2回目にして字数が大幅オーバー
計画性のなさがよくわかります
次回は4/5(日)となります
本当になんで、ひよこだったんだろう。
ネモの肩でペットのフリを続けながら、タツタは記憶をたぐる。
それははじめてこの世界で、ひよこボディで目覚めた時のことだった。
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「どぉゆーことだ!?」
「ヤぁだ、こんな声の裏返ったパイセン、はじめて」
夜明け前の真っ暗な部屋、タツタは鏡を前に裏返った悲鳴をあげる。
自分を見つめる見覚えのない美女のくすくす笑いに反応する余裕もない。
なにせ鏡に映っているのは、頭に小さな角が生えたかよわいひよこだったのだ。
「角付きのひよこ、指揮官用か?
……なんでそれが俺なんだ!」
「やぁだもう、パイセンってば。
角突きで指揮官とか、ロボマニアの視点すぎるっすよ。
普通にこの世界に生息する家畜、一角にわとりのひよこちゃんっすよ」
タツタが叫ぶたび、鏡の中の黄色いひよこボディがぷるぷる揺れる。
手……いや、手羽で触れてみても自分の身体は小さくやわい。
なんのいやがらせかは知らないが、自分がこの小さなひよこなのは疑いようがない。
「なんでかって言えば、それがパイセンのマギアースでの姿だからっす。
ゲームをプレイする時なんかで、自分の分身を作成するでしょう?」
「なるほど、このひよこが俺の
で、そっちも多分、そうだな?」
ため息一つついて、まずタツタは事態を一つ受け入れる。
続いて自分を見下ろす赤毛の美女を観察に移る。
黒い眼帯と黒いレザー系ファッションに身を包む、セクシーな美女だ。
姿と声に覚えはないが、”パイセン”なんて呼んでくるヤツの心辺りならある。
「よぉ、ネモ。
……俺もひよこじゃなくて人間のが良いんだがな?」
「パイセン、お久しぶりっす。
ちゃんと覚えててくれたんっすね」
嬉しそうに笑顔を浮かべ、ネモが帽子をとって気取って一礼する。
「でも惜しい、ニアピン!
この
獣人? 驚き観察するが、目、口、鼻は地球人とほぼ変わらない。
帽子に隠れていた頭頂部の髪の毛の間から、獣っぽい耳が覗いているぐらいだ。
「人間から獣人なんて誤差だろ、こっちと比べたら!
成人男子からこのちっちゃなひよこだぞ?
仮に人件費の削減目的だとしても、ほどがあるわ!」
「さすがパイセン、根っからの社畜。
ここで管理部門の視点まで持ち出すなんて……」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら叫ぶが、ネモは余裕のくすくす笑い。
いやほんと体格差! 薄暗い部屋を見回し、タツタは暗い気持ちになる。
壁掛け時刻はまだ五時過ぎ、日が昇る前の部屋はやたら薄暗い。
小さなひよこボディには、今いるこの部屋がやたら広く見える。
「会社におんぶにだっこな俺は、よそじゃやってけないだけだ。
……それで? ここは地球ではなく異世界だと。
異世界転生ってよくあるとは聞いていたけどよ。
俺みたいなこんな仕打ちよくあることなのか?」
「かわいいマスコットなの、割とあるっすよ」
あいにくタツタは、最近流行した異世界モノへの造詣は深くない。
異世界ファンタジーにくわしいネモが言うのなら、かわいい姿での転生も割とあるのだろう。
それでもネモの姿と比べて自分の姿は、あまりにローコストに過ぎやしないか。
薄暗い部屋で二つ目のため息をつき、タツタはかわいいひよこボディで低い声を発する。
「……で、改めて聞くが。
なんで俺がひよこなんだ?」
「いやほら、時間がなくて消去法で……」
お、ま、え、の、せ、い、か。
目を泳がせる後輩の返答に、タツタは三度目のため息を深々と吐く。
よし分かった、全部話せ。全てはそれからだ。
現状への不満はあった。
未来への不安もあった。
けれど初めてザンマギアに乗ったその瞬間、タツタは全てを忘れていた。
「男の子の夢、自分で乗り込む巨大ロボ!
