今回は前回のシイナさん視点のお話です。時間がかかってすみませんでした……。
例によって独自設定や解釈が含まれますので、ミスがあればご指摘いただけると幸いです。
それでは、本編をどうぞ。
☆
彼と初めて出会ったのは、小学生の頃だった。本土で侵略種災害に遭い両親を失くしたあたしは、
……最初は、すごく不安だったよ。お父さんとお母さんが死んじゃったことも、新しい環境で上手くやっていけるのかも自信なかったしね。
学校の教室で緊張を隠せないまま終えた自己紹介を終えて、席に着く。すると、隣の席だった
『なぁなぁ、前住んでた所ってさ、
好奇心に溢れ、輝く瞳だった。悪意の欠片も感じられない
だから、期待に濡れた彼の笑顔から視線を逸らし、小さく呟いた。拒絶の言葉を、重く、小さく。
『……別に、普通の所だったよ』
『それが気になるんだよ!教えてくれよ〜。なっ?』
『言いたくない』
『そこをなんとか!頼―――』
『だから!嫌だって言ってんじゃん!!』
しつこく食い下がる彼に声を荒げ、拒絶の言葉を叩きつける。静まり返る教室、愕然とする彼。転校初日から行うには、些か過激な行為だった。それでも、直接それを叩きつけられたハズの彼は、ぎこちない笑みを浮かべながら語りかけてくれた。……きっと、嫌な気持ちだっただろうに。
『そ、そっか……ゴメンな。そんなに嫌がるとは思ってなくてさ』
『……ううん。こっちこそ、怒鳴ってゴメン』
『いやいや、
『でも……』
『じゃあさ、気が向いた時に都会のこと教えてくれよ。それでチャラな!』
罪悪感の滲み出ている彼の顔を、よく覚えている。でもそれ以上に、太陽のように微笑む彼が、今でも胸に焼きついている。家族以外でここまで深く踏み込んできてくれた人は、他にいなかったから。
いつか彼には聞いてもらいたい。お父さんのことも、お母さんのことも。気持ちの整理がついたら話をすると決めたあたしは、彼の言葉に強く頷いた。
☆☆
それから一年が経ち、海女取島での生活にも幾分慣れてきた頃だ。学校でも上手くやれていると思っていたし、クラスメートとも打ち解け始められたしね。だけど、少しだけ不満もありまして……。
―――彼との距離が、少しずつ離れている気がする。
漠然とした感覚だが、彼から距離を置かれているような気がしてならない。どうにも席替えしてからだ。
クラス替えが起こるほどの児童がいない学校なことに、深く感謝する。もしそうなれば、彼が今以上に離れて感じられただろうから。
その頃のあたしは、彼と接することができないことに悶々としながら毎日を過ごしていた。なぜ悶々としているのかもわからないことに、内心苛立っていたとも思う。じいちゃんにやセツナに相談しても、ハッキリした答えは返ってこなかった。でも、自分から話しかけてみろ、というアドバイスは活かしたいと思ったんだ。ありがとう、じいちゃん。
その翌日、アドバイス通り、彼に自分から話しかけてみた。彼は少し驚いた顔をして、二つ返事とともに頷いてくれた。
『それで、どーしたんだ?
『え……いやぁ、ちょっと話したいことがあってさ』
いつの間にか名前で呼んでくれなくなっていた彼に僅かな寂しさを覚えたが、なるべくそれを隠すように微笑む。いつか話すと言っていた本土の話をチラつかせたからか、彼の食いつきようは凄かった。
……本当に聞いて欲しいことは、その話じゃないんだけどな。浮かび上がってくる黒い気持ちを胸の内に押し留め、あたしのこれまでを語り尽くした。彼は、驚きや関心を絶やさず、しっかりと耳を傾けてくれていた。
『……は~っ、やっぱ都会って色々凄いんだなぁ』
『あはは、そうかもね』
『それを聞いたらさ、やっぱ本土に行ってみたくなったよ。話してくれてありがとうな、久瀬』
礼を言って去ろうとする彼の袖を掴んで引き留める。怪訝な表情を浮かべる彼に、もう一つ聞いて欲しいことがある、と呟いた。これまで若干浮かれ気味の彼だったが、あたしの姿勢を見てから、僅かに表情を引き締める。……これから伝えることが大事なことだと汲み取ってくれた、彼の心遣いがたまらなく嬉しかった。
ありがとう、と呟いた後、あたしがこの島にやって来た
『……ゴメン、久瀬。俺、ヤなこと話させちまってたよな……』
『ううん、気にしてないよ。もう……過ぎたこと、だから』
『嘘だよ。そんな顔してんのに、信じられるわけないだろ!?』
どうして彼の方が悲しげな顔を浮かべていたのだろう。あたしは笑顔だったというのに。お互い気まずい雰囲気のまま別れたが、どうして彼があんな表情だったのかは、未だにわからないままだった。
☆☆☆
それから月日は流れ、あたしたちは高校生になった。……彼とは、あの日以来ほとんど口を利けていない。あたしの顔を見る度、辛そうな顔で去っていったからだ。
そんな彼を呼び止めることもできずに過ごしてきたあたしだが、これからは違う!隣の席という圧倒的なアドバンテージを得た今なら、彼を逃がすことなく接することができるはずだからだ!
