ダンジョン狂いは青春そっちのけで攻略を目指すようです 作:いちみや
――あなたはなんのために生きていますか?
目の前には獰猛に唸る狼がいる。
普通の狼とは違って、それの体毛はパチパチと音を鳴らす青い雷を纏っている。
常識的な生物とは思えない。
非現実の生命体が俺に突進してくる。
毛皮に触れるだけでも感電してしまいそうなそれは、速度もまた圧倒的で、小学校六年間をサッカー部で過ごし、中学の三年間は水泳部だった俺の運動神経でも回避するにはまったく足りなかった。
バチバチバチバチバチィィィィィ――
けたたましい音が響いたと思った瞬間、音の一切が消える。
鼓膜が破れたのか、それとも脳の異常か。
定かではない。
だが、身体が平常ではないことは明らかだ。
「グルゥ!」
焼けた肉の匂いが充満する中、俺は顔を上げる。
唸り声と共にその狼が俺に近付いてくる。
突進を喰らったはずだが、それで吹き飛んだのだろうか。
しかし先の勢いはどこへやら。
狼の足取りは非常にゆっくりだ。
勝利を確信しているのだろう。
まぁ、当たり前だな。
俺の身体は全身火傷。
麻痺しているのか身体はほとんど動かせない。
この肉食獣にとってみれば、最早俺は皿の上に置かれた骨付き肉程度の認識でしかないのだろう。
感電し、吹き飛ばされながら、それでも死に物狂いで握った剣だけは取りこぼさなかった。
右手に握った剣をなんとか狼へ向けようとするが……
「グルァ!」
抵抗するなとばかりに、狼の前足が俺の剣を弾き飛ばす。
「ハァ……」
そのまま狼は俺の頭へ向けて大口を開け、ゆっくりと噛みついた。
死だ。明確で、絶対な、抵抗の余地のない死。
不快感。無力感。怒り。絶望。怨嗟。
いろんな感情が頭の中を高速で巡る。
しかし具体的に今を切り抜ける方法は浮かばない。
俺は死ぬ。俺は死んだ。
◆
「プハッ!」
「おはようございます。
ベッドの上から飛び起きた俺の隣には、レディーススーツを着用した黒髪の女性が座っていた。
どうやらここは『保健室』らしい。
そして彼女は俺の担任の『千堂ミナ』だ。
「先生……おはようございます」
「はい。ロキくん、あなたの初回記録は第五階層ですね。かなり優秀ですよ」
「て言っても全
「そうですね。ダンジョンアタックは入手品を持ち帰らなければいけませんから」
この世界には『ダンジョン』と呼ばれるものが存在する。
その内部にはこの世界には存在しない物質や生物で溢れていた。
大昔から多くの英雄がダンジョンに挑み、数多の秘宝を持ち帰って来た。
だがその裏で多くの犠牲があったのもまた事実だった。
だから人類は『練習用のダンジョン』を生み出した。
千年前の大魔術師が作った『死なずの迷宮』は、内部で死んだ人間を蘇生する機能を備えたダンジョンだ。
ここ『高宮学園』はそれを利用してダンジョン探索者を育成するカリキュラムが存在する。
とは言え、俺は別に探索者になりたくてこの学園に来たわけじゃない。
ただ普通にここが進学校で、俺の学力がここのレベルに見合っていたというだけだ。
しかしせっかく面白い
「ダンジョンはどうでしたか? ちなみに新入生でダンジョンに挑んだ生徒はあなたが百二十人目でしたが半分以上はもう行きたくないと言っていました」
それは人間として、いや生物として当然の判断だろう。
死の経験は今の頭にこびりついている。
「先生、俺退屈だったんです」
「退屈?」
「今まで本気で打ち込みたいものなんてできたことないし、高校でも適当に授業受けて、適当に遊んで、適当に生きていくんだって思ってたんです。でも……」
リアルな戦闘。
リアルな死。
まだ見ぬ敵。
噂で聞き及ぶ財宝の数々。
俺はどうしようもなく……
「見つけた」
魅せられた。
「俺、探索者になりたい。ダンジョンを攻略したい」
俺がそう言うと千堂先生は小さく笑った。
「だとすればこの学園は、あなたにとって最適な場所になるでしょう」
この学園は多くの有名探索者を輩出してきた。
それはこの学園にある様々な支援の仕組みが理由だ。
ダンジョンで好成績を修めれば授業免除や、品物の買い取りも行ってくれる。
お金の問題も時間の問題も、ダンジョンがクリアしてくれる最適な環境。
「探索は基本的に放課後から二十一時までに行っていただきます。初期装備は無料で配布されますがそれ以降は自腹です」
そして――と、澄ました顔で先生は続ける。
「未だ誰も成し遂げていないことではありますが、もしも在学期間中に死なずの迷宮を完全攻略した場合、卒業後はSランク探索者の地位が約束されます」
Sランク探索者。
探索者の中でも最高位に位置する生きる伝説。
その称号を持つだけで芸能人でも敵わないような知名度が手に入り、食うに困らないほどの金が転がり込んでくる。
「以上が基本的な説明です。それ以上は自身で調べてください。それもまたダンジョン攻略の一環です」
「わかりました」