すいません、『エクスタスの裏ワザ』を解禁します。 作:原作改編
セリューが倒れた直後、援軍の警笛が鳴り響く。
ようやくと言って良いだろう。マインが先制攻撃を行ってから約5分ほど時間が経っていたのだから遅すぎるくらいだった。異変に気付いた帝都警備隊がわらわらと夜の帝都からわいてくる。
マシンガンを乱射する音が、近づいてくる。
もう包囲されるのは時間の問題だった。
シェーレとマインは雑木林を突っ切る。まだ完全に囲まれたわけじゃない、帝国の包囲網が完成する前に巻く必要があった。交戦できない状態まで追い詰められたふたりは足で逃げるしかない。
「シェーレ! さっさと逃げるわよ」
「ま、待ってくださいマイン」
「アンタ、もたもたしてたら置いてくんだからね!」
「す、すいま――――あう!」
シェーレは転んだ。剥き出しになった木の根っこに足を取られて、顔から地面にぶつかってしまう。
あまりの痛そうな転び方に、思わずマインは手を貸すのだった。
「あーんもう、なにドジ踏んでんのよ!」
「私が、踏んだのは、木の根です」
「こんな時に天然ボケかまさなくていいから!」
「私は天然じゃありません……おっちょこちょいなだけ、です」
「どっちでもいいわよもう! ほら、手、さっさと立ちなさい」
「すいませ―――え?」
シェーレの手に力が入らない。自分の足で立ち上がろうとするけれど、生まれたての小鹿のようにふらふらと起き上がるが、すぐにへたれこんでしまった。シェーレ自身初体験でありながら、ついに来たかと思う。
―ーーあぁ、なるほど、これが『限界』ですか。
エクスタスの裏ワザの反動が来た。限界を自ら切断したシェーレの肉体的負荷は修復不能の領域に達していたのだ。さっきの弾丸を打ち返した時点で限界値いっぱいだった。
もう、シェーレの足は走ることを拒否していた。
「な、なにやってんのよ。さぁ立って、立ち上がって! 逃げるのよ!」
「……すいません、ちょっとだけ、先に行っててもらえますか? すこし休んだらすぐ追いかけますから……」
「イヤよ! 絶対イヤ!」
「え!? マイン!? なにを……!?」
マインはシェーレを担ぐ。左肩にシェーレの身体を担ぎ上げ、右ひじにエクスタスを引っかけた。エクスタスは使い手ではないマインが触れただけで、彼女の肘に鋭く焼けるような痛みが走る。そして最後にパンプキンを右肩に背負った。
マインは、シェーレを持ち上げながらゆっくりと走り出す。
はや歩きようなスピードになっても、マインは捨てきれなかった。帝具と仲間を斬ることができなかった。
「……マイン、私、重たくないですか?」
「いまアンタの重さを再確認してるとこよっ!」
「もう置いてってください。さっき『もたもたしてると置いてく』って言ってたじゃないですか」
「いいから黙ってなさいよもうっ! ホントにお荷物シェーレは重たいうえにうるさいわっ!」
「うぅ、すいませんすいません」
どう見ても、小柄なマインには無理があった。膝はがくがく笑っており、セリューから受けた左腕の負傷から血が溢れてくる。それをシェーレにさとられないよう、いつもの声色で誤魔化していた。
全部、シェーレにはお見通しだった。
「マイン、いいアイディアがあります」
「――却下っ~!」
「そ、即答ですか!?」
「どうせ、アンタを囮にして逃げろって言いたいんでしょ? 却下よ却下っ、ピンチに強いアタシが真っ先に逃げてどうすんのよ!」
「……やっぱりお見通しだったんですね」
「それはっ、お互い様でしょ~がっ!」
マインは滝のような汗を流しながら答える。
追い詰められた状況でもふたりとも、自分たちのことをよくわかっていた。そして、このままでは逃げられないこともよくよく承知していた。それを理解していながらも、シェーレを捨てることができない。