期待に胸を膨らませ、彼に笑いかけた。―――初めて会った時、彼がそうしてくれたみたいに。
『これからよろしくね、———くん!』
『あ~……うん。こちらこそよろしく、
ぎこちない笑みを浮かべ、以前より更に他人行儀になった彼に少々苛立ったが、じいちゃんに教わった通りにガンガン行くことにした。これまでずっと我慢してきたのだ。彼に避けられるだけだなんて———もう、嫌だ。
初めは態度が堅かった彼だが、あたしの方から他愛ない話を振ったり、昼食に誘ったりを繰り返したことで、少しずつ変わっていった。いや、以前の彼に戻っていったのかもしれない。あたしを照らすように笑いかけてくれた、あの頃のように。
『そういや
『ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました!実はね———』
侵略種のハンターをしていること、それを生活費のタシにしていることを話す。大層驚いた彼を見て気を良くしたあたしは、常に持参しているガンバッグの中身も彼に見せつけた。
興味津々といった様子で銃を見つめる彼。年齢を重ねる毎に少しずつ落ち着きを身に着けていった彼だが、この瞬間は初めて会った頃に戻ったようで、なんだか可笑しかった。彼の本質が変わっていないことが窺えて、すごく嬉しかったんだ。
銃を触っても良いかと尋ねられ、快く了承する。恐る恐る銃を手に取り、その重さに感嘆の声を漏らす彼。日頃からこの重さを背負っているのか、という呟きには、あたしを称賛してくれるような色に加え、どこか痛ましさを堪えるような色が混じって感じられた。
『久瀬は凄いな。妹さんのために、ここまで頑張れるなんてさ……』
彼の表情が影を落とし、不慣れな手つきでガンバッグに銃を収めていく。重々しく呟かれた彼の言葉から読み解くに、きっとあたしを不憫に思ったのだろう。
数年前にじいちゃんを亡くし、今や家族と呼べるのは義妹のセツナだけ。優しい彼のことだ、大方あたしが
気にしないで欲しいと伝えても、返ってくるのは気の抜けた生返事だけ。……こうやってすぐに思い詰めてしまうところは、嫌いだな。もっと気兼ねなく接して欲しいのに。それこそ、家族のように———
———彼も家族に……って、何考えてんだろ、あたし。
頭を振って、湧いてきた言葉を拭い去る。彼はきっと、純粋にあたしを気にかけてくれただけだ。……そんな目で見てくれているわけが、ないじゃないか。
飛躍した考えだとわかっていても、一度よぎった言葉はそう簡単に消えやしない。ふと脳裏に浮かびあがり、やがて思考を埋め尽くす勢いで広がる光景———彼と、結婚式を挙げるというものだ———に翻弄されたあたしは、頭部が茹で上がるような感覚に身を委ね、そのまま机に突っ伏した。
どうか、彼にこの顔を見られていませんように。きっとにんまりとしていて、だらしのない顔だから。好いている
恥辱に濡れて顔面を真紅に染めたあたしと、暗い表情を浮かべた彼の間に、痛いほどの沈黙が通り過ぎていく。傍から見れば、喧嘩でもしたように見えるのだろう。しかし、そんなことはどうでも良かった。
彼とはまるで違うことを考えていても、彼と一緒に居られることが嬉しかったから。彼があたしのことを真剣に考えてくれていることが、幸せだったから。
『ま、いいか……』
また明日からは、何事もなかったように接せたらいいな。そんな願いを込め、誰にも聞こえないように呟く。小さな希望を宿した言葉が唇を離れ、か細い声と共に空に溶けていった。
☆☆☆☆
―――セツナが、死んだ。あたしを守ろうとして、戦って……そのまま……。
その晩に起きたことは、簡単に語り尽くせる内容ではなかった。家が襲われ、壊され、痛めつけられて……セツナが、殺されてしまった。
最後の力を振り絞って一つになったあたしたちは、襲ってきた男を倒すことは出来た。でも、喪ったものが返ってくるわけじゃない。……セツナは、もう帰ってこない。
