死に損ないの星の子たちに   作:丸山迷

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2-3 犠牲

 僕は。

 違う。

 俺は、僕じゃない。

 咄嗟に少女の手を振りほどいた。膝についていた手で地面を押して、立ち上がろうとする。足に力が入らなかった。息を切らせながらどうにか体を起こし、顔の前に両手を広げ、自分の手のひらを確認する。18歳の若い男の身体だ。

 

 どうにか自分に言い聞かせる。俺は、カミキヒカルじゃない、星野アクアだ。

 

 冬の風が頬を打った。それだけで、ようやく自分の体に戻ってきた気がした。

 少女に手を繋がれた瞬間、一瞬にして、アイと別れてからのカミキヒカルの人生が俺の中に流れ込んできた。

 アイとの離別に伴う絶望。新野冬子や菅野亮介と共に育んだアイに対する妄執。雨宮吾郎と上原夫妻を間接的に死なせてしまった罪悪感と、それによって精神が壊れて、アイすらも死なせることになった狂気。アイの死後も彼女の幻影を追うために、アイを超え得る芸能人を殺し続けることになった、自分の中のアイの重みを増したいという意味不明な願望。

 すべてが自分のこととして感じ取れた。

 こんな現象は初めてだった。雨宮吾郎から星野アクアに生まれ変わった時以上に意味が分からなかった。

 先ほどまで俺の手を握っていた少女は、やれやれと言いたげに肩をすくめ、カミキは俺と同じように呼吸を乱している。俺と目が合うと、この気温だというのに額に浮かんでいた脂汗を拭いながら、不自然に唇の端を歪めた。

 

「初めまして――と言った方がいいのかな、雨宮吾郎さん」

「――お前は」

 

 言葉が続かなかった。どうやら、俺がカミキの人生を追体験したのと同様に、カミキも俺の、雨宮吾郎から続く人生を追体験したらしかった。

 

「そりゃそうだよ。『共感』と言っただろう? 人生を感じるのならば、それは共に感じないとね」

 

 少女が飄々と言い放つ。どうやらこの少女は俺の考えが読めるらしかった。今更それくらいでは驚かない。

 

「これで、お互いのことはもう十分に理解しただろう? 戦う理由も、生きる理由も、死ぬ理由も。後は殺し合うなり心中するなり和解するなり、好きにするといい。君たちが己の行為の意味を理解した上で行うことならば、それが善行であろうと悪行であろうと愚行であろうと、私は止めないよ。人を殺すのならば、誰かに植え付けられた殺意ではなく、自分自身の殺意で殺しなさい」

 

 少女が右手を挙げると、周囲に待機していたカラスが一斉に空に飛び立った。俺は咄嗟に手で体を庇いながら、カラスがいなくなるのを待つ。十数秒が経ち、すべてのカラスが過ぎ去った後には、少女も既に姿を消していた。

 

「……何だったんだ、今のは」

 

 カミキが呟いた。

 どう答えたものか。返答に窮している俺を見て、カミキは小さく肩をすくめた。

 

「いや、今のは独り言だ。君も彼女のことはよく知らないということは知っている。突然に接触してきてアイが生まれ変わることはないと一方的に伝えられて以降、何かあるごとに姿を見せるものの、意味深なことを話すだけで何者なのかはさっぱり分かっていない。どうやら戸籍や実体があるらしいことが分かったことすら映画撮影の直前だ。そういうことまで含めて、君のことは全部、僕は知っている」

「――お互いにな」

 

 俺はカミキに詰め寄る。

 

「お前がアイを意図的に死なせたことも。アイの死後、アイを超え得る芸能人を殺し続けていたことも。実の娘のルビーを標的にして、新野冬子を操ってルビーを襲わせたことも。それが失敗したから、さっきまで俺にルビーとの心中を唆していたことも。全部、知っている」

「そのようだね」

 

 カミキは息を吐いて一歩だけ後ろに下がり、大仰に両手を広げた。

 

「もう取り繕っても仕方がないようだが――さて、僕のことをすべて知ったとして、君がこれからすることは何か変わるのかい?」

「何かって――」

「僕が君をルビーとの心中に誘導していたのだとして――だ。有馬かなさんが君のせいで死んだことも、君に生きている価値がないことも、君が死ねばルビーも生きていけなくなってしまうことも、何も変わらないんじゃないのかい?」