これが社有車とか、マジかよ……」
ひよこサイズに特設された運転席で、タツタは興奮しながらハンドルを握る。
タツタがひよことして目覚めた同日、約一時間後。
時刻は6時過ぎ、日が昇りきらない森の中はまだ薄暗い。
バンディットを初めて操縦しながら、タツタは子供のように目を輝かせていた。
「すげぇな、ザンマギア。
こんな単純なデバイスで、なんて追従性だ!」
薄暗い異世界の森の中をバンディットの鋼の巨体が駆け抜ける。
アクセルペダルを踏みしめるごとに、モニターに映る景色がぐんぐん後ろへ流れていく。
垂れ下がる枝を持ち上げながらひょいと身を屈め、その下をくぐり抜ける。
かと思えば助走して跳躍。腰の高さほどある邪魔な木をひょいと飛び越える。
「リンクドライブのおかげっすね。
三半規管や身体操作、人間の感覚そのまま動くんすよ」
「いや、マジですげーわこれ。
こんなに軽々動けるの、運動部の学生やってた時以来だぞ」
得意げなネモの言葉に、タツタは上機嫌に返答する。
木を走り幅跳びで跳び越えた先、バンディットはオフロードの路面へバランス崩さず華麗に着地。
そのまま木々の立ち並ぶ森の中をすいすいと巡行する。
ひよこサイズに特注されたハンドルとアクセル、ブレーキ、そしてシフトレバー。
車と同じ操縦デバイスとはとても思えない動きだ。
「車はともかく、こいつの運転初めてだぞ?
重厚でトップヘビーな巨体が二足で立ち、
オフロードの路面に足を取られず駆けていくか!」
ナビの警告に従い、疾走から急ブレーキ。
迫り出した崖の手前でバンディットは華麗に停止する。
とっさの反応も素晴らしい。
ハンドルから手羽を離し、タツタは満足気にゆっくり息を吐く。
「どうですか、これが我が社のバンディット。
遺棄されたザンマギアのパーツを組み合わせ、ウチがレストアした中古ながら一品モノっす。
ご満足いただけましたか、パイセン?」
得意満面に胸を張り、下方の助手席からネモがタツタへ声をかけてくる。
このザンマギアを個人で修理、建造した?
プラモデルでオリジナル機体を作るのとは訳が違う。
驚きと共に見下ろせば、後輩のニヤニヤ笑いと視線がぶつかる。
我ながら、なんと子供っぽく興奮したものだ。ひよこフェイスが思わず赤面する。
「……あー、うん、コホン。
ちょっと外の空気吸って良いか?」
「どうぞ、ご随意に」
ネモへ素直な賞賛の言葉を投げかけ、手元の運転席からコクピットハッチを開放する。
人間一人が通れるサイズのハッチが上方に開き、濃密な木々の香りが鼻腔をくすぐる。
いや、ひよこの鼻がどこかとか知らんけど。
「こいつの造形、見事だよ。
相変わらず、いいセンスしてるよ」
「整備修理はお任せあれ。
装備の追加は予算と相談っすけどね」
ネモを賞賛しながらひよこウィングで羽ばたき、ハッチの淵へ蹴爪で掴まる。
小さな体に雄大な景色が目に飛び込んで来る。
崖下、そして背後。周囲は見渡す限り鬱蒼とした森だ。
こんな樹海、地球にいた頃は映像でしか見たことがない。
「なぁ、ネモ。
お前の説明、もう1回確認するぞ」
「はいはい、なんっすか?」
深呼吸し、頭は冷えた。
これでようやく状況を振り返る余裕が出来た。
助手席のネモを見下ろし、タツタは改めて問いかける。
「こんなすげー社有車が備品だってのに、
この営業所は一種の島流し部署なんだな?」
「こんなモノに頼らなきゃ仕事回らないくらい田舎なんすよ。
マジでなんもないんすから」
確かに周囲の光景は、ド田舎だ。
振り返れば右手後方、樹海のただなかに唯一人工的な建物が見える。
徒歩なら一時間、このバンディットで巡行すれば約5分でたどり着く。
あそこがタツタが目覚め、そして配属が決まった二国パイプのマギアース営業所だ。
「……で、俺とネモがこの営業所唯一の社員だと」
