※こちらは「四十九院暁美」様より許可を頂き、「吾輩はウマである」(https://syosetu.org/novel/255998/
に登場した「カムイアヴァランチ」と自分のウイニングポストの世界で誕生した架空馬「ウェイヴィジュエル」をウマ娘にしたオリジナルウマ娘との3次創作作品となります。

四十九院暁美様、ありがとうございます!


スペシャルウィークとカムイアヴァランチが同着優勝という異例の結果で終わった日本ダービーから数年後のこと。

レースの世界からは身を引き、第2の人生を歩もうとしていたカムイアヴァランチに1人のウマ娘が「妹分になりたいです!」とやってきて……?





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この物語は「吾輩はウマである」を現実の1998年、この話を現実の2008年をモデルにしています。
ただし、厳密に設定されているわけではなく、カムイアヴァランチとウェイヴィジュエルが10歳差というわけではありません。
また、「新時代の扉」と少しだけつながりがあります。


「吾輩はウマ…じゃないの?」

日本ダービーにおいて、スペシャルウィークとカムイアヴァランチが同着優勝を決めてから数年後のこと。

 

10年どころか、100年に1度と言っても過言ではない大接戦は未だにファンたちの間でダービーのベストバウトとして語り草となっている。

 

とはいえ、時の流れというのは早いもので。

 

そのベストバウトを作り上げた本人たちには現実的な別問題が降りかかっていた。

 

 

 

 

 

トレセン学園は在学中にスポーツを行う中高一貫校だ。

 

競技から一線を退いた者をいつまでも在校生として置いておくことはできない。

 

社会に出るにせよ学園に残るにせよ、競技者として一区切りをつけたウマ娘たちはいつかは進学か就職か、進路を決めなくてはならなくなる。

 

「うーん……」

 

とうとう、カムイアヴァランチとスペシャルウィークにもその順番が回ってきてしまった。

 

カムイアヴァランチはカフェテリアで1人、白紙の進路調査票とにらめっこしながら頭を悩ませていた。

 

トレセン学園はOGにも手厚いサポートをしている。

 

学園の中だけでも理事会役員、裏方スタッフ、実況解説、トレーナー、研究者、誘導員など進路はより取り見取りだ。

 

また、一般社会に出るにしろ、名門スポーツ校で培われたガッツや実績を高く評価してくれる大学・企業は数多いるに違いない。

 

選択肢は多いのだが、カムイアヴァランチが頭を悩ませていたのはそこではない。

 

「(やりたいことは決まっていると言うのに紙に書けんとは、我ながら情けない……)」

 

選択肢は数多あると言えど、やってきたことはただがむしゃらに走りぬくだけだ。

 

学園を卒業した後、いきなりやったこともない畑違いのところに放り込まれてうまくやっていけるかと問われれば。

 

流石のカムイアヴァランチも自信を持って首を縦には振れなかった。

 

この症状に陥っているのは何もカムイアヴァランチだけではない。

 

幼いころから今までともに鎬を削り合ってきたスペシャルウィークもまた、今後の身の振り方に悩んでいるという。

 

スペシャルウィークは卒業後、育てのお母ちゃんの畑仕事を継ぐのは既に決まっていたのだが。

 

どうも先生にそれを相談したところ、農学部のある大学を推薦されたという。

 

無論、農学を専門的に学んでから畑を継ぐのが最適ではあるのだろうが、その場合はお母ちゃんにさらに苦労を掛けて待っててもらうことになる。

 

カムイアヴァランチも姉貴分としてスペシャルウィークの相談に乗ってやりたいところだが。

 

まずは自らの進路も決めかねている状態をどうにかしなくてはならない。

 

「……今唸っても時間の無駄か」

 

カムイアヴァランチは進路調査票を裏返しにして緑茶をすすろうとしたその時。

 

 

 

 

 

「あのー!ちょっといいですかー!?」

 

随分と大きな声で誰かがカムイアヴァランチを呼んだ。

 

カムイアヴァランチが湯飲みを戻すと、誰が自分を呼んでいたのかは一目でわかった。

 

カムイアヴァランチを呼んでいたのはちょうどスペシャルウィークと同じ背格好くらいの黒髪のウマ娘。

 

吸血鬼みたいに赤い目が特徴的だ。

 

