「ぜんばびい、いぎででよがっだよぼおお」
ぐずぐずと鼻水をすすりながら泣き続けるルビーの頭を私は撫でる。
「はいはい、私はもう大丈夫だから。ルビーもこれ以上泣かないの」
ルビーの横に座っているMEMちょも私と同じように苦笑していたが、私が目線を向けると真顔に戻って懇々と説くように話し出した。
「私たちも心配してたんだよぉ。ライブに向かう途中でかなちゃんが刺されたって連絡が来て、慌てて病院行ったら手術中でさ。ルビーとミヤコさんと私の三人で集中治療室前の廊下で、お通夜みたいな空気の中でずっと待ってたんだから。一命を取り留めたって聞いた時には、ルビーなんかほっとしすぎて泣き出して、そのまま泣き疲れて寝ちゃったくらいだよ」
「悪いわね、心配かけたわ」
MEMちょに謝ってから、隣で二人を見守っていた社長にも頭を下げる。
「社長もすみません。せっかくの卒業ライブだったというのに、よりによって私が刺されて、大変な迷惑をかけてしまいました」
「迷惑なんて考えなくてもいいのよ。あなたは怪我人なんだから自分の安静を第一に考えなさい。何より、あなたが怪我をしたのは、ルビーを守った結果なんだから、私はお礼を言わなければいけない立場よ。この子を守ってくれて、ありがとう」
「はい。――ありがとうございます」
この人も今は一番大変な状況だろうに、許可が下りると同時にルビーたちと一緒に真っ先に面会に来てくれた。どれだけ忙しくても私に礼だけは面と向かって言っておかなければいけないと思ったのだろう、相変わらず義理堅い人だ。
「その――壱護さんのことは」
私が彼の名前を出すと、気丈に振る舞っていた社長の顔に影が差した。
「――聞いているのね」
「警察に事情聴取された時に少しだけ話を聞きました。詳しいことは教えてくれませんでしたけど、アクアを守るために刺されて、そのまま犯人と一緒に海に落ちたって」
「そう――」社長は静かに頷いた。いつも通りの落ち着いた顔をしているが、目の下にうっすらと隈が見えた。「アクアの証言があったから海を攫っている所だけど、二人とも死体は見つかっていないの。まだ海を漂っているみたいね」
「社長は、その、大丈夫ですか?」
この人は夫を亡くしたのだ。斎藤壱護のことは詳しくは知らないが、十年に渡って失踪していて、ようやく見つかって再び一緒に暮らし始めた矢先だったと聞いている。社長からすれば上げて落とすかのような事態だろう。
「まあ、大変だけれどね。でも今の苺プロには悲しんでいる暇なんかないし、あなたも力になりたいと思うのなら、安静にして少しでも早く怪我を治して復帰してくれるとありがたいわ」
社長は私の言葉にも微笑を浮かべているが、きっとかなり無理をしている。本当はルビーのように泣きたいところだろう。私は頷いて話題を変えた。
「もう一つ、新野さんがどうなっているか、分かりますか?」
「今は警察に拘留されているわね。あなたは、彼女に対して可能な限りの減刑を望んでいる、と聞いたけれど」
「はい。警察にも伝えておきました」
「そう――私も詳しい話は聞いていないのだけれど、彼女は他にも余罪もあるらしくて、実刑を避けるのは難しそうだったわ。被害者のあなたが寛恕するというのならば、今回の事件に関してはある程度は考慮されるとは思うけれど」
「そうですか――」
余罪か。きっとあるのだろう。あれほどの執着をアイに向けていたのだ。ルビーの件が初犯というわけではないと思う。
退院したら面会に行こうと思った。もう一度、お互いに落ち着いて話せる状態で、私はあの人とちゃんと話さなければいけない。
「B小町の今後の活動については、どうなりますか?」
私の質問に、社長はこれまで脇に控えていた吉住マネージャーをちらりと見た。吉住は頷いて手帳を取り出すと説明を始める。
「ライブに関しては有馬さんの退院待ちで、しばらくは控える方向になりました。配信や番組出演については来週から再開して、ルビーさんとMEMちょさんで回してもらいます。今回の事件に関する声明もそこで出す予定です。有馬さんが退院できれば、その後で改めて卒業ライブを行いたい、と苺プロとしては考えています」
