ないなら作ろうの精神。
Who do you love?―you
忙しなく鳴っていたタイピング音が止まり、息を漏らす。仕事がひと段落したので、凝り固まった体を伸ばした。
トレーナー室の外を見る。
暖かな光に照らされ、桜がちらほら芽を出し始めている。うらら~と元気な声も聞こえる。
今日もトレセンは平和らしい。
「ふぁぁ…」
欠伸が一つ、こぼれた。
春の陽気に充てられてか、それとも気が緩んだせいなのか。涙で滲む視界と、気の抜けた身体。
瞼をこすりながら13時を指す時計を見て、ふと思う。
――彼女は今何をしているのだろう。
最近そんなことばかり考えてしまう。恋をする乙女のように思いを馳せては、会えるのを心待ちにしている。
「スティルインラブ…」
愛らしい彼女の名前を口にした。
華奢な体に赤々とした眼、透き通るような声と絹のような栗毛の髪。出会ったとき、トリプルティアラをとったとき、一緒に出掛けたとき、様々な面を見てきたが、どの瞬間を切り取ってもどれもこれも愛おしく、鮮明に脳裏に焼き付いている。
早く彼女に会いたい、そんな風に思っていた時、鏡に映る自分が見えた。
赤みがかった目の下に薄っすらと隈ができている。最近寝付けずにいた為、徹夜することが増えたからだろうか。このままではスティルにまた心配をかけてしまう。
「トレーニングまではまだ時間があるな…」
そうだ、少し寝てしまおうか。
こんなに気持ちのいい日なんだ、きっとぐっすり寝れるはずだ。
そうと決まればブランケットをかぶり、ソファーに横になった。
幸いなことに眠気はすぐにやってきた為、そのまま意識を委ねることにした。
♦
「…ナ-…?」
声が聞こえる。
「トレ…?…」
透き通るような声が聞こえる。この声を、知っている。
「トレーナー
・・・・・スティル?
目を開けるとこちらをのぞき込む彼女、スティルインラブの姿があった。
「…おはようスティル、もう来ていたんだね。ごめん、少し仮眠をしていたよ」
「おはようございます、トレーナーさん。疲れていらっしゃるのですか?」
「いや、今日は気持ちがいい日だろう?少し春の陽気に誘われてね。そういうスティルは随分と早くに来たね?僕としては君に早く会えてうれしいけどね」
体を起こしながら壁にかかっている時計をみると、針は13時を指していた。
お昼休憩中なのだろうか。本来なら授業を受けているか、お昼休憩かの時間だ。
「はい、担当の先生が本日急用のため欠席されたので、今日の授業はもう終えました。それに、トレーナーさんに早く会いたかったので…」
「そうなんだね。それで予定より早く僕のところに来たと…」
「ご迷惑ではなかったでしょうか…?」
「全然、迷惑だなんて思ったことなんてないよ。早くスティルに会いたいと思っていたぐらいだよ」
「そうだったんですね…ス、ふふ、嬉しいです」
・・・・・。
「トレーニングまでまだまだ時間はあるからスティルさえよかったらゆっくりしていってね」
「ありがとうございます、トレーナーさん。では…」
スススと寄ってきて隣に座るスティル。
…そのまま腕を組んでくるスティル。
……更に肩に頭を預けてくるスティル。
「今日は随分と積極的だね、スティル。甘えたい気分なのかな?」
「はい、少し甘えたい気分なんです。ですので撫でてくださりませんカ…?」
「……いいよ、おいで」
やはり何かがおかしい。
ベールを外してこちらに頭を差し出しているのは、スティルインラブそのもののはず。
なのだが、どうも様子がおかしい。
見た目は完全に本物だ、見間違うはずがない。ではこの違和感は何なのか。
「?どうかされましたカ?トレーナーさん…」
「…なんでもないよ」
なぜかそう答えるしかできなかった。
♦
彼女の頭をなで始めてから結構時間がたった気がする。
気がするというのは時計を見ていないからわからない。今は彼女と過ごす時間が最優先だ。
「トレーナーさん・・・♡」
うっとりとした表情を浮かべたスティルがこちらを見上げる。
その紅い目が僕を射抜く。相変わらず目が離せない、離れられない、このまま溶かされていきそうなほどに。
「ねぇ、トレーナーさン…?私、あなたと――」
スティルが首に手をかけてくる。ゆっくり、ゆっくりと力が籠められていく。
「――っ。は、ァ」
漏れ出る吐息は冷えていく身体と真逆で熱を帯びていく。意識が掠れてイく、僕ハ彼女と…。
「わタし、アなたト…」
――――溶けてしまいたい♡
あア、僕もダよ。ステぃル―――
ドンドンドン
「っ!!」
強く叩かれたノック音がトレーナー室にけたたましく鳴り響いた。
引き戻された意識は何事かとドアの方へと向けられた。
「トレーナー
ドアの向こうで誰かが僕の名前が呼ばれる。
それと同時に強烈な違和感が再び襲ってきた。壁にかけている時計は
「トレーナーさん!どうか!返事をしてください!!」
「この声は、スティル…?」
なら今僕のところにいるこの子は、もしかして――――
「ダめヨ‼」
身体が強く抱きしめられる。
「耳を傾けちゃダメ。
「ぐっ!!」
人間がウマ娘の力に抗えるはずがない、ギリギリと体が絞められていく。まずい。
「ス、ティ、ルッ!こ、こだ、スティル…!」
「!!トレーナーさん!だめ、連れて行かないで…!まだ…!私…!」
ウマ娘の力でもガチャガチャと音を立てるだけで扉が開かれることはなかった。
「あっハハハハハハははハハはハッ!!ア い シテ る」
笑う彼女の声を聴きながら、僕はゆっくりと意識をとばす直前に聞こえた声は――――
「少し失礼します…!」
スティルの声ではなく、意外にも落ち着いた低めの声が聞こえた。
♦
「ハッ!」
「きゃっ!」
パチリと目をあけると、可愛い悲鳴が聞こえた。
目の前にでかでかと担当バのスティルの顔があった。
「ス、ティル?」
「も、申し訳ございません…トレーナーさん。ノックはしたのですが、寝ていらしたので…。驚かせてしまったのなら、ごめんなさい…」
あれは夢だったのだろうか?
身体を起こしながら見た夢の事を考える。その時、コロリと胸元から膝に何かが転げ落ちた。
「ぱかプチ…?」
トレーナー室に飾っていたスティルのぱかプチだった。
「どうしてこんなところに…」
「その…抱きしめて寝ていらっしゃいましたよ…?少し、妬けそうです…その、私も、貴方に…」
「ふふふ、それぐらいならいつでもお安い御用だよ」
あの夢は最近、碌に眠れていなかったせいで見たのだろう。原因は他にあるだろうが、きっとそうに違いない。
そう考え、スティルを壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめた。
抱きしめられた彼女は嬉しそうにゆらゆらと尻尾を揺らし、身体を委ねてくる。
あんな夢を見させてくれたのだ、僕も少しはこのハグを堪能させてもらおう。
僕は
――――
後日、マンハッタンカフェは僅かな笑みを浮かべながら、頂き物のコーヒーを堪能していたという
さんきゅーカッフェ
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