いや目の色なんかよりも特徴的なのは身に着けているアクセサリーの数だ。

 

頭にはきらびやかな花冠に、左耳側にはカーネリアンのパワーストーンが嵌ったシルバーブローチ。

 

後ろ髪は一部ひとつ結びにして、これまた赤い大きなリボンを横向きに結んでいる。

 

よく見れば首には銀色のネックレス、腕には金色のブレスレット、脚には白いアンクレットなど他にもアクセサリーが満載だ。

 

アクセサリーなど右耳に本のしおりをかたどったシンプルな髪飾り1つのカムイアヴァランチに対し。

 

この子は7つも8つも派手に飾っている。

 

カムイアヴァランチはアクセサリーの良し悪しには疎いが、それでもその黒髪のウマ娘のアクセサリー1つ1つが、万札で扇子が作れるような値段のブランド品であろうことは察せる。

 

とりあえずきらびやかな花冠を日常のアクセサリーで付けている奴など見たことがないので、カムイアヴァランチはこのウマ娘を心の中で花頭と呼ぶことに決めた。

 

「カムイアヴァランチさんですよね?」

 

「確かに私だがそういうお前は誰なんだ?」

 

カムイアヴァランチが怪訝そうに聞き返すと、花頭は自慢げに胸を張った。

 

「あぁすみません、名乗ってませんでしたね!私、ウェイヴィジュエル(Wavy Jewel)って言います!ウェイビーとかジュエルとかって呼んでください!スぺ先輩の妹分です!」

 

「はぁ?スぺの?」

 

あまりに素っ頓狂な話にカムイアヴァランチは首をかしげてしまう。

 

「スぺ先輩はカムイさんの妹分と聞きました!であれば、私にとってもカムイさんは姉貴分ですよね!」

 

「ちょっと待て、いきなり何なんだ!?」

 

話が飛躍した。

 

カムイアヴァランチが話を理解するより早く、ウェイヴィジュエルは畳みかけるようにマシンガントークを展開する。

 

「日本ダービーでスぺ先輩と同着まで食い込むなんでなかなかやりますね! どうぞ妹分としていっぱいかわいがってくださいねカムイお姉ちゃん!」

 

自慢げにさあさあ褒めてください!とドヤ顔を決めるウェイヴィジュエルだが。

 

褒める怒る以前に2人は初対面である。

 

どうやらウェイヴィジュエルはカムイアヴァランチを姉貴分として慕いに来たらしい。

 

が、それにしては随分傲慢というか生意気というか、態度だけ見れば「お前、私の子分になれ!」とでも言いにきたかのようだ。

 

実際は逆なのだが。

 

そもそも、ウェイヴィジュエルの頭の中ではすでに自分はカムイアヴァランチの妹分になることに決定したようだが、当のカムイアヴァランチ本人は了承していない。

 

スペシャルウィークとはどういう関係で姉妹関係を結んだのかは知らないが、カムイアヴァランチからすればよくわからん花頭と勝手に姉妹関係を結ばれてはたまったものではない。

 

「--私はお前を妹にした覚えはないぞ。そもそもお前のことは何も知らんのだが」

 

「問題ありません!これから知っていただければいいので!」

 

カムイアヴァランチはかろうじてマシンガントークの合間を縫って言い返したがウェイヴィジュエルは自信満々の態度を崩さない。

 

……まあ、妹分に"なれ!"と上から目線で言われたのであれば、カムイアヴァランチは相手にせずに追い払っただろうが。

 

実際は逆で妹分に"なりにきた"というのだからそういうわけにもいかない。

 

話し方はともかく、自らを慕いに来た子をシッシと無下に追い返すほど、カムイアヴァランチは薄情者ではない。

 

「ああ分かった分かった。なら私をあっと魂消させてみろ。次は何のレースに出るんだ」

 

「オークスです!見に来てくださいよ約束ですからね!」

 

「オークスということはティアラか」

 

カムイアヴァランチ自身は走ったことはないが、オークスの存在とその重みくらいは知っている。

 

カムイアヴァランチが想いを込めに込めた日本ダービーと同格、同条件のオークスを勝てるのなら、強さを認める根拠としては十分すぎる。

 

「なら約束だ、見に行ってやる。仮にも私の妹分を名乗るつもりなら、大舞台で腑抜けた走りだけはするんじゃないぞ」

 