「はい。お願いします」
今回のことで延期になったが、卒業ライブは行うつもりだ。やはりアイドルはちゃんと卒業しなければ、私は前に進めない。
「医者によると、臓器に損傷はなかったようですが刺傷は深くて、二、三週間くらいは入院が必要とのことです。病院で年越しすることになりそうですね。自宅療養の期間を含めると、ライブに出られるのは一か月後くらいになると思います」
「一か月ですね、分かりました」
「応急処置が適切だったからどうにか生き延びられたって話です。だからまあ――根性なしのあいつにも、私は全く感謝していないわけでもなかったと、一応伝えておいて下さい」
我ながら迂遠な言い回しになってしまった。社長はMEMちょと一緒に苦笑しながら「ええ、伝えておくわね」と頷く。
コンコン、とノックの音が聞こえた。5人で顔を見合わせている間に、ゴロゴロと重い音を立てながらゆっくりと病室の扉が横に開く。
「おやおや、噂をすれば」
来訪者は、口に手を当ててにやにやと笑うMEMちょを一瞥してから、何も言わずにベッドの前まで歩いてきた。いつも通りのフード付きの黒いパーカーを着て、いつも通りのすまし顔だが、全身からどことなく暗い空気が立ち上っている。
「――アクア」
「悪い、遅れた」
それだけ言って、アクアはじっと私を見下ろす。何を言ったものかと戸惑っていると、脇で私に頭を撫でられていたルビーは突然はっとした顔になった。右腕の袖で涙をごしごしと拭って立ち上がり、三人の手を引いた。
「行こう、みんな」
「ルビー?」
「先輩とお兄ちゃん、今は二人きりにしてあげて」
三人は一瞬だけ意表を突かれたかのように目を丸くしたのちに、ちらりとアクアを見て納得したように頷いた。社長が「詳しいことは、またメールで相談しましょう」と一言残して立ち上がる。
アクアは片手を上げて「おい」と引き留めたが、ルビーに、
「うちで最後に先輩にいわれたこと、ちゃんと応えてあげて、お兄ちゃん」
と言われ、そのままの体勢で固まってしまった。アクアを残したままMEMちょと社長を連れたルビーが病室を出る直前に、振り返って私と目を合わせると、声に出さずに「頑張って」というように口だけを動かした。
その時のルビーは随分と印象的な目をしていた。応援や気遣いもあるのだろうけれど、堪えて押し込めた、もっと強い感情が、瞳の奥に見えたような気がした。
二人きりになった。アクアは途方に暮れた様子で、先刻までルビーの座っていた椅子に座り込む。
「――気を遣われたみたいね」
どことなく気まずい空気のまま、アクアは首だけを動かして頷いた。
「私が寝てる間、アンタも色々と大変だったみたいね。殺されかけたとか聞いたわよ」
「そう、だな」
「アンタ、今は大丈夫なの? 外に出られる状態じゃなかったから最初も見舞いに来れなかったって社長に聞いたけど」
「まあ、何とか」
相槌ばかりでまともに答える気がないように見える。私は意地になって話を続けた。
「私はまあ、入院すれば後遺症も特になさそうよ。卒業ライブも改めてちゃんとやるつもりだから、ちゃんとアンタも来なさいよ」
「良かった」
「アンタの応急処置のおかげで助かったみたいだから、一応、礼は言っておくわ」
「――いや」
初めて、アクアからまともな反応があった。
「違うんだよ、そうじゃないんだ」
私は黙って先を促す。アクアは立ち上がって堰を切ったように話し始めた。
「ルビーを守らなければいけないのは俺だったんだ。俺が迂闊だったから、気を付けていなかったから、有馬が刺されることになったんだ。俺がちゃんとあかねたちとも連携を取っていれば新野冬子のことも予測できたし、ルビーを守れたはずだったんだ。
いや、それだけじゃない。そもそも映画でカミキを刺激しなければルビーも狙われなかったんだ。俺が復讐なんて考えなければ良かった。全部俺のせいだ。赦されるはずがない」
