ポケット魔王城の料理人 ―ルカの旅を支える義兄―   作:アミール

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食いしん坊ミミズ娘と屋台の一杯

「だから違うって言ってるでしょ……

 あたし、畑なんて荒らしてないわ……」

 

 昼の書き入れ時が過ぎた頃、人がまばらになった広場からやたら耳に引っかかる声が聞こえて、俺は思わず手を止めて顔を声が聞こえた方に向いた。

 人だかりの中心にいるのは衛兵と──見覚えのあるもんむすが一人。

 ぬらりと光る長い胴体。地面にとぐろを巻き、その先に人間の女の上半身の魔物。

 

 ミミズ娘、ミミー。

 

 あいつ、また捕まってやがる。

 

 周りの連中は露骨に距離を取って、顔もしかめっぱなし。

 まぁ無理もない。見た目もアレだし、実際問題──

 

「野菜泥棒、ねぇ……」

 

 衛兵の言葉を横耳で拾いながら、周囲に散らばる野菜を見て思わずため息が漏れる。

 

 ——今回も、やったか? 

 

「こいつ、前にも問題起こしてるらしいぞ」

「ほら見ろ、やっぱりな」

 

 石畳の広場はどこから湧き出したのか人や魔物達が続々と集まり、野菜泥棒の疑惑がかかった魔物へと集まっていて。

 

 ……まぁ、疑われやすい種族なのが厄介なんだけどあいつは前科持ちだと俺は知っている。

 

 実際、こいつは前に一度、野菜泥棒していた所を俺がぶっ飛ばしている。

 故郷のイリアスウィルで畑を荒らしてるって話を馴染みの衛兵から聞いて、締め上げて説教して──それで終わったはずだった。

 

 ……のに、これだ。

 

「お前の言葉が真実かどうか、我々が決めることではない

 現に被害届と目撃者の証言が一致している以上、お前を拘束する十分な根拠がある」

「だから違うって言ってるでしょ……あたし、畑なんて荒らしてないの」

「ちゃんと、貰ったの。畑にいた人から……」

 

 野次馬達の隙間からちらりとミミーの顔を見ると、落とした野菜と衛兵からの厳しい追及に、今にも崩れ落ちそうなほど肩を震わせていた。

 

 ……ったく。

 

 こんな騒ぎに首突っ込んでる場合じゃないんだが。

 

「あ~悪いおやっさん、ちょっとだけ店外す」

「おう、構わん構わん。どうせまた厄介ごとだろ?」

「まぁな」

「その代わり、あとでなんか一品サービスしろよ?」

「考えとく」

 

 馴染みのおやっさんに断りを入れて仕方なく屋台を離れ、人だかりの中へ踏み入ったが、思った以上に人が多い。

 野次馬が何重にも輪を作っていて、簡単には中が見えない。

 

 ……面倒だな。

 

 わざわざ体をねじ込むようにして、隙間を抜ける。

 文句を言う声がいくつか飛んできたが、軽く頭を下げてやり過ごす。

 そうして、ようやく中央に出る。

 

 視界が開けた瞬間、見慣れた顔と取り押さえる憲兵の姿が目に入った。

 

 …………あのアホ、また厄介事に巻き込まれてやがる。

 本当に盗んだのか、それとも本当に貰い物なのか。正直、判断がつかない。だけど、俺はミミーはやってないと思いたい。

 

 小さく息をついて落ち着き、憲兵へ声をかける。

 

「……あ~すいません」

「ん? ……君、そのミミズ娘、知り合いか?」

 

 憲兵に睨まれて、正直面倒くさい。

 でも放っておくと、たぶんもっと面倒になる。

 

「はい……まぁ、ちょっと」

 

 頭をかきながらミミーを見下ろす。

 俺の声に気づいたのか、ミミーが勢いよくこちらを振り向いた。

 

 目が合った。

 

 その瞬間、わめき声がぴたりと止まった……

 わずかな沈黙。

 縋るような視線。

 逃げ場を見つけた顔。

 

 ……嫌な予感しかしない。

 

 そう思った時には、もう遅い。

 

「マルク……!」

「た、助けて……あたし違うの!」

「お願い、助けて! 仲間でしょ……!」

「仲間?」

「……あー、もう。最悪のタイミングで最悪のセリフをぶっ込んでくれたな、お前」

 

