そろそろ書き溜めがなくなるかもしれません。
そして、時は冒頭に戻る。
舞台はマギアース、山間の湖畔に建造されたコンピラー召喚神殿周辺。
ローブ姿の人影が、静かに周囲を見回す。
湖のただなかでは毒巨人を白銀のザンマギア3機がかりで押し留め、
湖のほとりでは取引先である二国パイプのザンマギアが2体の骨巨人と格闘を続けている。
「上陸、敵軍、残少ナシ。
残兵……駆逐」
盾を構える骨人形の軍勢の懐に、ローブ姿の人影が飛び込む。
槍や剣の間合いよりもさらに近い距離へ一気に踏み込む。
ローブの中から飛び出す拳が、足が、そして肘や背中が骨人形にぶち当たる。
そのたびにスケルトンの身体がひび割れ、吹き飛ばされ、あっという間に軍勢が減っていく。
最後に残った立派な兜のリーダーらしいスケルトンも同じだ。
鋭く振るわれた鋼鉄の剣を拳で受け流し、吐息とともに掌底を立派な兜のスケルトンに打ち込む。
鋼鉄の甲冑の胸甲ど真ん中、音を立ててひび割れが走る。
全滅したスケルトンの軍勢の中央で、ローブの人影は澄んだ声で祈りの言葉を唱える。
「我、女神ヘ希ウ。
汝ガ恩寵、偉大也。
輪廻外レシ亡骸ニ導キヲ」
カルマ教の祈りの言葉が響き、聖なる力が空間を走る。
異世界マギアースで系統だって使われる魔法の力、
戦場中を
ローブのフードの下からは、人形細工のように整った中性的な美女の顔立ちが顔をのぞかせていた。
その首元にはコンピラー召喚神殿を運営するカルマ教団の聖印。
そして喉元に当たる部分で無数の歯車が回っている。
「ヨルム神官長!
湖岸に上陸した“尖兵”を撃退いたしました。
こちらの損害は微小です」
「良好」
美女の元に革鎧とマント姿の年若い女性の教団騎士が駆け寄り、損害報告をあげる。
上出来だ。美女は軽くうなずき、戦況を見渡す。
この美女の種族は古代人形、名はヨルム。この召喚神殿の責任者であり最高戦力の神官長である。
よく通る声とクセのある片言の喋り、これはヨルムが長く生きた事を示す独特の訛りだった。
「結界、維持。
負傷者回収、残如何?」
「護衛兵の重傷2軽傷15死傷0不明0
全負傷者すべて結界内へ回収完了いたしました」
年若い教団騎士は同じく神殿所属、神殿護衛の歩兵をまとめる責任者だ。
ヨルムの片言の問いをしっかり理解し、教団騎士は溌剌とした声で報告する。
ヨルムはうなずき、湖と対岸へ目を向ける。
思ったより被害が少ない。取引先のザンマギアの協力はやはり大きい。
雑魚は掃討し、対岸のバリスタも破壊済み。
戦況の推移は良好だ。あとは残る大型の”尖兵”達へ対処するだけ。
「善哉。
術師、負傷者ヲ治療。
歩兵、哨戒。要、奇襲警戒。
ザンマギア専念、毒巨人」
「了解!