「任せて下さい!このウェイビーこそ、ティアラのヒロインだと思わせてやりますから!」

 

 

 

 

 

ようやく会話が終わってカムイアヴァランチは解放され、肩の荷を下ろした。

 

まったくこの上ないこと騒がしい奴だった。

 

あの自己肯定感しかり、会話のテンションしかり、コーディネートしかりどんな育て方をされてきたやら。

 

「まったく、あの花頭の親の顔が見てみたい」

 

そういえば、ウェイヴィジュエルは随分とスペシャルウィークを慕っているようだった。

 

しかし、本人からウェイヴィジュエルという名前について聞いたことはない。

 

それにカムイアヴァランチにとって妹分のように接してきたスペシャルウィークに、さらに妹分ができるようなイメージはいまいち想像がつきづらい。

 

ましてやあんなハイカラな花頭がスペシャルウィークの妹分など。

 

「今の時間ならスぺは図書室にいるだろうな、聞いてみるか」

 

自分の進路についてこれ以上考えても時間の無駄だと悟ったカムイアヴァランチは気分転換がてらスペシャルウィークにあの花頭について問いただしてみることにした。

 

 

 

 

 

カムイアヴァランチの予想通り、スペシャルウィークは図書室で大学関係の本やらパンフレットに埋もれていた。

 

いつものスペシャルウィークらしからぬ悩み顔でうんうん唸りながら白紙の進路調査票と向き合っている。

 

「景気が悪い面じゃないか、まだ悩んでるか?」

 

「あ、お姉ちゃん。やっぱりなかなか決められなくって……。お姉ちゃんは、どう?」

 

それが私も考えがまとまらん。

 

と言いそうになったカムイアヴァランチだが、姉貴分としてのプライドが邪魔をして言葉には出せなかった。

 

「(弱いところは見せられないと言いながら結局のところ、1番弱いのは誰かを頼れない私のほうなのかもな……)」

 

とカムイアヴァランチはふと心の中で思う。

 

代わりにスペシャルウィークの向かいに座って本題を問いただしてみることにした。

 

「カフェで書いていたら、花頭に話しかけられた。お前の妹分と言い張っていたんだが知らんか?」

 

「は、ハナアタマ?」

 

「花冠を被ってるウマ娘なんだ、あんな花頭してる奴他にいないだろう」

 

「え、えぇ~……」

 

もちろんハナアタマなんてウマ娘はいないが、スペシャルウィークには心当たりがあったようですぐに頭に電球がつく。

 

「えぇと、それって……あ! ジュエルちゃん?」

 

「確かそんな派手な名だった。どういうやつか教えてくれ。詳しく知らん奴に勝手に姉貴分だと言いふらされてはたまらん」

 

カムイアヴァランチが頼むとスペシャルウィークは苦笑いしながら回想を始めてくれた。

 

どうやらカムイアヴァランチだけでなく、スペシャルウィークにもあんな勢いで話しかけているらしい。

 

「ウェイヴィジュエル……ジュエルちゃんは、今年クラシック級の子でね。入学式の時にいきなり話しかけられたんだ。すごいキラキラした子に憧れてもらえるなんてちょっと恥ずかしかったけど、嬉しかったな~」

 

スペシャルウィークはデレデレの顔をしながら経緯について話してくれた。

 

ウェイヴィジュエルはスペシャルウィークに憧れてレースを見ていくうちにあの時の日本ダービーに同着したカムイアヴァランチについて知ったに違いない。

 

「そうか。あの時のダービーを随分と上から目線で見られたものだぞ。"なかなかやりますね"、ってな」

 

「あはは……。でもジュエルちゃんって本当にすごいんだよ。ジュニアは阪神JF、クラシックはチューリップ賞と桜花賞で勝って、今度オークスに挑むんだって!」

 

「ほう、あれでG1をもう2つも」

 

それを聞いてカムイアヴァランチは素直に感嘆してしまう。

 

クラシック級の4月でG1を2勝、トライアルまで勝利しているのなら路線総ナメ状態だ。

 

恐らくライバルからはバケモノ呼ばわりされている頃だろうがあの花頭のことだ、きっと誉め言葉としてポジティブにとらえているに違いない。

 

