルに手を添えながら後ろの座席に魔法で構築したモニタを表示させる。
「今回の事件、犯人は誰だか分かっていませんが·······それぞれの事件で一つの共通点らしきものをクロノ提督が見つけましてね」
「·······共通点?」
「はい」
フェイトの疑問に運転手は首を縦に振り、
「東京は若者の街として最新の科学技術を多く取り入れているため、オカルトのようなものとはかなり縁のない場所に思えますが、実際にはあちこちに霊園もありまして」
「「?」」
唐突に訳のわからない話をしだすので二人は首を傾げている。
言いながら運転手は自分の持つデバイスに念を送り、二人の前に表示されているモニタの映像を変えるように操作する。カーナビのような映像、道路が迷路のように張り巡らされている中でいくつもの建物に名前が表示されている。
そんな映像の中に、赤い点がいくつもつけられていた。
地図記号であった。
お寺を表すマークである『卍』の横、Tの文字を逆さまにしたような記号の意味。
これは確か、亡くなった人を葬った場所である『墓地』を表すものだ。
「クロノ提督の考えでは、この墓地がある場所の近くで事件が起きていると見ているそうです。実際に調べてみたら最近起こったもののどれもが大体その付近であり、もしかしたら何か共通点があるのかもしれないと言っておりました」
「·······墓地」
なのははここ最近起きている、一連の失踪事件のことを思い出してみる。
実はなのはの家族が経営する喫茶店には販売提携をしていたパン屋がいたのだが、その店主が現在行方不明だった。なのはがたまたまそこを通りかかった時に道行く人達から詳しい話を聞いたが、今日の朝いつも通りに朝食用のパンを買いに来たら店が閉まっており、開店時間をだいぶ過ぎていたのでお客の一人がネットのホームページに掲載されている非常用の電話番号に連絡し、そして他の客も不審に思ったのか店の裏側に無断で回ったそう。
老若男女問わず色んな人がそのパン欲しさに通っていた人気のパン屋であったため、いつもとは違った感覚に違和感を覚えたのだろう。
結局店主にはつながらず、でも裏側に回った客が言うには先程まで誰かがいた痕跡が残されていたという。
裏の扉が開けられており、ついさっきまでパンの仕込みをしていた形跡があったらしい。パン屋というのは開店する四から五時間前から生地の成形・焼成を行うのが一般的なのは彼女も知っていて、あれだけの情熱を持っていた店主が仕事を放り出すなんて考えにくかった。
最終的には警察に通報して捜査してもらったがそれらしい情報は掴めず、今もまだ未解決で、パン屋はずっと休業状態が続いている。
何かがあったのは明らかだが、何の手掛かりも掴めないのでは分からないままだ。
しかし。
クロノが見つけたこの共通点を聞いて、なのはには心当たりがあった。
確かパン屋の近く、といっても目の鼻の先とは言い難い場所だが、それでも地図の上から見るとその付近には霊園があったはずだ。
「でも、これだけで本当にそれが共通点だって分かるんですか?」
「分からないから調べに行くんです」
なのはの質問に運転手は後部座席に表示しているモニタを閉じながらそう言った。
現状何故霊園が共通点として見れるのかは分からないが、行方不明となった者達が墓地の近くであったのなら、何かしらの法則があると仮定して捜査した方がいい。
「実際にそれしか共通点が見つからず、その付近で行方不明の事件が起きているのならそれを辿っていくしかありません。これがハズレであろうとそうでなかろうと、捜査を進める以上は小さな痕跡をコツコツと調べて確かめれば良いんです。そうやって、ヒットするのを待つしかない」
運転手は元々管理局の局員だ。
ならば捜査についての流儀は自然と叩き込まれているだろう。デスクの上での作業が主だったり、こうやって運転手をしたりしているが、管理局という組織にいる以上は何かの事件の担当をする。捜査に赴くこともあれば、資料にまとめるだけだったりするかもしれない。