毒巨人はザンマギアに任せ、歩兵は警戒を維持いたします。
二国パイプの援軍はいかがなさいますか?」
二国パイプのザンマギア……確か、バンディットと言ったか。
あの運転者……何者だ? 武器も体の使い方もまるでなってない。
暴れ回るザンマギア……バンディットへ目をやり、ヨルムは算段する。
まさしく暴れるとしか言いようのない戦いぶりだ。
「正直、かなり苦戦しているように思えますが……」
「肯定。推定、戦闘術、素人」
戦い方はまるで素人、戦闘スキルは真っ白に違いない。
あれでよくも戦場に飛び出して来たものだ。
けれどあれだけ激しい機動で転倒もせず、緑の装甲に大きな傷はない。
連携をかけてくるジャイアントスケルトンの痛い一撃を食らっていないのだ。
ザンマギアの重量と装甲、パワーを生かし、巨大な”尖兵”どもとなんとか渡り合っているように見える。
助け船を出したいのは山々だが、あれでは歩兵隊の援護は難しい。
動きがまるで読めず、却って互いの邪魔になってしまうだろう。
「歩兵、関与不要。
不測事態、銃火器準備。
続行、様子見」
「了解しました。
対岸から援護射撃の準備を行いつつ待機致します」
それに、もう刻限だ。
強烈な個へ有効な援護が出来るのは、舞台ではなく同じ強烈な個の戦力のみ。
召喚予定の”勇者”が現れれば、戦場はあっという間に片付く。
その時に二国パイプのザンマギアも戦場から離脱させれば良い。
教団騎士の率いる歩兵の哨戒を確認し、ヨルムはザンマギアと“尖兵”の激突を見守る。
一進一退の攻防だ。いや、ジャイアントスケルトンは健在だが、毒巨人相手は優位か。
すでに巨人の片腕は動かず、動きも鈍くなる一方だ。
平然と戦況の推移を見守りながら、ヨルムの胸中に疑問が少しずつ大きくなる。
「……奇妙。
召喚、未履行、何故?」
星辰は整い、召喚の儀は開始されている。
だが地球より来るはずの”勇者”が召喚される兆しがない。
おかしい。
今回の対象は以前に無事召喚し、送還も無事終わった経験済みの勇者だ。
無表情に考えをめぐらすヨルムの元へ、そっと歳若い教団騎士が耳打ちする。
「神官長、こちらの召喚要請に対し、
”勇者”さまの返答がありません。いかがなさいますか?」
「要請、続行。
我、召喚、対応ス。
兵、再編、戦場監視」
異変を悟られぬよう即応の準備を整えることを命じ、ヨルムは静かに戦場に背を向けた。
落ち着きかけた戦場より、勇者の召喚で起きた不具合に対応する必要がある。
だが結果的にこの判断は、さらなる混沌を戦場へと呼び込むこととなった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
地の底から戦場を静かに見つめる一対の瞳があった。
「……おや、潮目が変わりましたね。
神官長殿の気配が消えましたか」
真っ暗な闇の中、ノイズ交じりの奇妙な声が響く。
ここは異世界、ただしマギアースとは位相のずれた異空間だ。
シルエットだけがかすかに見える人影が一つ、戦場を俯瞰していた。
「ふむ、今日は”勇者”さまのチュートリアルと聞いていましたが……
何か急なクレームでも入りましたか」
神殿の防衛の要、戦場に睨みを聞かせる巨大な駒が戦場から消えた。
静かに動いているつもりでも、地の底の目が見逃しはしない。
神殿の防衛戦力と乱入して来たザンマギア相手に、”尖兵”たちは蹂躙される一方だ。
それは仕方ない。しょせんただの消耗品、消費期限前の蔵出しに過ぎない。
「……少し、仕掛けてみましょうか」
新人は大人しく指示に従えとさんざんうるさく言われては来た。
だがこれが罠でないのなら、大きな成果が得られるかもしれない。
だが言われるがまま終わるなど、子供のおつかいでもあるまい。
戦場を地の底から俯瞰しながら、人影は予定を大きく変えた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
やらかした。ああ、やらかした。
焦りと後悔の言葉がネモの心をぐるぐると回る。
「ああもぉ、やらかした!」
「ったく、見積の甘さは相変わらずだな?」
よどむ心を吐き出し、ネモは気持ちを切り替える。
反省は大切だ、けれど反省すべきは今じゃない。
タツタだって本気で責めてるわけじゃない。
「おかしいっすよ、とっくに日付変わってるのに、
勇者さまがまだ来ないとか……!」
「到着時刻の乱れなんてよくあることだろ。
社会人なら余裕もって行動しろってことさ!」
とっくに終わっているはずの戦闘だった。
ぼやく間にも、赤茶けた錆びた両手剣が眼前で空を切る。
すかさずもう1体のジャイアントスケルトンが大金棒を振り上げて飛び込んで来る。
「なめんなっ!」
タツタが叫び、バンディットが小振りなハチェットを叩きつける。
重い金属音と共にハチェットが受け止められ、大金棒が闇雲に振り回される。
バックステップで距離をとり、バンディットが2体のジャイアントスケルトンをにらむ。
「脚部関節、負荷増大!