「イエス。ウチの絶望、ご想像ください。
あとは管理部門の所長だけの合計3人っす」
周囲にコンビニどころか民家の一つもない。
電柱、街頭、自販機もない。文明の気配なんてどこにもない。
周囲に娯楽施設なんてあるはずもない、見事な僻地で間違いない。
日本基準ではもちろん。おそらくはこの異世界基準だってそうだろう。
「所長は留守番だろ。
一人と一羽で外回りしろと……?」
「ええ、ひよこの手も借りたいぐらいの人手不足っす」
下方の助手席で、わざとらしくネモが肩をすくめて見せる。
そりゃ一人よりはましだろうが、たった二人でどんな仕事が出来るというのだ。
換気に開けたコクピットハッチを閉め、タツタはルームミラー越しにネモをじろりと睨む。
「……人手不足を解消するための増員がいるのはまぁわかる。
で、なんで俺だ。
組んだ時の気楽さで言うなら、同性の方がいいだろ」
「こんな治安の悪い僻地に女二人とか危険じゃないっすか」
コクピットの狭い空間で、ネモが平然と言い放つ。
ちょっと待て。俺なら危険に巻き込んで良いのか。
「なら同年代の男を呼べよ。
俺と干支一周分ぐらい歳が違うだろ……」
「同世代の営業メンバーは陽キャばっかりで……
パイセンと違ってまったく趣味があわないんす!」
つまり俺は陰キャだから構わんって言いたいのか?
まあわかる。うちの会社の営業達、だいたい明るく人当たりの良いヤツらばかり。
ロボマニアのタツタと、ファンタジー系メインでロボもたしなむネモ。
休日ずっとインドアで漫画やアニメのような二人が例外側なのだ。
「で、所長から増員するメンバーの希望を聞かれ、
消去法で俺を選んだってわけか……」
「知らない人間と見知らぬ世界で共同生活?
そんなのぜったい出来るわけないじゃないっすか!」
もうため息は何度目か数えるのもめんどくさい。
気持ちはタツタだってよくわかる。
だいたいの同僚達は仕事仲間としてなら付き合える気のいい奴らだ。
けれどプライベートにいっしょで気楽かというとまた別だ。
「困った時に助けを求められる人がパイセンだけだったんすよ!
またウチと陰キャ同士、コンビ結成してくださいよ~」
「……気軽にこき使える相手の間違いだろ?」
タツタの指摘に、ネモがにっこり笑顔で舌を出す。
お前な、その仕草が使えるの後5年が限界だぞ。
こいつめ、相変わらずすぎる。
地球の同じ視点で先輩後輩として過ごした時が懐かしい。
「お前、本っ気で俺のことなめてやがるな」
「いいえ、心から尊敬しております。
ただ、同年代の誰よりも気安くいじれるだけで」
とびっきりのいい笑顔で、ネモがこちらを見上げてくる。
態度は軽いが、ネモが自分を頼りたくて選んだことに嘘はあるまい。
かわいい後輩、助けてやりたいのは山々だが。
ちょろい自分を押しとどめ、タツタは軽く羽ばたき運転席を蹴る。
助手席のネモの膝の上に舞い降り、びしりと指……手羽を突きつける。
「……俺にガチで頼みごとがあるなら、作法は教えただろ?」
「このマギアース営業所で一旗揚げたい。
そのために”先輩”の力が要るんです。
どうかウチに力を貸していただけないでしょうか」
丁寧語、真面目な表情。
そして背筋を伸ばし、ネモがしっかり頭を下げてくる。
態度はまぁ、悪くない。後は目標の明確化だ。
「一旗あげるって、具体的にはどのくらいを目指す?」
「この営業所の営業売上を安定化させ、増員を認めさせます。
その上で、成果を元に自分と先輩が本社へ転属出来るよう上申します」
具体的な数値目標はないらしいが、まぁよろしい。
ネモの膝の上でタツタは鷹揚にうなずく。
ひとまず及第点だ、色んな不満はいったん忘れてやろう。
「……わかった。
手伝ってやるよ、ネモ」
「キャーパイセンステキ!
