死に損ないの星の子たちに   作:丸山迷

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2-2 共感

 少女は肩にカラスを乗せたまま、ゆっくりとした足取りで歩み寄ってくる。俺が呆然としている間に足元まで辿り着くと、下から覗き込むように俺の顔をじっと見つめてから小さく頷き、透明感のある微笑を浮かべた。

 

「――大丈夫だよ。君の魂は既に罅だらけだけれど、まだ、完全に壊れてはいない。そっちの彼とは違ってね」

 

 俺はどうにか言葉を絞り出す。

 

「魂って――なんだ」

 

 少女ははぐらかすように一歩下がった。

 

「カミキヒカルの魂は、星野アイの死と共に完全に壊れた。彼は星野アイからしか生の実感を感じ取れなかったからだ。でも、君が生の実感を抱ける相手は、有馬かなだけではなかっただろう?」

「それは――」

 

 少女の言葉に、俺がこれまで出会って来た人たちの顔が脳裏に浮かぶ。

 誰よりも聡明な元恋人。女手一つで俺たちを育ててくれた母親。映画撮影の知識と役者の技術を叩きこんでくれた師。突然現れた俺を弟と認めてくれた兄。俺にとって何よりも大事な妹。

 でも、そうじゃない。

 アイだけでなく、有馬のことまでを守れなかった俺に、彼女たちと一緒にいる資格はない。

 力なく首を横に振る俺を見て、少女は呆れたように肩をすくめた。

 

「随分と色々なものを見失っているようだね。これまでだって、別に何かの資格を得たから彼女たちと共にあることができたわけでもあるまいに。まあ、それを見失わせる力こそが、すべてを見失ってしまった彼の持つ唯一の武器だからね――」

 

 少女は俺から目線を外すと、興味深そうに俺たちを見守っていたカミキに向けてスタスタと歩み寄る。彼と相対すると、伏せがちだった長い睫毛が上がり、底の見えない黒い瞳がカミキを静かに射抜いた。幼い輪郭には不釣り合いな冷ややかさが、整った鼻筋と小さな唇の線を際立たせていた。

 

「顔を合わせるのは初めてだけれど、これはまた気色が悪い魂だ」

「第一声から随分なご挨拶だね」

「どうせ君には私の言葉など響かないからね。執着する星野アイの遺言にすら心を動かされないほど壊れてしまった君に、言葉選びなど必要ない。全く、凄いな、十年以上前に死んだ人間への妄執だけで埋め尽くされた魂とはかくも気色悪いものか。星野アイに囚われた者は君だけではないが、彼女たちとてここまで魂を腐らせてはいないよ。星野アイに代わるものを何も見つけられなかったのは君自身の責任だ」

 

 二人が知り合いというわけではないようだったが、流暢な話し方と幼い見た目のギャップからただの少女ではないことは察したのか、カミキは目を細めながら何も言わずに少女を観察する。

 

「実の子供に対してすら何も思わなかったのか。君が星野アイに向けたものが愛だったならば、星野アイが失われたとしてもそれを自分と彼女の子供たちに向けることもできたはずだろう。息子と娘を見守ることよりも、芸能事務所を立ち上げて星野アイの幻影を追い続ける方が重要だったのは――いや、でも、これも愛の形ではあるのか。姫川愛梨が君に向けたものが愛の一つの形ではあったのと同じように」

「――随分と、僕に詳しいようだね」

 

 姫川愛梨の名前を耳にした瞬間、カミキの口元がわずかに引き攣り、細めていた瞳の奥に、一瞬だけ嫌悪と動揺が滲んだ。

 

「映画を見たのかな? ああ――そうか、君はアクアとルビーを演じていた子か。思い出したよ。そういえば年の割に話し方が達者な子役だった」

「私は君を知っているんじゃない。感じているんだよ」

「感じる?」

「君の魂に『共感』している――こんな気色の悪いものは感じたくないんだけどね」

 

 少女は不快そうに吐き捨ててカミキに背を向けると、再び俺の元に来て右手を差し出した。

 

「私だけがこんなものを感じさせられるのは不公平だ」

 

 肩にとまったカラスが低く一声鳴き、少女は、すべてを見透かしたような静かな視線を二人に向けていた。

 

「君たちも分かり合いなさい。人と人とは分かり合うのが何よりも大事だ、とは、いつかの君の主張だっただろう」

 

 俺は意味が分からないままその手を取ると、少女は意味深に頷いて、俺の手を引きながら再びカミキの元まで戻った。そしてカミキの方にも左手を差し出す。カミキも不審そうにしながらも何も言わずにその手を取った。