バンディット、だいぶヤバいっす!」
「心配すんな。
俺の集中力のがもっとヤバい!」
ジャイアントスケルトン、未だ健在。
斬っても撃っても敵は倒れず、まともな有効打が未だゼロ。
対するこちらも敵の一撃はまだ受けていない。
正直、タツタの運転と回避技術は驚異的だ。
けれどタツタの疲労も心配だ。
激しい回避運動に、脚部関節からのアラートだって鳴り止まない。
「なぁネモ、チュートリアルってのはありがたいもんだな。
たっぷり問題点が洗い出せそうだ」
「今まさにチュートリアルで負けかけてるんすけど!?」
タツタの呟きに、ネモは助手席で悲鳴のような叫びをあげる。
ジャイアントスケルトン2体が息のあった連携を見せ、タツタ操るバンディットは防戦一方。
近接白兵をひたすら仕掛けられては、再装填されたライフルの狙いをネモがつけるどころではない。
ライフルはずっと収納されたまま、ひたすらハチェットを振り回して牽制するしかない。
「楽勝で終わって!
鼻歌交じりに次のステップ進んでなきゃいけないのに!」
「ひよっこのうちに失敗する。
今後のために望ましいもんだ」
バカなやりとりしながら、ジャイアントスケルトンを必死にしのぐのが精一杯。
作業用の小さなハチェットじゃなく、戦闘用の白兵武装がここにあれば!
そして武装をタツタが使いこなせるよう研修しておくべきだった。
狙わず雑に近接ブッパできる散弾の防御火器があれば支援も出来た。
改善点がずらずらと脳内で羅列させていく。
「認めようぜ、ネモ。
俺もお前も、失敗しなきゃ学べないひよっこなのさ!」
「まったくもってそうっすね。
失敗なしでするする昇進できる優秀な人材なんて、
こんなブラック労働してるわけない!」
悲しい現実を認め、ネモはヤケっぱちで叫ぶ。
優秀な人材は異世界におらず、本社のオフィスでバリバリ仕事してるだろう。
ああ、今だけ優秀になるチートコマンドとかないっすかね!
「いよっし、反省終わり!
あとはこいつらに勝つだけだ」
「一番の難題、後回しにしただけじゃないっすか!」
タツタの叫びに、ネモは首を振ってもう一度戦闘へ集中し直す。
ジャイアントスケルトンが大上段から大金棒を振り下ろす。
小振りなハチェットではとても受けられない。
大きく下がって空振りを誘う。地面に突き刺さった大質量が土砂を大きく巻き上げる。
その隙を狙おうとしても、赤茶けた両手剣のもう一体が油断なく前に立ち塞がる。
「ネモ!
出し惜しみはほんとにないのか?
好きだろ、デメリットのある大技!」
「今使っても、足関節が保たないっすよ!」
また一つ反省点だ。
反省はもういい、打開策はないのか!
必死にネモは手札を頭の中で探る。
任された仕事は、自分で何とかするしかない。
「あっ、あった!
あったっすけど……」
鈍った頭が、ようやく一つ選択肢を見出した。
勢いよく叩いたボタンで、モニターにまん丸い使い捨て兵器の画像が出る。
「何でもいい、使え!」
鬼気迫るひよこフェイスでタツタが叫ぶ。
やせ我慢してるだけで、多分余裕はほとんどないのだ。
ハチェットの打ち込みを両手剣で受けられ、弾かれる。大金棒の追撃をバンディットは飛び退って避ける。
関節部のアラート、相当ヤバい。
「ちゃんと、うまく使ってくださいっすよ!」
もはや収支を考えてる場合ではない。
迷いを押しのけ、ネモは叫ぶ。
意識を集中し、大きく開いた衣装の胸元へ右手を突っ込む。
「【
引き抜いた右手とバンディットの右手へきらきらした輝きがあふれ、バンディットの拳大の物体が現れる。
この不思議な力は異世界人の使う
ネモだけが与えられた唯一無二のチートなパワー【
「ネモ、今のはなんだ!?」
「詳しい説明は後!
