羂索ぶらり千年記 作:柿面寝る
「やぁ、宿儺」
「────羂索か」
「話が早くて助かるよ。最近、人に会うたび『私だよ』って説明するのが面倒になってきてね」
「目を離せば姿を変えているオマエが悪い」
宿儺と呼ばれた四本腕に二つの口を持った異形は、そう吐き捨てた。
そのぶっきらぼうな言い草に、だが吐き捨てられた壮年の────羂索と呼ばれた男は、気を悪くするでもなく肩をすくめるだけ。その仕草は、落ち着いた年の人間と言うには少し若々しい茶目っ気を醸していた。まるで、
「仕方ないだろう?私の術式を十全に生かすともなればこうなるのは自明だ」
「自明であることと
「そう邪険に扱わないでほしいね。それに、今日はその不快の改善を試みるつもりなんだ」
「……ほう?」
宿儺の顰めた眉が緩む。
「もちろん実験の段階だけどね。現状、私が一度使った肉体は『引っ越し』した時点で死に向かい、事実上の『再利用不可能』になる。
これは損失としてはあまりにも大きい。術式を手放すという意味ではもちろん、肉体から流れてくる経験や知識をモノにする前に引っ越せばそれらの財産もおじゃんだ。さらに言えば、姿をコロコロ変える私は長期的に維持できる『表の顔』がない。これも由々しき事態だね」
「そういう割に肉体の移動に忙しないようだが」
「術式の使用感、多方面への造詣、コネクションの作成……今の私が抱えるタスクは少なくない。それも『下地作り』のタスクの話であって、これが終わったところでようやく本作業に着手できるだけ────ゴールどころかようやくスタートさ。まだスタート地点にすら立ててない私が、『もったいない』ってだけで足踏みしている暇はない」
もちろん、短い時間でも出来る限りの経験と知識をモノにするという前提はあるけどね。そう、羂索は付け加えた。
フン、と宿儺は鼻を鳴らす。続きを促しているのだろう、羂索はそう悟り話を続けた。
「肉体の再利用に関する話に戻ろうか。
私としては、もちろんこれまで揃えた肉体をいつでも再利用できた方が嬉しいんだけれど、その手段が確立できていない。そこで、引っ越した後の肉体を『保存』することを試みたいんだ。
具体的には、裏梅の術式で肉体を凍らせて保存するという形だ」
「……要は、裏梅を『貸せ』という訳か」
「そ。彼に直接交渉してもよかったんだけど、どうせ『私は宿儺様の意思にのみ従う』とかそんな感じの事を言うだろうからね。それに君も、彼を勝手に使うのは気に食わないだろ?」
「自分の物を無断で使われればそうもなろう」
「だから直接話しに来た。新しい肉体に引っ越すから、今の私の肉体を裏梅に凍らせてくれないか?」
額を────そこにある切れ目を、縫い目をなぞりながら、羂索は問うた。
「構わん。それ自体はな」
「なにか条件でも付けたそうな答え方だね」
「そうだ。貴様の次の肉体、俺に決めさせろ」
「おっと────そう来るか」
初めて意表を突かれたような、少し驚いた顔をして。
羂索は、大仰に肩をすくめた。
****
「私が言えた義理じゃないが……宿儺も人使いが荒いね」
羂索は、湿り気を帯びた山の空気を肺に流し込みながら、わざとらしくぼやいた。
明らかに不服そうな彼を、彼の隣で歩く少女────のように見える少年が、こちらも不機嫌そうに窘めた。
「宿儺様に要求を受け入れてもらっているというのに、まだ不服か?無償で済むと思っていたなら、随分とおこがましい男だな」
「多少がめつく生きたほうが人生は上手くいくものだよ?裏梅。君のように、たった一人に自らをすべて捧げる生き方も否定はしないけど……まあ、私はもう少し小賢しく彼と付き合うさ」
「……チッ」
舌打ちを聞き流す。
羂索は、裏梅を連れて『次の肉体』────肉体を乗っ取る相手の元へ向かっていた。
「それで……宿儺の指定した『次の肉体』って言うのは、この先にいるってことでいいのかな?こんな辺鄙な山奥に好き好んで住むなんて、物好きもいたもんだね」
「『神子』と崇められる存在らしいからな。その神秘性を保つために、そうせざるを得ないという事情もあるのだろう」
