無敵の呪術師。されど凡夫   作:実験者

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七話:適応完了した魔虚羅に勝てるわけないだろ

 

 俺は高専の木造校舎、その一つの教室の椅子に腰を下ろし、魔虚羅を校門に設置した。

 その魔虚羅を遠隔操作してみんなの到着を待っていた。

 

 夏の陽射しが木々の葉を透かして、校庭に柔らかい光を落としている。やがて校門の方から四つの人影が見えてきた。

 

 銀髪の五条悟、黒髪の夏油傑、そして天内理子と、その後ろに控えるメイドの黒井さん。

 

 校門に待機させていた魔虚羅の視界で四人を見つけるとは、静かに声を投げかけた。

 

『お疲れ様です。みんな元気?』

 

 魔虚羅が軽く手を上げて挨拶する。

 五条がサングラス越しにこっちを見て、夏油が穏やかに微笑んだ。理子ちゃんは少し疲れた顔をしていたが、黒井さんがそっと背中を支えている。

 夏油が言う。

 

「うん、大丈夫。君も大丈夫かい?」

『こっちも平気だね』

「良かったよ」

 

 高専の結界をくぐった瞬間、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。その刹那――ズンッ。五条悟の胸に、鋭い刃が深々と突き立てられた。

 

「――っ!?」

 

 血が一瞬で黒い制服を赤く染める。

 現れたのは伏黒甚爾だった。

 呪力を持たないフィジカルギフテッドの体質を利用して、結界を素通りし、みんなの警戒が緩んだ隙を突いた奇襲だ。

 俺は即座に反応した。

 遠隔操作している魔虚羅が地面を蹴り、一瞬で甚爾に肉薄して強烈な拳を叩き込む。

 

 甚爾の体が吹き飛ばされ、校舎の壁に激突した。同時に、別の魔虚羅が五条の胸から刃を素早く引き抜き、反転術式を展開して傷口を塞ぎ始めた。

 

 五条の傷がみるみるうちに癒えていく。夏油達が慌てるが、五条が苦笑しながら息を吐いた。

 

「問題ない、助かった」

『いえいえ。警戒してください。伏黒甚爾があの程度ではやられません』

 

 夏油が信じられないものを見るような目で、瓦礫の山のなかにいる甚爾を見つめ、静かに言った。

 

「馬鹿な……ここは結界の内側だ。どうやって……いや、それよりもやつの目的は理子ちゃんの殺害。二人とも、任せて良いかい?」

 

 五条が肩を回しながら答える。

 

「大丈夫。先に行っててくれ」

『自分も大丈夫です』

 

 五条悟と俺は即答した。夏油、理子ちゃん、黒井さんが天元様との同化を目指して走り出す。

 

 三人の背中が高専の奥へと消えていく。瓦礫を吹き飛ばして伏黒甚爾がゆっくりと立ち上がって、歩み出てきた。

 

 服は破れ、口の端に血がにじんでいるが、目はまだ獲物を狙う獣のようだった。

 

「やっぱり邪魔だな、その白いやつ。五条家の坊と同じくらい面倒だ。前の戦いで逃がしたのがだるいな」

 

 俺は遠隔操作している魔虚羅を一歩前に踏み出させた。

 

『五条悟さん。貴方はバックアップをお願いします。前衛は私が』

 

 五条が少し面白そうに笑う。

 

「あ? お前じゃ無理だろ。一度やられてんだから」

『大丈夫。既に適応しました。逆に貴方が足手纏いです』

「はいはい、わかったわかった。死にそうになったら助けてやるよ」

『感謝します』

 

 遠隔操作型の魔虚羅を通じて戦場を冷静に見つめていた。

 自分の弱点ははっきりしている。

 

 『自分』だ。

 俺自身が戦闘区域にいると、痛みや苦しみ、恐怖から逃れることに意識のリソースをほとんど取られてしまう。

 戦うことよりも「生き延びること」に必死になってしまい、本来の力を発揮できない。だからこそ、遠隔操作で安全圏から魔虚羅を操るのが俺の最適な戦い方だった。

 

 今この距離なら集中できる。

 魔虚羅は最大限の力を発揮し、事象への適応もすでに完了している。人間として最上位に位置するフィジカルギフテッドの伏黒甚爾であっても、十分に打ち勝てる。

 

 魔虚羅がもう一歩、甚爾に向かって踏み出した。甚爾が鼻で笑う。

 

「お前が俺に勝てるって? 冗談だろ」

 

 俺は魔虚羅を通じて、静かに言葉を返した。

 

『リベンジ、良いですか?』

 