ウチの【
タツタの問いを、ネモは強引に切って捨てる。
使い忘れた手札は、はたして切り札になるものか。
ネモが【
呼び出された手投げ弾を見た瞬間、タツタの背筋をぞっと悪寒が突き抜けた。
ネモお前、何考えてこんなもの準備した。
罵声と悲鳴を呑み込み、タツタは運転席で声を張り上げる。
「こいつの起爆方法は!」
「遠隔操作でボタン一つ!」
どうやらこいつ、相当な破壊力があるらしい。
しかも射出装置もなく、遠隔使用したいなら投げつける必要がある。
ジャイアントスケルトン達も何かを感じたか、鬼気迫る勢いで武器を構える。
「俺が死んだら……唐揚げで頼む!」
「縁起でもない!?」
迷う暇なんてあるわけない。
テイクバックからオーバースローで全力投球。
バンディットの投じた手投げ弾が見事なデッドボール、ジャイアントスケルトンの頭部へ突き刺さる。
受け身もとれずもんどりうって倒れ込む一体の横を抜け、大金棒を振り上げたジャイアントスケルトンが迫る。
手投げ弾は最初の一体の真横に転がっている。
「ネモ、やれ!」
「総員、耐爆防御ぉ!」
どこで覚えた、そんな言葉。
カチっと軽い機械音の直後、轟音と衝撃がバンディットの巨体を吹き飛ばす。
なんでネモが渋ったかよくわかる。
こんな破壊力、至近距離の白兵戦で使うものじゃない!
鋼鉄の巨体がもんどりうって倒れ、そのまま一回二回と転がる。
多分、最後はうつ伏せに地面へ倒れこんでいるのだろう。
「……ネモ、生きてるかぁ?」
「み、耳が……キーンと」
ネモの悲鳴が、辛うじて聞こえる。
どうやら鼓膜は無事らしい。
コクピットではダメージアラートの大合唱だ。
けれどバンディットはなんとかまだ動く。
両手をついて上体をゆっくり起こし、光度がおかしくなったモニターに注意を集中した瞬間だった。
横合いからぞっとするような悪意がタツタの意識へ突き刺さる。
「アレでも倒しきれてないのかよ!」
勢いよく手をついて転がり、そのまま身をよじってバンディットを立ち上がらせる。
危ないところだった。空振りした大金棒が土の地面を大きくえぐっている。
爆心から遠かったジャイアントスケルトンがまだ戦闘可能だったらしい。
黒く焼け焦げた頭蓋骨の眼窩に虚ろな敵意を宿し、ジャイアントスケルトンが大金棒を構え直す。
「ネモ、だいぶ揺れるぞ!」
「警告が遅ぉい!?」
右手につかんだハチェットはない。受け身の時に手放してしまったらしい。
代わりに鋼の拳を固め、姿勢をひくく構える。
ジャイアントスケルトンが大きく金棒を斜めの構えに振り上げる。
強い敵意がタツタの意識を突き刺さり、大金棒が今度は大きく横に振り回される。
「その動きだって……何度も見た!」
何度も見た、隙だらけの大振り。
踏み込めなかったのはもう1体いたからだ。
一歩二歩下がって大金棒を避け、その瞬間全力でアクセルを踏む。
大金棒を振り切ったジャイアントスケルトンへバンディットが全身で突っ込み、足先から飛び込む。
狙いは敵の足元。ゲッツー崩しのスライディングだ。
土を巻き上げ、体重を乗せたスライディングが敵の足を刈る。
はるか昔にやったきりだが、練習は裏切らない。
もう一撃と大金棒を振り下ろそうとしたジャイアントスケルトンが大きく体勢を崩す。
「一発退場モノのラフプレー!?」
「ここには塁審も主審もいねぇよ!」
倒れ込むジャイアントスケルトンを身をひねって避け、全身のバネで跳ね起き、覆いかぶさる。
骨の巨体に馬乗り、鋼の巨体の重量任せで押さえ込む。
後はもう右拳と左手のアームバンパーをめちゃくちゃに叩きつけるだけだった。