愛してるっすー」
ちょうどその時、登り切った異世界の太陽が木々と山並みの向こうからようやく姿を現した。
はじめての異世界の夜明けをモニター越しに眺めながら、タツタはネモの棒読み台詞を聞き流す。
太陽の温もりは、どうやら地球と異世界、どちらも同じらしい。
ひよこウィングで軽く羽ばたき、特設ひよこサイズ運転席へ再度着席する。
「さ、ドライブはこのくらいで、営業所へ戻るっすよ。
所長様への紹介も、説明事項もまだまだあるんすから」
「了解、戻るか。
とはいえ、同じルートも芸がないな。
よし、ネモ。しっかりシートに身体預けとけよ!」
ナビを設定、最短ルートを選択する。
多少は荒っぽい運転になるが、このバンディットなら応えてくれるはずだ。
緩い斜面を探し、タツタはバンディットの鋼の巨体を崖下へ駆け下りさせる。
「ひっえ!?
ちょっとパイセン、調子コキすぎ!」
「まったくもって素晴らしいな、ザンマギア!」
ネモの抗議を聞き流し、タツタは嘴を大きく開いて笑う。
ネモの頼みをあっさり受けたのは、後輩の頼みだからだけではない。
まったくこのザンマギアって乗り物は、なんて自由なのか。
鋼の巨人を操るこの感覚を味わい、この転属を蹴る選択肢なんてあるものか。
こうしてタツタの異世界生活は、ひよこ姿で始まったのである。
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消去法。今にして思えば、ホントかどうかは疑わしい。
まぁどうせ時期的にそろそろ転属が見えてきた身だったのだ。
地球だろうと異世界だろうと、一度決まった辞令は覆せまい。
それでもどうせ仕事をやるなら、前向きに取り組みたいものだ。
自分を必要と言ってくれるヤツの側で働けるなら悪くない。
「あっの、鬼上司ぃっ!」
ネモの怒声が、タツタの意識を回想から引き戻した。
今いるここは港湾都市タカマッツの冒険者ギルド2階、応接スペースだ。
疲れ切った顔に怒りを浮かべ、ネモが荒々しい足取りで歩み寄る。
スマホが勢いよく投げつけられ、ソファで大きく跳ねる。
危ない。羽ばたいて飛び上がり、跳ねたスマホをナイスひよこキャッチ。
「ぴゃー……?」
まだまだ人目のある場所だから、ペットのふりは継続中。
心配そうに鳴くタツタをネモが抱え上げ、やわらかひよこボディに思うさまほおずりする。
内心ため息つきながら、タツタはネモへ同情の眼差しを向ける。
多分ネモも少しでも心の平静を取り戻そうとしたいのだろう。
「パイセンちゃん、残業継続っす。
ナビを頼りに山中オフロード、夜間運転ね」
ネモのいらだちの原因は、おそらくさっきまでのスマホ通話だ。
この異世界マギアース、なぜかスマホのアンテナが立つ場所もわずかにある。
多分地球からやってきた人々の努力と苦心の結晶なのだろう。
そして港湾都市タカマッツの冒険者ギルドは、地球産スマホが使える数少ない場所の一つだった。
その時、ノックの音が響いた。
遅れて扉が開き、エルフのギルドマスターがティーセットを乗せたトレイを手に入ってくる。
「ネモちゃん、大変そうね。
交渉、うまくいかなかったの?」
「っ! すいません、ギルドマスター。
お見苦しいところをお見せしまして……」
ギルドマスターのやさしい気遣いに、ネモが恐縮した態度でティーカップを受け取る。
ふわりとした良い香りは、何かのハーブティーだろうか。
タツタは視線を巡らせ、古びた壁掛け時計へ目をやる。
時刻は現地の18時過ぎ。地球ならすでに業務時間は終わり、残業申請の必要な時間だ。
「残念ながら、ダメでした。
”勇者”さまの到着に合わせての納品が絶対条件だそうで。
我らが所長さま曰く、いくら遅くなってもよいから配送は今夜中だそうで」
「あら……
なるほど、一番のお得意様が残っちゃってるわけだ」
スマホによるリアルタイム通話は非常に便利だが、良い事ばかりではない。
最後の配送一件、タカマッツで一泊後の明朝に配送したい。ネモは上司へそう提案していた。
だが無慈悲にも提案は却下され、どうやら深夜残業が決定したらしかった。
「今からだとザンマギアで走っても到着は深夜よ。
先方の荷受け都合もあるでしょうし、連絡はついたの?」
「先方への連絡はやさしー所長がしてくださるそうっすよ」
カップに注がれたハーブティーをいただき、ネモが天を仰ぐ。
つまり所長が先方に確認するから、先方都合で明日にするという言い訳も使えない。
目的地のコンピラー召喚神殿、ネモ曰く山一つ越えた先らしい。
バンディットの足をもってしても、かなりの強行軍となるだろう。
「そう。荷受けは大丈夫なのね。
ただ今日は週末、その真夜中に到着の可能性ね。
ひょっとすると”チュートリアル”に巻き込まれるかも……」
「ぴゃー?」
ギルドマスターの言葉に、タツタは不思議そうに鳴いてネモへ注意を促す。
どうやらネモだって知らないらしい。
きちんと背筋を伸ばし、カップを置いてネモが礼儀正しく質問する。
「すいません、ギルドマスター、
我々、チュートリアルの情報がなくって。
何か突発的な研修とか行われるんです?
