死んだら結婚しようね。   作:いまり。

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「葬儀屋」と「火車」前編

火車。

葬式や墓場から死体を奪う妖怪。

その姿は鬼として描かれる事もあれば、牛頭牛頭の妖怪、時には猫ともされることがあった。

 

 

「葬儀屋」と「火車」

 

人は仕事を通して色々なものに触れる。

その中でも、仕事へのやりがいに繋がるものの1つが他者の感情だと俺は思う。

お客さんが喜んでくれるから、時に怒られ奮起するから、非日常のものとして楽しんでくれるから。

それら1つ1つが、自分の仕事の成果だと。

金には換えられない報酬なんだと思う。

 

じゃあ、哀しみにばかり触れている自分は何なのだろう。

 

目の前にあるのは小さな祭壇。

そこにポツリと飾られている男性の遺影を見て、そんなことを考えてしまった。

 

別に今の仕事が嫌いなわけでは無い。

ただ男性が自分とそう変わらない年頃だからか、

そう思ったのかもしれない。

 

答えのない思考から抜け出させるように、

遠くから搬入用の出入り口が開く音が聞こえた。

それを合図に自分も部屋の扉を開ける。

 

「おう、もう居ったんか」

 

「ええ、念の為に部屋の確認をしたくて」

 

棺桶を乗せたストレッチャーが部屋に入ってくる。それを押す叔父が感心したに顔を綻ばせた。

 

「そうか。最近はえらい物騒やし、用心した方がええ」

 

「はい。今日はこのまま部屋で待機したいと思います」

 

私がそう言うと、そうかと伯父が頷いた。

 

「仏さん盗むなんて罰当たりなするなんて、何を考えてるんやろ」

 

叔父は心底理解し難いといった様子で、溜息をつく。その手は白い光沢を放つ布張棺を労わるように撫でていた。

 

伯父が言う仏さんを盗むというのはここ最近、ここらで話題になっている事件の事だった。病院や葬儀場で既に何人も被害に遭っており、ご遺体も帰ってきていないとか。

 

ウチでは未だ被害は出ていないが、事件が増える中でこうして今夜の自分のように交代で警備要員を付けるようにしていた。

 

「今朝、警察の方が来られましたが、犯人の手がかりは未だ見つかっていないそうです。設置した防犯カメラも壊れていて何も分からないとか」

 

「それやったら、何のための防犯カメラなんか分からんなぁ。‥‥ほんとに人の仕業なんか」

 

「‥‥幽霊とかそういう類の話ですか?」

 

叔父がそういった類の話をするのは珍しいことだった。自分に気を遣っていただけかもしれないが。

 

「哲に言うのもアレやけど、この仕事してるとな色々な事がある。怪談に出てくるような恐ろしいもんやないやないけど、どう考えても人とは違う何か不思議なものの事がな」

 

「今回の事件もそうなんでしょうか?」

 

「それは分からんけど、昔爺さんに聞いた火車の話を思い出したんや」

 

火車‥。

それを聞いて自分も、昔祖父から聞いた話を思い出した。なんでも、寝ずの番を怠ると火車と呼ばれる妖怪がご遺体をあの世に連れて去ってしまうとか。

 

代々、葬儀屋を営んでいるウチならではのご遺体を丁重に弔えという意味を込めた教えだと思っていた。

 

考え込んでいると伯父が気遣わしげな目でこちらを見ていた。

 

「哲、すまんな変なこと言うて。あとは任せてもええか?」

 

申し訳なさそうにする叔父に頷き返す。

そうすると叔父は時間になったら交代に来ると言って事務所の方へと戻っていた。

 

◇◇

 

異変に気づいたのは深夜2時を回った頃だった。

 

悼むような静寂の中でキーボードの叩く音だけが

部屋に響く。

 

システムを導入したおかげで、これまで個々のエクセルに頼っていた従業員の労務管理もこうしてネット環境さえあればどこでもできる。

 