「――――」

 

 俺は答えることなく、懐からナイフを取り出し、カミキに突き付けた。いつか、雨宮吾郎と問答する夢を見て以来、お守り代わりに懐に忍ばせていたものだ。カミキはそれを見て更に言葉を続けた。

 

「僕を殺すかい? それもいいだろう。息子が父親を殺したとなれば、アイの命の価値も更に高まるというものだ。非力な僕を殺すのも簡単だろう。でも、君はそれでいいのかい? 君が人殺しになれば、君の大事な妹も世間からそれはそれは酷いバッシングを受けることになる。人殺しの妹がアイドルをやっているなど間違っていると。もうアイドルとしての高みに上ることはできなくなる。母と友人を失い、兄は父親を殺して捕まり、自分自身もアイドルの夢を断たれることになる。そんな状況で生き続けることに意味が――」

「もういい」

「いや――」

「もういいと言っている。俺の人生を見てきたのなら、そんなことを語っても無駄だと分かっているんだろ?」

 

 俺の記憶を見たカミキは、俺の目論見を知っているはずだ。俺が最初に立てていた計画通りにことが進めば、ルビーがアイドルの道を閉ざされることはないのだ。

 それに、思い出したのだ。アイも、ルビーも、有馬も、あかねも、最初からずっと輝き続けていたわけではなかった。どれだけ傷ついても立ち上がり続けた彼女たちの光にこそ、俺は惹かれたのだった。皮肉にも、カミキの記憶を見て、彼が焦がれ続けた光を見て、それがどれだけ美しいものだったのかを思い出した。だから、ルビーもきっと、有馬のことも俺のことも乗り越えて、立ち上がれる。あいつらは、俺がいなくても十分に強いのだから。

 

 ――悪い、有馬。

 心の中で彼女に詫びた。復讐なんかするなという有馬の望みは、聞いてやれそうにない。でも、有馬が守ってくれたルビーを、今度こそ俺が守る。

 迫る俺に合わせてカミキは更に後ずさる。切り抜ける手段がないか探しているのか、周囲をせわしなく見渡し、小さく息をついてから、観念したように目を瞑った。

 

「結局、君たちは、僕の子供なのか?」

 

 俺は立ち止まった。

 カミキのこれまでの言葉と違い、この言葉にだけは、嘘がないように思えた。嘘だらけのカミキの人生を知っている俺には、それが分かるような気がした。

 

「――何の話だ」

「君は、雨宮吾郎なのか、星野アクアなのか。どちらなのかと聞いている」

 

 カミキは一瞬だけ視線を彷徨わせ、答えを探すように唇を薄く結んだ。

 

「生まれ変わってからの君の感性は年相応のものだった。でも、それを認識していた記憶は『雨宮吾郎』のものだった。『天童寺さりな』も同じだ。『星野アクア』や『星野ルビー』という人物は、存在したのだろうか。僕とアイの間には、ちゃんと子供がいたのだろうか」

 

 どうなのだろう。

 俺も生まれ変わってから、その点はずっと悩んでいた。俺は、アイの子供の身体を乗っ取ってしまったのではないだろうか。アイにとって、俺も息子の仇ではないのだろうか。その罪悪感を父親への憎悪に転嫁していたところもあった。

 

「――お前はどう答えて欲しいんだ」

「もちろん、自分はアイと僕の子供だ、と断言してほしいよ。君たちが教えてくれた、アイとの愛情の結晶である君たちが偽物になってしまっては、アイからの僕への想いも嘘になってしまう」

 

 俺にも分からない。俺は、自分が何なのか、今でもよく分からない。

 でも、カミキが期待するのなら、そう答えてもいい気がした。

 

「お前とアイの息子だよ」

 

 カミキのために嘘をついたつもりだった。

 でも、口に出してみれば、実際にその通りであるような気もした。

 

「そうか」カミキはじっと俺を見つめてから、小さく頷いた。「なるほど、確かに、僕とアイの息子だね。こんな嘘つきが、僕たちの子供でないはずがない」

 