「あら、所長さんに聞いてないの?」
はい、鬼上司からなにも聞いてないですね。
満面の笑顔のネモから、そんな悪態が聞こえてくるかのようだった。
タツタもひよこフェイスでげんなりした表情を浮かべる。
「召喚神殿では”勇者”さまの召喚を週末の日付変わるタイミングで行うのね。
それを狙ってか、その前によく“尖兵”の襲撃が行われるの。
結果的に召喚された勇者さまが肩慣らしに吹き飛ばしちゃうから”チュートリアル”よ」
なるほど、へとへとになってたどり着いた先で勇者さまへのチュートリアルバトルがあるかもしれない?
そんな戦闘の可能性がある場所へ、赴任したばかりの自分とネモで配送をしろと。
はい、鬼上司のクソったれ。
タツタはひよこボディでこっそり罵声を吐き捨てる。
「いくらバンディットで現地入りするとはいえ……
普段は、召喚神殿さんはどう対処してるんです?」
「教団騎士や衛兵の皆さんがいるし、神殿所有のザンマギアもいくつかあるわ。
召喚された”勇者”さまがチュートリアル失敗した時のために、
自前で対処できるぐらいの戦力は常備されてるみたいよ」
なるほど。普段は問題なく対処できる”よくあるトラブル”らしい。
となると上司の計算では、ネモとタツタで対処可能と考えて命令を下した可能性が高い。
ザンマギアは巨大で頑丈なすばらしい輸送手段だ。
威圧だけでなく戦闘だってこなせないわけじゃない。
「お茶ごちそうさまでした、ギルドマスター。
次はもうちょっと余裕あるスケジュールでお邪魔します」
ネモが静かにうなずき、ソファから静かに立ち上がる。
ギルドマスターの新設へ礼儀正しく頭を下げ、感謝を述べる。
まったく我らが二国パイプはとんだブラック企業らしい。
タツタも苦笑し、羽ばたいて定位置……ネモの肩へと戻る。
「気を付けてね、二国パイプさん。
次もまた発注するつもりなんだから」
「死んだら労基に垂れ込むって所長に言っといてください」
バカよせ、縁起でもない。
ネモが明るい笑顔で、やけっぱちに言い放つ。
とは言え気持ちは判る。無茶な仕事に挑戦しなきゃならないのだから。
やってできませんでしたは許されても、やらずにできませんでしたは許されない。
成功、失敗のどちらにせよ、実績を積まなければ上申も通らない。
悲しい社会人のサガは、異世界でも健在なのであった。
スマホにセットした2回目のアラーム、ネモは何とか気合いを振り絞ってまぶたをこじ開ける。
時刻は予定通り、扉とベッドと化粧台だけの狭苦しい部屋が目に入る。
ここはバンディットの後部扉から繋がる車載装備、キャンプセットの中だ。
こんな居住スペース、ザンマギアの内部に物理的に入るはずはない。
異世界ファンタジー世界ってほんとすごい。
「やば、思ったより寝ちゃってる……」
硬い仮設ベッドから這い出し、ネモは寝ぼけ眼で身支度を整える。
鏡の中で、地球とは違う自分がネモを見ている。
客観的に見て、
「そろそろ山道入るはず。
パイセンのナビゲートくらいはしたげないと」
手早く化粧を終え、豊満な肉体を竜皮で出来たセクシーな営業衣装に押し込む。
先輩のタツタにだって、みっともない姿は見せられない。
運転席へ繋がる扉を開け、扉枠の中に広がる何もない闇の中へネモは足を踏み入れる。
一瞬意識が途切れ、気づいた時にはネモの姿はバンディットの車内だ。
「おはよっす、パイセン。
今どの辺りっすか?」
「召喚神殿の麓、ここから山道だ。
飯食うなら今のうちだぞ」
後部扉を後ろ手に閉め、助手席に身体を滑り込ませてシートベルトで身体を固定。