 うわぁ……こいつなんて事を言うんだ……

 

 憲兵がじろりと俺を見てく。

 

 ……あー、これ面倒な流れだな。

 

「仲間かどうかはさておき、知り合いなら話は早い……

 こいつ、また畑を荒らしたらしくてな」

「またって言わないで……今回は、本当に違うわ!」

 

 ミミーは抗議のためか長い尻尾を地面に叩きつける。

 ……いや、やってなくてもそれはやってるやつの動きだろ。

 

「で? 何が違うんだよ」

「ちゃんと貰ったの。親切な人だったの……」

「どこで」

「……畑で」

「アウトだろそれ……」

「本当なのに……」

 

 ぶつぶつ言うミミーにため息をつきながら、彼女の持っている野菜へ視線を落とす。

 

 ……ん? 

 

 違和感が引っかかった。

 

 こいつは土付きの野菜が好物のはずだ。

 それも、腐葉土まみれのやつを嬉々として。

 

 なのに──

 

 散らばっている根菜は、妙に“きれい”だった。

 掘り起こしたばかりにしては、土が落ちすぎている。

 

 ……そこで、ようやく気づく。

 

「……収穫の仕方が違う?」

 

 ぽつりと呟いた。

 

 さらによく見る。

 

 傷の付き方も妙だ。

 大根なんて茎の根元が潰れている。

 ミミーなら地中から掘る。

 だがこれは、上から無理やり引き抜いた跡だ。

 

 ──こいつのやり方じゃない。

 

「……これ、お前がやったんじゃねぇな」

 

 そう言うとミミーはぱっと顔を上げて、わずかに目が輝いていた。

 

「……でしょ」

「まぁ無実だと確定する証拠もないけどな」

「なんで……?」

 

 そう言うとミミーは露骨に肩を落とす。

 そして周囲の視線はまだ冷たいままだ。

 

 当然だ。

 犯人じゃないにしても、現場にいて、しかも前科持ちだ。

 疑われない方がどうかしている。

 

 ……それでも、違うものは違う

 

 俺はもう一度、野菜に目を落とした。

 

 この抜き方、この選び方。

 どう見ても“畑を知らないやつ”の仕業だ。

 

 だがそのとき、人混みの外側がざわついた。

 

「こっちだ!」

「泥棒はこっちか!」

 

 ミミーを逮捕しに来た応援らしき衛兵たちが、鎧を鳴らしながら人だかりをかき分けて駆け込んでくる。

 空気が一気に変わった。

 さっきまでの“静かな締め付け”が崩れ、場が騒がしく動き出す。

 

 衛兵の手が少し強くなり、俺をどうするかじっと見ている衛兵の視線が正直きつい。

 周囲の視線も、もう完全に“決まりかけた空気”になり俺は慌てた。

 

 ──そのときだった。

 

「ねぇ……それ、煮てくれない……? 

 しゃくしゃくしたままでもいいけどしなびてるし……あったかい方が良いの……」

「は?」

「は?」

 

 この状況で何を言ってやがるんだ、こいつは。

 

 目の前では衛兵に取り押さえられてる真っ最中だぞ。

 周りからは疑いの目を向けられて、今にも連行されそうな立場なのに、腹の心配か。衛兵の人も驚いてるぞ。

 まったくこいつは、図太いというかなんというか。

 

 ……まぁ、その調子なら大丈夫か。

 

「あたし、腐葉土たっぷりのやつがいいの。コク出るから」

「出ねぇよ」

「土のついたままの方が好きなの……ほら、土の旨味……!」

「それは旨味じゃなくてただの泥だ!」

 ミミーは一瞬だけ黙り込んだ。

 

 ——ぐう。

 

 ……いいタイミングで鳴るな、おい。

 

「……お腹、すいたの」

「知らねぇよ」

 

 ミミーはしゅんとした顔で、しかししっかりと野菜だけは抱え込んでいる。

 

 ……そこは離さねぇのな。

 

 ちらりと抱えられた野菜を改めて見る。

 

 ……にしても、妙だな。

 

 大根、芋、玉ねぎ——種類はそれなりに揃っているが、どれも微妙に質が悪い。

 育ちきっていないものや、傷が入ったものばかりだ。

 

 違和感が、じわじわと輪郭を持ち始める。

 

