無敵の呪術師。されど凡夫   作:実験者

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六話:天元「素直で良い子だね!百点!」

 

 俺は北極の真っ白な雪原にぺたんと座り込み、膝を抱えたまま大泣きしていた。恐怖からようやく解放された反動が凄まじくて、涙が止まらなかった。

 

 鼻水も混じって顔がぐちゃぐちゃになり、冷たい風が頰を刺すたびに肩が震える。

 

 さっきまで甚爾に追いかけられて死ぬほど怖かったのが、今は全部雪のように溶けて溢れ出している。

 

「……うえええ……怖かったよぉ……本当に死ぬかと思った……」

 

 嗚咽を漏らしながら贔屓にしている五つ星旅館「星空亭」まで移動した。

 最上級の会員なので、予約無しで使用できる。二泊三日、オイルトリートメント付きの最上級プラン。

 全身のストレスを徹底的にガス抜きした。そして、時間ができると俺は五条悟と夏油傑に連絡を入れた。

 

「おはようございます。禪院です。皆さんは何してますか?」

 

 すぐに夏油の穏やかな声が返ってきた。

 

『あ、禪院さん。お久しぶりです。凄い戦闘跡と呪力だったので心配しました。こっちは沖縄です』

「沖縄……任務の予定では高専へ行く予定でしたが、護衛対象の天内理子さんの意向ですか?」

『うん。彼女の家族が沖縄まで攫われてしまってね。取り戻しに行ってたんだ。これからそっちに戻るから、高専で待機してくれていると助かるよ』

「わかりました。あ、あと私が会敵した敵は呪力がなく、更に天与呪縛によってフィジカルが極めて高い状態でした。気をつけてください」

『ありがとう。君も気をつけて』

 

 通話を切ったあと、俺は深く息を吐いた。北極の冷たい空気が肺に染み渡る。周囲は果てしない白い世界で、風の音だけが静かに響いていた。

 少し落ち着いたので、俺は影から魔虚羅を生み出して遊んでみることにした。

 

 まず微粒子レベルの魔虚羅を大気中に拡散させて、広範囲の監視網を張ってみる。次に呪力そのものに適応させる実験もしてみた。

 

 術式は人それぞれの世界観が違うらしいから個別に適応しないといけないみたいだけど、基礎的な強化術や結界術の仕組み・規格化された部分に関しては、ちゃんと適応できた。すると、突然頭の中に直接声が響いた。

 

『聞こえるかね、私の声が』

「脳内に直接……!」

 

 俺はびっくりして目を丸くした。

 

『私は天元。君の適応によって声が通じるようになったようだ』

「お、おお。禪院王土です。よろしくお願いします」

『ふむ、丁寧だ。禪院の家とは思えないほど』

「ありがとうございます。禪院家の歴史に敬意はありますが……協力する優位性を減らし、更に敵を作るのは賛成できませんでした。無論、それが結束と自己肯定という強さになっているのは理解してますが」

『なるほど。君は柔軟な合理性を有しているようだ。何故そのような思考に至ったか教えてはくれないかね? 合理性だけではなく、その背後にある文脈を理解できる柔軟性を』

 

 俺はベットの上に座ったまま、ゆっくりと息を吐きながら言葉を続けた。

 

「俺は自分が一番大切です。痛くて苦しくて辛いのは、本当に嫌なんです。だから、できる限りそうならないように生きてきました」

 

 その嫌なものを避けるためには、情報を集めて未来をできるだけ正確に想定するしかないと思ってない。

 

「どんなことが起きても『あ、こういう展開もあり得るな』と事前に予測できていれば、少なくとも突然の恐怖や痛みに襲われることは減る」

 

 予測できないからこそ、俺はいつも怖くなるんです。そして、どんな未来が訪れても、自分が納得できる道を、自分の意思で選ぶしかないと思った、

 

「他人に決められた道を歩かされるのは嫌だ。運命に流されるのも嫌だ。でも自分で決めるのも嫌だ。なんか適当に都合よく良い感じに世界が俺に合わせて廻ってほしい」

 

 たとえ無敵の力を持っていても、それは変わない。

 

「リソースが膨大にあっても選べる選択肢が増えるだけで、選ぶ過程までは消えてくれない」

 

 だから俺は、無敵であっても変わらず生きる。

 

「困った時に誰かに助けてもらえるように、コミュニケーションを学びました。

物事の状態を正しく把握できるように、文脈や仕組みを学び、そして自分の感情と思想と、いつも対話するようにしました」

 

『今、俺は怖がっている』

『今、俺は面倒くさいと思っている』

『本当はこうしたいけど、こうするべきだと思っている』

 

「――そんな風に、自分の内側を丁寧に見つめて、折り合いをつけて、納得して、痛く苦しく辛くない道を選ぶ」

 

 それが俺の理想。

 強くもなく、弱くもなく、ただ自分の言動に納得して生きること。痛みや苦しみを最小限に抑えながら、それでもちゃんと自分らしく在りたい。

 

「そういうふうに在りたいと、ずっと行動し続けた結果が、今の俺です」

 

 ……だから、伏黒甚爾に追いかけられたときも、ただ逃げたかった。

 

「戦って勝ちたいとか、強くなりたいとかじゃなくて、ただ『怖いから逃げたい』という自分の気持ちに、ちゃんと従いたかったんです」

 

 嫌なことや苦手なこと辛くて苦しいことに向き合い、全力で減らしたり、無くなるように対処する。

 

「そういう自分を大切する自分を、俺は誇らしいし自己肯定できる。それが無敵な力を得た凡夫な俺なんです」

 

 俺はそこで言葉を切り、拳を軽く握りしめた。

 天元は静かに聞いていて、しばらくしてから穏やかな声で返した。

 

『……なるほど。君は自分の弱さと向き合い、それを否定せずに受け止めた上で、それでも納得のいく生き方を探し続けているのだな』

 

 俺は小さく頷いた。

 

「はい。無敵だからこそ、逃げてもいいと思える。強い自分と弱い自分を識り尽くして、生存と安全第一で行動する。それが、俺にとって一番大切なことなんです」

 

 ホテルの緩やかな雰囲気が俺の言葉を静かに運んでいく。影に浮かぶ魔虚羅がまるで俺の想いを肯定するように、ゆっくりと揺れていた。

 

『痛みの最大回避を目的としつつ、そのための手段が自己成長・自己決定・現実適応の方向に揃っている。一貫性と強度の高い生存哲学を有しているな。特に自分を肯定できていると言えるのは素晴らしい。君の無敵な才覚がありながら、世界のバランスを崩さない状態には疑問があったが、適正な状態と言える』

「はい」

『世界のバランスを壊す最強でもなく、個人で完結する無敵。なるほど、凡庸。中庸。そして凡夫。だが一人の人間として真摯な生き方を、私は敬意を表するよ』

「ありがとうございます」

 

 影の中で生み出した魔虚羅たちが、俺の周りを静かに浮かんで見守り、喜ぶように拍手してくれた。

 天元様からの肯定。それが、なんだか少しだけ心地よかった。

 

 

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