覚束ない足取りで夜道を歩き、半壊した自宅に辿り着く。瓦礫や土埃を払い除け、外界を阻むように布団に包まった。
ついさっきまで一緒に笑い合っていたのに、もうそこにセツナはいない。もう、誰もいないのだ。あたしの家族は、誰も。
『―――ひとりぼっち、かぁ……』
口にすれば気も紛れるかと思ったけど、逆効果だったみたいだ。頬を涙が伝い、喉から漏れる嗚咽には、まるで止まる気配がない。
怒り、悲しみ、憎しみ、絶望。自分がどんな感情を抱いているのかすらわからないほどに疲弊した心身が休息を求めるが、溢れ出る感情の発露がそれを拒む。
狂ったように泣き続けたあたしの意識は、疲れ果てて沈むまでの間、憎たらしいほど克明だった。何も考えたくないのに。もう何もかも忘れてしまいたいのに。
ようやく沈みゆく意識に薄らと浮かんだ言葉は、至極シンプルなものだった。
―――ひとりは、嫌だなぁ。
そして、人肌の温もりに飢えた夜が更けてゆく。少しずつ覚醒する意識と共に、荒れ狂う孤独感が胸を満たした。濁流のようなそれは、弱りきったあたしの心を、深く、深く傷つけてゆく。
縋れる人が欲しかった。誰かに側にいて欲しかった。乾燥して呻き声を出すこともできない喉から、そんな言葉が漏れ出そうになる。
胸を襲う激しい孤独感との格闘を経て、無性に彼の顔が見たくなった。誰でも良いわけじゃない。あたしの気持ちに寄り添ってくれた、いつだってあたしのことを気にかけてくれた彼。そんな彼の温もりが、今は何よりも欲しかった。
―――会イタイ。
直接彼にメッセージを送る。今頃は丁度下校の時間であるため、きっとすぐに気づいてくれるだろう。……お願い、気づいて?
返事を待つ間、ヘアブラシで髪を梳く。彼に会うのだから、少しでも身なりは整えておきたかったから。水道が使えないのは残念だけど、起き抜けよりは見れた姿になったものだ。
―――ワカッタ。ドコニ行ケバイイ?
……あぁ、いつもそうだ。彼はすぐに気づいてくれる。あたしを、見ていてくれる。鏡を見ずとも、顔が綻ぶのがわかった。
せっかく彼と会うのだからムードがある場所がいいと考えたあたしは、島内唯一の公園である◯◯公園を待ち合わせ場所に指定した。……告白スポットとして、密かに人気のある場所である。
今すぐ向かって良いか、という彼の問いに肯定の意を意を返し、紅蓮の炎で空を翔ける。……セツナから貰った能力をこんなことに使うのは気が引けるけど、あたしらしく幸せに生きるためだ。惜しみなく使わせてもらおう。
一分と経たずに公園へと辿り着いたあたしは、ベンチに腰掛けて彼を待つ。急いで駆けつけてくれるだろう、彼を待つ。学校からなら、十分程度でここに到着するだろう。なんだかデートの待ち合わせをしているようで、少しだけ嬉しかった。
時間が経つにつれて、雨の匂いが増してくる。同時に、彼を求める気持ちも強くなっている。早く会いたいなぁ、という言葉が口を衝いて出そうになったその時、荒い息づかいを滲ませた彼の声が鼓膜に届いた。
「良かった……。怪我とかしてるわけじゃなさそうだな……」
海辺の風が、彼の黒い髪を揺らす。その隙間から覗く瞳に、あたしの視線は吸い寄せられた。ひたすら逢いたいと想い続けた、彼の瞳に。
彼は、普段と何ら変わりない姿を見せてくれた。きっと、無断欠席をしたあたしを心配してくれたのだろう。彼の声色から、そう思えた。
思わずにやけそうになる顔を、俯いて隠す。彼が、あたしを見てくれているから。気にかけてくれているからだ。
今この時だけは、彼の心を、あたしがひとり占めしている。胸を奔る仄暗い快感がたまらなく心地よかった。
ますます心配の色を濃くした彼の言葉が、あたしの鼓膜を揺らす。それを呼び水に彼が来てくれた高揚感の昂りも落ち着いていき、次第にセツナを亡くした悲しみが顔を出してきた。