 普通、畑を荒らすなら——もっと雑にやる。

 踏み荒らして、食えるものだけ抜いて、育ちきってない野菜は放置。

 

 だが、ミミーは違う。

 

 あいつは“食うために荒らす”。

 しかも、状態のいいやつを狙う。

 

 土ごとでも平気でかじるようなやつだが意外とグルメだ。

 

 ──こんな中途半端な選び方はしない。

 

 ……というか。

 

 あいつが妙に味にうるさくなったのは、間違いなく俺とルカの料理のせいだ。

 畑泥棒を折檻したあと、腹を空かせていたこいつに飯を食わせた流れで、

 ルカとどっちがうまいかなんて話になって——

 気づけば、審判役なんてものを押しつけていた。

 

 その時からだ。

 こいつが、やたらと俺達の料理に執着するようになったのは。

 

 美食を覚えてから、「これは違う」とか平気で言うようになりやがった。

 そのせいで、野菜の見分けまでやたらと細かくなった。

 育ち具合だの、土の状態だの、土の味との相性だの——

 前なら気にもしてなかったくせに、今じゃ一丁前に選り好みする。

 

 しかもあいつの場合、それをそのまま一緒に食う。

 野菜だけじゃない。土ごとだ。

 

 噛んで、混ぜて、味を見る。

 そんな食い方で「こっちの方が甘い」とか言い出すんだから、たちが悪い。

 

 ……本当に余計なことを覚えさせた。

 

 だからこそ余計におかしい。

 

 この野菜、どれも質が悪い。

 育ちきってない、傷も多い。

 

 ミミーにやるにしては、雑すぎる。

 

 そしてもう一つ。

 

 ——妙に、きれいすぎる。

 

 ミミーなら絶対にそのまま齧りつく。

 土付きの方がいいと、本気で思ってる奴だ

 

 なのに、こいつの手元の野菜は、どれも中途半端に土が落とされている。

 

 というより——

 いらない野菜を、押し付けられた?

 

 その瞬間。

 

「あれ? 俺の財布──」

「え、ちょっと、ないんだけど!」

 

 妙にその声が、はっきりと耳に残った。

 

 ……おいおいマジかよ。

 

 人だかり。混雑。ミミーに注意が逸れてる状況。

 

 出来すぎだろ。

 

 野菜泥棒騒動といい、この人だかり——

 

 仕込まれてるみたいじゃねぇか。

 

「……おいミミー」

「……なによ」

 

 

 

 

 

「その野菜、“誰にもらった”?」

「だから畑で──」

「違う。“どんな容姿”なんだ?」

「え?」

 

 ミミーがきょとんと目を丸くする。

 

 ……やっぱり、何も分かってねぇ顔だ。

 

 こいつはただ——

 

 “目立つ餌に使われた”……完全に、囮だ!

 

「とりあえず、その野菜貸してくれ」

「え……スープ、作ってくれるの?」

「作らねぇ。調べるだけだ」

「……けち」

 

 ミミーの抗議を聞き流しながら、俺は野菜を一つ手に取った。

 

「すいません、憲兵さん」

「……なんだ?」

 

 憲兵はこちらを怪訝そうに眉をひそめる。

 力強くミミーの拘束を外さないまま、こちらだけを横目で見ている。

 

「こいつは畑を荒らしてない。やり方が違う」

「……根拠は?」

 

 即座に返ってきた。

 疑いは解けていない。

 むしろ、“共犯の可能性あり”と判断された目だ。

 

 背後の別の憲兵も、槍の柄に手をかけたままこちらを見ている。

 いつでも制圧できる距離を保っているあたり、慣れている。

 ……故郷のイリアスウェルの衛兵とは違う。

 

 あっちは犯人を大勢でを囲んで、怖がらせる人海戦術だ。

 

 だがこの人たちは違う。

 声も荒げず、隙も見せず、逃げ場だけはきっちり潰してくる。

 

 場数を踏んでる動きだ。

 

 それでも、構わず続けた。

 

「こいつは畑を荒らしてない。ミミズ娘が野菜を盗むやり方が違う」

「やり方?」

「こいつらミミズ娘が野菜泥棒をやったなら、こんな野菜にはならない」

 

 手に取った大根を軽く持ち上げる。

 