でも長年の経験がそう言っているのだから仕方ない。
後手に回るような発言をしたのも、それが捜査の基本だと熟知しているからだ。
「とにかく、これからその事件に関連していそうな場所に向かいます。霊園の近く、特に人の目が少ない場所をいくつか回ってみるつもりです」
「それってどこなんです?」
海鳴以外でも起きているという謎の失踪事件。
彼女達がわざわざ瞬間移動装置を使って地元から時空管理局東京臨時支局のある新宿までワープしてきて、そしてそこから車で移動するということは目的地は東京のどこかということになる。
訊ねるなのはに運転手はまた自身のデバイスに念を送ると、目的地が記された地図を後部座席に表示する。
そして、言った。
「廃墟ビルが特に多い────六本木です」
◇◆◇◆◇◆◇
現在も廃墟化が進み、該当エリアの多くの古い雑居ビルはテナントが立ち退きを完了しており、解体を待つだけのゴーストタウン状態となっている六本木。
その廃墟ビルの一角になのは達が乗っていた車が停められている。
ここ付近にはかつて店があったらしいが、そのどれもがシャッターを下ろしており、張り付けられた古い紙に直筆で書かれている『閉店』の二文字が余計に虚しさを目立たせている。
湿った空気感。
日常でよく見る風景の中でも緊張感を覚えるのは何故なのだろう?
「この付近はほぼシャッター街となっていて、人もあまり寄り付きません。正直確率は低いでしょうが、今までの事例から見てこの辺りで同様の事件が起きる可能性は高いです」
「その根拠になりそうなものってありますか?」
フェイトがそう聞くと、運転手は遺憾そうに首を横に振る。
「残念ながら、ありません。ここを選んだのは人の目を避けて捜査するには打って付けであると思ったからでして」
今まで起きた場所はどれも特に関係がなさそうな施設ばかりであった。
唯一の共通点は近くに墓地があったくらいなので、ここを選んだのは一連の失踪事件の犯人と遭遇した場合、魔法の力を行使しても誰にも見られないようにするためだった。
結界を張ってしまえば誰にも見られる恐れはないだろうが、出来るだけこの世界では魔法は使いたくない。ここにいる者達は全員デバイスを所持しているが、あくまでもこれは捜査であり、不測の事態に備えてのためなので使う際はやばい時にしか発動しない。
それを理解した上で、なのはとフェイトは気を取り直して説明を聞く。
「この世界では魔法という技術はありませんから見られることだけは避けたいのです。結界を張ることもできますが、東京ほどの広さになるとAAAクラスの魔導師が最低でも五人いないと全体を覆うことができないくらいの大規模な魔力量が必要となります。一区域に限定的に張れば不審に思われる可能性もあるので隠密に行動してください。とはいえ、万が一の場合もあります。もし仮にここで犯人らしき者、もしくは不審な人物を見かけて抵抗された場合は使用を認めますが、本当に危険だと感じた時にのみ使うように心掛けてください。お二人の任務はあくまで捜査であることを忘れずに」
「「·······はい」」
二人は頷き、共に捜査を開始する。
◇◆◇◆◇◆◇
まだ太陽が昇っている時間とはいえ、廃墟ビルが並ぶこの空間には人もあまり来ず、しぃんと静まり返った空気の中では異界に思えた。
廃墟と化したビルはどこも錆びれており、ガラス窓から覗ける建物内は朽ち、いかにも恐怖という概念が好みそうな場所であった。
「なんか·······不気味だね、なのは」
「うん、ちょっとね·······」
二人は今一つの建物内に侵入していた。
入り口には一応シャッターが降りていたが、こんな廃ビルに用のある奴なんていないから違法行為がし放題と勝手に思った輩が無断でこじ開けたのか、下の方がボロボロに壊されていた。それで錆びついたシャッターを上に持ち上げて侵入した痕跡があるから試しに二人も入ってみたのだが、こういう場所にはなのは達でもあまり訪れないから結構不気味に思えた。