「呪術的な意味のためかどうかは分からないけどね。その子は10を数えないような子供なんだろう?神子として扱いやすいよう、彼女を利用したい大人が彼女を人里から隔離しているだけだと思うよ」
「……神子の意思がどうあれ、構うことはない。宿儺様が彼奴の術式に興味を持たれた。それだけが事実だ」
「まあ、それもそうか」
苦笑しながら、羂索は宿儺との『取引』を反芻した。
────『肉体の保存』という私の目的の為に、裏梅の術式を貸してほしい。私の要求はこれだ。
だが、宿儺はタダでその要求を呑むことはしなかった。想像がつかなかったわけではないが────対価として宿儺が求めた条件が、少し予想外の物だった。
宿儺の求めた条件は、人里離れた山奥に住む『神子』と呼ばれる者を私の次の肉体とすること。そして、『神子』の術式を宿儺の為に使うことだ。
なるほど、確かに他人の術式を
「なにを上の空になっている?これから神子の肉体を奪うのだ、戦闘はまず避け得ないぞ。油断など許さん」
「油断も何も、今の私は『強くない』身体だからね。宿儺が君を同行させたのもそれが分かってるからだろうし、戦闘は基本的に君に頼るよ」
「……私が貴様の武力として協力するのはひとえに宿儺様の命故だ。あまり私への態度を間違えるな、宿儺様の許し一つで貴様は氷漬けになると肝に銘じろ」
「それは怖い」
肩をすくめつつ、羂索は『神子』の術式について考えを巡らせていた。
神子の術式は、『等価交換』。供物を捧げることで、恩恵を授かることができるといういかにも
魚を捧げてその年の豊穣を叶え、人を捧げて不死を叶えるなど────胡散臭いと思えるようなことを幾つも叶えているらしい。眉唾物に思えるが、その真偽を確認することも含めて私を使っているのだろう。
「しかし────
裏梅。君は信じるかい?捧げるもの次第では、何でも叶えてくれるなんておとぎ話を」
その問いに、裏梅は少しの沈黙をし、そして答えた。
「信じるか否かに価値はない。私たちは今からその真偽を確かめ、結果を宿儺様に伝えるだけだ。勘繰る意味など何もない」
「つれないね。宿儺に従っているだけあって、彼に似た『結果だけを注視する』考え方だ。
私の、結果を導くまでの『過程』をこそ注視する考え方とは違う」
「誉め言葉か?貴様の考えに理解を示したいとは思わないし、宿儺様と同じ考え方と評価されるのは私にとってただの高評価だ」
「従者なればこそ、主人に忠言できる『主人にない視点』は大事だと思うよ」
「……その安い挑発を聞いてやる。神子の術式について、論じてやる」
「いいね。それじゃあ、道すがら喋ろうか」
羂索は、ヘラヘラと笑う。手のひらの上で転がされているような気がして、裏梅は内心愉快ではなかったが────『神子の術式を奪う』という宿儺の目的の為に、羂索は不可欠。悔しいながらも、危害を加えることはできずに議論に付き合うことにした。
「まずは前提から考えようか。裏梅、君は『等価交換』という術式をどう解釈している?」
「……文字通りだ。何かを得るためには、同等の何かを差し出さなければならない。『縛り』をそのまま術式にしたような代物だろう」
「確かにそれが分かりやすい推論だね。でも、その推論には一つ決定的な間違いがある。落とし穴を見落としているんだ」
「何……?」
「普通、『縛り』は術師自身の中で完結する。自身の持つ『何か』を捧げることでしか、他の『何か』は得られない。他人を巻き込んだ縛りは、ペナルティのコントロールが一切できなくなるからだ。
けれど、神子の術式が聞いたままの効果を発揮するなら、それは『外部』を明確に巻き込んでいる。
分かるかい?『神子』は、呪術的に不可能な『他人を巻き込んだ縛りを管理する』ことができる術式を持っていると考えられるんだ」
羂索は、楽しそうに神子の術式を考察する。
その考察を、嫌そうに聞きながら裏梅は答えた。
「御託はいい。その術式の肝と考えている部分を教えろ。それを聞かなければ私も返事ができん」
「……じゃあ、本題に入ろうか。
魚を捧げて豊穣を得る、っていうのは明らかに人智の及ばない力を働かせている。もちろん、呪術を含めてなお人智の及ばない力だ。それだけの力が、個人の意思によって自由に使えると私は思わない。