「大根の葉の根元が潰れてる。上から無理やり引き抜いた跡です

 ミミー達ミミズ娘は地中から掘り起こす。こうはならない……」

 

「それに——」

 

 周囲に散らばる野菜へ視線をやる。

 

「野菜の質が悪すぎます……こいつはもっと“いいの”を選びます」

 

 ひと呼吸置く。

 

「こいつ、結構グルメなんで」

 

 軽く肩をすくめる。

 

「こんな半端なもんで満足するような奴じゃない」

「……それに」

 

 人だかりに指を示した。

 

「タイミングが良すぎる。騒ぎを起こして目を逸らしに使われている」

 

 憲兵の表情がわずかに変わった。

 さっきまでの疑い一色の目に、別の色が混じる。

 

 周囲を見回す視線。

 人の流れ、距離、配置——一瞬で洗い直している。

 

 背後の憲兵も、柄にかけた手に力を込めたまま、わずかに体勢を変えた。

 

 空気が変わる。

 

「……どういう意味だ」

 

 さっきよりも、低い声だった。

 

「さっきから財布が消えてるって声が聞こえました——」

 

 そこで一度、言葉を切る。

 

 視線だけをミミーに向ける。

 

「……で? ミミー、思い出せたか?

 その野菜、誰にもらった」

「えっと……あ!」

 

 ミミーの目が、はっきりと一点に止まる。

 

 さっきまで泳いでいた視線が、急に焦点を結んだ。

 

「ほら……あの人……!」

 

 尻尾がぴんと伸び、人だかりの向こうを指す。

 

「背、高くて……帽子かぶってて……」

「……なんか、やたら優しかったの」

 

 その尻尾の先。

 一瞬だけ、人の流れに逆らう影が見えた。

 顔は見えない。だが、背格好と帽子——

 そして、こちらから距離を取るような動き。

 

 その言葉で、確信する。

 

 ——やっぱり、そっちか。

 

「そいつはどこにいる、ミミー!」

「えっと……あっち……今、動いた……!」

 

 ミミーの指す先。

 人の流れが、一瞬だけ不自然に歪む。

 

「あ……走ってる」

「野菜泥棒より、そっちが本命だ」

「——チッ、そういうことか!」

 

 応援の憲兵が弾かれたように顔を上げた。

 

「おい! スリだ! 人だかりの中を当たれ!」

「はっ!」

 

 号令と同時に、数人の憲兵が一斉に動く。

 

 前列の二人が盾のように人波を押し分け、後列がその隙間を縫って走る。

 さらに外周にいた憲兵が、逃げ道を塞ぐように左右へ散開した。

 

「止まれ! 荷物を見せろ!」

「そこの帽子、止まれ!」

 

 肩をぶつけるのも構わず、人波を割って突っ込んでいく。

 通りの出口へ回り込む影、裏路地を塞ぐ影——動きに無駄がない。

 

「——いたぞ! そいつだ、走った!」

 

 一人の憲兵が叫び、広場の端へと駆け出す。

 

 その先で、人影がひとつ、群衆を押しのけて逃げた。

 

「追え!」

 

 憲兵たちが一斉に駆け出し、広場のざわめきは一気に散っていく。

 怒号と足音だけが遠ざかっていき——やがて、それも聞こえなくなった。

 

 ……捕まった気配は、まだない。

 

 残されたのは、ぽかんとした野次馬と取り押さえられたままのミミーと俺だけだ。

 

「……ま、あとは衛兵達に任せりゃいいだろ」

 

 肩をすくめ、手を払う。

 

「……で、結局どうなったの?」

 

 間の抜けた声で、こちらを見る。

 

「さぁな。お前を餌にして、スリが仕事してたってとこだろ」

「……え、あたし餌だったの?」

「そう言ってんだろ」

「……なるほど」

 

 まったく分かってなさそうな顔で頷く。

 ……ほんとに分かってんのか、それ。

 

「ねぇ、もっとちゃんと説明して?」

「嫌だよめんどくせぇ」

「えぇ……」

 

 露骨に不満そうな顔をしたあと——

 なぜか、すぐに機嫌を直した。

 

「ふふ……やっぱり、あたし疑われやすいだけみたいね」

「お前は普段の行いを見直せ」

「ひどいわ」

 

 頬を膨らませながらも、どこか嬉しそうに尻尾を揺らしている。

 