 次の瞬間、伏黒甚爾と俺の遠隔操作する魔虚羅の戦闘が始まった。甚爾が地面を蹴って一気に距離を詰めてくる。

 

 その拳は空気を引き裂くほどの威力だ。しかし魔虚羅は動じない。

 前回の戦いで守護型の魔虚羅が伏黒甚爾に適応している。それを共有化しているので、初手から甚爾の攻撃パターンを読み始めていた。

 

 通常型に搭載された正のなるエネルギーの剣が迎撃に入る。

 ガキンッ! 刃と拳が激突し、黒い火花が激しく舞い散った。

 黒閃が発動。

 通常の2.5乗の威力にゾーン状態の集中力が加わり、魔虚羅の攻撃力が一気に跳ね上がる。

 甚爾の体がわずかに後退する。

 

「チッ……!」

 

 俺は安全な場所から淡々と指示を飛ばし続ける。魔虚羅の右腕が変化し、正のエネルギーを凝縮した砲撃を放つ。

 白く輝く光の奔流が甚爾を直撃し、地面を大きく抉った。これにより呪具を格納する呪霊が消滅した。

 

「この感じ、呪術師じゃねぇな。負のエネルギーが使われていない」

 

 魔虚羅の刃が連続で振り下ろされる。

 一撃ごとに黒閃が発生し、黒い火花が校庭に無数に飛び散る。火力が異常なほど跳ね上がり、甚爾の動きを確実に削っていく。

 甚爾が拳を振り回し、魔虚羅の胴体を捉えようとするが、適応が完了した魔虚羅はすでにその攻撃を知っていた。

 体をわずかに捻り、カウンターの肘打ちを叩き込む。

 また黒閃。

 黒い火花が夜のように美しく散り、甚爾の肩が大きく抉れる。

 

「お前……本当にあの時の白い化け物か……! 戦闘能力が桁違いだ」

 

 甚爾の息が少し荒くなる。

 フィジカルギフテッドの頂点に立つ男の動きが、わずかだが鈍り始めていた。

 痛みも、恐怖も、苦しみもない。ただ、魔虚羅を通じて純粋に「勝つこと」だけに集中できる。

 安全圏から戦える俺は、無敵だった。

 正のエネルギーの砲撃が再び閃き、

刃と黒閃の連撃が容赦なく甚爾を追い詰めていく。

 安全な場所で式神を操るのに集中すれば、魔虚羅は最大限の力を発揮する。

 

『伏黒甚爾。お前の負けだ。前回俺を逃がしたことで、貴方は詰んだ』

「ハッ、安全圏から見ているチキンが偉そうに」

『同意する。しかしそちらも辛いだろう?    もう戦いはやめないか? お前は勝てない』

「うぜぇな、やってみないと分からないだろ」

 

 伏黒甚爾が低く笑いながら地面を蹴った。その一歩で距離が詰まり、鉄のような拳が魔虚羅の顔面を狙う。

 

 ガンッ!

 魔虚羅の頭が後ろに大きく仰け反る。しかし既に伏黒甚爾を適応しているので、甚爾の打撃は無効化される。

 

 次の瞬間、魔虚羅の右腕が変化し、正のエネルギーを凝縮した砲撃を至近距離でぶっ放した。

 ドォォォン!

 白い光の奔流が甚爾の胸を直撃し、彼の体を十数メートル吹き飛ばした。地面が抉れ、土煙が上がる。

 

「ぐっ……!」

 

 甚爾が着地と同時に跳び、すぐさま反撃に転じる。その動きは人間離れした速度とパワーだった。

 魔虚羅の腹部に拳を叩き込み、続けて膝蹴りを叩き込む。

 ドゴッ! ドゴッ!

 衝撃で魔虚羅の体が浮くが、俺は冷静に指示を飛ばす。

 魔虚羅の刃が、黒閃を伴って振り下ろされた。黒い火花が激しく舞い散る。

 黒閃により威力が上乗せされた斬撃が甚爾の左肩を深く斬り裂いた。

 血が噴き出し、甚爾の顔がわずかに歪む。

 

「この野郎……!」

 

 甚爾が怒りを露わにしながら突進してくる。

 魔虚羅は逃げない。むしろ正面から受け止め、刃と拳が何度も激突した。

 ガキン! ガキン! ガキン!

 毎回のように黒閃が発動し、黒い火花が無数に飛び散る。

 魔虚羅の火力が異常なほど跳ね上がり、甚爾の肉体強度を完全に上回る。

 甚爾が連続のパンチを繰り出す。

 一撃一撃が世界をも砕く重さだ。しかし魔虚羅は事象への適応を完了させており、甚爾の打撃の「質」をすでに理解していた。

 体を最小限に動かし、カウンターの肘打ちを何度も叩き込む。

 ドンッ! ドンッ!