何かが砕ける嫌な感覚と共に敵の頭蓋骨が砕け、腰骨が真っ二つに折れる。
「パイセン、もう大丈夫っす、もう……」
「これで、仕事上がりか……?」
ネモの気遣わしげな言葉に、タツタは荒い息を吐いて周囲を見回す。
コクピット内の機器はレッドとイエローのアラートが大合唱だ。
手投げ弾の爆風を受けたバンディットの外装はあちこち焼け焦げてボロボロ。
立ち上がって動けるだけ上等、内部へのダメージもかなりあるようだ。
「営業終わり、後はもう神殿の方に任せていいっしょ。
……ほら」
ネモの言葉にあわせ、神殿側からわっと歓声があがる。
湖の中央で白銀のザンマギアに囲まれた毒巨人の巨体が大きく揺らぐ。
踏み込んでの一撃が、毒巨人の右腕を見事切り飛ばしたところだった。
切り飛ばされた毒々しい巨大な肉塊が、白い煙を発しながら湖面から下へ沈んでいく。
腕を失った毒巨人へ、三機のザンマギアが一斉に攻めかかる。
これはもう消化試合と言うやつだ。
「うへ……環境汚染ヤバそうだな」
「そこは神殿の方々が
荒い呼吸を繰り返しながら、タツタはのんびりした言葉をネモと交わす。
小さなひよこボディをアドレナリンが駆け巡っているのがわかる。
ようやく、本当に終わったのか。
思ったのは今日二度目。
だが今日はたぶん厄日だったのだろう。
バンディットのコクピットで突如、耳に残る電子音が鳴り響いた。
「……は?」
「……ちょ、ま」
唖然と声を漏らし、一羽と一人は狭いコクピット内部で周囲を見回す。
ひよこの身体でも、血の気が引く感覚と言うものはあるらしい。
それはさんざん地球で聞いた音。
得意先からの外線電話の着信音だった。
「なんで……電話の着信?」
呆然と呟くネモの声に、フリーズした思考がようやく回り始める。
ネモにも聞こえた以上、これは幻聴ではない。
ここは地球ではない。そもそもバンディットに受話器や電話回線があるはずもない。
けれど誰かが受話器を上げる音が響き、電話口からの音声が聞こえ始める。
『アンタの見積間違っとるで!
給湯器追い焚き機能つきのヤツ言うたやん。
アンタのミスやから値段同じで見積直し!』
『天井から水漏れです。
上階の施工、御社にお願いしましたよね?』
『タイルの修繕をしたい。
前と同じのを探してほしい。
職人都合、明日まで』
ひゅっ。ひきつった悲鳴がコクピットに響く。
怒涛の勢いのクレーム電話だった。
嫌な記憶をほじくり回され、わなわなとタツタの手が震える。
一方ネモはもっとひどい。
ひきつれた呼吸を繰り返し、焦点のあわない目が虚空を見つめている。
「……ネモ!
水を飲んで深呼吸。
ゆっくり、落ち着いてな」
「……パイセン。
うぃっす、サーセン」
タツタの声に、ようやくネモの瞳の焦点があう。
ネモは現役の営業だ。
それもつい最近大きなクレームをやらかしたばかり。
お得意先からのクレーム電話はさぞトラウマを刺激したことだろう。
「誰だ、こんな不愉快なイタズラしやがったヤツ……!」
ファンタジー特有の不可思議な自然現象でないなら、何者かの悪意をもった攻撃に違いない。
まだ響き続けるクレームを聞き流し、タツタは周囲を厳しい眼差しでにらむ。
どこで、誰が。なぜこんなことを。
『いや失礼、驚かしてしまったようですね。
突然、アポイントなしで申し訳ありません』
心中の疑問への答えが、声となってコクピットへ不気味に響く。
ノイズ混じりなのに何故かはっきりと聞き取れる。
外部センサーが声を拾ったものとは違う。
……そうだ、さっきの電話と同じ聞こえ方!