 ……まったく反省してねぇな、こいつ。

 

「ねぇマルク」

「なんだ」

「ねえ、その野菜でスープ作ってよ。ほら、冤罪のお詫びってことで……」

「誰に言ってんだそれ」

「いいでしょちょっとくら……あたし頑張ったでしょ?」

「何もしてねぇだろ」

「巻き込まれたの。それなりに大変だったのよ……」

 

 ぐいぐいと迫ってくるミミーに、マルクは顔をしかめる。

 

「却下だ。材料も状態悪いしな」

「……どけちあんぽんたん」

「はいはい……あとそれ、証拠品だろ」

「……あ」

 

 間の抜けた声を出した、その瞬間。

 

「——すみません、ミミズ娘のミミーさん?」

 

 声をかけてきたのは、ミミーを取り押さえていた憲兵だった。

 さっきと変わらない距離のまま、手はしっかりと拘束を保っている。

 

「事情を確認させていただきたく……お時間よろしいでしょうか」

 

 丁寧だが、有無を言わせない距離感。

 慣れている。こういう連中は、見た目以上に仕事が早い。

 

「えっ」

「また、そちらの野菜ですが……盗難品の可能性がありますので、申し訳ありませんが一時的にお預かりいたします」

「それ、持っていかないで……あたしのご飯なの」

「お気持ちは分かりますが……確認が終わりましたら、適切に対応いたしますので」

 

 先程とは違い柔らかい言い方だが、手際は容赦がない。

 ミミーの尻尾から野菜がひょいひょいと回収されていく。

 

「……それがないと、困るのに」

「恐れ入りますが、ご協力ください」

 

 ずるずると拘束されたまま詰め所まで引かれていくミミー。

 

 ……まぁ、当然の流れだ。

 

 盗まれた野菜だし、犯人の特徴を詳細に聞かなきゃいけないだろうし……

 

「やだ……お腹、すいているのに」

「マルク……」

 

 情けない声で涙目でこちらを見つめてくる。

 

 その様子に俺は見ないふりをして、小さく息を吐いた。

 

「あー……こればかりはしょうがないだろ」

「ひどい……」

 

 いよいよ泣きながらも、まだ食い下がってきやがる。

 

「ねぇ……終わったら、スープ作って?」

「……」

「おねがいマルク……」

「……」

 

 ——昔から変わらない。

 

 こいつは、こうやって一方的に距離を詰めてくる。

 

 最初に会った時もそうだ。

 

 畑荒らしで捕まえて、締め上げて、説教して。

 そのあと腹を空かせていたから、仕方なく飯を食わせた。

 

 ただ、それだけの話、それだけの関係。

 

 ……なのに。

 

「あたし、マルク達のご飯……好きなの」

 

 拗ねたように呟く。

 

「あんなの、他で食べたことない」

「っ…………」

 

 こいつにとっては、それが“理由”らしい。

 勝手に仲間扱いして、すり寄ってくる。

 

 面倒な腐れ縁だ。

 

 何度か飯を食わせて——

 その礼だとか言って、妙な方向で“恩返し”されかけた記憶がある。

 

 ……あれは、色々とまずかった。

 

 なんとか食い止めたが、あの時は本気で大変だった。

 

「マルク……聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

 

 頭をかきながら、小さく息をつく。

 

「……終わったら屋台に来い」

 

 ミミーがびくりと振り返る。

 

「飯くらい、奢ってやる」

「ほんと……?」

「その代わり、もう知らない人から変なもん貰ってくんなよ」

「……やった」

 

 さっきまでの泣き顔はどこへやら、満面の笑みで尻尾を振るミミー。

 

「楽しみにしてる……土たっぷりのスープ」

「やらねぇよ。そこは普通にスープって言え」

 

 即答する。

 

「……後ルカくんも呼んで?」

「は?」

「だってあの子かわいいしめっちゃタイプ……!