「今、最もトリプルティアラに近いウマ娘って、テレビでも雑誌でも話題になってるってみんな言ってるね。フフン、面倒を見てあげた甲斐があったな~!」

 

なるほどただのやかましいホラ吹きじゃあないらしい。

 

最高以外に例えようのない結果を残して、カムイアヴァランチを慕いに来たというのなら、少々でかい態度を取られてもやるではないかという気になれる。

 

ウェイヴィジュエルがオークスでティアラのヒロインになると宣言していたのも、あながち大言壮語ではないのやもしれない。

 

「今度オークスを見に行く約束をした。スぺが見てやった子がどこまでやってくれるのか、見聞するのは楽しそうだ」

 

「じゃあ一緒に見に行こっ! 私も、ジュエルちゃんが勝てるかどうか気になる!」

 

スぺが嬉しそうに言い、カムイアヴァランチもそれに頷いた。

 

まだちゃんと認めたわけではないが、自分を慕う妹分が2冠を達成するのではないかと思うと、ガラでもなくカムイアヴァランチは心が躍った。

 

ああそうだ、進路の話をすっかり忘れてしまったが、悩んだって今は書けないのだからしょうがない。

 

締め切りが明日になっているわけでもなし、オークスを見てからじっくり考えればいいだろう。

 

 

 

 

 

オークスの日がやってきた。

 

ティアラ路線など、現役時から今に至るまで関係なかったのでよく知らなかったカムイアヴァランチ。

 

どちらもウマ娘の世界において輝かしき三冠路線であることは間違いないが。

 

カムイアヴァランチやスペシャルウィークが通ってきたクラシック路線が剛剣で相手を力で斬り伏せるような戦いだと称えるなら、ティアラ路線はレイピアで優雅に鮮やかに決闘を繰り広げる戦い。

 

……実際のところは開催地と距離が違うだけでしかないのだろうが、まあ雰囲気としてはそんな感じがする。

 

なぜなら意識してみると今日までの間、カムイアヴァランチは市井でウェイヴィジュエルの名をよく聞くのだが。

 

人々はウェイヴィジュエルのことをアイアゲートだの、セレンディバイトだの、オブシディアンだの長ったらしい横文字ばかりで例えており、カムイアヴァランチにはすごいのかすごくないのか、いまいち見当がつかない。

 

強ければ"強い"の2字でいいものを、やたらハイカラな横文字で例えたがるのがティアラの世界なのだろうか。

 

カムイアヴァランチとスペシャルウィークが久方ぶりに東京レース場の場内に入ると、それだけで周囲の人がざわつきだす。

 

「あれはあの時のダービーコンビじゃないか……!」

 

「なるほど、神威という名に負けてないな。貫禄がすさまじい」

 

東京レースを歩いているだけで賞賛と注目を浴びることに。

 

あの花頭ならモデルよろしく得意げになって歩くのだろうが、カムイアヴァランチは手放しでは喜べず少し複雑な気持ちになる。

 

「私のことはどうだっていいだろうに。変装でもしてくればよかったかもしれん……」

 

今日の主役はウェイヴィジュエル含めオークス出走ウマ娘であってカムイアヴァランチはただの観客なのだから。

 

「お姉ちゃん、お蕎麦食べよう!」

 

そんなことは露知らず、スペシャルウィークは近くに会った立ち食い蕎麦の屋台に釘付けになって、カムイアヴァランチを引っ張っていく。

 

「あ、おい。全く、お前の食い意地はいくつになっても変わらんな……」

 

カムイアヴァランチも連れて行かれるままに屋台に行き、ワンコインのかけ蕎麦をすする。

 

「ん、これはうまい」

 

蕎麦には一家言あるカムイアヴァランチだが、コシの効いた麺とあっさりした出汁に彼女も納得の美味な蕎麦だ。

 

ふらっと寄ってささっと啜って勘定を済ませる、そんな粋な振る舞いにもピッタリの店に、カムイアヴァランチは頭の中でこの店をブックマークしてしまう。

 

現役のころは近くの店などあまり気にしたこともなかったが、改めてここに来てみるとまだまだ新しい発見がある。

 

「ここね、前にジュエルちゃんと来たら気に入ってくれてね!私に負けないくらい良い食べっぷりだった―!」

 