 雨宮吾郎だった頃の俺は、こんなに嘘つきではなかった。ならばやはり、『俺』を構成しているものは、雨宮吾郎だけではないのだと思う。アイとカミキから受け継いだ人間性と、雨宮吾郎から引き継いだ記憶と、全部ひっくるめて『星野アクア』なのだろう。

 

「――僕が憎いかい?」

「お前が憎くて殺すんじゃない。お前がルビーを殺そうとしているから、殺すんだよ」

 

 実際に、カミキのことは、もうそれほど憎くはなかった。かつてはあれほど憎んでいたのに、今では憎んでも仕方がないという気持ちになっていた。カミキの人生を追体験したことで、彼の絶望が、アイや有馬を亡くした自分の絶望と、腹が立つくらいによく似ていたことが分かってしまったからだろうか。

 有馬は刺された後、人を憎むな、と言い残していたらしい。人を憎むことは、己を憎むことなのだと。

 その通りだと思う。カミキを殺すことは、俺自身を殺すことだ。

 ナイフの握り方を変える。刃を自分に向けると、同じ重さのはずなのに、少し重くなった気がした。

 俺はカミキに突き付けていたナイフを逆手に持ち替え、刃を自分の腹部に向けた。

 

「自伝映画によって告発されたカミキヒカルは逆上。脚本担当とトラブルになり、刃傷沙汰の末に共に崖から転落死した」

 

 そう。

 アイが殺された時から、俺はこの形での決着を目指していた。でも、これはもう、復讐のためじゃない。ルビーを守るためだ。

 そう思えたのも、俺を救ってくれた彼女たちのおかげなのだろう。

 彼女たちに感謝しながら、ナイフを自分の腹部に突き立てようとした――その瞬間だった。

 

「――アクア!」

 

 男が一人、息を切らせながらこちらに駆けてくる。夜だというのにサングラスをかけた四十代くらいの男だ。夜目にも分かるほどくたびれたコートに、無精髭の目立つ角ばった顔つき。サングラスの奥から覗く眼光だけが、年齢に似合わぬ鋭さを保っていた。

 

 ――斎藤壱護。

 

 苺プロの元社長にして、ミヤコさんの夫。アイの父親代わり。『15年の嘘』の撮影開始の少し前にミヤコさんに見つかって苺プロに戻ってきた男。カミキに復讐しようとしていた俺の、共犯者。

 ちょうどいい。

 後のことはこの人に託そう。この人ならば俺の思惑も事情も大体理解してくれるだろうし、ルビーたちに悪いようにはしないはずだ。

 

「壱護さん、ルビーとミヤコさんをたの――」

「有馬かなが!」

 

 壱護は俺の言葉を遮った。

 

「一命を取り留めた!」

 

 俺は虚を突かれてそのまま停止してしまった。

 有馬が――生き延びた?

 壱護は息を切らせながら駆けて、俺の元に辿り着く。

 

「お前の、おかげだ。応急処置が、適切だったおかげで、血をそこまで失わずに済んだらしい。まだ面会は許されていないが、一度意識は戻った。後遺症がどうなるかは分からんが、少なくとももう命に危険はない」

 

 俺のおかげ?

 違う、有馬は俺のせいで――。

 呆然としているうちに壱護はナイフを握っていた俺の右手を抑えてきた。慌てて抵抗しようとしたが、有馬の話を聞かされた直後で、力が抜けてしまっていた俺は、あっさりとナイフを奪われた。

 

「馬鹿が。これで、何をしようと思っていたんだよ」

 

 壱護は奪ったナイフを遠ざけながら、見下ろすように俺を睨みつけ、その目に苛立ちを隠そうともしなかった。

 

「――違う、違うんだよ」

 

 そうだ。有馬が助かろうとも、カミキがルビーを狙っていることには変わりはない。

 いくらそう自分に言い聞かせても、先刻までの殺意は戻ってこなかった。有馬が助かったという安堵にすべて塗り潰されてしまっていた。

 

「新野冬子をルビーにけしかけたのは、カミキなんだ。それだけじゃない。カミキが菅野亮介にうちの住所を教えたのも、アイが殺されることを期待してやったことだったんだ。他にもアイを超え得る芸能人をずっと間接的に殺し続けてきた。カミキはまだルビーを狙っている。でもこれまで一度も直接手を下していないから、警察にはどうしようもない。俺がカミキをどうにかしないと、ルビーが――」

「――そうか」

「嘘じゃない。本人もさっき自白して――」

「分かってる。黒川あかねに全部聞いた」

 

 ――あかねが?

