きっと、その花の色は透明で   作:くろゐつむぎ

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きっと、その花の色は透明で(3/6)

「……そう、なのかも」

 

 ややあってから、彼女は一言ぽつりとつぶやいた。

 

 傘に隠れて、彼女の表情は見えない。

 

 隠れているだけなのか。それとも隠しているのかも分からない。

 

 だが、これまでのやり取りの中で、確信したことが一つある。

 

「それとお前、本当のところは進学と夢の両立を考えなかったわけじゃないんだろ?」

 

 その言葉に、彼女はこくりとうなずいた。

 

 進学か、はたまた夢か。

 

 別にどちらか一つに絞る必要はない。むしろ、その二者択一を無理やり迫る方が不自然だ。

 

 そこにはおそらく何か理由がある。その理由を詮索する前に、彼女は一言「不安なの」と答えた。

 

「大学のために時間割いて、映像制作と関係ない時間が増えるのが怖いの。他の人たちが映像を作って前に進んでる中で、自分だけ取り残されるんじゃないかって……」

「映像制作に関係のない時間なんてねえよ」

 

 彼女が口にする不安を、こともなげにばっさりと切り捨てる。

 

「受験勉強に必死に取り組むことも、初めてのキャンパスライフで苦労することも、夢のために真剣に悩んでる今だって、その経験は、いい映像を作るための糧になる」

 

「……本当に? 信じていい、の?」

「あくまで持論だ。半信半疑くらいにしとけ」

 

 こちらの顔を覗き込むようにして尋ねる彼女に、一応保険をかけておく。

 

 その傍ら、横目でちらと彼女の顔色を窺った。

 

 無責任で曖昧な返答をされた彼女の胸中は分からないが、少なくとも、最初の暗く澱んだ瞳はどこにもなかった。

 

 ならば、もう自分の役目は終わったとみていいだろうか。

 

 ため息を一つ吐いて、コンビニの軒下から一歩踏み出し、彼女の方を振り返る。

 

「さて、風邪ひく前にそろそろ帰れ。親にも家出のことはちゃんと謝って、きちんと今後のことを話し合ってこい」

「あ、傘」

「やる。それ使って帰れ」

 

「でも、代金支払ってない」

「いらねーよ。俺が勝手に世話やいて押し付けたもんだし、ガキにたかるほど貧乏してねえ」

「でも――」

「でももなにもねーよ。マジで補導される前にさっさと帰れ」

 

 それじゃあなと口にして、その場を離れようと足を動かす。

 

 さっさと帰って熱い風呂に入り、さっさと寝て、いつもの日常に戻ろう。

 

 そんなことを考えながら、彼女から一歩、また一歩と離れていく。

 

「待って」

 

 だが、彼女はそれを許しはしなかった。

 

 背後から声をかけられると同時に、スーツの裾を引っ張られる。

 

 振り返ると、彼女が自分のスーツをつまんで、こちらの顔を見つめていた。

 

 相当慌てて飛び出したのか、先ほどまでいた軒下から数メートルしか離れていないというのに、彼女の息が上がっている。

 

「明日、同じ時間に、もう一回ここに来てくれない?」

「……なんでだよ」

「お礼、したい」

「いらねーし、行かねーからな」

 

 捨て台詞のような一言を吐いて、またコンビニを離れようと一歩歩みを進める。

 

 それを素早く察知した彼女が、裾をつまんでいた手をぱっと離し、立ち塞がるように自分の正面に回り込んだ。

 

 ぴっと、彼女の人差し指がまっすぐこちらに向けられる。

 

「待ってるからね」

 

 彼女はそう言い残すと、こちらの返事も聞かずにさっさと走り去ってしまった。

 

「……なんだったんだよ、あれ」

 

 気づけば土砂降りの雨の中、なぜか一人取り残される形になっている。

 

 本日何度目かのため息が溢れでる。

 

 お礼などいらないと言った。

 

 ここには来ないとも言った。

 

 だから明日、彼女の言いつけ通りに、このコンビニに来る義理はない。

 

 彼女の今後など、自分の知ったことではない。

 

 関係ない。

 

 ない、はずなのだが――

 

「……やっぱり、来てくれた」

 

 昨日とは打って変わって快晴の夜空の下、昨日と同じコンビニの軒下に、昨日と同じように彼女はいた。

 

 こちらの到着に気付いた彼女が、ぱたぱたとこちらに駆け寄ってくる。

 

 彼女が通っているところのものであろう高校の制服を身に着け、学校指定のカバンを手にしている。どうやら今日は、学校帰りに直接ここに来たらしい。

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