ポケット魔王城の料理人 ―ルカの旅を支える義兄―   作:アミール

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ようこそ、しろつばさ屋へ

 ここはイリアスベルク。

 

 まだ朝靄の残る夜明けの街にぽつんと現れる屋台の店。

 小さな担ぎ屋台の横には、レンガを敷き並べて作られた焚き火。鉄の大鍋から立ちのぼる蒸気が、朝の冷たい空気を割るように広がり溶けてゆく。

 この屋台の主である緑髪の青年が作る香ばしいスープ、その匂いは遠くまで漂い、気づけば誰もが足を止めてしまう。

 

 それがこの屋台──『しろつばさ屋』だ。

 

 鍋の中では野菜が泳ぎ、メインの鳥肉と香草の香りが立ちのぼる。 立ち込める湯気が通りすがりの犬娘の鼻をくすぐり、彼女は思わず目を輝かせた。

 

「わふ……このスープあたしでも食べられそう……」

 

 青年は少女が鼻をひくひくさせながら屋台の前で立ち止まるのを見て、少しだけ口元を緩めた。木の杓子で鍋をゆっくりとかき混ぜながら、穏やかな声で言う。

 

「いらっしゃい犬娘のお嬢ちゃん、美味しい出来たてのスープだよ。今日はキャベツ鶏肉とハーブスープ……よかったら一杯どうだ?」

 

 少女の耳がぴくりと立つ。少女の顔はぱっと花が咲いたように明るくなり、紫色の尻尾が思わずぶんぶんと揺れた。

 

「ほんと!? いい匂い……!」

 

 嬉しそうに一歩近づいた犬娘は、はっとしたように動きを止める。

 慌てて腰の小さな袋を手に取り、中を覗き込んだ。すると少女の紫色の尻尾が、悲しそうに垂れていた。

 

「くーん……いまお金そんなに持ってない……」

 

 少女は袋の中を覗き込み、かちゃかちゃと30ゴールド分の硬貨を鳴らした。

 

 青年は今にも泣きそうな顔をしている少女を見ると、少しだけ困ったように笑う。

 

「朝の一杯はサービスで10ゴールドでいいさ。寒いだろう?」

 

 青年はそう言いながら目の前の小さなお客様にスープを木椀へよそい、木製のスプーンと共に少女に差し出した。 琥珀色のスープの中に柔らかく煮えた鳥肉とキャベツが浮かぶ。 香草の香りがふわりと湯気と共に広がった。

 少女の犬耳が、ぴんと立つ。

 

「わふっ! いいの!?」

 

「おぅ! まぁそのかわり、うちの店宣伝してくれよ? 後サービスの事は内緒な?」

 

「わかった!」

 

 少女は嬉しそうに両手で木椀を受け取ると、スープから立ち上る湯気に鼻を近づけた。

 

「わふ……いいにおい……」

 

 ふうふうと息を吹きかけ、ひとくち……

 

「……おいしい!!」

 

 少女の顔がぱっと明るくなり、ふさふさの犬耳がぴんと立つ。 紫色の尻尾が椅子の後ろでぶんぶんと嬉しそうに揺れていた。

 

「キャベツあまい! お肉やわらかい!」

 

 口のまわりに少しだけスープをつけたまま、少女は夢中で木椀を抱えて食べ続ける。

 見た目は十歳前後だろうか。紫色の犬耳とふさふさの尻尾を揺らしながら、小柄な少女は薄い桃色のワンピースの体をぴょこぴょこと揺らし、夢中で木椀のスープを飲んでいた。

 

 夢中でスープを飲む少女を見て、青年は照れくさそうに頬をかいた。

 

 屋台の向こうに立つ青年は、日に焼けた腕をまくり上げ、簡素な前掛けをつけている。

 鍋仕事に慣れた手つきと、どこか人のよさそうな顔つきの、まだ若い料理人だった。

 

「そんなに喜んでもらえると作ったかいがあるってもんだ」

 

 少女は最後の一滴まで飲み干し、木椀を大事そうに抱えた。 満足そうに細めた瞳が、まだほんのり湯気をまとっている。 少女は少しだけ迷うように視線を泳がせてから、おずおずと口を開いた。