 

 何故ここであかねの名前が出てくるのか分からず、面食らっている俺をその場に残して、壱護は立ち上がってカミキに向き直った。

 

「――ちゃんと話すのは、二年前に、河原にいた俺にインタビューしてきた時以来か」

 

 カミキは少しだけ意外そうに眼を見開いた後、胡散臭げな微笑に戻った。

 

「そうですね。世捨て人のような暮らしをしていたあの時に比べれば、今のあなたは随分と活力に溢れているようだ」

「ルビーはアイを超えるアイドルになるらしいからな。単なる子供の夢だった頃と違って、今では現実的な未来として見えてんだ。協力しないわけにもいかない」

「そうですね。そのために苺プロに戻ったあなたは、あの時とは違う。あなたが何か問題を起こせば、その責任の一端は苺プロの方でも背負わなければいけません。この芸能界は信用が何よりも重要な世界だ。あなたが人を殺したりすれば、奥さんも社員もタレントたちも未来を閉ざされてしまう。それが分かっていたから、彼女たちを巻き込まないために、あなたは完全に消息を絶っていたのでしょう?」

 

 壱護は舌打ちした。

 

「――よく分かっているな」

「人心の洞察と嘘の上手さと、後は顔の良さだけが取り柄なのですよ、アイと同じように」

 

 カミキの発言に籠もっていた自虐的な響きを感じ取ったのか、壱護は一瞬だけ眉を上げ、思いがけない言葉を聞いたようにカミキを見返した。

 

「お前も、嘘しか言わなかったあの時とは少し違っているようだな」

「これでも息子と話して色々と思う所はあったのですよ。まあ、守るものがある今のあなたはそれほど怖くない。アイの復讐以外のすべてを切り捨てていたからこそあの時のあなたは怖かったし、新野さんに目を付けていたので調査の方向性としても間違っていなかったから、様子を探る必要があるとも思ったのですけれどね。ルビーの可能性に惹かれて苺プロに戻ってしまったあなたでは、アイのために全てを捨てることはできないでしょう?」

「アイのため、か」

 

 壱護は自虐的に唇を歪める。

 

「アイは俺がお前を殺すことを別に望まないだろう。どんな形であれお前に対して愛情があったということは、あの映画でルビーが教えてくれた。だから、これは、アイのためでもルビーのためでもねえよ。単に俺のためだ」

「――あなたは」

「うちの大事な一人娘に手を出して妊娠させたんだ。頑固親父にぶん殴られるくらいは覚悟していたんだろ? 忘れたのか、『15年の嘘』には――アクアだけでなく、俺も関わってんだ」

 

 壱護は俺を振り返って目を合わせると、そのまま小さく頷いた。

 

「――ルビーには、まだ、お前が必要だ。あいつとミヤコのことを、頼む」

 

 壱護はそのまま。

 頷いた俺から目を逸らし、一瞬だけ目を閉じた。サングラスの奥では、もう何も迷っていなかった。

 手に持ったナイフを逆手に持ち替えると。

 

 自らの腹部に、躊躇なく突き刺した。

 

「――は?」

 

 俺が思わず声を上げ、カミキも驚愕に目を見開く。

 

「まさか――アクアと同じ――」

 

 壱護は痛みを堪えるような笑みを浮かべながら、絞り出すように言葉を続けた。

 

「自伝映画によって告発されたカミキヒカルは逆上。脚本担当の一人とトラブルになり、刃傷沙汰の末に共に崖から転落死した」

 

 壱護は一歩踏み込み、カミキの胸倉を両手で掴んだ。抵抗する間もなく二人の体はもつれ合い、崖の縁を越えた。短い摩擦音と、風を切る音だけを残して、二つの影は闇の中へ吸い込まれていった。

 

 波の音だけが、残った。

 

