「っておい、VRデバイス持ってきてたのかよ」
「せっかくだから、今すぐに見てみたい。感想とか言い合えるかもしれないし」
「そりゃそうかもしれないけどよ……」
映像を見るためにゴーグルをつけると、視界も聴覚も外界から遮断される。当然のことながら、屋外でのゴーグルの使用は推奨されていない。
それなのに彼女は、昨日出会ったばかりの見知らぬ男の横で、ためらいなくゴーグルを着用した。
信頼するにしても限度がないかと困惑する自分をよそに、彼女はVRデバイスをインターネットに繋げ、目的のコンテストのページの検索を続けていた。
「あ、あった。『後輩』ってタイトルのやつでよかった?」
「……ああ、それだ」
しばらくして、彼女は無事コンテストの受賞結果ページにたどり着けたようだった。
受賞作品は、コンテストの結果発表ページから直接視聴することができる。必要な操作も、もう数えるほどしかないだろう。
気づけば、彼女のコントローラーを操作する手が止まっていた。おそらく、彼女のVRデバイスには、かつて自分たちが作った映像が流れていることだろう。
もう、彼女の感覚は現実から切り離されている。何も見えも、何も聞こえもしない。
夜のコンビニの片隅に居座る二人の周りに人影は、ない。
「……ったく、防犯の意識とかねえのかこいつは……」
ため息とともに一言ぼやいた。
信頼されていることに対する嬉しさよりも、心配の方が勝ってしまう。受験勉強なんかよりも、そっちを先に学ぶべきなんじゃないか。
そんなぼやきも、彼女の耳には届かない。
五分間。
長いようで案外短い、映像が流れているその間、自分の言葉は彼女の耳に届くことはない。
だから、簡潔明瞭、たった一言に、思いを込める。
「……応援してるからな。お前は諦めんじゃねえぞ」
かつて心血を注いで作った作品を目の前で見られているこの状況に、今一つ感情は動かなかった。
それこそ当時の自分だったら、気恥ずかしさやら興奮やらでどうにかなってしまいそうなこの状況に、だ。
もう自分は映像作家としては死んでしまっているのだなと、改めて思わされてしまう。
大学卒業とともに、ぼんやりと思い描いた夢をきっぱりと諦めたあの日に、映像作家としての自分は死んだのだと、痛感してしまう。
だから、なのだろうか。彼女には同じ思いをしてほしくなかった。
当然、そんな言葉も思いも、彼女には伝わっているはずもない。
だが、それでいい。それがいい。
彼女にまとわりつく足枷になるかもしれない思いなど、極めて個人的なこの希望など、押し付けるべきではない。
一言言い終わってからしばらくして、それまでぴくりとも動かなかった彼女がゴーグルを外した。
「どうだった?」
「……面白かった」
「そりゃよかった」
「特にあの、ヒロインの後輩ちゃんがかわいかった。その、うん、かわいかった」
「語彙力ねえなおい」
「うまく言い表せないだけ」
「それを語彙力がないっていうんだよ」
「……そう、だけども」
きっと、言いたい言葉があとからあとから溢れ出て、うまく出てこないのだろう。
目は口ほどに、どころか、目の方がよっぽどものを言っている。
今までのどんな時よりも、彼女の瞳が、爛々と輝いていた。
「……大学で、私もあんな映像、作れるようになるのかな」
誰に言うでもなくぽつりと呟かれた彼女の言葉からも、心のうちに収めきれない興奮が顔を覗かせている。
だから、そんな彼女の前向きな姿勢に、静かに口添えしてやるのだ。
「それはお前の頑張り次第だな」
「そこは絶対できるって、勇気づけてくれるところじゃないの」
「大学進学は、この先の人生を保障してくれるもんじゃねえからな」
「……いじわる」
そう言って彼女は、ふくれっつらでじっとりとした目線をこちらに送ってくる。
そんな彼女に、自分は勝ち誇ったような笑みで返す。
そして、ふっと、どちらともなく笑いあった。
彼女は口元に手を添えて控え目に、自分は大口を開けて遠慮なく、二人分の笑い声が、夜中のコンビニの片隅で響き渡る。
それからしばらく、夜のコンビニで彼女と会う日々が続いた。
頻度はだいたい週に二、三回。会話の内容は様々で、映像制作について議論することもあれば、彼女の受験勉強の調子を話すこともあった。
やがて本格的に受験勉強が忙しくなったころからその頻度は下がっていき、大学合格を嬉しそうに報告してきた次の春から、彼女とは一度も会っていない。