 黒閃の連発。黒い火花が夜の花火のように激しく舞う。甚爾の腕に深い裂傷ができ、血が滴り落ちる。

 

「なるほどな」

 

 甚爾の息が荒くなる。

 フィジカルギフテッドの頂点に立つ男の動きに、わずかな乱れが生じ始めていた。

 

 俺は安全な縁側から、淡々と魔虚羅を操り続ける。正のエネルギーの砲撃をもう一度放つ。

 白い光の奔流が甚爾の右脚を捉え、バランスを崩させる。その隙に魔虚羅が一気に間合いを詰め、正のエネルギーで形成した特大の刃を振り下ろした。

 

「チッ」

 

 黒閃が炸裂。黒い火花が大きく広がり、甚爾の胸から腹にかけて大きな傷を刻む。

 甚爾が初めて膝をついた。

 

「くそ……っ」

 

 甚爾が血を吐きながらも、目だけはまだ獣のように輝いている。俺は静かに息を吐いた。こ

 こに痛みはない。

 恐怖もない。

 ただ、魔虚羅を通じて「勝つこと」だけに集中できる。魔虚羅がゆっくりと一歩踏み出し、次の攻撃の構えを取った。

 

 魔虚羅はエネルギーを循環させることで黒閃を発生させ続ける。黒い火花が弾け続けることでその性能は加速して上昇していく無限機関と化していた。

 

『油断せず、確実に、念入りに仕留める。ここで終わらせる』

 

 伏黒甚爾が膝をついた状態から、ゆっくりと立ち上がる。血が地面に滴り落ち、口の端からも赤い糸が引いている。

 それでも彼の目はまだ殺意を失っていなかった。

 

「駄目だな、割に合わない」

 

 甚爾が最後の力を振り絞って突進してくる。その拳は今までで一番重く、速かった。

 魔虚羅の胸部に直撃し、衝撃が伝わる。しかし、それで終わりだった。しかし伏黒甚爾としてはそれで良かった。そのまま走り抜けて戦域を離脱する。

 

「させねえよ」

 

 無下限呪術。その基礎性能である術式順転『蒼』。

 その効果は空間の距離に干渉して圧縮し、引き寄せるもの。これにより伏黒甚爾は逃亡手段を失った。

  五条悟の『蒼』が発動し、伏黒甚爾の体を戦域内に引き戻す。

 

『ありがとうございます』

 

 俺は冷静に指示を飛ばした。魔虚羅の全身に正のエネルギーが集中する。動きが極限まで研ぎ澄まされた魔虚羅の刃が一閃。

 黒い火花が爆発的に舞い散り、甚爾の右腕を根元から斬り飛ばした。

 

「ぐおっ!」

 

 甚爾の叫びが響く。血が噴水のように飛び散る。魔虚羅は止まらない。

 次の瞬間、正のエネルギーを極限まで圧縮した砲撃を至近距離で放つ。

 白い光の奔流が甚爾の胴体を直撃した。黒閃を重ねた砲撃は、ただの破壊ではなく、呪力の根源すら焼き払うような威力を持っていた。

 

 甚爾の体が大きく後ろに吹き飛ばされ、木造校舎の壁に激突する。壁が崩れ、瓦礫が飛び散る。俺はさらに魔虚羅を前進させた。

 適応が完全に完了した今、甚爾のフィジカルはもう脅威ではない。魔虚羅の刃がもう一度振り下ろされる。

 黒い火花が最大限に輝き、甚爾の左脚を深々と斬り裂いた。続けて正のエネルギーの刃が胸を貫く。甚爾の体が地面に崩れ落ちた。

 

「……くそ……」

 

 彼は血まみれの顔で魔虚羅を睨みつけたが、力はもう残っていなかった。

 最後に小さく息を吐き、目が虚ろになる。伏黒甚爾は、動かなくなった。魔虚羅が静かに刃を収め、黒い火花の余韻がゆっくりと消えていく。

 

 血の跡と瓦礫、そして静かな風だけが残った。俺は深く息を吐いた。

 

「……終わった」

 

 遠隔操作を解除し、魔虚羅を影の中に戻す。

 体に痛みはない。恐怖もない。ただ、静かな達成感だけが胸に広がっていた。

 夏の陽射しが、甚爾の倒れた体を淡々と照らしていた。

 高専の前で、戦いは完全に終わった。

 

 

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