上方を見上げれば、ネモが特注したひよこ専用運転席が目に入る。
黄色いふさふさした愛らしいひよこがひよこサイズのハンドルを握っていた。
「パイセンは栄養補給大丈夫っすか?」
「水とひよこ用飼料をかきこんだ。
くっそ味気ないが腹は膨れたよ」
不満げな声で、かわいいひよこが眠たげにあくびする。
うーん、かわいそう。確かにそれは味気ない。
タツタの様子をうかがい、ネモは軽い口調で提案する。
「食事はとったとしても、パイセンも仮眠しましょ。
山道の運転はムリでも、駐機中の周囲警戒ぐらい出来るっす」
「そうだな、どうせ到着は深夜だ、
15分小休止するわ。
ネモ、とっさの対応は頼んだぞ」
タツタが運転の手を止め、道の脇でバンディットを膝付き駐機する。
手元のモニターが点灯し、助手席に運転権限の移行を示す。
ほどなくして、上方の運転席からどデカいいびきが聞こえ始めてきた。
「どこからあんなやかましい音が出るんすかね……」
よくよく見れば、マンガみたいな鼻提灯が膨らんでる。
明らかに普通のひよことは違う。ひよこそっくりな不思議生物だと思うべきかもしれない。
ネモはくすくす笑いながら、右手に意識を集中する。
右手がきらきらと輝き、不思議な力で保存されていた夜食が手元に呼び出される。
ギルドで分けてもらったハーブティーと、露店で買ったワイルドボア肉のサンドイッチだ。
麦パンで挟んだ湯気の立つ焼き立て肉へネモは豪快にかぶりつく。
「うん、香辛料あんま使って割には、悪くないっすね。
無性にビールが欲しくなる味」
満足気にうなずき、ポットに保存したハーブティーで口元をさっぱりさせる。
これから尋ねる召喚神殿なら、その辺にも詳しい人もいるだろう。
「……うん、到着は見事に24時前後っすね。
”チュートリアル”実施中にぶち当たるかぁ……」
ぼやくネモの視界には、木々が映え揃るこんもりした山がある。
目的地のコンピラー召喚神殿はここから山一つ越えた先だ。
ナビに設定されたルートをどういじってみても、結果は変わらない。
キレイな布で手をぬぐい、右手に意識を集中し、不思議な力でポットを収納する。
「”人生地道に安全運転”がモットーの”先輩”なのに、
ウチが無理言って巻き込んじゃったんすよね……」
臆病で慎重、堅実なのはタツタの欠点であると同時に間違いなく美点だ。
けれど、異世界マギアースでは地球と同じと言うわけにはいくまい。
ネモのわがままでタツタを巻き込んだ。
小さな負い目はネモの心の中に棘のように刺さったままだ。
しんみりと呟くネモの耳に、気安い声が降ってきた。
「戦争や人殺しとかはまっぴらごめんだけどな。
巨大ロボの運転ならいくらだってしてやるさ」
そういえば、さっきからいびきが聞こえなくなっていた。
今の、聞かれてたんすか!? 慌ててネモは視線を上げる。
かわいいひよこが特注運転席で、あくびしながらおっさんくさく大きな伸びをしている。
軽食を食べてナビと格闘している間に、仮眠時間は過ぎていたらしい。
「そうだ、パイセン。
今のうちに確認したいことがあるんすけど」
「……おう、どうした?」
本音に近い独り言を聞かれ、ネモは慌てて話題を変える。
やさしいタツタの前では、”能天気な明るい後輩”でいたい。
「この先、ギルドマスターが言ってた話っすけど。
もしも召喚神殿で戦闘が起きてたらどうするつもりっす?」
ネモは真剣に問いかける。
この先、タツタの信条と反する出来事が待ち構えている可能性が高い。
ネモだって戦争や人殺し、流血とか好きなわけがない。
でもだからこそ、身を守るためにも最悪の事態を想定すべきだ。