「あの花頭がこんな屋台に……?」

 

あんな花頭のことだ、ステレオタイプなイメージだと毎日フレンチだのイタリアンだのお高く留まったコース料理ばかり食べていそうなものだが。

 

どうやらあの花頭にとってスペシャルウィークが目に着けたものはありとあらゆるものが憧れになるらしい。

 

「(……あんなブランドの塊みたいな花頭が食うのは屋台飯と思うと少々滑稽だな)

 

と心の中で思いつつ、2人は蕎麦を完食して関係者席へ向かった。

 

 

 

 

 

「オークス、まもなく発走です。今年の樫の玉座に座るのは果たして誰なのか」

 

カムイアヴァランチが観客席に到着すると、ちょうど東京レース場はパドックで出走ウマ娘たちを紹介している最中だった。

 

カムイアヴァランチも含め、自分の勝負服は自信を持ってデザインしているものなのだろうが。

 

今日のオークスの出走者はより煌びやかというか華美なデザインのウマ娘が多い。

 

そんな中でもウェイヴィジュエルの目立つ赤いリボンと花頭はすぐに見つかった。

 

暗い赤色、正確にはバーガンディカラーと呼ばれるドレスとストッキング、ココア色のパンプス、そして黒髪とダークなカラーリングの勝負服なだけに真っ赤なリボンやオレンジの髪飾り、そして頭を飾る花頭が目立つ。

 

「桜花賞を制し、ダブルティアラへチェックをかける!2枠4番は堂々の1番人気ウェイヴィジュエル!戦績は8戦7勝!」

 

「主な戦績がマイルにもかかわらず2400mでもこれだけの人気を集めるとは、やはり皆彼女の輝きから目を離せないようですね」

 

パドックを歩くウェイヴィジュエルは周囲から受ける歓声に対し手を振ったり指を鳴らしたり投げキッスしたり忙しそうにアピールしている。

 

「大した自信だな。あれなら緊張でしくじるなんてことはなかろう。天狗でしくじることはあるかもしれんがな」

 

と満点ではない評価を下しつつ、カムイアヴァランチは配布されていた出走表に目を落とす。

 

出走者の名前はスワンレイク(白鳥の湖)、ルージュコフレ(赤い宝石箱)、ミステリリーベ(不思議な生命)などお優雅そうな名前が連なっている。

 

その中でも桜花賞2着の2番人気、ウェイヴィジュエルにとって1番のライバルになりそうな名前が目に留まった。

 

"メイ"(5月)。

 

随分珍しい名前だなとカムイアヴァランチが思っていると、横からスペシャルウィークの指が割り込んできた。

 

「お姉ちゃん、このトレーナーさん知ってる!たしかポッケちゃんの……」

 

 

 

 

 

日本ダービーの勝者が『日本一』と力強く呼ばれる側で、オークスの勝者は『"The oaks" made her throne("オークス(樫の木)"によって、彼女の玉座は作られた)』なんて華やかに呼ばれることがある。

 

ティアラ路線は煌びやかな世界。それに間違いはないのだが、そこで行われるのは日本ダービーと同じく頂点を決める戦い。

 

ただ1つの玉座をめぐり、ウマ娘は美しくも苛烈に戦うのが実情だ。

 

パドックでの紹介が終わり、オークスに出走するウマ娘たちがゲート前に集まる。

 

その中にいたウェイヴィジュエルの中に1人のウマ娘がやってきた。

 

ロングヘアをお団子でまとめた茶髪に、赤いヒナゲシの花を模した髪飾りを左耳側に着けているウマ娘。

 

彼女はウェイヴィジュエルの目の前までやってくると。

 

スカートをたくし上げ、貴族みたいに恭しくウェイヴィジュエルに一礼をした。

 

ただし、ウェイヴィジュエルに向けるその目線は氷のように冷たいを通り越して憎しみすら感じさせている。

 

赤いヒナゲシの髪飾りのウマ娘とウェイヴィジュエルは、敬意や憧れなど微塵もないどころかむしろ真逆の関係性にあるようで。

 

このお上品な一例は間違いなく皮肉とか煽りの意味が込められている。

 

それに対し、ウェイヴィジュエルは同じく気品あるカーテシーを披露して"形式上の返礼"とした後。

 

「……ハッ!メイ、アンタそんなキャラだったかしら?」

 