シェーレは、もう一度マインに囁きかける。
「……マイン、私はあなたの事が大好きです」
「黙ってて! 気が散るわ!」
「……絶対に死なせたくない、大切な仲間なんです」
「知らないわよそんなこと!」
「あと一回だけなら、エクスタスの奥の手、使えそうなんです。ですからお願いします。私を置いてってください。最期くらい、足手まといにはなりたくないんです」
「それ以上喋ると、アンタのメガネかち割るわよ!」
「マイン!」
シェーレは謝らなかった。
「後生ですから、私の言う事を聞いてください」
一生のお願い、まさにいまこの局面に相応しい言葉だった。逃げそこなえば、遅かれ早かれ殺されてしまう。シェーレは決して謝ることなく、真剣な口調でマインにお願いするのだった。
マインは、歯ぎしりする。
シェーレに見られないように、涙を流していた。
「わかんない!? アタシも、アンタと、一緒なのよ!」
「……え?」
「アンタにも、生きてほしいのよ! 足手まといのアンタがいなくなったら、だれが、アタシをピンチに追い込んでくれんのよ! だれがこんな、協調性のないアタシとコンビ組んでくれんのよ! アンタにしかできないんだからね!」
「……マイン」
シェーレは、気づいた。マインも自分と同じなのだ。自分のせいで仲間を失うのが怖いのだ。殺し屋失格と罵られても、逃げられないと合理的判断ができたとしても斬り捨てられない。
「見てなさいよ! 大丈夫! ピンチがアタシを強くする! アタシのパンプキンはピンチになればなるほど火力が上がってくのよ! こんな絶好のピンチを逃すわけないんだから!」
まるで、自分に言い聞かせるようにマインは言う。
そして、シェーレとエクスタスを木の影に隠す。もう逃げられないと判断したマインはここで迎撃するつもりだった。浪漫砲台パンプキンの銃口を『連射型』に取り換えて、精神を集中させる。
「いたぞ、こっちだ!」
帝都警備隊員が、声をあげる。彼の声を合図にぞろぞろと、仲間が次々と湧いてきた。
「パンプキンを舐めんじゃないわよぉおおおおお―――っ!」
精神エネルギー弾を連射する。かつてないほどまで火力が高まった散弾は、前方の敵に向かって放たれる。しかし、左腕を痛めているマインには反動に耐えられるわけもなく、撃つと銃口が空へと跳ね上がった。弾の反動でまっすぐ飛んでいかないのだ。
「こいつら弱ってるぞ! 生け捕りにしろ!」
帝都警備隊の男たちが、一斉に襲いかかる。
マインの狙撃は威嚇にしかならない。しかもピンチが近づくたびに反動はさらに増していく。もう、限界。それでも、それでもマインは、引くわけにはいかなかった。
「シェーレは、アタシが守るんだからァ――!」
すると、帝国兵たちの動きがピタリと止まる。
ザクン、と肉が斬れる音がする。
マイン達の背後、木の真後ろに迫っていた帝国兵がドサッと倒れた。シェーレではない何者かが死角から迫る敵を排除したのだった。音もなく現れたのは、かつて帝国にこのひとありと呼ばれた一流の殺し屋である。
ナイトレイドのアカメが、ひょっこりと顔を出した。黒髪赤目の少女、手には日本刀型帝具『村雨』、マインと歳も近い彼女は、息を切らせて走ってきたのだ。
「マイン! シェーレ! 無事かっ!」
「……アカメ、なんでアンタが」
「助けに来たに決まってるだろう、仲間だからな」
当たり前であるかのように、アカメは答える。
そして、駆けつけたのは彼女だけじゃない。
「そう、仲間の危機に駆けつけるのはアカメちゃんだけじゃないぜ! ナイトレイド一のトリックスターここにあり! 困った時の何でも屋、ここに参上!」