「それを話す前にまず聞かせてくれ。
神殿を襲撃するかもしれない“尖兵”ってのは?」
「人類の敵、“魔王”の手下を“尖兵”って呼ぶんす。
バッドカルマでこき使われる人ならざるバケモノども。
強さはピンキリだけど、ほどんどは雑魚っす」
斬魔型巨大神具、古代にザンマギアはそう呼ばれていたらしい。
技術が退行した今だって、巨大さは自衛のための威嚇になるし、万が一の時は戦闘だってお手の物。
だから社有車として荷物の配送にこんな巨大で頑丈なザンマギアが使われる。
この異世界マギアースは地球の紛争地帯と同じかそれ以上に危険な場所だ。
けして平和できれいなだけのファンタジー世界ではない。
「バケモノか……人相手よりは気楽かもしれんが、
できればやりあいたくはないな。
現地で戦闘を確認したらいったん退避しよう。
得意先さんにも戦力があってキチンとトラブルへ対処出来るんだろ?」
「あーもぉ、パイセンってば筋金入りのチキンっすね」
運転同様、やはりタツタは安全策を提示した。
これは予想通り。でも現場で同じ判断が出来るかは疑問だ。
ネモはわざとらしく肩をすくめ、タツタをあおってみせた。
「バンディットはサイキョームテキの巨大ロボっすよ?
神にも悪魔にもなれるのに、その権利を手放すんすか?」
「お前それ、力に溺れて破滅するモブのセリフだぞ」
うるしゃい、この美女を捕まえて誰がモブか。
そりゃ身の程を知るのは大事だ。
ネモとタツタは物語に出てくる自由騎士や至高神の聖女、竜もまたいで通る大魔術師じゃない。
「”先輩”、ちょっと想像力を働かせてみてください。
いざ現地に着いたら、得意先さんがバケモノに襲われてるんす。
ウチらがバンディットで介入すれば被害が大きく減らせる。
なのに必死に戦う得意先の皆さんを放置して、安全第一で後退する。
ほんとに、それでいいんすか?」
からかうのはあくまでフリだ。
マジトーンでネモは問いかける。
このひよこボディの先輩は、頼まれたらイヤとは言えない優しい人。
後輩が真剣に頼めば、見知らぬ異世界への赴任だって気安く受け入れてくれるぐらい。
「最優先は積荷の安全、ひいては俺達の命だ。
リスクをおかす必要はないんじゃないか」
「バンディットは、うちが手塩にかけて整備しました。
巨大なザンマギアは頑丈さとパワーを備えてます。
下っ端の“尖兵”ごとき、リスクなんてないも同然っすよ」
慎重に言葉を選ぶタツタに、ネモは明るく笑って言い放つ。
タツタが迷いも露わに目を伏せる。
やっぱりこのひよこ先輩、とっても優しくておせっかい焼きだ。
例え危険な戦場でだって、目の前のピンチを見過ごせるとは思えない。
「だが……」
「エースパイロットみたいにかっこよく窮地を救う。
パイセンだってちょっとはやってみたいんじゃないっすか?」
ネモ自身、そんなタツタにどれだけ助けられてきたことか。
大丈夫。何かあっても先輩を恨んだりとかしませんから。
真意を隠し、ネモは迷うタツタの背中を押すように笑ってみせる。
「召喚神殿に、異世界人の友達もいるんす。
社畜コンビとして、選択肢に入れておきましょ」
「……ったく、わかったよ。
現地の戦闘を確認したら、ネモが状況判断してくれ。
積荷と俺らの安全マージン、十分確保できそうなら状況に介入。
ただしホントにヤバそうなら逃げるからな」
仏頂面でタツタが釘を刺してくる。
けれど声にはどこかほっとしたような雰囲気がある。
そんなタツタを笑顔で眺めながら、ネモは明るく声を張り上げる。
「よっし、方針も決まったところで出発っす。