 少女の右手は俺と、左手はカミキと繋がれている状態になった。

 

 ぞくり、と。

 

 悪寒が奔った。繋いだ少女の手が、妙に温かかった。人の手の温かさではなかった。何か、底の見えないものに触れてしまったという感覚だけがあった。咄嗟に手を放そうとしても何故か放せなかった。指の一本一本が、少女の手に溶け込んでいくような気がした。

 

「分かり合うのが大事なのは、人と人との間だけではない。人と神との間でも、神と神との間でも同じことだよ。――分かり合いなさい」

 

 少女が微笑みながら語る言葉と共に、頭の中で何かが割れた。次の瞬間、俺の中に、カミキヒカルの人生が流れ込んできた。

 

 ――気づけば、俺はもう、俺ではなかった。

 

 

 

『私は君を愛せない』

 

 その言葉を残して、アイは僕の元を去った。

 意味が分からなかった。分かりたくなかった。僕はアイにとって何だったのだろうか。星野アイとは何だったのだろうか。世界で唯一僕を愛してくれる存在だと思ったのに、命の重みを分かち合える人だと思ったのに、大輝のことを知って嫌悪感から僕を捨てた。大輝の人生までは背負えないと言った。16歳の少女の思考としてはそれは当たり前だ。アイは普通の16歳の少女だったのだろうか。僕との関係は本当に遊びだったのだろうか。

 そうなのかもしれない。いや、そんなはずがない。結論が出ないまま二つの考えが僕の中をぐるぐると回っていた。

 僕の電話番号は着信拒否されていたから、公衆電話から電話するようになった。電話を受けたアイも最初は渋っていたが、当たり障りのない話をする分にはすぐに切られることはなかった。

 

『もうちょっと私から自立した方がいいよ?』

 

 何度もそう言われた。アイからこれ以上嫌われるのが恐ろしくて、たまにしか電話をかけられなかった。

 僕との子供を身籠ったアイは入院した。妊娠二十週だった。

 

『担当の先生が私のファンでさー。正体バレちゃったけど良い人で助かったよ』

 

 雨宮吾郎という担当医師の話を楽しそうにしていた。僕はその男に嫉妬した。僕はアイに捨てられてこんな風に電話でしか話せないのに、彼はアイに頼られて毎日会うことができるのだ。

 アイに会いに行きたかったけれど、拒絶されるのが怖くて行けなかった。アイの出産間際、アイと同じB小町のメンバーだった新野さんと、その恋人の亮介さんにアイの入院している病院の場所を教えた。深い考えがあったわけではなかった。二人とも僕と変わらないくらいにアイに執着していたから、アイの妊娠を知っても世間に公表するようなことはしないと確信できた。そして二人は病院で何か問題を起こすかもしれない。身勝手な感情だと知りつつも、アイに少しでも僕を見て欲しかった。

 病院から帰ってきた二人は、明らかに様子がおかしかった。新野さんは心配そうに亮介さんをちらちらと見ており、亮介さんの方は何かあったのかと尋ねても上の空で、ああ、うん、と言葉を濁すばかりだった。

 気になって病院に問い合わせてみると、アイの担当医師だった雨宮吾郎が行方不明になっていることが分かった。二人が雨宮吾郎とトラブルを起こしたのだ、と察しがついた。

 

 まさか――殺したのだろうか。

 殺したのだとすれば、僕の責任だろうか。

 僕は、大輝の命だけではなく、彼の命も背負うのだろうか。

 

 警察に通報した方がいいことは分かっていた。でも、それは二人に対する裏切りに思えてしまったし、それ以上に、事実が明るみに出た時に、病院の場所を教えた僕がアイに嫌われるのが怖かった。アイに嫌われてしまったら、僕はもう生きていけない。

 恐怖と自責の狭間で、妙な昂揚感も抱いていた。雨宮吾郎は、アイの中で一定の大きさを持っていた。その命が僕のせいで失われたということは、僕がアイの人生に影響を与えられたということだと思えてしまったのだ。

 僕が背負うことになった雨宮吾郎の人生の中には、アイの人生の重みもあったはずなのだ。

 

 誰かの重みを背負うなら、僕はアイの重みを背負いたい。

 

 自分でもおかしな思考だと思う。そう自覚していても、僕の中から奇妙な感覚が失われることはなかった。ただでさえおかしな考えなのに、この感情を更に突き詰めると取り返しの付かないことになってしまいそうだったから、深く考えないようにしていた。