照明の切れた天井とスプレーで落書きされた跡がいくつも壁に刻まれている。
なのは達のように、こういう真面目に生きてきた人間が近寄ることがない場所だった。
しかし、ここまで歩いてきても特に変わったようなものは見つからない。
一階は大体調べ終わったから上に上がるためにまた建物内を彷徨く。エレベーターらしきものもあったがここは敢えてその隣にある階段を使用。電気も通ってないし、通っていたとしてもここまで錆びついたビルのエレベーターなんて信用できない。
このビルの高さはおよそ五階程度。その内開いていたのは三階の扉のみだった。
他の階の扉は鍵が掛かっており、無理に開けた形跡もないからここに頻繁に訪れる奴らは三階をはしゃぐ場にしているのかもしれない。
三階の扉を開けるなのは達。
こういう廃ビルに置かれていたものは放っておかれてほとんどそのままにしているものだが、盗難にでもあったのか案外がらんどうであった。
部屋の一室一室を二人で手分けして調べる。
スチール机といった運び出すのに難儀するようなものだけは残されており、その上の割れた天井からは配線が垂れ下がっているのが見える。破砕した窓から吹き込んだ砂塵が薄く堆積しており、そしてあちこちに散らばっているお菓子の袋は全て空っぽ。放置した袋を手に取ってみると賞味期限はだいぶ前のものなので、ここ最近はこの建物に侵入した奴はいないというのが分かった。
「ここにはなさそうだね」
「うん·······それらしいものは見つからないし、当てが外れたっぽいね」
フェイトが落胆するように目を細めているが、やはりそう簡単には手掛かりは見つからない。
そもそも失踪した人達に何があったのかすらまだ分かっていないのだから、こうも簡単に見つかったら今までの苦労はなんだったんだと抗議する奴が出てくるだろう。
それにクロノが見つけた共通点もまだ憶測の域を出ないため、どのみち低確率でしかないのだ。
「一旦戻ろうか、もうここに用もないし」
「うん、そうだね」
何も手掛かりらしきものは掴めなかったとして二人は来た道を戻る。
これが捜査の基本だとはいえ、地道な作業というのはなんとも疲れるものだ。手掛かりが掴めなかったら次に行くということを繰り返さなければならないのだから。
気が遠くなる作業に二人はちょっと憂鬱な気分になる。
嫌な思いをしつつ、階段を降りようと、
『よ、良い子はァああああア、帰ぇルじぃ間ンンンンンンんんんん』
だから、だからこそ。
「「ッ!?」」
二人は殴りかかるように体ごと振り返る。
さっきまで調べていた部屋、そこから“
声は意味のわからない言葉だったが、人が話せる言葉を話していた。
その声を発した“
いや、人のようにも見えるが異形すぎて化け物にしか見えなかった。
現実感のない光景、今まで幾つもの事件を解決してきた二人でも見たことがないもので、まるで悪夢の中から飛び出してきた存在だった。
見たままで言うと。
“
◇◆◇◆◇◆◇
もはや東京に安全な場所など何処にもなかった。
渋谷に呪霊が解き放たれてから呪いの被害は拡大し、洪水の如く人々の血と悲鳴で満たされていった。幸い、東京に溢れ出た呪いに対して人々が恐怖したおかげで『今の東京は恐ろしい』と皆が思い、その負の感情が呪力となって漏出し、それが東京に集中することになったのでこれ以上は広がる恐れはない。
と言っても、一時的なものになるかもしれない。
そもそも呪霊は日本だけとはいえ、全国各地で発生しているのだから、いつその地獄が解き放たられるかわからない。
身も竦むような怪物がひしめいている東京では、もう人の影はない。
「ちょっと·······いいんですかね? こんなことして」
「まあ、確かに罪悪感はあるけど·······仕方ないよ。この子に真希さんの服はちょっと合わなかったから」
だから堂々と彼らは盗みを働いていた。
本当なら彼らだってこんなことはしたくない、主に真面目な思考を持つ伏黒と乙骨はこんなことをしてしまって凄く心を痛めている。
「どうだ? アリシア?」