愕然としながらタツタはセンサーで周囲を探る。
『お二人に有益なお話がございます。
お話だけでも聞いていただけませんでしょうか』
「み、右肩ぁ!
バンディットの右肩っす」
「……なんで俺は、気づけなかった!?」
ネモが過呼吸寸前の悲鳴を漏らす。
あまりにも近く、バンディットの左肩に人影が一つ。
革靴とネクタイをしめたビジネススーツ姿の男が両手で一枚の名刺を差し出している。
ビジネス街のオフィスでは普通の姿が、あまりにもこの場にそぐわない。
【㈱
“支配”課 主任
“魔王” タイガ・山本】
突如、モニターいっぱいに文字が躍ると同時に、スーツの男が礼儀正しく一礼した。
ビジネススマイルを浮かべる男は黒髪に眼鏡の凡庸な顔パーツ。
だがその顔は黒子のように黒塗りで目がなく、笑みの形に歪んだ口だけがらんらんと不気味に光る。
『はじめまして、わたくしこういうものでございます。
二国パイプの方々と商談をしたく、
ここまで参りました』
「……は?
商談ん?」
ネモが青い顔のまま裏返った声で呟く。
無理もない。タツタの感覚もこいつはヤバいと告げている。
大爆発した手投げ弾より激しいアラートが心の中でずっと鳴りっぱなし。
まるで猛毒と針をもったサソリが生身の顔のそばで尻尾をもたげているようだ。
こんな訳のわからぬ相手、話し合いなどごめんこうむる。
息を吸い込み、タツタは覚悟を決める。
「悪いが今日は、店仕舞いだ!」
バンディットの左手で、男のいる右肩を勢い良く払う。
殺すか、少なくとも大怪我はさせる。
苦い覚悟を込めた一動作。
だが、手を振り払った瞬間、先ほどに数倍する悪寒が背中を突き抜ける。
タツタの左手羽の先に猛烈な灼熱感。
沸騰した湯の中に手を突っ込んだ時のような熱と痛みが脳天を突き抜けた。
「ぴゃあっ!?」
「先輩っ!?」
タツタがかわいいひよこ悲鳴を上げる。
聞いたことのないダメージアラートがコクピットに響き渡る。
ネモは愕然とモニターを見やる。
バンディットの左手、ネモの身長より大きな鋼鉄の拳が、消え去っていた。
『うわぁ怖い、いきなり何をなさるんですか!?』
“魔王”が表情の見えない不気味な黒塗りの顔に嘲りの笑みを刻む。
空中にあった身体をひねり、”魔王”はそのまま悠然と地面へ着地する。
振り払ったバンディットの左掌が当たったわけではない。
当たる直前、バンディットの左掌は消滅していた。
「ネモ、今のは!?」
「なんかの【
多分指向性の強い強力な攻撃型……」
バンディットの左掌で払われたその時、“魔王”タイガが生身の両手で鋼の掌で受け止めた。
その瞬間、巨大な鋼の左掌が吹き飛ぶように消え去ったのだ。
原理は不明だが、事象は理解出来る。
おそらく手から何か不可視の強力な何かが発せられている。
『わかったでしょう。無駄ですよ、攻撃しても。
では、商談の続きをいたしましょう』
“魔王”の呼びかけに、ネモはぴくりと眉根を寄せる。
圧倒的優位な状況で、戦闘ではなく交渉を選んだ?
左手羽を抑えるタツタを見上げ、ネモは助手席で必死に頭を働かせる。
ここでパニックに陥ったら二人とも死ぬ。
「始末書何枚分だ、これ!」
「終わったらすぐ直すっすよ!」
“魔王”は強い、ネモから見ても圧倒的だ。
だが左手を失ったこちらへ追撃してこないのは、あの攻撃は威嚇のつもりなんだろう。
まったく、超過残業の果てに待っていたが最悪の
体は疲労困憊、心はトラウマで震えが止まらない。
けれど大事な先輩を傷つけたこいつに、引き下がってなどやるものか!