ベンチに座り込んでいたあたしに目線を合わせてくれていた彼を立ち上がらせ、彼の胸に寄りかかる。驚愕の声を上げども振り払わずにいてくれた彼に、感謝と安堵の念を覚えた。
しばらく寄りかかる内に、人肌の―――彼の温もりが心地よくて、嬉しくて、切なくて……不意に涙が溢れ出す。セツナを喪った悲しみと、彼の温もりが腕の内にある喜びが、あたしの胸の内で綯い交ぜになり、心を揺さぶったからだ。
抑えきれずに漏れ出す嗚咽を聞いてもなお、彼はあたしを優しく抱きしめてくれた。慰めるように、労うように。じんわりと胸を満たす暖かさに安らぎを覚え、あたしは気の済むまで彼の胸に顔を埋めていた。
☆☆☆☆☆
―――わかっていた、ことだった。だけど……。
だけど、やっぱり悲しい。本土に一緒に来て欲しいと伝えても、あなたが好きだと伝えても、彼の返事が色良いものではなかったから。加えて、彼の表情が罪悪感に歪んでいたからだ。……そんな顔をして欲しいわけじゃ、ないのに……。
彼が家族を捨ててあたしに付いて来てくれるとは思っていなかったけど、断られるのは……やっぱり、辛い。
「……嫌だ。もう、一人は……嫌だよ」
「久瀬……」
……思わず呟いた言葉に、彼が反応を示した。頬を伝う涙を見られまいと顔を伏せる。同様に俯いた彼も無言を貫き、重苦しい雰囲気が場を支配した。
雷の匂いがして、雲が動き出す。彼が雨を凌ごうと提案してくれるまで、あたしはその場を動けずにいた。自分だって苦しんでいるのに、それでも尚あたしを気にかけてくれた彼の優しさが嬉しくて、痛かった。
あぁ、ダメだなぁ。彼の優しさに、引きずり込まれていく。きっとこのままじゃ、彼がいないと生きていけなくなる。彼の手に惹かれるまま、ぼんやりとそんなことを考えていた。
☆☆☆☆☆☆
彼の自宅に招かれ、一晩を過ごす。お義父さんとお義母さんの両名は快くもてなしてくれた。
初めて訪れる彼の部屋に悶々とする心を抑え、布団を敷く。彼と隣り合って眠ることになるなんて、今まで思ってもみなかったな。
心臓の鼓動が早鐘を打ち、顔に朱が差していく。鏡を見なくともわかるほどに、あたしは緊張していた。……どうやら、彼もそのようだが。
「……ねぇ、まだ起きてる?」
「うん……。なんか、眠れなくてさ」
「あたしも、そうなんだ……」
彼の腕を取り、あたしの胸に押し付ける。あたしの気持ちを伝えるために、彼にあたしを刻み付けるために。どんどん高鳴る胸の鼓動が、溢れんばかりの彼への気持ちを示しているようで、少し照れるけど。
「やっぱり……一緒に来て、くれないの?」
「……ゴメン」
「そっか……。そう、だよね……」
……わかっていても、辛いなぁ。あたしと一緒に来てくれないことも、そんな悲しい顔をさせてしまうことも。彼を傷つけたいわけじゃないけど、あたしのことを大切に思っていて欲しい。ずっとずっと、忘れないでいて欲しい。
そんな気持ちの赴くまま、あたしは誘いの言葉を投げかける。戸惑った様子を覗かせながらも、彼は頷いてくれた。
布団から抜け出し、二人の影が重なる。月光が照らし出すそれを見ていたのは、あたしたち二人だけだ。二人だけの、秘密だ。
「あたしを……見て。あたしのことだけ……見ててよぉ……」
「……ゴメン。ゴメンな、久瀬……」
彼の背に、深い爪痕を残す。あたしだけの爪痕を。この傷は治っても、彼の心にあたしを残すために。深く深く、あたしのことが残るように。
必ず海女取島に帰ってくることを約束し、あたしたちは一層強く抱き合った。互いの頬からは、熱い涙が流れていた。
「それじゃ―――行ってきます」
「―――その時は、一緒になってくれるよね?」
海辺のWIND 黒い髪 ゆれて その隙間から
見つめられ こうなったらもう ぜんぶ受けとめよう
ありえないと言いながら いつかこうなる日がきますようにと
強く願っていたんだ 人のせいにゃできないだろう
離さない 離したくないよ 他に何もいらない
はずかしい言葉だけが 胸に響いているけど
誰にも言えねぇ