土砂降りの雨の中、仕事帰りにコンビニになど立ち寄るんじゃなかった。
アルバイトの店員が発する「ありがとうございました」を聴き流しつつ自動ドアをくぐり、傘立てに差した自分のビニール傘に手を伸ばす。
その時、真横に向けた視界の中に、彼女がいた。
高校生か、あるいは大学生くらいだろうか。叩きつけるように降り続ける雨の中、彼女はずぶ濡れになった肩を震わせ、軒下に立ち尽くして俯いている。
Tシャツに半ズボンと、外に出るにしてはラフすぎる格好だ。部屋着か、寝間着かなのだろうか。
どうやら彼女は手荷物らしい手荷物を何一つ持っていないらしい。スマホや財布はおろか、傘すらも、だ。
そんな彼女が一体コンビニに何をしに来たのかと訝しんだ直後、彼女が一体何をしでかしたのかをなんとなく察して、ため息を一つ吐く。
今しがた出たばかりのコンビニにUターンし、追加の買い物を手早く済ませて店を出る。
その足で向かったのは、自宅ではなく、彼女の方だった。
「家出するにしても、傘くらい持ってけ」
先ほどまで千円札だったビニール傘を開いて、ぶっきらぼうな言葉とともに彼女に突き出した。
その声に反応して、ぼんやりとした表情で彼女が顔を上げる。
彼女の暗く濁った瞳が、自分の顔を捉えた。
「……補導かと思った」
「本当にされたくなかったらさっさと帰りな。風邪ひくぞ」
「……帰りたく、ない」
「……ったく、しゃーねえなあ……」
新しく買った傘を彼女に持たせ、自分も彼女の隣、雨宿りにもならないほど狭い軒下に入り込む。
濡れるのも嫌なので傘は開いたまま。つかず離れずといった距離を保ったまま彼女の隣に並び立つ。
「何があった。聴くだけ聴いてやる」
誰がどう見ても明らかな厄介ごとに、どうして自分から進んで首を突っ込もうとしているのか。
一体何をやっているんだかと、心の中で自嘲する。
一方、彼女も自分の対応に驚いているようで、驚きの表情を隠そうともせずにこちらを見ていた。
数秒間固まっていたのち、我に返った彼女が視線を逸らす。この見ず知らずのスーツの男を、本当に頼ってしまっていいものか迷っているのだろう。
時間にすれば一分もないくらいだろうか。彼女はたっぷりじっくり悩んでから、ぽつりと一言つぶやいた。
「進路のことで、親と喧嘩した」
「なるほどな」
「大学受験やめて、VR映像作家になりたいって言ったら、反対された。何言っても、全然話聴いてくれなくて……」
独り言のようなか細く小さな声で、たどたどしく彼女は話す。
口を動かしながら、適切な言葉を都度探しているからなのだろう。彼女の話は、時折不自然なタイミングで言葉が途切れた。
叩きつけるような雨音も相まって、彼女の話は聞き取りづらくて仕方がない。
だが、それはそれとして、だ。
「お前、まじかよ……」
「おじさんもそう言うんだ」
率直な感想を吐く見ず知らずの自分に、彼女はじっとりとした視線を投げかける。
年々進歩を遂げるVR技術が映像作品と手を組んでから早数年が経ち、ついにVR映像専門の映像制作を生業とする者が出始めた。
それに伴い、まだ見ぬ才能とビジネスチャンスを求めて、VR映像作品のコンテストが各地でいくつも開催され始めている。
だが、最新技術であるがゆえに知名度は未だ低く、コンテンツとしても一般的に浸透しているわけではない。
業界として成長の余地は確かにあれど、その先行きはひどく不透明で不安定。それが、VR映像作家の現状だ。
そんな、夢と希望に満ち溢れた道なき道に、彼女は後先考えずに飛びこもうとしているのだ。呆れた反応が返ってくるのは当然だろう。
そして、後先考えずに飛び込めるほど焦がれた夢を、馬鹿にされて不快に感じるのもまた、当然だろう。