目指せ、”チュートリアル”の待つコンピラー召喚神殿!」
「アホ。バトルなんざない方がいいんだっつーの」
タツタの手元に運転顕現を委譲、タツタの運転でバンディットが膝つき駐機から立ち上がる。
向かう先は木々の生い茂る夜の山。
ライトを点灯させた鋼の巨体がしっかりした足取りで分け入っていく。
道らしい道もない闇に包まれた森を、タツタの慎重な運転で社畜コンビは着実に進む。
「せっかくの異世界、自由に使える巨大ロボ。
多少はカッコよく活躍するぐらい許されるっすよ」
「ダサくてもいいから、堅実に終わる方がいいんだっつーの」
夜の闇の中、進む先を照らすのはザンマギアのライト一つ。
お先真っ暗なように見えても、ネモの心はずいぶん軽い。
先輩が同僚で、ホントに良かったですよ。
まっくらな外の景色をモニター越しに眺めながら、ネモは心の中で呟く。
「いやいや、よく考えてみてくださいよ。
得意先にサービスするのが営業の秘訣っす。
戦闘なんて恩を売るチャンス!
たっぷり粗利乗せて恩を売りつけてやればいいんすよ」
「現場で過剰なサービスすんのやめろよ。
下手に前例作ったら次の営業めっちゃ苦労するんだからな?」
自分は意外と人みしりで内向的だ。
この見知らぬ異世界、タツタが側にいることがどれほどありがたいか。
ぼやくタツタが、急にバンディットの行軍する足を止めさせた。
一体何が? 周囲を見回すネモに、タツタがそっと手羽で落ち着けとジェスチャーする。
「調子乗ってると、見えないところで足をすくわれるぞ」
鋼の巨体が腰の後ろに吊られていた巨人用の手斧……ハチェットを構える。
死角となる絶妙な高さの倒木を、ハチェットの一撃が切り倒して道を開く。
お見事。確かにネモなら、豪快にバンディットを転倒させていただろう。
さすがの注意力と手際だ。思わずネモは心の中で小さく拍手する。
「転びそうな場所は、チキンな誰かさんに任せるっす。
パイセンなら、ウチの望む場所まで連れてってくれるっしょ?」
「任せろ、配送は物流の業務だからな。
その代わり、営業はきちんと任せるぞ。
ファンタジーはネモの履修分野だもんな」
はい、任されました。
先輩の言葉に、ネモは得意満面胸を張る。
自分がタツタに頼るのだから、タツタにだって頼ってもらいたい。
「社畜コンビで力合わせ、道を切り開いていきましょ!」
「……まずはコンビ結成の一歩目だ。
この配送、何とか無事に終わらせるぞ」
ライトが照らす真っ暗な山の中、未舗装の獣道を巨大なザンマギアで慎重に進んでいく。
ここは夢のファンタジー異世界、見知らぬ事象と未知との出会いにあふれる。
先輩後輩二人、この異世界でなんとか生きていくんだ。
「終わったら一杯飲みもいきましょ。
ウチがおごるっすよ」
「お前、俺が飲まないからって……!
さてはまた介護役を押し付けるつもりだな?」
ここは異世界マギアース。
この物語の主役は地球でやらかし、心がすりきれた社会人二人。
異世界転生したてで勇者とは程遠いようなひよっこ達だ。
これは、そんな社畜コンビがなんとか日々の業務をこなす物語なのである。
●筆者の自己満足用語辞典
・キャンプセット
ザンマギアで長期行軍を行うための車載装備の一つ。
【次元邸宅】によって作られた小さな居住用スペースで、
ザンマギア内部の扉からしか入ることが出来ない。
バンディットが装備しているものはSサイズで、ビジネスホテルの一室ほどの広さしかない。
仮眠用のベッドの他、冷蔵庫、トイレ、シャワーがついており、
清潔な水と安全で過ごしやすい環境が提供される。