「うん!! 気に入った!!」
対して、虎杖とアリシアはこんな状況でも楽しく洋服を物色していた。
最近まではここも普通に営業していたのだろうが、呪霊が解き放たれてしまってから都内全域に避難命令が出されているので、もぬけの殻だった。
虎杖達は天元に教えてもらった情報からそれぞれ目的地に向かう予定で、その前にアリシアに適した服を調達しようと無人になった洋服屋に来ていた。無論、避難命令が出ているのだから店内は無人であり、今後誰も訪れることはないから漁り放題だ。
お金をここに置いていっても無駄にするだけであるので、確かに罪悪感を感じてしまうだろうが、このような状況であれば仕方ない。
アリシアのためにわざわざ付近に徘徊していた呪霊を祓い、ついでに虎杖と伏黒もこれから向かう先で高専生だと疑われないように服を適当に調達する。
そして肝心のアリシアが選んだ服は鮮やかなライトブルーのワンピースに白い上掛けを重ねたもので、更にそこにウレタン樹脂などで黒くコーティングした光沢のあるキッズ用の革靴を履いているからか、それを着た彼女はまるで御伽話に出てくる不思議の国の少女のような姿になっていた。
彼女はまだ子供だからか、そういうファッションがお気に入りなのかもしれない。
最後に彼女は水色の大きなリボンを二つ髪に飾ってツインテールにしているから、虎杖と伏黒はその姿を見ると余計に並行世界で出会ったフェイトと姿を重ねてしまって少々困惑していた。
もはや同一人物。
いや確かにアリシアとフェイトは並行世界の同一人物であると考察したが、ここまでそっくりなのか。
この世界にいるはずのない少女が目の前にいると自分達が今何処にいるのかわからなくなってしまう。
どれだけ変わっていても人を見分けることができる虎杖でさえ自信を失くしそうになるほどだ。
でもフェイトと違うところもあって、それで伏黒でも判別できるのがせめてもの救いだ。
フェイトはどこか内気な性格で、対してアリシアは子供らしく快活で無邪気であった。
そんな洋風少女であるが、天元が言うには彼女も今回の死滅回游に参加を強制させられた泳者であるらしい。
こんな子供まで殺し合いに巻き込むとは、羂索はどこまで頭のネジが外れているのだろうか。
「先輩、アリシアについてだけど·······」
だから虎杖的にはそれを受け入れられなかった。
現段階では伏黒の姉の参加を回避する方法を探している段階なので何も解決策はないに等しいが、それでもこんなに幼い女の子には争ってほしくはない。
乙骨にどうにかならないか提案するものの、
「やっぱり、何処かに預けてたほうがいいんじゃないかな。ほら、伏黒の姉ちゃんは今病院で補助監督さんに匿われてるんだろ? その人みたいに預かっててもらった方が────」
「いや、天元様の言う通りならアリシアちゃんは常に羂索に見張られている可能性が高い。それで津美紀さんの所とかに預けて、万が一僕らが回游を抜けるために何かをしようとしているとバレたら意味がなくなるからね。だからといって一人にしたら、羂索がアリシアちゃんを狙ってくるかもしれない。特別視していたんだったら何としても取り戻したいと思っているかもしれないし、こんな最悪なことを考えるような奴の手にアリシアちゃんが渡ったら何されるかわかったもんじゃない。だったら、僕が責任を持って必ず守ってみせるよ」
乙骨は揺るがなかった。
それらは全部空想上の被害でしかないだろうが、乙骨はすでに覚悟を決めており、何があろうとも彼女を命懸けで守るつもりだった。そんな強い意志が宿った目、というか寝不足な目が不気味すぎて虎杖は何も言い返せなかった。流石は五条先生と同じ特級術師、格が違いすぎて反論もできない。
とはいえ、だ。
「ですがその子戦えないんでしょう? 術式についてまだ何も分かっていないようですし、一体どんな力があるのかも俺達は知らないわけで。万が一先輩に何かあって守ることができなくなって術師達と戦うことになったらどうするんですか?」