 それに料理も世界一!」

「却下だ」

「……だめ?」

 

 即座に否定する。

 

「けちんぼブラコン……」

「ブラコンはやめろ」

「ルカ君の独占ずるい……」

「知らねぇよ」

「えん罪で心に傷を負ったミミズ娘に愛の手を……」

 

 ──まったく

 そうやって無邪気に言われると、余計に面倒なんだよ。

 

「だから呼んで?」

「呼ばねぇ」

 

 間髪入れずに切り捨てる。

 

「けち……」

 

 喚きながら、ミミーはそのまま連れていかれ、静けさが戻る。

 

「……ったく」

 

 静けさを取り戻しつつある広場を見回し、俺は屋台の方へと踵を返す。

 

 ——仕込み、しなくちゃな。

 

 

 

 

 屋台へ戻ると、さっきのおやっさんがニヤニヤとした顔で待っていた。

 

「おう、おかえり」

「すみません、少し席を外してしまって」

 

 軽く頭を下げる。

 こういう時、この人は大抵待っている。怒るでもなく、ただ当然のように。

 

「で? 今度はあのミミズ娘か」

「ええ、まぁ……巻き込まれただけです」

「ほっときゃいいのに、わざわざ首突っ込むんだからなぁ、お前も」

 

 そう言われても否定しきれないのが困る。

 

「今回は誤解の解消だけですよ」

「同じようなもんだろ」

「違います」

 

 短く返しながら、鍋の火加減に意識を移す。

 こういう話は長引かせても得がない。

 

「で、スープ作るんだろ?」

「……はい」

「ほらな、父親似だよお前は」

 

 一瞬だけ手が止まりかけて、すぐに動かす。

 ……悪い気はしない。

 

 おやっさんが喉の奥で笑う。

 まったく……

 

「さて、約束の方は忘れてねぇよな?」

「もちろんです」

 

 返事をしながら、根菜を手に取る。

 大根、芋、玉ねぎ。どれも問題ない。

 鶏肉……もも肉がいいな。

 

 包丁を入れると、手が自然に動く。

 厚さ、火の通り、味付け。全部頭の中で先に決まる。

 こういう単純な料理の方が、むしろ誤魔化しが効かない。

 

 鶏肉を先に鍋へ。

 火の調節をしてから鍋を温める。

 

 鶏肉の色が程よく変わる……これでいい。

 

「ほう」

 

 おやっさんの声が背後からする。

 

「手際良いじゃねぇか」

「待たせた分ですから……それに夜の分も作らないといけませんし」

 

 別に褒められるためではない。

 ただ、待たせた以上は形にするだけだ。

 大根と芋を入れ、少し焼き目をつけてたまねぎを入れてから水を張る。

 ここで焦る必要はない。

 

「良い香りだな」

「こういう方が、結局ごまかしが効きませんので」

 

 最後に砂糖と塩、醤油を入れる。

 ……とっておきのヤマタイトの醤油だ。

 鍋を見ながら、余計なことを考えないようにする。

 さっきの騒ぎも、ミミーの顔も、ひとまず切り離す。

 今は料理に集中する……。

 

 …………

 ……

 ……。

 

 

 煮込ませている間、おやっさんに軽いつまみと酒を提供して幾分後、遂に完成した。

 

「……できました」

 

 椀に注ぎ、おやっさんへ渡す。

 

「どうぞ。鶏と根菜の旨煮スープです」

「ほぉ、ヤマタイトの料理かこりゃぁ……」

 

 おやっさんがひと口すすって、少し間が空く。

 

「……悪くねぇな、こりゃぁうまい」

「ありがとうございます」

 

 それだけで、十分報われた気がした。

 

「で?」

 

 おやっさんが椀を持ち食べながら、こちらを見る

 

「あのミミズ娘にも出すつもりか?」

「……はい」

 

 椀を置く音が、小さく屋台に響いた。

 おやっさんは一度だけ鼻を鳴らし、ふっと口元を緩める。

 そのまま、満足げに息を吐き、椅子の背にもたれた。

 

「ま、ああいうのは放っといても戻ってくるだろうな」

 

 含みのある言い方だ。

 分かって言っているのが、やけに腹に残る。

 

「いやぁ、やっぱお前の飯はいいな

 たまにゃソニアにおまえの料理、教えてくれないか?」

 

 言葉は軽いが、どこか柔らかい響きが混じっている。

 

「恐縮です……でもその話はルカにすべきでは?」

「何度もやらかしまくってまた出禁になった」

「ソニアぇ……」

 

 ルカの幼馴染みであるソニアの現状に嘆きながら、俺は鍋の機嫌を取るように火を小さくした。

 