 アイが子供を産んでからは滅多に電話もかけられなくなった。同居している苺プロの社長たちに気付かれる可能性が出てきたのだ。テレビの中のアイの姿しか見られず、スピーカー越しの声しか聴くことができなくなった。

 僕は劇団ララライを止めた。これ以上役者を続けてもアイに繋がることはないと思った。別にアイのために役者になったわけではなかったはずなのだが、そのころにはもう演技を続ける意義を見失っていた。それ以上に、愛梨さんと上原さんと距離を置きたかった。僕は彼らを見る度に上原大輝の命の重みを実感させられるのだ。罪悪感ばかりが募るのに、自分の子供に対して立場上何もしてあげられない。

 それは、アイと僕の間に生まれた子供たちに対しても同じことであったはずなのだが、その重みを背負うのはどこか心地良かった。それがアイと僕との繋がりだったから。

 

 新野さんと亮介さんとの付き合いは続いていた。

 僕だけがアイに執着しているよりは、仲間がいた方がいくらか気が楽だった。そんな風に健全ではない思考を複数人で分かち合うのは、多分、凄く危険なことだったのだ。誰かが正気に戻りかけても他の二人によって引き戻されてしまう。そんなことを意識していたわけではなかったのだが、彼女たちが僕との付き合いの中でアイを忘れられないように僕は立ち回っていたし、彼女たちの僕に対する態度も大差なかった。

 新野さんたちは、自分の罪と向き合うのが怖くて仲間を欲していただけだったと思う。でも、僕はひょっとしたら、僕と同じようにアイに執着する彼女たちは、雨宮吾郎の時と同様に、いざという時に使える駒なのだという考えがあったのかもしれない。

 

 数年経過して、僕が大学に進学した頃だった。道端で偶然に上原さんと再会した。そのころには多少は愛梨さんとのことは癒えていたのだけれど、彼と会ったことですべてがぶり返してしまった。アイのことで頭がいっぱいだった僕が、改めて大輝の命と向き合うことになった。

 動揺する僕の様子を危惧したのか、悩みがあるなら聞くぞ、と語る上原さんに対して、もうどうにでもなれと、愛梨さんや大輝のことをすべて話してしまった。

 後日、二人が心中したと聞いた。

 葬式の場にて数年ぶりに再会した金田一さんには、僕は二人の命を背負っていかなければいけないのだといわれた。金田一さんは、僕と二人の関係も、僕がきっかけで二人が壊れたことも知らなかっただろうが、その言葉は僕に刺さった。

 頭の中で、名前を数える。

 上原大輝。雨宮吾郎。姫川愛梨。上原清十郎。

 僕は、この先の人生でずっと、彼らの命を、背負い続けなければ、ならない。

 

 命は重い。僕と命を分かち合えるアイもいない。

 

 自殺を考えるほど閉じこもっていた折に、アイから突然電話があった。子供たちと会わないか、という話だった。アイは僕とよりを戻すつもりはないのだと知った。

 僕がこれまで奪ってきた命の重みを、アイと分かち合うことはできないのだと悟った。ならばせめて、僕が背負う命は、アイのものであって欲しかった。雨宮吾郎が死んだときに、アイと繋がったような気がしたのを思い出した。

 僕はアイから聞いた住所を亮介さんに教えた。子供と幸せな生活を送っているらしいと伝えると、激昂した彼は、その夜のうちにアイの家へ向かった。

 

 アイは、死んだ。

 

 

 

 俺は、カミキヒカルの人生の中にいながら、 俺自身でもあった。

 頭が割れるように痛かった。他人の絶望を 流し込まれながら、自分の絶望と区別がつかなくなっていく。カミキヒカルとして悲しんでいるのか、星野アクアとして悲しんでいるのか分からなくなる瞬間があった。名前が、どちらも遠かった。それでも、まだ続きがあった。

 

 

 

 亮介さんは新野さんに問い詰められて自殺した。アイも亮介さんも僕のせいで死んだ。

 

 もう僕には何もなくなった。アイを殺してしまったという罪悪感は、いつの間にか、アイとようやく繋がれたという感覚に塗り替えられていた。その瞬間、体の中で何かがずれた感触があった。元に戻らない類のずれだと、分かった。そうしなければ僕は生きていけなかった。

 