と赤いヒナゲシの髪飾りのウマ娘ことメイを鼻で笑った。

 

スペシャルウィークやカムイアヴァランチと話すときは態度こそデカいものの一応敬意をもって敬語で話していたと言うのに。

 

このメイ相手に至ってはそれすらなくなり、傲慢さを隠しもせずに不敵に笑っている。

 

これではヒロイン本人というよりヒロインを蹴落とす悪役令嬢だ。

 

「ジュエル女王様に挨拶したんじゃないわ。後ろにいる全ての方々にご挨拶させていただいたの」

 

一方のメイもウェイヴィジュエルに対し負けず劣らずの憎まれ口をたたく。

 

桜花賞のワンツーフィニッシュをしたコンビはお互い見た目より気性が荒いらしく、不俱戴天の仇として目線に火花を散らしている。

 

「そのマスカレイドマスク、似合ってないわよ」

 

他人に社交辞令の上品なご挨拶をするんじゃなくて、私と戦うのがアンタの使命なんじゃないの?

 

そんな意味を込めてウェイヴィジュエルはメイを煽ると踵を返し、ひらひらと手を振りながらゲートへ向かっていく。

 

「そのセリフ、そっくりそのままアンタに返すわ、"ジュエル"」

 

3分後にはこの私に負けているのだからもう女王様なんて肩書きはいらないわよね?

 

そんな意味を込めてメイはウェイヴィジュエルを呼び捨てにした後、ゲートインを済ませた。

 

 

 

 

 

そんなギスギスバチバチの煽り合いをしているなどとカムイアヴァランチとスペシャルウィークは露ほども思っていない中で。

 

「スタートしました!」

 

ゲートが開いてウマ娘が飛び出した。

 

ウェイヴィジュエルは18人集団のうち、4番目か5番目あたりに位置した。

 

脚質で言えば先行ということになる。

 

「スぺを慕ってる割に走り方は真似せんのか?」

 

「それがねお姉ちゃん、ジュエルちゃんって最初は私と違って……」

 

よく見ればウェイヴィジュエルは前方後方との距離をつかず離れずうまく保ち、位置取りを細かく調整し続けている。

 

「なるほどな。あんな派手なナリとデカい態度しておいて、ずいぶんちまちまと周りを揺さぶってやがる。確かにお前にゃできん」

 

「もうお姉ちゃん!?けど、事実かも……」

 

コーナーに入り、ウェイヴィジュエルはコースの内側のポジションを取って走ろうとする。

 

が、そうは問屋が卸さないのがオークス。

 

近くにいたウマ娘がインコースを塞ぎにかかった。

 

他の出走ウマ娘は桜花賞でウェイヴィジュエルに煮え湯を飲まされているのだ、対策くらいしていて当然だ。

 

……しかし、ウェイヴィジュエルはあっさりとインコースの前を譲ってポジションを下げた。

 

まさかあの1番人気、桜花賞ウマ娘のウェイヴィジュエルがこうもあっさり前を譲るなど思っていなかったライバルたち。

 

対策としてインコースを塞ぎにかかろうとしたライバルたちがひしめき合い、不必要な横移動をした挙句自分たちが団子状態になる事態に陥ってしまう。

 

一方ウェイヴィジュエルは団子状態になった集団を風よけ、スリップストリームにして悠々と場をコントロールしている。

 

「あいつ、随分駆け引きも上手いな……」

 

「ジュエルちゃん、『序盤は賢くりんきおうへん?に立ち回ってそうたいてきあどばんてーじ?を可能な限り取るべきです!』って東京レース場のデータとかすごい集めて研究してたんだよ!」

 

「……スぺは本当にあの花頭の姉貴分なのか?逆じゃないのか?」

 

カムイアヴァランチの刺さる一言にぐぬぬと唸るスペシャルウィークだったが、カムイアヴァランチ本人もまた意外に感じていた。

 

カムイアヴァランチも頭が悪いわけではないのだが、ああもあの花頭がデータや理論に基づいた頭脳プレイをしかけるとは思いもしなかった。

 

願わくば話し方やファッションもデータや理論に基づいていただきたいものである。

 

 

 

 

 

最終コーナーが近づくにつれて各ウマ娘がラストスパートの姿勢に入る。

 