 俺は呆けたまま立ち上がり、ふらふらと崖の淵に歩み寄る。

 既に沈んでしまったのか、二人の姿は海面には見えなかった。月のない夜の海は墨を流したように暗く、波の輪郭すら曖昧だった。時折、白く砕ける波頭だけが、底知れない深さを強調する。どれほど見つめても、そこに人影が浮かぶことはなかった。

 壱護は、カミキと一緒に、沈んでしまった。

 

 

 どれくらいの時間、そこに立っていたのか分からなかった。

 死ぬのは、俺だったはずなのに。

 いや。今からでも遅くはない。

 俺は――ルビーのために――死ななければ――。

 

「アクアくん、死ぬつもり?」

 

 声が聞こえた。

 のろのろと振り返ると、いつからこの場にいたのか、一人の少女が立っていた。160センチ半ばと女性としては高い身長。最近までは肩まで伸ばしていた髪はボブカットに切り揃えられている。普段はあどけなさも感じられる穏やかな目が、今は俺を刺すようにまっすぐに見据えられていた。

 

「――あかね?」

「どうにか間に合ったみたいだね」

 

 黒川あかねは、崖に向かう俺の横に立ち並び、海を見下ろしながら呟いた。

 

「斎藤壱護さんが、カミキヒカルと一緒に落ちたんだね」

 

 俺ではなく、自分自身に語り聞かせるような言葉だった。あかねは唇を噛み締め、視線を逸らしたまま拳を強く握り込んでいた。救えなかった命の重さが、胸の奥で拮抗しているようだった。

 

「あ、ああ――」

「なら、アクアくんが今から落ちても、何も変わらないよ」

「それは――」

「今からアクアくんが落ちるのだとすれば、それは、単にアクアくんが死にたいだけ」

 

 返事に窮する俺の左手を取って、自分の胸元に引き寄せる。

 

「アクアくんは、死にたいの?」

「――分からない」

「死にたいなら、それでもいいよ。一緒に死のう」

「は?」

 

 俺は顔を上げてあかねを見つめた。冗談を言っている顔ではなかった。

 

「アクアくんと一緒なら、死んでもいいよ。最初から一緒に地獄に行くつもりだったんだから」

 

 意味が――分からなかった。

 

「あかねが、死ぬ意味が、ない」

「アクアくんが死ぬ意味もないよ。アクアくんが死にたいから死ぬっていうのなら、私もアクアくんと一緒に死にたいから死んでもいいでしょう」

 

 言っていることは相変わらず意味不明だった。

 それでも、あかねの目を見て、嘘や脅しではなく、俺が死ねば本当にあかねも一緒に死ぬ気なのだと分かってしまった。

 

「私も道連れにすると分かっていてもアクアくんが死にたいなら、それもいいと思う」

 

 俺が死ねば、あかねも死ぬ。

 アイのことも、有馬のことも、ルビーのことも、俺は守れなかった。

 カミキと一緒に死ぬのは、壱護ではなく、俺でなければいけなかったのだ。

 でも、俺が死ねばあかねも死ぬ。

 

「あ、ああ――」

 

 頭が痛い。俺は死ななければいけない。生きていてはいけないし、生きていくこともできない。有馬に、ルビーに、アイに、ミヤコさんに、どの面を下げて顔を合わせればいいのだ。俺が死ねばあかねも死ぬ。あかねを死なせるわけにはいかない。

 あかねの手を振りほどこうとした。指に力を込めたが、何も起きなかった。手が、動かなかった。

 左手をあかねに預けたまま、俺はその場に蹲った。

 

「――ごめんね、アクアくん」

 

 あかねの声が聞こえる。俺の元にしゃがみこむ気配がすると、俺の頭を胸に抱きしめて来た。彼女の胸のぬくもりは、悲しいくらいに優しかった。

 気付けば周囲には雪が降っていた。粉雪が静かに舞い始め、闇の中で淡く光りながら落ちてくる。溶けきらない雪片が衣服に残り、冷たさだけが現実として肌に触れ続けていた。

 

 あかねの手が、俺の頭を静かに撫でていた。12月の夜の寒さに、体がずっと凍えていたことに、俺は今になって気が付いた。

 

 

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