奈落から来た男   作:akin

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仰々しいタイトルですね


奈落から来た男と伝説になった亡霊少女

その日、メメント・コルは迷宮で人骨を集めていた。

 

順を追って説明するならば、まず彼を彼たらしめる特異な魔術について語らねばならない。

 

彼が扱うのは「逆転の右手」と呼ばれる術である。

その名の通り、古びた物体の時を巻き戻し、あるべき新しい状態へと復元する力を持つ。

応用範囲は広く、上階から崩れ落ちる瓦礫でさえ、右手をかざせば時間を遡るかのように元の位置へと帰る。

 

そして彼は、この力を人骨にも用いる。

砕け、朽ちた骨を逆転させ、生前の姿へと引き戻すことで“仲間”を得るのだ。

そうして得た仲間から技術を学び、己を強化していく。

 

この迷宮「いにしえの霊廟」を発見して以来、メメント・コルは一定周期で訪れ、骨を集めることを習慣としていた。

割に合わぬ冒険者ギルドの依頼を受けるよりも、よほど実りがある――そう判断してのことである。

今や彼にとって骨集めは、すっかり日常の一部となっていた。

 

本作の主人公、メメント・コル。

常に素顔を隠しているため、人々からは「仮面の冒険者」と呼ばれている。

二つ名は「奈落から来た男」。

 

彼は過去の記憶を持たぬまま奈落の底で目覚め、やがて地上へと這い上がった。

生者でありながら、その容貌は屍人めいている。

ゆえに彼は、自らを襲ったごろつきを返り討ちにし、その顔から剥ぎ取った仮面を被り続けている。

 

「……相変わらず、趣味の悪いことをしているんだね」

 

乾いた声が、霊廟の奥に響いた。

振り返る必要はない。この声の主は、常に彼のすぐ傍らにいる。

 

ルルナーデ。

それが、彼女の名である。

 

透けるような白い肢体に、どこか古風な装束。

年の頃は少女にしか見えないが、その瞳には妙に老成した光が宿っている。

そして何より――彼女は生者ではない。

 

奈落の底で、メメント・コルが最初に出会った存在。

幽霊の少女。

彼女は実体を持たず、何にも触れることができず、また触れられもしない。

そしてその声は、メメント・コルにしか聞こえない。

 

「効率の問題だ。砕けたままの骨より、完全な形の方が扱いやすい」

 

「はいはい……死者が蘇る光景は、いつ見ても奇妙だ。きみの邪教徒ぶりには、騎士団長も顔をしかめるに違いない」

 

遠慮のない物言いだった。

ルルナーデは基本的に毒舌である。容赦もなければ、配慮もない。

 

だが同時に、彼女は導き手でもあった。

 

記憶を持たぬまま奈落に目覚めたメメント・コルに、

この世界の仕組み、奈落の危険、そして生き延びる術を教えたのは、他ならぬ彼女である。

 

もっとも――

 

「……俺たちは、なぜ奈落にいたんだろうな」

 

ふとした問いに、

 

「さあね。きみは真実を解き明かすことより、私を残すことを優先したんだ。両方は手に入らない。手がかりも失われた今となっては、どうしようもないことだよ」

 

彼女は肩をすくめるだけだった。

 

自らの過去すら思い出せない亡霊。

それが、ルルナーデという存在だった。

――もっとも、記憶が戻らないのは彼も同じだが。

 

「それより、そろそろ“次”に行くんでしょ」

 

「ああ」

 

短く応じると、メメント・コルは最後の骨片に右手をかざした。

時間が逆流し、白骨が静かに形を取り戻していく。

 

 

 

数日後。

 

彼は冒険者ギルドを訪れていた。

 

木造りの広間は、いつも通りの喧騒に満ちている。

依頼を吟味する者、報酬に歓喜する者、酒に逃げる者――様々だ。

 

受付嬢がこちらに気づく。

 

「おはよう、メメント・コル。で、今回はどれを受けるの? また骨集めのついで?」

 

「それもいいが……」

 

掲示板の一角に貼られた、一枚の依頼書。

それを、彼は迷いなく引き剥がした。

 

――異界の門調査クエスト。

 

「……へえ」

 

珍しく、ルルナーデの声に興味が滲んだ。

 

「奈落とは別系統の歪み、というわけか。珍しい案件だね」

 

「報酬は悪くない。加えて――未知だ」

 

「いいね、未知は冒険の醍醐味だ。最近はめっきり骨集めばかりだったし、退屈していたところだ」

 

呆れたように言いながらも、彼女は止めない。

むしろ、どこか愉しんでいる。

 

依頼書を渡すと、受付嬢から簡単な説明がなされた。

 

「このクエスト、ちょっと妙なんだよね。発見された門は不安定で、内部の構造も不明。調査隊も何組か送り込まれたんだけど、誰も戻ってこないんだ」

 

「典型的な死亡フラグだね」

 

「そうだな」

 

「少しは否定したらどうだい?」

 

彼が会話の途中で虚空に向かって話すのは受付嬢にとってはいつもの光景だ。彼と受付嬢もひと月やそこらの関係ではないのだ。

 

軽口を交わしながらも、彼に迷いはなかった。

 

「この依頼、受けてくれるの?」

 

メメント・コルは頷く。

 

「ありがとう! 今回も気を付けて。まあ、数多くの奈落を攻略した君なら大丈夫だと思うけど……行ってらっしゃい!」

 

 

 

宿で身支度を整え、彼らは発った。

五人の戦友たちにも声をかけ、六人と一幽霊のパーティーで目的地へ向かう。

 

異界の門は、王都近郊の廃遺跡に存在していた。

 

崩れた石柱の奥、空間そのものが裂けたかのような歪み。

黒とも紫ともつかぬ光が、ゆらゆらと揺れている。

 

「……これが門、ね」

 

ルルナーデが、珍しく言葉を失った。

 

「奈落とも違う。もっと……薄気味悪い」

 

「俺が見てくる」

 

仲間たちに告げる。

 

「は? ちょっと、待て――」

 

制止の声は、最後まで届かなかった。

 

メメント・コルはすでに一歩を踏み出し、そのまま歪みの中へ身体を沈めていたからだ。

 

「やれやれ……」

 

吐き捨てるように言いながら、ルルナーデもまた、彼に引き寄せられるように門へ吸い込まれる。

彼女は彼からあまり離れて行動することができない。

おそらくこの門は転移門なのだろう。

メメント・コルだけが中へ入ってしまえば、彼女は外で身動きを取れなくなる。

それが、彼女には分かっていた。

 

視界が反転する。

 

落ちるのか、浮かぶのかもわからない感覚。

時間の流れすら曖昧になる。

 

やがて――

 

「……ねえ、ここ」

 

ルルナーデの声が、妙に静かだった。

 

「奈落でも、遺跡でもないね。それに、近くに仲間たちの気配もない」

 

足元は平坦な地面。

整然とした建造物。

見上げれば、見慣れぬ素材で組まれた巨大な校舎群。

 

そして――

 

「……人がいる」

 

見知らぬ服装をした若者たちが、談笑しながら行き交っている。

 

「ちょっと待って。これ、どう見ても――」

 

ルルナーデが言いかけた、その時。

 

遠くから、規則正しい鐘の音が響いてきた。

 

メメント・コルは何も答えず、ただ周囲を見渡す。

未知の世界。未知の冒険。

 

仮面の下で、彼の表情がわずかに歪む。

ルルナーデは肩をすくめた。

 

こうして、奈落の外から来た異物と、

見えない亡霊の少女は――

 

実力がすべてを決める学園へと、足を踏み入れた。




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