伏黒もそれを危惧しているらしい。
虎杖達の力量を見たら呪力量がとんでもないほどにある乙骨の側に置いておくのが妥当だと思われるが、それでも一人で守るのにも限界がある。五条悟のように呪力切れをしないなんてことはないし、疲れ果ててそこを狙われたらアリシアが危ない。
勿論、殺さずにポイントを獲得できるようにルールを追加して回游を抜ける方法を急いで考えるが、仮にそんな状況になったらアリシアは一人で自分の身を守らなくてはならなくなる。
回游の結界内では何が起こっているのか天元でも分からず、そんな場所に行ったら想定外な事が起きても不思議ではない。
予想以上に強力な術師がいたら、最悪の場合そいつの手によって乙骨が追い詰められ、アリシアを守る余裕がなくなったらと思うと心配で仕方ない。
でも乙骨の考えは変わらなかった。
「そうなる可能性もあるだろうけど、心配はいらないよ。確かに僕は五条先生じゃないから呪力切れはあるけど、そんな状況になるのは本当に稀なんだ。今までで一回くらいだったかな。五条先生も認めるぐらいに僕には無尽蔵に近い呪力があるみたいで、呪力操作と燃費の消費は先生ほど完璧ではないけど、少なくとも戦いの最中に尽きることはないと思う」
乙骨には『底なしの呪力』と謳われるほどに桁外れの呪力量を誇っている。
その莫大な呪力のおかげであらゆる術式を可能とし、何より彼の“式神”には外付けの術式にして呪力の備蓄を可能とする能力があるので、万が一尽きても補給できるだろう。さらにその式神の体内には多数の呪具も格納している。呪具には呪力切れがないため、勿論呪具のグレードによって耐久性も違い、破壊されたらそれまでだが、彼が保有する呪具は最高級の物が多いので簡単には壊れず、乙骨の戦闘スタイルもあって上手く扱えるのでそれで対応できる。
かつての力は失われて一時期四級まで降格していたが、わずか三ヶ月で特級へと返り咲いた乙骨の実力は計り知れない。
だから彼はアリシアを守れる自信があった。
でも、確かに虎杖達が心配になるのも分かる。
「けどそうだね、アリシアちゃんが自分に刻まれている術式について何も分かっていないのは少し心配だね。何も分からないままで発動とかしちゃったら自分の身にも危険が及ぶし」
アリシアは自分の術式について何も分かっていないというのが最大の不安ポイントであった。
何故か?
どんな力でも危険が伴うからだ。
彼女の術式が一体なんなのか分からないが、たとえば京都校の東堂葵のような術式を知らないまま使ったらどうなるだろうか?
彼の術式はシンプルではあるが厄介なものだ。手を叩くことで術式範囲内にある『一定以上の呪力を持ったモノ』の位置を入れ替える事が出来る術式は使い方次第で脅威になるが、自身にも危険が及ぶ術式だ。
入れ替えることができると言っても、その対象がもし地面や壁に埋まっていて、それを知らずに入れ替わったらどうなるか。まず間違いなく入れ替わった先でそこに埋まり、最悪の場合は体が二つに引き裂かれるという可能性もある。他にも、手を叩くという簡単な動作で発動する事を知らずに叩いてしまって、その入れ替わった先がもし空中であったりしたら落下死し、森の恐怖心から生まれた特級呪霊の時のように入れ替え先に鋭利なものがあったら身体中が穴だらけになる。
東堂は自分の術式について理解しているからそんなヘマをすることはまずないが、今のアリシアのように何も分からずに東堂の術式を使った場合はそうなってしまう恐れがある。
これはあくまで仮定の話なので、別にアリシアの術式が東堂のような術式だとは限らないが、それでもそういう危険性を孕んでいるのは確かだ。
一刻も早く術式について理解してもらいたいのだが、
「アリシアちゃん」
「? なぁにお兄ちゃん?」
アリシアはさっきから今着ている服が気に入ったのか、目一杯その姿を拝むために全身ミラーに自分を写しながらさまざまなポーズを取って楽しんでいた。
そこに乙骨が声をかけ、彼女の目線に合わせるように屈みながら訊ねた。