 大学卒業後、アイの幻影を探すために芸能プロダクションを設立した。芸能界と関わることで未来のある芸能人たちを追いかけ、その中にアイの輝きの残滓を見つけようとした。

 数年経ってあるアイドルが見つかった。まだ15歳で知名度では全盛期のアイには遠く及ばなかったが、その目に灯る特徴的な光はアイを思い起こさせた。人気は順調に上昇中で、将来的にはひょっとしたらアイを超えるかもしれないと危惧した。

 僕は彼女の所属するアイドルグループに接触して、意図して他のメンバーと彼女の不和を煽った。その時はグループの間で足の引っ張り合いをさせて彼女をアイのステージから引きずりおろそうと考えていただけだった。まさか刃傷沙汰に発展して命を落とすことになるなどとは思っていなかった。

 でも、彼女はアイのために死んだのだ。彼女の命の分だけアイの命の価値は高まったと思えた。僕の背負う命の中で、アイの命の重みが増した。相対的に、上原夫妻の命の重みが軽くなったと感じた。

 

 僕はアイを超え得る芸能人を探すようになった。見つけるたびに、周囲の不和を煽って彼女たちを殺させた。人を狂わせる才能だけは、アイと同じくらい僕にも備わっていると気づいていた。時間をかければ大抵の人間を殺すことができた。誰かがアイのために死ぬたびに、僕の背負ったアイの命の重みが増すのが感じられた。

 アイが死んでから十年間で、合計5人の芸能人を死に追い込んだ。すべてアイのためだった。

 古巣である劇団ララライも気に掛けていた。いつもお金はないようだったが、それなりの輝きのある役者は育っているようだった。何かある度に白い薔薇を送るようにしていたが、舞台役者の技術はアイの輝きとは少し方向性が違うので、アイに捧げようと思える人間は見つからなかった。

 

 そんな折に、『B小町』を襲名したアイドルグループが発足したと知った。アイの死後にアイドル業界から足を洗っていた苺プロダクションが新たに作ったグループだった。メンバーの星野ルビーは僕とアイの娘だった。

 アイによく似た顔立ちの美少女ではあったが、パフォーマンスではまだアイに遠く及んでおらず、アイの表面をなぞった演技をしているだけだった。アイの奥に潜む底知れぬ存在感を発揮できてはいなかった。興味はそそられたものの、この程度では一山いくらのアイドルとして十年後には埋もれていく可能性の方が高いと判断した。

 念のために、苺プロダクションの元社長である斎藤壱護にも接触した。彼がアイを殺した犯人を追って世捨て人のような生活をしていることは以前から知っていた。旧B小町のメンバーの不和が動機ではないかと疑って新野さんに目を付けているようだったので、僕も最近では彼女との接触を極力控えていた。新しくB小町が発足したのは、旧B小町のメンバーを刺激しようとする彼の差し金かもしれないと思って探ってみたのだが、どうやら彼は関係がなさそうだった。

 

 僕の予想に反して、新B小町の発足から半年が経過した頃から、ルビーの人気は急上昇を始めた。きっかけは一本のMVだった。「POP IN 2」という名前の曲のMVを確認すると、確かにそこには、これまでのルビーとは一線を画した闇を宿した瞳があった。

 ルビーに本格的に注目するようになった。天真爛漫なキャラクターだけではなく闇を孕んだ存在感を発揮するようになった彼女は、みるみるうちに売れ始めた。弱小の苺プロでは考えられない量の仕事を取ってくるようになり、いつの間にかルビーはグループの一強と言える存在になっていた。

 

 同時期に、どうやら僕のことを裏で探っている少女がいることに気付いた。古巣の劇団ララライに所属する少女で、息子のアクアの恋人だという話だった。アクアから自分は父親不明であるという話を聞いていたのかもしれない。アクアは僕とよく似た顔立ちだったから、劇団の資料で僕の映った映像でも見れば僕が父親である可能性を疑ってもおかしくはなかった。

 彼女の行動を警戒していた折に、突然にアクアとルビーがアイの子供であるというスキャンダルが出回った。僕がアクアの父親であると少女からアクアに伝わったことで、アクアが僕を追い詰めるために始めたことだと悟った。やはりアクアは僕のことを憎んでいるようだった。それは別に構わなかった。アイの死を悲しみ引き摺る人間がいることで、僕の中のアイの重みも増した。

 

『15年の嘘』というアイの人生を描いたドキュメンタリー映画を撮るという話が出た。アイの価値が高まるのなら、それは僕の望むところだった。チーフプロデューサーが知人の鏑木さんだったので、彼に接触して映画に出資することにした。僕からの連絡に彼も驚いていたが、予算的にも厳しかったようで支援の話自体は好感触だった。この映画が僕を糾弾するためのものだということは理解していたが、アイのために追い詰められるのならば僕は別に構わなかった。何なら僕が殺されればアイの重みが増すと思った。