怒りを力に背筋を伸ばし、ネモは歯を食いしばってよそゆきの声を絞り出す。
『どうぞ、タイガ主任。
貴社は我らに何を求めていらっしゃるのです?』
『私、二国パイプ様の方々には感服しておりまして。
異世界で商いするその慧眼、タフネス。実にすばらしい。
どうか我が社でその辣腕を振るってみませんか?』
“魔王”が慇懃無礼な仕草で言葉を投げかける。
引き抜き? ……ヘッドハンティング?
ネモはポカンと間抜けに口を開ける。
まさか本気で言っているのか。
『いい話をありがとうございます!
せっかくですので御社の事を詳しくお話いただけませんか?』
「……おい、ネモ?」
よそゆきの営業スマイルをは顔に張り付け、ネモは助手席で声を張り上げる。
心配げなタツタに、ルームミラー越しに静かにとジェスチャーする。
もちろん向こうの言葉に心が動いたわけではない。
『大丈夫、未経験でも心配いりません。
業務内容は入った後に一からお教えしますから』
とぼけた声で“魔王”タイガが中身のない台詞を垂れ流す。
そんな話がしたいのなら好都合、ダラダラと”お話”してやろう。
ここは”勇者”の召喚神殿、対”魔王”の最前線なのだ。
『なるほど、業務内容は部外秘なんですね?
では、具体的な契約条件をお教えください!』
『ふむ、契約条件とおっしゃいますと?』
この“魔王”、よほどきちんと“お話”したいらしい。
モニターに映る”魔王”タイガが黒塗りの顔で笑顔を浮かべる。
“魔王”の反応にネモはぺろりと舌を出す。
自分の力に自信があるのか。ほんとうに余裕たっぷりだ。
『そうですね、まずお給料!
あと、我々の入社後の役職ですね』
『もちろん、今の待遇を越えるものをお約束しますよ』
具体的な金額を言えないとか、こっちの待遇を下調べすらしてないな?
“魔王”のテキトー極まる対応に、ネモは助手席でため息をつく。
本気で引き抜きしたいなら、お粗末極まる。
ちらりとタツタを見上げ、自分の左手首を示して視線で問いかける。
「リンクドライブのフィードバックで痛んだだけだ。
大丈夫、運転と戦闘どちらも問題ない」
小声の言葉にうなずき、ネモは“魔王”タイガとの会話へ意識を向け直す。
ネモのヘタクソな話術にあっさり食らいつくところをみるに、
この“魔王”さまはよっぽど会話相手に飢えているのかもしれない。
『お休みや住居はどうなっていますか?
あと、福利厚生などをお伺いしたいところです』
『プライバシーの守れる個室を用意しますよ。
部屋ならどうせ余っています』
ようやく具体的な言葉が一つだけ出て来た。
内容を聞き流し、ネモは続けざまに質問を投げかける。
『個室はありがたいですね。
エアコンや温水洗浄便座もついてるんですか?』
『ええ、もちろん。
地球と変わらない快適さですよ』
ネモの意図を悟ってくれたのだろう。
運転席のタツタは無言のまま周囲を警戒し、状況を見つめている。
『社有車はどうなっていますか?
配送にザンマギアなしは難しいと思いますが』
『使用条件は厳しいですが、もちろんございます』
話題を必死につなぎ、ネモは中身のない会話を引き延ばす。
ダラダラ仕事しての残業代稼ぎ、社畜コンビの得意技だ。
『今までの条件、書面に起こしていただけますか?』
『なるほど、後日書面でまとめてお出しいたしましょう』
あくまで余裕を崩さない“魔王”に、ネモは舌打ちする。
どうせこんな“交渉ごっこ”の結果だなんて、後から力でひっくり返すに決まってる。
こいつがやってるのは商談じゃない、暴力を背景の“お話”……脅迫だ。
本気で自分達が欲しいなら、雇用条件まわりなんて最初に提示してくるはずだ。
『そちらも乗り気のようですし、場所を移しましょう。
続きは我が社でお伺いしますよ』
やっぱりあなた、人の話聞いてないな?