こんなに動揺しているアクアを見るのは初めてだった。呼吸も荒く、視線も定まらず、手が小刻みに震えていた。
家に閉じこもっていたのは、こういう状態だったからか。私は少し考えてから、アクアから目線を離して窓の外に向けた。
窓の外には冬枯れた街路樹が並び、白く濁った空から粉雪が音もなく舞い落ちていた。行き交う人々はコートの衿を立て、足早に師走の街を歩いていた。
「落ち着いて、最初から順序立てて話しなさい」
顔は外に向けたまま、念のために付け加えた。
「今回だけは、嘘もごまかしもなしで」
しばらくしてから、呼吸が荒いままのアクアが、再び椅子に座り込む気配がした。
無言で落ち着くのを待つ。そのまま何もせずに外を眺めていると、数分ほどしてから、ぽつりぽつりと、これまでの人生でアクアがしてきたことを、話し始めた。
幼児期にアイが死んだときには、自殺も考えていたこと。
父親への復讐を目的に生きると決めたこと。
最初から父親を見つけ出したら心中するつもりだったこと。
父親を探す目的で五反田監督に弟子入りして芸能界に入ったが、役者としての才能が足りず、諦めて裏方に回ると決めたこと。
芸能界で見つけた相手は手当たり次第にDNA鑑定をしてきたこと。
高校に入学して私と再会し、アイの知り合いだった鏑木さんと接触するためにドラマのストーカー役の代役を引き受けたこと。
リアリティショーにて出会った黒川あかねに利用価値を見つけて交際を始めたこと。
鏑木さんからの情報をもとに劇団ララライに目を付けたこと。
2.5次元の舞台を通して見つけた姫川大輝が自分の異母兄であると分かったこと。
姫川の戸籍上の父親である上原清十郎が自分の父親だと思い、仇が既に死んでいると思い込んだこと。
もう幸せになってもいいのだと思って、黒川あかねと付き合い始めたこと。
アイを失った恐怖と重ね合わせて、私を過剰に避けたこと。
一年ほどが経過したのちに、仇がまだ生きていると知ったこと。
黒川あかねが自力で犯人を突き止め、GPSによって彼女を監視していたアクアもそれを知ったこと。
黒川あかねが単身で犯人の元に行こうとしたのを止めて、GPSを仕掛けたことが発覚したこともあって彼女と破局したこと。
元々温めていた計画を実行に移すために、私のスキャンダルを利用して自分とルビーがアイの子供であると暴露したこと。
映画の内容に逆上した父親と相討ちになった、という名目で父親を殺すために映画を撮り始めたこと。
アクアと同じくらいに犯人を憎んでいたルビーが犯人を許したことで、アクアも赦すと決めたこと。
黒川あかねと斎藤壱護がアクアに隠れて裏で動いていたこと。
私が刺されて呆然と街を彷徨っている時に、カミキヒカルと接触したこと。
そこでルビーとの心中を唆されたこと。
カミキヒカルが周囲を扇動して芸能人を殺し続けていたと知ったこと。
土壇場で斎藤壱護に助けられたこと。
途切れ途切れの要領を得ない話し方で、内容もあちこちに行ったり来たりするので事態を整理するのが大変だったが、私は相槌も打たずに無言で最後まで聞き続けた。話が終わるまでに数十分はかかっただろうか。
話し終わってからもしばらく無言のまま、私は中身を咀嚼する。
まあ、聞く前から、大体こんな所じゃないかとは思っていた通りの内容だった。東京ブレイドの舞台でアクアの演技を見た時から、彼が芸能界に残り続ける理由が決して前向きなものではないことは察していた。後は彼の生い立ちを知り、『15年の嘘』の映画の脚本を読めば大体の事情の想像はつく。意外だったのは、アクアが本気で死ぬつもりだったことと、カミキヒカルの本性くらいだ。
「――で、どこら辺がアンタのせいなのよ」
私は改めてアクアの方に顔を向けた。
「――俺が、カミキヒカルを追い詰めたから、あいつは余計にアイを求めてルビーを狙った。俺のせいでルビーが狙われた。だからルビーを守るのは俺の仕事のはずだったんだ。俺があかねたちと連携を取っていれば守れたはずだったのに、利用だけでして捨てたことであいつらに見放されたから、ルビーが襲われることを予測できなかった」