 脚本を確認すると、旧B小町の軋轢や愛梨さんや上原さんのことも含め、すべてを暴露する内容の映画だった。どこから訴えられるか分かったものではないと呆れたが、どうやら僕以外の関係者からは許可を取っているらしかった。新野さんも話を聞かれたという話だった。僕と同じく、アイに囚われた人たちにとっては贖罪の機会だと思えたようだ。

 アイを演じるのはルビーだった。既にトップアイドルとなった彼女ならば話題性は十分だし、実の娘が母親の過去を演じるのも配役としては確かに面白いが、役者に挑戦するのは初めてだったようで、演技力はまだまだ不足しているようだった。実際に現場を訪れたらしい新野さんに話を聞く限りでも不安の方が大きかった。半端な演技力ではアイを演じきれないだろう。アイが大したことがない存在だと世間に思われてしまえば、むしろアイの重みは失われてしまう。

 

 実際に出来上がった映画を見ると、僕の不安は杞憂だったと分かった。ルビーの芝居自体は拙い部分も多かったが、あらゆる技術を駆使して観客にはそれも味として感じられるように編集されていた。五反田監督も大したものだと感心したが、彼だけではなくアクアも編集作業には積極的に参加していたらしかった。映画の中で僕を演じていたアクアは、役者としてもなかなかのものだった。この映画にすべてを賭けているという執念が窺えた。

 映画としては素晴らしかった。徹底的な取材によって真に迫ってくるだけのリアリティも担保されていた。それでもこれはあくまでエンターテイメントだと思った。僕とアイしか知らないことだから調べようがなかったのだろうが、アイは僕に対してこんなに愛情深くはなかった。アイは僕のことを愛してなどいなかった。

 そんな僕の想いは覆された。アイは、アイへの執着が膨れ上がり続けていた僕の様子を危惧して、僕と一旦距離を置くために僕を愛していないと嘘を吐いたのだという。アイがアクアに残したというビデオによって、20年越しのアイの意図が僕に突き付けられた。この映画は、アイから僕に向けたラブレターだった。

 

 そうか。

 アイは、僕のことを、愛していたのか。

 しばらくは、何も考えられなかった。

 

 喜びと絶望が同時に僕の胸に溢れた。これを知ったのが15年前だったならば喜びだけで済んだのに、今更アイから愛されていたと知っても、そのアイはもう存在しない。僕の中に重みとして存在するだけだった。

 

 ああ、もっと。

 もっと、アイを感じたい。アイの愛が欲しい。

 本人がもう存在しないのだから、せめて僕の中にいるアイの重みを増したい。

 

 アイの娘であり、アイを超え得るルビーがアイのために死ねば、アイの命の重みは更に大きくなる。

 新野さんに連絡を取った。ルビーはアイを超えるかもしれない、とだけ話した。この15年を共に過ごした新野さんが、更に深みにはまっていくことは想像に難くなかった。

 B小町のセンターの子の卒業ライブに合わせて、星野家の住所を教えた。教えながら、アイが近くなる気がした。新野さんがルビーを殺すことを期待した。

 でも、失敗した。

 新野さんがルビーを殺したというニュースをネットで探しながら一人海辺で待っていた所に、様子のおかしなアクアが訪れた。話を聞き出すと、どうやら新野さんは、ルビーではなく彼女を庇った有馬さんを刺したらしかった。

 有馬さんの太陽のような存在感も、確かにアイに通じる所はあった。彼女が死んだのならばその命もアイの重みとなってくれる。

 どうやら有馬さんはアクアにとっても特別な存在だったらしく、尋常ではない後悔に苛まれているようだった。ここまで追い詰められた人間を誘導するのは容易だ。息子と娘が心中で死んだとなれば、更にアイの重みは増すことだろう。彼の罪悪感に付け込む形でルビーとの心中を唆した。

 

 そこに、カラスを従えた、黒衣の少女が現れた。

 

 

 気づいた時には、俺は遊歩道に膝をついていた。

 頭の中が、まだざわついていた。カミキヒカルの人生が、俺の絶望と混ざり合ったまま、うまく分離できなかった。有馬のことを思っているのか、アイのことを思っているのか、自分でも分からない瞬間があった。

 少女とカミキが、俺の前に立っていた。カミキは黙ったまま、遠くを見ていた。

 

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