ご遺体の前で別の仕事をする事に申し訳なさもあったが、昨今の人手不足では如何ともし難い。

せめてもの償いのように線香を絶やさないようにしていた。

 

この時間ならそろそろ交代に叔父が来ても良い筈だが。画面の端を見れば既に時刻は2時を回って

‥。

 

何だこれ。

 

画面の端から徐々に滲み出るように赤が広がる。その速度は増していき、画面全体が染められた瞬間バツンという音と共に画面と部屋の照明が消えた。

 

頼りのない燭台の灯りだけが周囲を照らす。

 

叔父が言っていたように、この仕事をしていれば不思議な事が時折起きる。自分の体質のことも踏まえれば、別に珍しいことでもない。

 

たがこれは‥‥。

 

電球の筈の燭台の灯りが揺らめく。

線香の匂いに混じり生臭い‥獣のような臭い漂い始めた。

 

‥‥おとこ‥若い‥‥。

 

水面から顔を出すように地面から現れたそれは、選別するようにそう発する。

 

息をするのも躊躇う程の緊迫感。

並大抵のことでは動じない自信があった自分も、

背中に冷たいものが走る。

 

電球色に照らされた赤黒い巨大な腕。

人1人などように掴むような異形のそれは、点字をなぞり読むように、棺桶を撫でる。

 

何度も。何度も、何度も。

 

その度に綺麗な光沢の布に無惨に裂かれ、散らばる。味わうように繰り返し満足したそれは、物でも掴むように無造作に棺桶を持ち上げ、地面へと飲み込んでいく。

 

その時になってやっと、その腕が遺体を盗んでいる犯人だと気づいた。

 

気づいたからといって何ができるわけじゃない。

見るからに自分なんかでは手に負えない存在に脚がすくむ。

 

でも‥‥。

 

以前、行方不明になった方の葬式を執り行った事があった。

あの時のことを思い出せ。

遺族の方の行き場のない哀しみに疲れ、空虚な別れを迎えるあの顔。

何も納められていない棺桶の軽さ。

 

あの時に葬儀が故人だけでなく、遺族の方のためのものだと理解した。

 

もし、目の前の化物に遺体が盗まれたら、

残された人はどこに哀しみはどこにいく。

 

哀しみにしか寄り添えない自分がそれすらも守れないでどうする。

 

脚の震えは止まっていた。

気づけば、無鉄槌にただその腕に飛び込んでいた。

 

羽虫が止まった程の興味もなく。

異形の腕は棺桶のオマケのように私を地面へと連れていく。

 

視界は闇に染まっていった。

 

◇◇

 

小さな頃から変なものを見えた。

恐らく、幽霊とか妖怪と呼ばれる類のもの。

それが当然誰もが見えるものだと思っていたが、

周囲の反応から違うというのを小学生の頃には自ずと理解した。

 

幸いなことに生来自分は感情の起伏に乏しく、滅多なことでは取り乱さない。それが幸を奏し何事も無いように過ごせていた。

 

故に両親や叔父はそんな私の体質のことを知っていても、自分が家業である葬儀屋を手伝うと言った時も特に何も言わなかった。

 

それが、まさかこんな事になるとは。

 

 

空が血のように熟した朱に染まっていた。

沈みそうで沈まない不自然に欠けた太陽が鎮座していた。

 

砂利の上に寝転んでいた体を起こし、顔についていた砂を払う。近くに腕の姿はない。そして棺桶も。

 

立ち上がり辺りを見渡せばどこかの会社の敷地にいるようで、少し離れた場所に大きな建物がいくつも連なっているのが見えた。

 

近くまで歩いてみれば、その構造から何かの工場のように見える。だが人の気配は無く、建物にはひび割れが目立つ。よく見れば窓ガラスの大半が割れている荒廃具合からここが廃墟なのだと察した。

 