「アリシアちゃんは、自分の術式について何処まで分かってるかな? 何かの力とか感じない?」
「·······う〜ん」
乙骨にそう聞かれたアリシアは術式と言われてもなんのことか分かっておらず、それでも精一杯自分の胸に聞くように手を当ててみるが、最終的には両手を腰に当てて小さな胸を大きく張って自信満々にこう答えた。
「全然!!」
「·······そっか」
元気よく正直に答えてくれるのは嬉しいが、これでアリシアは戦力外の烙印が押された。
しかし分かっていないのならば仕方ない。
乙骨が最初に決めた通り、必ず守ってやらねば。
「·······なぁ、アリシア」
「?」
すると、虎杖がなんだか浮かない顔をしてアリシアに声をかけてきた。
こんなことを聞くのは大変心苦しく、けれどどうしても確かめたかったから聞いた。
彼女の過去についてを。
「お前、本当に何も覚えてないの?」
「·······うん」
そう聞かれた時、アリシアは今までの活発さを失くし、落ち込むように俯いた。
乙骨と伏黒は虎杖が急にそんなことを聞き出して目を細めているが、これは二人も気になっていたことだ。
二人は真面目な性格であるため、そんな辛いことは聞きづらいのだろう。
だから虎杖が代わりに聞いた。
もう一つ。
「アリシア·······
「?」
誰もが知りたがっていたことも。
フェイトと同じ苗字に外見を持つアリシアは彼女と何か関係しているかもしれない。虎杖と伏黒はずっとそれを考えており、話だけを聞いていた乙骨もそれは知りたかったことだ。
けれど、期待していた答えはそう簡単に得られるものではない。
そもそも彼女は自分の名前しか分からないと言っていたのだから、そんな知らない名前を出されても首を傾げるだけで、それでもアリシアは純粋に答えてくれた。
「ごめんね·······聞いたことがないかも」
「あぁ、だよな」
「そのフェイトっていう人がどうかしたの?」
「いや·······何でもねぇよ」
アリシアはその名前を訊ねられて自分と何か関係しているのかと思って聞き返してきたが、確定した情報でない以上は教えるわけにもいかない。
関係はあるのかもしれない。
でも並行世界の話だし、それで同じ名前を持つ人物がいるんだと話されても理解できるわけがない。
五条悟の特殊な瞳が誤認したように、間違った情報はその人にとってよくない働きをする恐れもある。
だったらまだこの話はするべきではない。
虎杖は気にするなと言うように笑ってアリシアの頭を優しく撫でると、
「それじゃあ先輩、アリシアのこと·······」
「うん、任せて」
ここで一旦お別れだ。
乙骨にアリシアのことを託し、虎杖と伏黒は自分達の目的のために別の道へと向かう。
「······本当に良かったのか?」
「······あぁ」
伏黒に言われて虎杖は頷くも、やはりまだ気にしていた。
充分な距離を取ったあと、虎杖は肩を叩かれている思いがして、少しだけ振り返る。
二人の姿はもうない。
それを確認すると、虎杖は安堵したように息を吐いた。
実はアリシアに言っておくべきことが一つだけあったのだが、その機会を逃して正解だったと思えた。もしかしたら乙骨が教えるかもしれないが、彼の性格からしてまず言うわけがない。
そう。
こんなこと、言えるはずない。
彼女の母親の肉体は────“
そんな残酷なこと、言えるはずもなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
「これから何処に行くの? お兄ちゃん?」
しんと静まり返った街中であった。
まだ移動が許される範囲で運行している新幹線を使って東京から仙台までやって来た二人は駅に着くと降り、そのまま乙骨と手を繋いで歩くアリシアは未だに自分達がこれから何処に向かっているのか分かっていなかった。
聞かれた乙骨は誤魔化すように苦笑している。
説明したいのは山々なのだが、これから殺し合いの場に向かうなんて言えるはずもない。
しかし彼女には時間がない。