糸の帝具で木の枝からクモのように降りて来たのはラバックだ。
もう残りの帝都警備隊を始末した後なのだろう返り血を浴びた彼は、目の前にいる帝国兵に姿を見せることに抵抗がない。さらに逃げられぬよう雑木林の木々に無数の糸を張り巡らせているのは容易に想像できた。
「ラバ、遅すぎんのよバカ!」
「主役は遅れて登場するもんっしょ。ねぇそれよりこの登場の仕方どう? えへへ褒めて褒めて」
「調子のんな、指折れろ」
「生々しい表現やめて!」
帝国兵が、マシンガンを取り出す。
そして、アカメたち目がけて一斉に撃ち始めた。シェーレを守るためにマインがパンプキンに力を入れる。けれど、アカメは抜刀することもなく片手でマインを静止した。
ここはもう安全圏なのだとわかっていたからだ。
アカメの目の前で、銃弾が弾ける。それはアカメの前に見えない壁があるようだった。
「ふぅ、どうやら間に合ったようだな」
声とともに、インクルシオを装着したブラートが姿を現した。
透明化の奥の手を使ってひそかにアカメたちを守ったのだ。
「……ちょっとなんなのよ、大集合じゃない」
「ラバから緊急連絡が入ってな。手の空いてるナイトレイド全員集合ってことだ。シェーレとマイン、ふたりともよく頑張ったな」
「まったくもう、まったくまったくよ」
「さァみんな仕事だぜ。オレはふたりをアジトまで運ぶから、アカメ達はあいつらの口封じ頼めるか?」
アカメは黙ってうなずく。ラバも『了解』と一言の後、不敵に笑った。
マシンガンを装備してる帝国兵たちに、帝具『村雨』を抜刀した。
「このコンビって何気に珍しくない? さぁ良いとこ見せるぜアカメちゃん!」
「……帝具使いがいないなら、私ひとりで充分だ―――」
「え、いや、手伝うって! おれのカッコいいとこみたいでしょ?」
「……行ってくる」
「まさかのシカト!? 無視されるのが一番傷つくんだよアカメちゃーん」
帝国兵に突進するアカメの背中をラバックが追う。
目の前が血の海になるよりはやく、エクスタスを肘に引っかけたブラートはシェーレをお姫様だっこした。インクルシオのマントでシェーレの傷ついた身体を覆い隠して慎重に運ぶ。
帝国兵の悲鳴が聞こえるころには、マイン達は離脱するために走り出していた。
「エクスタスの裏ワザか、反動でこうも酷くなるのか」
「そうよ、大変だったんだからね」
「ん? なんだマイン。よかったら乗ってくか? おれが肩が空いてるぜ」
「……結構よ」
「恥ずかしがらなくていいんだぜ」
「そんな心配してないわよ! だいたいあんたほど女を安心して運ばせられる男もいないじゃない!」
「なんだそれ、どういう意味だ?」
「いい仕事をするゲイだなって褒めたのよ」
「はは、おいおい、誤解されちまうだろ?」
「でも事実でしょ?」
ブラートは答えなかった。
「あの、ひとついいですか?」
お姫様抱っこされているシェーレが初めて、口を開いた。
「ブラートにマイン、それにアカメ、ラバック、みんな、ありがとうございます」
ありったけの感謝を込めた言葉だった。
ブラートは男らしく『いいってことよ』と一言だけいった。
「シェーレ」
「……はい?」
「もしエクスタスが使えなくなっても、役立たずになった、なんて思うんじゃないわよ、アタシがコンビでいてあげるんだから、感謝しなさいよね!」
「……はい」
シェーレは心の底から安堵する。エクスタスが使えなくなって、また役立たずに戻ったとしても、マインはコンビと呼んでくれる。これほど嬉しいことはなかった。
――ナイトレイド、私の居場所。
――ただいま、帰りました。
気絶したシェーレの顔は、嬉しそうに微笑んでいた。
お疲れ様でした。