「お前な……。今日俺がここに来なかったらどうするつもりだったんだよ……」
「普通にジュースか何か買って、普通に帰ってたんじゃないかな」
「そういう問題じゃないだろうが。つーか、一体いつからここにいたんだよ」
「さっきまで塾行ってたから、そんなに待ってない。もしかして、心配してくれてた?」
「そりゃあ、こんな夜中に女子高生がうろつく原因を作っちまったかもしれないとなれば、気になっちまうだろうが」
「そっか。そんなに心配してくれてたんだ」
こちらの反応を楽しんでいるのだろう。にやにやと憎たらしい笑みを浮かべる彼女に、本日最初のため息がこぼれた。
存外お調子者でひょうきんもの。それが彼女の素の性格なのだろうか。
どうやら、そんな一面を見せてもいいと思われるくらいには、彼女に懐かれてしまったらしい。
「そうそう、先にこれ渡しておくね、傘代」
そう言って、彼女は財布から取り出した千円札を、得意げに、満面の笑みを浮かべてこちらに突き出してきた。
昨日、はっきりといらないと言った傘代。
それを見て思い出した。彼女は自分の言い分が通らないからという理由で、家出を敢行する程度には強情だった。
はたから見ればいかがわしい取引現場と間違われるだろう。勘違いで通報されてもおかしくない。
「いらねっつってんのに……。まあ、ここまできたんならもらっとくわ。ありがとな」
「それはこっちのセリフ。昨日はほんとにありがと」
「どういたしまして」
「それで、さ」
いかがわしい取引と、お礼の言い合いが終わるや否や、彼女が唐突に次の話題を切り出した。
「もしかして、だけどさ。おじさんも映像制作やったこと、あったりする?」
「……よくわかったな」
突然自分の過去を言い当てられ、思わず返答を言い淀んでしまう。
自分が映像制作に携わっていたことなど、昨日の会話の中で、おくびにも出していなかったはずなのに。
「昨日の話を改めて思い返してて思った。おじさん、私を説得するための視点が他の人と違うというか、妙に意見が生々しかった。だから、もしかしてって」
「そうかもな。大学の頃は映像制作サークルで、現場の制作進行を担当してた」
当時の役職を口にしながら、学生時代の記憶を掘り起こす。
大学を卒業してからまだ一年ほどしか経っていないはずだが、もう当時のことが遠い昔のように思えた。
そんな自分に対し、彼女は爛々と目を輝かせて話の続きをせがんてくる。
……まあ、別に減るようなものでもない。断ってごねられても面倒だ。
彼女のご期待に沿うようなことなど何もしていないが、話くらいはしてもいいだろう。
「制作進行つっても、実際には進捗の遅れてる作業のヘルプとか、手が足りてないところのサポートが大半だったな」
「実質、何でも屋さんだ」
「実際、何でも屋さんだったよ」
雑用係ともいうなと、あとから小さく付け足した。
当時は制作進行の本来の仕事である、スケジュールや備品の管理といった業務そっちのけで現場のサポートに回っていた。
そのせいか、困っている誰かを目にすると、どうにも気になって首を突っ込んでしまう、そんな損な性格が染みついてしまった。
きっと昨日、彼女に声をかけてしまったのも、そんなおせっかい焼きが災いした結果なのだろう。
そういうことにしておく。
「その時作った動画って、どこかで見れたりしない?」
「そんなに気になるもんか?」
「すごく興味ある」
「そうかよ」
ずいぶん食い気味な肯定だった。
自分にとってはなんてことのない昔話のつもりだったが、これから映像作家を目指そうとする彼女にとっては、それほどに刺激的な内容だったのだろうか。
「まあ、別にいいけどよ……。一年半くらい前に県の主催で行われたコンテストで、銀賞とったやつがある」
「ちょっと待ってて、検索かけてみる」
コンテスト名を耳にして、彼女はカバンの中身を漁り始めた。どうやらスマホを中にしまっているらしい。
「それよか、どうせ見るんなら同じコンテストの金賞作品を見た方がいいと思うぞ。映像美というか、風景を魅力的に映し出すセンスが段違いだ。あれはもう、一種の芸術だよ」
「あれはもう何度も見てるから、いい」
「そうか」
淡白で簡潔な返答に、ふと違和感を覚える。
彼女も愚直なほど真剣に映像作家を目指しているのだ。コンテストの金賞作品くらいチャックしていても不思議ではない。
だが、今の口ぶりは、何か――
「……その金賞の人、確か今はSNSでAYANE名義で活動してるよね。その人の作品、他にも見てるの?」
彼女から不意に声をかけられて、違和感の正体を探り当てようとした思考が、彼女への返答へと切り替わる。
「ああ、『砂上の九龍城』と『暗き水底のパウダアスノウ』。どっちも何度も見返したけど、どっちも本当にすごかったよ」
「……そっか」
先ほどと同様淡白な返答だったが、何でもないふりをしながら、彼女の頬は少し緩んでいた。
参考資料としてかもしれないが、彼女だってAYANEの作品を何度も見ているのだ。思い入れや愛着があってもおかしくはないし、自分と同じくファンになっているのかもしれない。
そんなことを思っているうちに、彼女のカバンから、ようやくお目当てのものが顔を覗かせた。