 ひとつ、区切りがついた。

 湯気がゆっくりと落ち着き、屋台の喧騒が少し遠のく。

 残ったのは、スープの余韻と、木椅子がきしむ小さな音だけだった。

 

 ——その静けさを割るように。

 

「マルク……」

 

 屋台の外から、やけにしっとりした声が耳に届く。

 

「お、あのミミズ娘か、

 来ると思ったが、案外早ぇな」

 

 おやっさんが面白そうに目を細める。

 その言葉に釣られるように、視線だけを声の方へ向ける。

 まだ姿は見えないが、ミミズ娘特有の足音——地面を擦るような音が屋台の外からまっすぐこちらへ近づいてくる。

 屋台の布をめくる音と同時に、ぬらりとした影が入り込んできた。

 

「来たわ……ご飯」

 

 開口一番、それかい。

 

 つい口元が緩みかけるのを、慌てて押しとどめる。

 

「いらっしゃい。相変わらず食い気だけは一人前だな」

「いいじゃない……」

 

 言い返す声に、迷いはない。

 

「早いな、聞き取りはもう終わったのか?」

「終わったの。……あのあとすぐ、犯人捕まったから」

 

 あっさりした報告に、思わず驚いた。

 

 流石都会、衛兵優秀だなぁ……

 

「で、私の腐葉土スープは?」

「作らねぇって言っただろ」

 

「けちんぼ」

 

 露骨に肩を落とす。

 だが次の瞬間にはもう鍋を覗いている。

 

「……これは?」

「危ないから乗り出すな」

「……いい匂い」

 

「鶏と根菜の旨煮スープだ」

 

 鶏肉がメインの大根と芋と玉ねぎ。

 余計なものは入れていない。

 土なんて入れる必要もない。

 

「これ、普通に美味しそうなスープなのね……」

「腐葉土なんて入れるわけないだろ」

「……土、入ってないの」

 

 文句を言いながらも、鍋をじっと見つめていやがる。

 

 まったく──

 

「土は絶対に入れない……うまいぞ、食うか?」

「……ん」

 

 小さく頷くのを確認して、手がない魔物用の、少し大きめで深さのあるスープ皿にゆっくりとスープを注ぐ。

 湯気がふわりと立ちのぼり、屋台の空気にやわらかく溶けた。

 

「熱いから気をつけろ」

「わかったわ……」

 

 言葉とは裏腹に、すぐ器用に灰色がかった青色の舌でスープに口をつける。

 

 ……全く、舌が器用だなぁ。

 

「ん……」

「……ん……しゃく…… 」

 

 ひと口、またひと口。

 器用に口と舌だけで食べ進めながら、少しだけ目を細める。

 

「このスープ、美味しいわ……」

「だろ?」

 

 思わず口元が緩みそうになるのを、何とか抑える。

 

「……味変に腐葉土を入れて良い?」

「ダメ」

「……ケチ」

 

 その一言に小さくため息をつき、手元にあったパンを取る。

 

「そのかわり……パン、いるか?」

「ん、それもちょうだい」

 

 即答と同時に、パンを催促してくる。

 受け取ったパンは、そのままスープに浸される。

 

「なあ」

「なに?」

「うまいか?」

「この町で……これが、一番」

 

 胸を張るように言い切る。

 

「……そうか」

「ふーん、でもさ」

 

 スープに染みたパンを咥えたまま、ミミーがこちらを見る。

 

「こういうのって……少し、安心するの」

「……落ち着く?」

「うん」

 

 何気なしにミミーはそう頷いた。

 

「……そういうもんか」

 

 小さく息を吐く。

 

 スープの鍋を見下ろす。

 もう火は落としてある……静かだ。

 さっきまでの騒ぎが、少し遠く感じるくらいには。

 

「ねぇ」

「なんだ」

「また……食べさせて……? 