あの世というものがあればこういうところのことを指すのかもしれない。

雲の上の綿菓子のような世界や

酒の湧く泉や天女達の姿が死後の世界にあるとは期待してはいなかったが、これはこれで夢がない。

 

明らかな異常事態に恐ろしさが無いわけではないが、それよりもどこと無く哀愁が漂う場所に気分が落ち着く。

夕暮れがそう思わせるのか、遠い昔に来た事があるような‥‥そんな既視感に襲われる。

 

何はともあれ‥ご遺体だな。

 

ご遺体を遺族のもとに帰す。

そんな職務的義務感もそうだが、もはや帰る術すら思いつかない以上、自分にできることはご遺体を探す事くらいだろう。

 

自分でも如何と思うほどの切り替えの早さに内心苦笑する。

 

まずは手始めに近いところから。

そう目をつけたのは、工場とは別の事務棟に見える建物だった。

 

事務棟の出入り口は都合の良い事に扉などは無く、好きに出入りができた。

入ってすぐ横に受付部屋らしきものもあったが、

強盗にでもあったかのように荒らされ手がかりと言えるものは何もない。

 

そのまま、廊下を進み途中ある部屋を見て回る。

受付もそうだったが全体的に過去の面影を微かに残す程度で、軒並み荒らされた廃墟と変わらない。

 

古い釘やガラスで怪我でもすれば破傷風になりそうだと別の恐ろしさあった。

 

コツコツと革靴の音を反響させながら、階段を登る。踊り場に着いた時後ろから真似るような足音が聞こえてきた。

 

反射的に振り向くと、江戸時代の大飢饉の絵巻に出てくる餓鬼とでも言えば伝わるかもしれないそんな化物が立っていた。

 

歪な頭の形に、手足は小枝のように細い。

その癖、腹だけは妊婦のように膨れていた。

 

餓鬼はこちらを見上げニタリと笑みを浮かべる。

ヨタヨタと以上に発達した頭を左右に振りながらこちらへと向かってきた。

 

「止まりなさい。それ以上こっちにくるならそれ相応の対処をします」

 

自分でも化物相手に何を言っているのかと思いたくなるが、彼らの縄張りに踏み込んだのは自分とも言える。出来るだけ穏便に済ませられるのであればそれに越したことは無い。

 

しかし、そんな忠告に化物が耳を貸す事などある筈もなく。舌なめずりをしながら階段を登ってくる。

 

うまそう‥‥おまえ‥‥いいにおい。

 

 

はぁ。

子供の頃から幾度と無く聞いた化物からの品評に溜息を吐く。そして胸ポケットにあった万年筆を握り、化物の顔目掛け投擲した。

 

宙をまっすぐに進む万年筆は餓鬼の顔へと吸い込まれるように向かう。

煩わしそうに手を振るってそれを弾く餓鬼。

 

緩慢な足取りとは違い、俊敏な動きだったが、注意は引けた。

 

私は投げつけると同時に踊り場からそのまま走り出していた。まるで小学生の頃のように、階段を全て飛ばすような跳躍。

高さと速さ、その二つを大人気なく発揮した私の蹴りは餓鬼の体を押し倒し、踏み潰した。

 

あっあっ、あっ。

 

床に打ち付けられた鎚の様な餓鬼の頭は潰れ、頸椎は折れ曲がっていた。蚊蜻蛉のような手足がジタバタと虫の様に喚く。

 

でも、これくらいでこいつらが死なないことはこれまでの経験から知っている。

 

「誰が美味そうだって?」

 

覗き込んだ餓鬼の眼には恐怖の色が浮かんでいた。

 

「棺桶は?ご遺体はどこにやった?」

 

‥くっ‥‥‥た‥。

 

そうか。

 

私は尻ポケットにあったハンカチを餓鬼の口に突っ込む。そして足に纏わりつく手を小枝を折るように踏み締めた。ぼきりという踏み砕く音を四つ奏で、改めてその眼を覗き込む。

 

「ご遺体は?」

 

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