「――そう」
かなり強引な理屈だ。けれども、否定する気にもならなかった。
世界の残酷さと真正面から向き合うよりも、すべては自分の自業自得なのだと思っていた方が、ある意味では楽なのだ。世界を憎むのは苦しいから、世界よりもずっと矮小な存在である自分自身を憎む方が簡単なのだと、私は知っている。
それはきっと、自分自身に対する言い訳でしかない。でも、カミキヒカルがいなくなった今、彼に憎悪をぶつけても何も返ってこないから、言い訳くらいはしなければ今のアクアは耐えられないのだ。
それでも、これだけは言っておかなければならなかった。
「いいわ、ルビーが狙われたのはアンタのせいなのかもね。でも、私が刺されたのは違うでしょ。アンタのせいじゃない、私がルビーを庇ったからよ」
アクアは顔を上げた。
「私はルビーを庇って刺されたことを後悔してない。何回やり直したって同じことを繰り返す。きっとアイだって同じだったはずよ。自分が子供たちを守れたことを、誇りに思っていたはず。アンタも自分のことはいくらでも責めればいいけど、私やアイの行動の責任まで、勝手に奪うんじゃないわよ」
「奪うって――そんなつもりじゃ」
「刺された私がアンタは関係ないって言ってんのよ。刺されてもないアンタが何をゴチャゴチャ抜かしてんの」
「――俺が刺された方が、良かったのかな」
バチン、と。
アクアの頬から乾いた音がした。
反射的に手が出ていた。気が付いたら全力でアクアの顔を平手打ちにしていた。
「そういうことは言わないって、約束したでしょ」
アクアは呆然と頬をさする。
「そう、だったな。――すまん」
それを見ながら、徐々に私も落ち着いてくると、脇腹に痛みが走っていることに気付いた。刺された傷が開いたかもしれない。とりあえず痛みは顔に出さないようにしながら話を続ける。
「私が刺されたのはアンタとは関係ないけどね、アンタが死ぬとか言わないってのは私との約束だから、私にも関係あるわよ。私に申し訳ないと思うならそっちにしなさい」
「悪かった」
「私との約束を破って死ぬつもりだったんでしょ。本当にそうなっていたら、私は冗談抜きで生きているアンタじゃなくて死体を殴っていたわよ。そしたら息子の遺体に手を出された社長にも張り倒されただろうし。私もあの人には世話になったと思っているんだから、不義理をさせないでくれる?」
「有馬なら、確かに、そうしたんだろうな」
「大体何よ、利用って。アンタ、黒川あかねのこと、全然利用できてないじゃない。悪人を気取るんだったら、それこそカミキヒカルみたいに、積極的にあかねに手を汚させるくらいのことをしてから言いなさいよ。巻き込めないからって肝心の所で突き放すしかなかったアンタは、結局、その程度の人間なのよ」
「――それは、違う」
アクアはゆっくりと首を振った。
「俺もカミキも、変わらない」
アクアの顔を見て、反論するのをやめた。今日は病室を訪れてからずっと後悔を滲ませた暗い顔で私からは目を逸らしていたのだが、今だけははっきりと私と見据えていた。どうやら、どれだけ弱っていても、この部分だけは譲れないらしかった。
「カミキヒカルと何か話したの?」
「何か、じゃ済まないくらいに色々と。あいつは、確かに俺の父親だと思った」
カミキヒカルが周囲を扇動して芸能人を殺していると、アクアがどうやって知ったのかは教えてくれなかった。あの夜のアクアには、ルビーとの心中を唆されたことで事態を察せられるほどの余裕はなかったと思うのだが――彼と話して、何か通じ合う部分があったのだろうか。
「どこら辺が?」
私が様子を伺いながら慎重に問い掛けると、アクアは即答した。
「アイが死んだら自暴自棄になった所が」
私は頷いた。そして、何となく、アクアの気持ちを理解した。
「それは――そうかもね」