 

「また来てもいい? 今度はもっとお金とお友達を連れてくるから……」

 

 青年は鍋をかき混ぜながら、くすっと笑う。

 

「もちろんだ。一人でも、友達とでもいい。また腹を空かせて来い」

 

 その言葉を聞いた瞬間、犬娘の耳がぴんと立った。

 

「わふ! 約束!」

 犬娘は何度も振り返りながら、朝靄の通りを駆けていった。 嬉しそうに尻尾を振る犬娘を横目に青年は前掛けの端で額の汗を拭き、手際よく鍋の中に刻んだ食材を追加で加えていく。

 長い木杓子で鍋をゆっくりとかき混ぜると、キャベツと鶏肉、ハーブの香りがふわりと屋台の周りに広がった。

 大鍋から立ちのぼる湯気を眺めながら、青年はふと小さく息をついた。

 

 ──────────────────────────

 

 ふう……今日は1455年3月1日。 この世界に転生してから、もう23年になるな……

 すっかりこっちの生活にも慣れた。 生まれ変わった俺の姿は、前世ではあり得ない緑髪で、顔もまったく違う。

 気づけば赤ん坊の体で森の中に転がっていた。 あの時目を覚ましたときは本気で夢かと思ったっけ……けどまあ、あの人達に保護された時は運がよかった。

 

 マルケルスさんとルシフィナさん……

 

 混乱している赤ん坊の俺を保護して、そのまま養子にしてくれた大恩人の二人だ。

 それにしても、保護されてすぐに転生者だとルシフィナさんに見抜かれたのは本当に驚いた。 まだ言葉もろくに話せない赤ん坊の頃だったのに……

 

 まぁそこから何だかんだあってまるでエロゲみたいなこの世界で普通に生活できている。 そして……後2ヶ月でルカが旅立ちの日を迎える。

 マルケルスさんを探す旅に出るために。

 

 ルカは俺の義弟だ。

 

 マルケルスさんとルシフィナさんの実の息子だ。

 

 そして俺の家族……血の繋がりなんてものはない。

 この世界にとって俺は、どこから来たのかも分からない“異物”みたいな存在だ。

 

 それでもルカは、ずっと俺のことを義兄さんと呼んでくれた。

 

 だからせめて──

 あいつが旅に出る時、困らないくらいの金くらいは稼いでやりたい。

 

 だから俺は料理修行とルカの仕送りのためにイリアス大陸最大の街、イリアスベルクに来てからもう5年。

 村長の伝で高級宿サザーランドで下積みとして雇って貰えた。

 最初は包丁なんてまともに握らせてもらえなくて、毎日手がふやけるまで鍋を洗ってた。

 早朝は市場から届く食材の仕分け、昼は皿洗い、夜は鍋磨き。

 手の皮が何度も剥けた。

 

 ……まあ、そのおかげで今こうして屋台を持ててるんだけどな。

 この屋台はサザーランドのおかみさんから譲り受けた鉄の大鍋と鍛冶屋のおやっさんから特注で打って貰った包丁……俺の宝物だ。

 

 ルシフィナさんの葬儀の日、ルカの顔を見て俺は強く思った。

 剣を選んだあの子と、俺は違う道を選んだけど、それでもできることはあるはずだと。

 

 料理の腕を磨き、この屋台で稼いだ金のいくばくかをルカに送っている。

 それが正解かどうかは、今も分からない。

 けれど──

 あいつが笑って旅に出られるなら、それでいい。

 俺の前世の記憶は、もうほとんど霞んでいる。

 

 どんな人間だったのかも、何をしていたのかも、もう思い出せない。

 

 それでも、不思議と困ることはなかった。

 

 代わりに──

 

 この世界で生きてきた時間が、ちゃんと俺の中に積み重なっている。

 

 俺の名前は、マルク。

 マルケルスさんとルシフィナさんがつけてくれた名前。

 それが、この世界で俺が生きてきた証だ。

 

 

 今の俺には、この屋台と包丁──

 そして、守りたい家族がいる。

 

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