「オークスはこの私のもの!絶対、誰にも渡さないわ!」

 

「特にジュエル!!アンタだけにはね!!」

 

この時点で3番手にいたメイがじりじりと先頭との距離を詰め始める。

 

つまり、ウェイヴィジュエルを押さえつけている時間は終わりだ。

 

メイだけに限らない。後は全員自分の走りに専念し、持てる全力を出すまで。

 

……と言えば聞こえはいいのだが。

 

自分の走りに全神経を集中させ、"ウェイヴィジュエルからマークを外す"。

 

その判断は、自分らしい走りができないことなんかよりもよっぽど致命傷だ。

 

 

 

 

 

「--キラキラ輝くのはこの私です!」

 

「さあ、考えるのはやめて!"気合で走り切ってやりましょう"!!」

 

 

 

 

 

「隙間を割って入ったのはウェイヴィジュエル!先頭に立った!」

 

実況の声を皮切りに観客の声が大きくなる。

 

他の出走ウマ娘が意識を自分に向け、コーナーを曲がるときにバラけたその隙間を突いて、一気にウェイヴィジュエルが加速した。

 

カムイアヴァランチには、このウェイヴィジュエルの走りを見てざわりと心が揺れた気がした。

 

"急にレーススタイルが切り替わった"のだ。

 

まるで人格そのものが変わってしまったみたいに。

 

今まではあんなジャラジャラした飾りまみれのくせに、知識とデータを基に展開を理論立て、小細工と心理戦と駆け引きを使い、賢くレースをコントロールしていた。

 

だが、今のウェイヴィジュエルは殺気のこもった目で歯を食いしばり、意地と根性でがむしゃらとしか例えようのないラストスパートをかけている。

 

そこに賢さなど微塵も感じられない。

 

あの気合の入りよう、ど根性なら誰にも負けぬカムイアヴァランチやスペシャルウィークと比べても見劣りしないほどだ。

 

「そうだよお姉ちゃん。ジュエルちゃんって"序盤は"私と違って賢くレースするの。レースは準備が大事なんです!って。けど、"終盤は"別。」

 

「ジュエルちゃん曰くね、『どれだけ準備しても対策してもうまくいかないことなんてよくあります。その時何よりも必要になるのは、"気合と根性"だって。』」

 

序盤は賢く、最後は根性。

 

イメージ的には完全に相反しそうな2つのスタイルを両方モノにし、レース中に一気に切り替えて対戦相手を翻弄する。

 

それが、他の誰にも真似できないであろう、ウェイヴィジュエルのレーススタイルだ。

 

「ウェイヴィジュエル先頭のまま差を広げる!圧倒的!坂道など全く苦にもしない!」

 

傍から見ればウェイヴィジュエルと後続の差が一気広がって終盤の坂道に突入したため、実況は東京レース場の急坂ですらも全く障害にもならないと錯覚したが。

 

よく見てみると、坂道では突き放す速度が鈍化して差を縮められそうになっているのがカムイアヴァランチには分かった。

 

どうやらパワーに関しては力強い足腰と言えるほどではないらしく、トップスピードも先行ということを加味してももっと速い奴はいる。

 

だから、最初から中盤まで駆け引きを使って温存して。早めにスパートをかけて。最高速で苦手な坂に突入してガッツで突っ切る。

 

最初から最後までプラン通り策略通り。

 

今日のオークスに出走した残り17人は全員、"ウェイヴィジュエルの手のひらの上で踊らされていた"。

 

ただし、とてもそうとは思えない必死そうな表情で。

 

ついに自分の影すら踏ませることなく、ウェイヴィジュエルゴール板を突っ切った。

 

「ウェイヴィジュエル1着でゴールインです!確かな実力を証明する3バ身の差!ダブルティアラ達成です!」

 

「すごいジュエルちゃん!ダブルティアラだって!2冠だー!」

 

湧きたつ周囲と一緒にスペシャルウィークが喜んで腕を振り上げた。

 

「やったじゃないか、ウェイヴィジュエル!姉貴分として誇らしいぞ!」

 

カムイアヴァランチも拍手の後、笑って右手を上げた。

 

文句のつけようがないオークスでの勝利なら、スペシャルウィークとカムイアヴァランチに憧れる殊勝な妹分として認めないわけにはいかないだろう。

 