アイに対する執着をカミキヒカルと共有出来て、それはある意味で、嬉しかったのだと思う。アイへの執着自体はルビーや社長とも共有できることではあったのだろうけれど、アクアは彼女たちには自分のように不幸になって欲しくはなかったから、同志だとは思えなかったし、思ってはいけなかったのだ。
自分と同じように不幸になってもいいと思えた存在は、カミキヒカルだけだった。だから彼にだけは仲間意識を抱けたし、彼と一緒に死ぬのは構わなかったのだろう。
彼と同じと思えれば。
自分はちゃんと、罰を受けられているのだと、思えたから。
「カミキヒカルと一緒に死んであげたかった?」
「――ああ」
「それは、アンタ自身の願いね。ルビーの願いでも私の願いでもアイの願いでもない。神様なんてものがいるのかは知らないけど、いたとしてもアンタに死んでほしいなんて考えちゃいない。神様が罰を与えるならアンタはとっくに死んでるし、私とも黒川あかねとも会わせてくれなかったわよ」
「分かってる」
「カミキヒカルは崖から落ちる時、どんな顔をしてた?」
アクアは大きく目を見開いた。こんな質問が来るとは思っていなかったようだ。
「驚いた顔で――必死に抵抗していた。死にたくない、って顔をしていた」
「どんな嘘つきだろうと死に顔はそうそう偽れるものじゃないし、今から死ぬのに偽る意味もない。死にたくないって顔をしていたのならそうだったんでしょう。だから、アンタとカミキヒカルが同じなんだとすれば、やっぱりアンタにも死にたくないって気持ちはあるのよ。認めるのは嫌かもしれないけどね」
「――――」
「死にたくないのもアンタ自身だし、そんな自分の気持ちを恥じているのもアンタ自身。全てはアンタの中にある想いなんだから、アイや私を理由にするものじゃないわ。赦されないって言ったけどね、世界はアンタを赦すことも裁くこともないのよ。自分が勝手に赦していないだけなのに、『赦されない』なんて言い方は止めなさい」
アクアは何かを言うように口を開いて、けれども結局言葉にはならずにそのまま黙り込んでしまった。
「私は演技をする時、自分の感情を役に重ね合わせて演じる。普段のアンタはそういう演じ方はしないけど、2年前に舞台で『刀鬼』を演じた時には、本物の感情が見えた。あの時に役を演じる為に、自分の後悔や復讐心や罪悪感とは向き合ったんでしょう。でも、『星野アクア』はそれだけで構成されているわけじゃない」
一旦言葉を切ってアクアの様子を伺う。項垂れたまま何も言わないのを見て先を続けた。
「両親によく似て嘘ばっかりつくから本心が分からなくなってしまったのかもしれないけどね。復讐に人生を捧げようとしたのも本当だけど、芸能科にも入らないのに妹が心配で同じ高校を選んだシスコンも、利用しようとしていたはずの黒川あかねに絆されてしまった根性なしも、復讐心を忘れて下らないことで私と言い争ってきた馬鹿も、全部が本物の『星野アクア』でしょ。アンタも役者なら、そっちの自分にもちゃんと向き合わないとね」
「俺は――そんな」
「少なくとも私は、そんな弱いアンタのことも嫌いじゃないわよ。ルビーやあかねや、アイだって生きていたら同じことを言うでしょう。アンタの弱さも愚かさも、赦せないと思っているのはアンタだけよ。刺された私が言うんだから間違いないわ」
アクアはうつむいたまま、声にならない呻きを上げる。肩が細かく揺れていた。声は出ていないのに、その震えだけが隠しきれずに、うつむいた背中を波のように伝っていた。
私は心を決めて、そんなアクアの頭の上に左手をゆっくりと置いて、慈しむように撫でた。アクアはしばらく身じろぎもせず、ただ静かに目を閉じていた。やがて、「――ああ」と、かすれた声が、ひとつだけ落ちた。
「アンタの強さも弱さも、復讐心も愚かさも、全部私たちは受け入れるから。だから、少しずつでいいから、アンタもアンタを赦してあげなさい」
窓の外では、雪がまだ降り続いていた。白い光が病室に静かに差し込み、アクアの伏せた顔の輪郭をやわらかく縁取っていた。私はその光の中で、ただ無言のまま、この人の頭を撫で続けた。
次回、最終話です。