 あなたのスープ、身体にすごく馴染むの……」

「気が向いたらな」

「絶対気が向くやつじゃん、それ」

 

 笑いながら言う声を、適当に受け流す。

 

 鍋の火を落とし、片付けかけの屋台の上を、昼の光が白く照らしていた。

 

 外ではまだ、街の喧騒が途切れず続いている。

 行商の声、馬車の軋み、誰かの呼び込み。

 人の流れはむしろ今が一番多い時間帯だ。

 

 その騒がしさの中で、ふと気づく。

 

「……あれ?」

 

 視線を巡らせる。

 さっきまでそこにいたはずのおやっさんの姿がない。

 

 椅子も、椀も、そのままだ。

 ただ、座っていた痕跡と食べた分の小銭だけが残っている。

 

「いつの間に……」

 

 満足したら、言葉も残さずいなくなる。

 喧騒の中に紛れるみたいに、最初からそこにいなかったように消える。

 

 悪い癖なのか、気遣いなのかは分からない。

 

「どうしたの?」

 

 ミミーが首をかしげる。

 

「いや……なんでもないよ」

 

 軽く首を振る。

 人の多い昼の通りは、相変わらず騒がしい。

 それなのに、そこだけ少しだけ抜け落ちたように静かだった。

 

 ——全く変に気を効かせて……。

 

 目を戻すと、そこにあったはずの気配がすっと消えている。

 代わりに残っているのは、ほんのりとしたスープの香りと、温もりだけ。

 

 気づけば、もういない。

 最初から、そこに座っていなかったみたいに。

 

「……あの男、変な人ね」

 

 ミミーがぽつりと呟く。

 

「お前が言うな」

 

 短く返す。

 あとは椀の中身が減っていく音だけが続く。

 

「……で」

 

 マルクが、鍋を見たままぼそりと呟く。

 

「今回のスープ……ルカの料理より、美味いか?」

 

 ミミーは答えない。

 

 ただ、椀に口をつけて──

 しゃく、しゃく、と静かに咀嚼する。

 

「……どうなんだよ」

 

 少しだけ間を置いて、視線を向ける。

 

「……うーん」

 

 ミミーは首を傾げて。

 もう一口。

 

「……やっぱり、ルカの方が美味しいわ」

「…………」

 

 あまりにもあっさりした返答。

 間を置かず、ミミーの言葉は続く。

 

「マルクのは、この町で一番」

 

 そこで一度、言葉を切る。

 視線が、まっすぐ向く。

 

「でも──世界で一番は、ルカよ」

「あ~マジかぁ……」

 

 小さく漏れる。

 手は止まってないのに、力だけが抜けたみたいに。

 ミミーは気にした様子もなく、また一口。

 

「だって、違うもの」

「何がだよ」

「ルカのはね……」

 

 少しだけ目を細める。

 

「するって入って、奥まで落ちていくの」

「…………」

「あとで思い出して、また欲しくなる感じ」

「…………お前な」

 

 言いかけて、止まる。

 あまりにも抽象的過ぎて理解も反論する言葉が、うまく出てこない。

 その横で。

 

「でも」

 

 ミミーは、何事もなかったように続ける。

 

「マルクのも、嫌いじゃないわよ」

「フォローになってねぇよ」

「ほんとよ?」

 

 しゃく、しゃく、と最後の一口。

 

「また食べたいって思うもの」

「……そうかよ」

「ちゃんと、お腹が落ち着くもの……だから好き」

「雑だなおい」

 

 短く返し鍋に目を落とす。

 火はもう落ちているのに、やけに熱が残っている気がした。

 すると横で。

 

「ねぇ」

「なんだ」

「おかわり、こんどは腐葉土マシマシで」

「帰れ」

「けちんぼ童貞ブラコンホモ野郎」

「おい、ライン超えたぞ」

 

 アホかこいつ。

 

「腐葉土くらいサービスしなさいよ」

「するか!」

「じゃあ今度持ってくる」

「持ってくんな!」

「いい土、知ってるの」

「知るか!」

 

 まったくこの土狂いめ……。

 

「ねぇ」

「なんだ」

「だからおかわり」

「……さっき食っただろ」

「足りないの……」

 

 器の底を覗き込みながら、名残惜しそうに呟くミミー。

 湯気の消えかけた椀を、じっと見つめてやがる。

 

 ちゃんと線引きを……

 

 ……ここで引いておくのが、ちょうどいいはずだ。

 これ以上は踏み込むべきじゃない。

 

 ……そう、思っているのに。

 …………

 …………

 

「ったく……後一杯だけだぞ?」

「やった」

 

 ぱっと顔を明るくするその様子に、思わず肩の力が抜ける。

 

 ——これ以上は、踏み込まない。

 そう決めている。

 

 それでも。

 

 椀にスープを注ぐ手は、止まらなかった。

 

 少しだけ多めに、無意識に。

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