無敵の呪術師。されど凡夫   作:実験者

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四話:夏油傑のメンタリティ

 俺はホテルのロビーから少し離れた、木陰のベンチに腰を下ろしていた。

 

 夏の陽射しが木の葉を透かして、地面にまだらな光の模様を描いている。手にはコンビニのビニール袋がぶら下がっていて、中には冷えたジュースが何本も入っていた。

 

 オレンジ、コーラ、レモンソーダ。

 理子ちゃんと黒井さんに一本ずつ渡したあと、残りを夏油傑に差し出す。

 

「ジュースいっぱい買って来たけど、いります?」

 

 夏油はベンチの端に座ったまま、少し驚いたように俺を見上げた。

 それから柔らかく笑って、手を伸ばす。

 

「ああ、貰うよ。お金は」

「必要ない。俺は金持ちだから」

「そうか。なら別の形で返すとしよう」

「期待する」

 

 俺は自分の分も取り出して、プシュッと缶を開けた。冷たい炭酸が喉を通る感触が、火照った体を少し冷やしてくれる。

 五条悟は少し離れたところで電話を続けていて、苛立った声が断続的に聞こえてくる。

 

「だから言ったじゃん! 上層部のバカどもが勝手に……いや、聞いてる?  聞いてんの!?」

 

 理子ちゃんは黒井さんの隣のベンチに座って、ジュースをちびちび飲んでいる。

 さっきの爆発で気を失っていたはずなのに、もう目はぱっちり開いていて、好奇心と警戒心が入り混じった表情だ。

 

 先ほど、俺の魔虚羅を見て「化け物!」と叫んでいたのが嘘みたいに、今は落ち着いている。俺は観測用の魔虚羅からリアルタイムの情報を流し込まれていた。

 

 五条悟は呪詛師の集団を一瞬で片付け、夏油は理子ちゃんを無傷で救助完了。

 魔虚羅軍団は自律で周囲を掃討しながら、二人の背後を固めている。脱兎の無限増殖と魔虚羅の適応能力を融合させた結果、数えきれないほどの魔虚羅が展開可能だ。

 

 一匹でも国家レベルの脅威になり得る式神が、無限に湧き出る。これで特級認定されても文句は言われないはずだ。でも、俺はそんな戦場に近づきたくない。

 

 戦うのは嫌いだ。痛いのも、苦しいのも、血の匂いがするのも、人が死ぬ瞬間を見るのも全部嫌い。

 

 努力なんて面倒くさい。だから、魔虚羅軍団に「五条と夏油の支援を最優先。俺は後方で待機」と命令を出して、自分はここでジュースを飲んでいる。

 

 夏油が缶を一口飲んで、静かに息を吐く。俺は自然に言葉を投げかけた。

 

「夏油さんは呪術師歴は長いんですか? かなり戦い慣れて見えますが」

「うーん、まだ数年だよ。私は一般人だったからね。強さの方は悟の相手としていたら自然にね」

「なるほど。確かにそうですよね。五条さんもハイレベルの術師です。その相棒である夏油さんの努力は想像できません。正直、すごいな、と思います」

 

 夏油は少し照れたように目を細めて、木漏れ日を見上げた。

 

「ありがとう。そうかい?  君も強いだろう。資質も技量も高い。それこそ私たちに並ぶと思う。それに悟にはないものを君は備えている」

「なんです?」

「人に気を遣えるところさ。こうしてジュースを買ってきてくれたのもそうだし、理子ちゃんに対する配慮もできる。能力ではなく人格面が素晴らしい」

「……ありがとうございます」

 

 俺はジュースの缶を握りしめた。

 神様からチート級の術式を貰って、振りかざして自由気ままに生きてきた。

 そんな俺が、人への配慮を褒められるなんて、予想外だった。

 胸の奥がじんわりと温かくなる。

 少し恥ずかしくて、視線を地面に落とした。俺はもう一口ジュースを飲んでから、静かに続けた。

 

「夏油さん。呪術師辛くないですか?」

 

 夏油は少し考えて、穏やかに答える。

 

「大変ではあるけど今はそんなに辛くないかな。どうしてそう思ったんだい?」

「呪霊を取り込む際の味はまずいと聞きます。しかも何度もやる上に、人の闇を直視し続ける職業です」

 

 夏油の真面目で誠実な性格を思い浮かべながら、俺は言葉を紡いだ。

 

「辛くなったら、逃げても良いし、辞めるのも一つの選択肢です。あるいは休むのも良いし、相談するのも良いでしょう。呪術師がメンタルを病んで事故が起きたり、呪詛師になることは多いです」

 

 夏油は俺をじっと見て、柔らかく微笑んだ。

 

「心配してくれてありがとう。でも私は戦おうと思う。弱者生存。それがあるべき社会の形ならば、強者である私は戦わなくては」

「……わかりました。もし困ったことがあったり、辛いことがあったら連絡してください。魔虚羅が助けてくれます」

「それは心強い」

 

 俺は空を見上げた。

 青く澄んだ空に、白い雲がゆっくりと流れていく。どうせ、世界の修正力とか抑止力とか、そんなご都合主義的な力が働いて、運命はもう決まっている。

 

 逆らっても無駄だし、これだけの力があるなら努力する価値もない。それでも、少しだけ思った。

 

 夏油傑とは、友達になりたい。救うことや助けることは不可能かもしれない。運命は変えられないかもしれない。でも、話し相手くらいにはなれるんじないか。

 

 ジュースを飲みながら、隣に座る夏油の横顔を見た。穏やかで、でもどこか強い意志を感じさせる表情。

 

 五条の電話の声が遠くで響く中、俺たちはベンチに並んで座っていた。

 夏の風が軽く髪を揺らし、木の葉がさわさわと音を立てる。

 ジュースの缶が冷たくて、手のひらに心地いい。少しだけ、この時間が長く続けばいいと思った。

 

 

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