参加をしないと術式が剥奪されて死んでしまうのだ。
でも、できれば物騒なワードは使いたくない。
だから乙骨はこう説明した。
「アリシアちゃんと会った時みたいに、迷子になっている人達を助けに行くんだ」
「迷子?」
「うん、それが僕の仕事でね。アリシアちゃんもあの時変な生き物に襲われそうになったでしょ? あんな怖いものに怯えている人達を安全な場所まで運ぶんだ」
乙骨はそう言うが、それは半分の理由であって本当の目的は別にある。
乙骨はポケットをまさぐって、スマホを取り出す。いつでも連絡が取れるように電源を入れているが、結界内では使えなくなっている可能性が高い。
それで一体何が理由で仙台までやって来たのか、
乙骨の出身地はここ宮城県仙台市であり、解呪されて以降は普通に連絡のやり取りをしていたのだが、死滅回游が始まってから家族の誰も電話に出ないことに違和感を覚えていた。
それで確かめに仙台まで帰省し、回游の結界内の状況を知るという名目で家族の安否を確認しに来たのだ。
ここまで歩いてきてどれだけ連絡を送っても既読一つ付かないので、可能性は高かった。もしかしたら異常事態にパニックに陥って電話に出る余裕がないだけかもしれないが、乙骨が呪術師の家系であった以上は殺し合いに参加させられているという可能性もある。
「それでね、アリシアちゃん」
「うん?」
すると乙骨は一度家族の事を置いておいて、隣にいるアリシアを見ると屈んで言う。
「これから向かう先はアリシアちゃんがいた所みたいに危険な所なんだ。今もまだそこで色んな人達が怯えたまま動けないでいる。本当はアリシアちゃんをそんな所には連れて行きたくないんだけど、今この国に安全な場所は何処にもないと言っていい」
本当はこんな残酷な真実だけは聞かせたくなかった。
しかし。
アリシアにもある程度は理解してもらうにはこれしかない。
それで乙骨は。
そんな事を聞かされて不安そうな顔をしているアリシアの目を真っ直ぐ見て告げる。
「だからね、アリシアちゃん。君のことは僕が絶対に、命を賭けても守ってみせる」
「!!」
「だから僕から絶対に離れないでね? 約束できる?」
乙骨はアリシアに右手の小指を差し出した。
ある意味それは縛りとなるだろう。
特級術師が提示する最強の縛りを結ぶかどうかはアリシア自身が決めることだが、彼女の意思ももう決まっていた。
「うん! 約束する!!」
純粋に躊躇いもなく、アリシアは自分の小指を乙骨の小指に絡めた。
これで誓約は科された。
笑って約束を受け入れてくれたことに、乙骨も優しく微笑む。
「ありがとう、アリシアちゃん」
二人は自分達の意思の確認を終えると、再び手を繋いで歩き出す。
その姿は傍から見ると兄妹のように見え、しかしアリシアはそうは思っていなかった。今のこの状況を理解できぬほどアリシアも愚かではないため、俯き加減にはにかむ。乙骨と手を繋げて嬉しいのか、ボソボソっと熱っぽく何かを呟いているのが分かる。
乙骨はどう思っているか知らないが、アリシア的には何か特別な気分になっているのだろう。
初めて会った時、たった一人でいた自分を化物から救ってくれ、そして優しくされたアリシアには乙骨に対してとある感情が芽生えている。
その感情の名をアリシアは勿論知らない。少なくともそれは言葉には出来ないものだ。
願わくば────この時間が永遠であって欲しいと願った。
その時だった。
彼女の胸、その奥。
“
「··········?」
アリシアはその違和感に首を傾げるが、既にその感覚は消え去っていた。
感じたことのないものだった、緊張で心臓が突然強く脈打つのとは違った。
どちらかと言うと。
でもその感覚は気のせいだと思えるくらいに一瞬ですぐに消え去ったため、アリシアは特に気にすることなく乙骨と共に目的地へと向かう。
アリシアが何も言わなかったので乙骨も気付くことはなかったのだが、本当ならこの時気付くべきだったのだ。
彼女に刻まれた術式が────覚醒の予兆を見せていたことに。