ウェイヴィジュエルは観客席に振り向くと、空高く人差し指を掲げた。

 

それに観客席にいた多くの人数、おそらくコアなファンがウェイヴィジュエルと合わせるように人差し指を掲げると。

 

ウェイヴィジュエルはガッツポーズを決めてそれに応えた。

 

「見てくれましたか!やりましたよ皆さん!」

 

「ウェイビーが1着!ウェイビーが最強です!」

 

割れんばかりの歓声が東京レース場に響き渡る。

 

その宣言に異を唱えられるものは、万を超える人の中にも誰1人いなかったことだろう。

 

 

 

 

 

それから数日後。

 

カムイアヴァランチは自分の進路調査票に名門医科大学の名前を記入した。

 

ふと頭をよぎったのは、小さいころに病で亡くなった幼馴染の白毛の友人のことだった。

 

病弱だった友人はウマ娘にとって走るというスタートラインに立つことすらなくこの世を去った。

 

当時は見舞う以外に何もしてやれることがなかった。

 

それはカムイアヴァランチにとって一生の後悔として引きずることになるだろう。

 

だから、そんな辛い思いをするウマ娘を1人でも減らしたい。

 

怪我や体質で悩み、諦めかけているウマ娘を自分の手で救いたいという決意を固めた。

 

「妹分のジュエルが頑張っているんだ。姉貴分である私がしゃんとして立派にならんでどうする」

 

きっとその道は今までとは比べ物にならないくらい困難なものに違いない。

 

きっと意地の悪い大人たちは決意を固めたカムイアヴァランチにこう言うだろう。

 

「カムイが医者だと?あんなガキ大将だったお前なんかにはどうせ無理だ」

 

そうしたらこう言い返してやるとしよう。

 

 

 

 

 

「ならばお前は、ダブルティアラの女王様の御前でも『お前なんかにはどうせ無理だ』と宣えるのか?」

 

と。

 

 

 

 

 

さて、オークスをめぐるドタバタ劇はこれにてめでたしめでたし。

 

と言いたいところだが、それはカムイアヴァランチ視点での話。

 

 

 

 

 

実はウェイヴィジュエルを周囲はまさにトリプルティアラ目前と称える中で。

 

……噂を聞き付けたトリプルティアラウマ娘のメジロラモーヌはウェイヴィジュエルをこう評したという。

 

「あの子はまるで、イミテーション・クイーンね」

 

ウェイヴィジュエルは、レースに自らが持てる情熱の全てを捧げていない。

 

何かもっと別のことを第1に考えてレースに臨んでいるのではないだろうか。

 

だから、ウェイヴィジュエルが手にした勝利、栄光はイミテーション・クイーン(ニセモノの女王様)なのだ。

 

 

 

 

 

ではウェイヴィジュエルは何を第1に考えてレースに臨んでいるのだろうか?

 

……噂を聞き付けたトリプルティアラウマ娘のスティルインラブはウェイヴィジュエルをこう評したという。

 

「良くも悪くも、彼女は宝石のよう」

 

――宝石とは、品質の良いものはとてつもない値段がつく一方で。

 

誰にもその価値を認められなかったのなら、あるいは誰にもその価値を知ってもらえなかったのならば、石ころと何ら変わりがない。

 

だから、ウェイヴィジュエルは自分の価値を高めたいのではないだろうか。

 

自分は石ころなどではなく、価値ある宝石なのだと。

 

だから、彼女は、キラキラした、明るく笑顔の"マスカレイドマスク"を被っているのではないだろうか?

 

あんなに器用に立ち回れる彼女なのだ。

 

スペシャルウィークも、カムイアヴァランチも。

 

果ては日本中を騙し踊ることくらいは造作もないのかもしれない。

 

 

 

 

 

ならば、彼女の素顔は?

 

ウェイヴィジュエルとは、本当に"ティアラの常勝街道を突き進む、物語のヒロイン"なのだろうか?

 

……その答えは、こんな1レースの短編では出ない。




ここまで読んでいただきありがとうございました!
この話はskebで書いていただいたものを自分流に書き直し、許可を頂いて掲載したものになります。

もしウェイヴィジュエルについて気になった!という方がいましたら感無量です!
好評であればこの話の長編を書くかも…?

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