”魔王”の言葉に小さく息を吐き、ネモはタツタに視線を向ける。
タツタが静かにうなずき、手羽でモニターの一方を指し示す。
『いえ、我々も途中の業務を放り出す訳にはいきませんので。
タイガ主任は日を改めていらしていただけたらと存じます』
満面の笑みで、”魔王”へお断りを表明する。
ぴくりと”魔王”の黒塗りの顔が驚愕に染まる。
リップサービスを真に受けていたのだろうか。
『お話も聞いていただけましたし、
前向きにお考えいただけるのでは?』
『中途で業務を放り出しては、今後のキャリアに傷がつきますので……』
灰色の返答が、決裂の合図だった。
”魔王”の手がするりと前へ差し出された瞬間、バンディットが大きく飛び退る。
空振りした”魔王”の手が土に触れた瞬間、爆発するように地面がえぐり取られる。
『ああ、何ということでしょう。
誠意が通じないというのであれば仕方ありません。
少々乱暴ですが、力づくでいくしかありません』
『それはパワハラって言うんですよ。
御社の社内規定にございませんでした?』
白々しい言葉を呟きながら、”魔王”タイガが距離を詰めようととびかかる。
タツタ操るバンディットが全力で後退し、その手から必死に逃れる。
どうやらヘタクソな喋りで時間を稼いだ甲斐はあった。
貴重な休憩時間に、タツタの疲労とバンディットの関節負荷は多少なりともマシになった。
『ほぉ、どこへハラスメントを訴えよ……』
余裕たっぷりに放つ言葉の途中、”魔王”のビジネススーツ姿が突然真横へ吹き飛ぶ。
モニターど真ん中、ネモは見た。
まっすぐ飛んできた棘付き鉄球が、“魔王”の側頭部に突き刺さるのを。
ただの棘付き鉄球ではない。長い長い半透明の鎖と繋がっている。
『”
戻レ
涼やかな声を、外部マイクが拾う。
鎖の音をじゃらりと響かせ、棘付き鉄球が視界から消える。
鉄球が引き戻されたのははるか遠く、湖の湖面。
あんな距離から届くなど、物理的にありえない。
そんな常識を覆す圧倒的な存在感だった。
「……なぁ、ネモ。
アレ、お味方でいいんだよな?」
「ええ、ご安心を。
事態を収拾するためおえらいさんがご登場みたいっす」
引き戻した鎖鉄球を手元に携え、ローブ姿の人影が湖面を凄まじい勢いで駆けてくる。
戸惑うタツタの呟きに、ネモは余裕たっぷりに答えを返す。
背後でもみ合うザンマギアと毒巨人と比べ、サイズはどう見ても人間大だ。
巨神の腰ほどまである湖面を蹴り、人影が湖面から空へ二本の足で駆け上がる。
『二国パイプ、助成、感謝。
我、今時刻ヨリ戦闘開始!』
その疾走の速度、バンディットの巡行より速いのではないか。
瞬く間に距離を詰め、小柄なローブの人影がバンディットの真ん前に舞い降りる。
小柄な背中がバンディットをかばうように立ち、仕立ての良いローブをばさりと脱ぎ捨てる。
ローブのフードの下からのぞいたのは、クールな横顔の美少女フェイスとスレンダーなボディ。
だがその全身の各部はメカニカルな輝きと魔力の光を放っている。
「彼女は、ヨルム神官長。
この地方を取りまとめる召喚神殿の総責任者っす!」
「つまりこれは支店長クラスの人が出張るぐらいの大問題ってことな!」
人間大のヨルムの背中を見やり、ネモは小さく安堵の息を吐き出す。
ネモが知る木っ端社会人の常識は、どうやら異世界でも変わらないらしかった。
●筆者の自己満足用語辞典
・リンクドライブ
神経接続により運転手とザンマギアの動きを一体化させる運転システム。
繊細な動作が可能となるが、運転手を非常に疲労させてしまう。
そのため、巡行モードではリンクドライブへの依存度を機体バランス維持のみに低下させ、
前進後退などの動作をハンドルやアクセル、ブレーキなどの補助デバイスで行う。
リンクドライブを全開にして行う戦闘モードではザンマギアは運転手の身体同様に稼働する。
運転手の剣技などの戦闘技術が反映されるため、ザンマギアの戦闘能力は運転手に大きく依存する。