それに、『魚の命』と『豊穣を促す天候の操作』を、天秤に載せなければ等価交換は成立しないだろう?でも、さっき言ったように等価交換の力は個人が自由に扱えるとは思えない。つまり────」
「……等価交換は、『神子』の意思ではない何かによって決まるのか」
「その通り。少なくとも、宿儺が期待するほど自由度の高い術式じゃないと私は踏んでるよ。まあ、宿儺自身もその辺の考察は出来てて期待値が高くないから、自分で出張らずに私を遣いに出したんだろうけど」
「なら、お前は神子の術式が叶えられる範囲がどこまでの物だと考えている?」
「おそらくは、『縛り』を術式で拡張できる程度の術式だろうね。この世の理と直結した、『何か』と『何か』の価値を計算して交換できる、血肉の通った変換装置。それが彼女だと推察する」
「変換装置、か。肉体に宿る術式そのものが、天秤の視点として機能していると────そういうわけか」
羂索の言葉を咀嚼するように、裏梅は呟いた。
その視線は、神子のいるはずの山の天辺を見据えている。
「そういうこと。そして、恐らく『対価』のコントロールはできないけれど────もたらす『恩恵』のコントロールはできるんじゃないかな」
「なぜそう考える」
「恩恵がちゃんと機能しないと、『神子』だなんて呼ばれないだろ?」
「……」
「魚を供えられて、結果として『豊穣』をもたらす。この『豊穣』の部分は彼女の意思だろうね。
けれど、豊穣の対価が『魚』で済むかどうかは彼女にはコントロールできない。天秤の片皿に乗る『結果』は選べても、もう片方に世界が何を乗せるかまでは選べない。私としては、そういう術式だと想定するね」
「……それが本当なら、随分と博打な術式だな。対価が魚一匹で済むか、あるいは村一つ消えるか、その場で天秤に訊くまでわからんということだろう」
そう裏梅が言うと、「その言葉を待ってました」と言わんばかりに羂索は答えた。
「そう、彼女の術式の妙は恐らくそこだ。術式によって、求める『結果』を必ず得る代わりに、何を対価にするかは完全な博打。
言ってしまえば、君が宿儺の望むものを願った結果、宿儺自身を対価として持っていかれるなんてことも有り得る歪な天秤だ。それを10も数えぬ少女がまともに扱えるわけがない」
嬉々として語る羂索は、玩具箱を漁る子供のようだった。
「だからこそ、彼女は『神子』なのだろう。周りから祭り上げられ、いいように使われている────想像がつくよ。
恐らく今の彼女は、ただ『結果』だけを望まれ出力させられる装置のような存在だろうね」
「救えぬな。己の力を御せぬまま、ただ
裏梅は冷たく吐き捨てた。
「だからこそ、その装置に私の『意思』を乗っけたいんだろうね、宿儺は。
結果だけでなく、代償すらコントロールすることを私が望むことまで織り込み済み。そしてそれが叶えば……限定的とはいえ、世界を書き換える権利を得るに等しい。それが叶えば────」
「想定をするのは一旦終わりだ。着いたぞ」
裏梅が足を止めた。
視界が開けた先、見える社の両隣には桜と紅葉。
同居しえないものが同居する不可思議な状態のなか、その中央に鎮座する社からは圧力とも神気とも分かり得ぬ何かが漏れ出ていた。
「────願イ、ハ」
涼やかな声が凛と響く。
刹那、羂索の着用していた着物が消えて失せ、足元に大粒の真珠が転がった。
「おっと、挨拶代わりの恩恵かい?随分と羽振りがいいね。
……でも困るな。私の一張羅をどうしてくれるんだい?」
「羂索、ふざけている暇はない。────来るぞ」
裏梅が前に出る。
直後、裏梅の眼前に『重い空気』が現れた。
それは裏梅も羂索も害することなく、ただし彼らを確実に妨害する。
「願イ、ハ」
神子はただ、それだけを口にした。
「────なるほど、厄介だ」
装置のように恩恵を与える神子ならば、装置のように自動迎撃するのも当然。
そして、羂索と裏梅は、神子にとって参拝客ではなく外敵。
ならば────
「────お参りとでも洒落込もうか」
────不敵な笑みと共に、羂索は呪力を滾らせた。
頭が痛いので次回の更新は来週くらいになると思います